鳥の声よりエアコンの音をきく早朝。昨日の雷はすごかった。オンラインミーティングの向こうの空は何事も起きていないのに私は雷と雨の音に気を取られながらミュートし画面からの音声に耳を傾けていた。この状況で聞く話は私にどんなバイアスをもたらしているのだろうと思いつつ。大事なお話を終えて「東京、今、雷がすごい」といったら驚かれた。その後すぐに別のミーティングのために外に出た。新宿駅が冠水?床が水浸し。ここで転びたくないなあ、とそろりそろり歩いていたら隣の人が滑った。ビビった。うまい具合にとどまり後ろを歩いていたお連れの人と笑いあってた。よかった。地下鉄に入ると地下なのにさっきの冠水はどこへ、という様子でいつも通り乾いていた。東京の地下鉄は水害対策がしっかりしていると前に何かで読んだ。いろんな仕組みに驚いた。が、どこまで人間は自然の力を押しとどめることができるだろう。大抵の場合、無力、ということを私たちはすでに知っているけれど。それでも被害はできるだけ起きないでほしいし、起きたらすぐに、長期に支援に入ってほしいし支援したい。
なんとなく書き始めたらずっと書き続けてしまいそうな感じだがさっきまで何を着たらよいものか、と思いながら冷蔵庫を開け、夜に食べるつもりだった酒のつまみみたいな作り置きおかずを食べてしまった。美味しかった。キッチンの排水溝を急に掃除したりプチやる気が出たかと思えば無駄にリビングをウロウロしてしたりしていた。ふむ、となんとなく引き出しを開け、汗をかいても快適そうなスポーツ系ワンピを被った。今日も意識して歩こう。この環境に慣れていかないと夏を越せる気がしない。だったら早く出ればいいのだがやはりすでに強い日差しに怖気付いている気もする。時間はまだある。いつもなら本を読み始めてしまうがそういういつもの動きが今日は出てこない。何やってんだ私は、と思っているうちに結構時間が経っていることに気づいた。ちょっと正気に戻った。昨日、ミーティングの後に自分が話したことの重みに自分がやられてもいるのだろう。でもおかずは美味しく食べられたしな。いろんなことは両立する。でも朝なんだから送ってきてもらった果物にすべきだったな、と今は思う。さっきまでなんかおかしかった。夜がまだ続いている感じだったのかもしれない。遅くに帰ってきてなんとなく辻村深月の短編集というのか、あまり短編でもないが『ふちなしのかがみ』を読んでいたらもっと遅くなってしまった。それでもいつも通りに起きられるようになってしまった。長い間、目覚ましはかけてない。二度寝する気に満ちている時はかける。それにしても辻村深月は鏡を使うのがうまい。子供の世界を描くのがうまい。これ読んでいたからなんかおかしいのかもしれない。
昨晩、人文書院から『後期ラカン入門』がポストに届いていた。雨に濡れていない。遅い時間に届いたらしい。訳者のおひとりがお薦めしてくれて「あれ?持ってないんだっけ」と本棚をチェックしたらなかった。Amazonをチェックした。「あれ、こんな高いんだっけ」とポチッとするのを迷った。出版社のサイトを見た。「あれ?高いは高いけどAmazon高すぎない?」と思ったら古書だった。気づいてよかった。出版社から送ってもらうと送料がかかるが精神分析の本は最近の本屋さんでは買えなくなってしまった。本当に本当に減った。ジジェクは売っているが臨床家はジジェクを参照しない。読み物としては面白いが。人文書院のウェブサイトから申し込んだら数時間後には配送のお知らせがきた。早い、とびっくりしたらそのすぐあとにSNSで出版社の人がこの本の品切れを呟いていた。おお。いろんな仕事が早い。フィンクの入門書はわかりやすいがラカンを読まずには読めない。『「エクリ」を読む』をエクリを読まずに読んでわかる人っているのだろうか。なんとなく理解はできるが実際にエクリを読みながら読むと「これ、à la lettreじゃなくない?」となる。でもこういう循環が作られているのがいい。そしてラカンはフロイトを読まずして読めない。結局フロイトに戻る。いいなあ。文化を繋ぐこと。考えよう。がんばろう。今日もちょっと勉強しよう。