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精神分析

ご案内『理不尽な進化 増補新版 遺伝子と運のあいだ』読書会

私は、専門家と素人が緩やかにつながっていくことを大切に考えています。この仕事をしていると、日常がいかに感情の投影で満たされやすく、それによって私たちが苦しめられやすいかを実感させられます。世界を「ありのまま」みることは不可能でしょう。私たちは人間としての自分を通じてしか世界と触れることができませんから。また「認知バイアス」という先入観からも私たちは逃れることができないでしょう。

そこで登場するのが専門性です。「私たちには認知バイアスというのがあって」と看護学校の講義で話したときに「こんな日常的なことに専門用語がついているとは知りませんでした。救われました。」という感想をもらったことがあります。

これって私だけ?なんで私だけ?という疑惑や不安が生じたときに専門性(主に科学と呼ばれるもの)がそれに別の見方を与えてくれることで私たちは少し楽になれることがあるみたいです。

とはいえ、私たちは大体の領域において素人なので、専門性と触れるには仲介してくれる人が必要です。私が講義をするときは私を媒介として学生は心理学や精神分析学を学びますが、私も他の分野においては学生と同じく素人です。はてさて、身近にそんな人はいないものでしょうか。

幸運なことに、私は、素人である私たちと科学を仲介してくれる信頼できる人物を思い浮かべることができます。文筆家であり編集者でもある吉川浩満さんはその一人です。2021年4月に出版された『理不尽な進化 増補新版 遺伝子と運のあいだ』(筑摩書房)もそのような本として読むことができるでしょう。

素人である私たちが学問と向き合うときに出会う困難に寄り添いつつ、素人は素人なりに学問と付き合えるとその方法を示してくれた文章として秀逸だったのは、吉川さんがscripta summer 2021(無料、電子版あり)で連載されていた『哲学の門前 最終回 ―門前の哲学』です。彼はそこで、<門前の小僧>たる「素人」である私たちが<掟の門前の男>(カフカ)のようになることなく<掟の門>と付き合うことの大切さを驚くほど平易な言葉で書いてくださっています。

私はこれを吉川さんが頻繁にご登壇されるゲンロンカフェの創始者である東浩紀さんがいう「観光客」的なあり方を思い浮かべたりしながら読みましたが、<掟の門>性と付き合う<門前の小僧>という描写は、学問を前にしてまだ子どもである私たちのイメージと重なりますし、「ひとりひとりそれぞれ」という感じが伴っていてとても好ましく感じました。

また吉川さんの他のご著書でも一貫している「素人」であること、それ自体に価値を見出す姿にも励まされます。

哲学がもつ「高度に専門化された学問分野であると同時に、万人に開かれた問いと答えの広場でもあるという性質」は私の専門である心理学、精神分析学にも備わっていると思います。私たちはときに仲介役にもなりますが、多くの場合、仲介してもらいながらその広場へ向かいます。

そんなわけで今夜は、様々な立場で人の心と関わる援助職で集まり、吉川浩満『理不尽な進化 増補新版 遺伝子と運のあいだ』(筑摩書房)の読書会をします。お迎えするのは、著者の吉川浩満さん。「わからなさ」に閉じこもることなく自由な議論ができたらと思っています。