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ウィーンの精神分析

以前、『ウィニコットとラカンに学ぶ 臨床的対話とその思想』の「第7章 ウィニコットとラカンの移行の空間」を書いたジャンヌ・ヴォルフ・ベルンシュタイン(Jeanne Wolff Bernstein)のことを少し書いた。ベルンシュタインが活動するウィーンには、複数の精神分析組織がある。Wiener Arbeitskreis für Psychoanalyse(WAP:ウィーン精神分析研究会)とWiener Psychoanalytische Vereinigung(WPV:ウィーン精神分析協会/Vienna Psychoanalytic Society)である。後者は、ジークムント・フロイト(Sigmund Freud)自身の「水曜心理学会」に起源をもつ組織である。一方、WAPは第二次世界大戦後の1947年に設立された組織を前身とする。ベルンシュタインは現在、WAPの副会長を務めており、WPVの会員でもある。

日本の精神分析組織にも、かつて仙台と東京の二つの支部があった。フロイトはそれをよしとせず、両者に協力を求めたが、結局、ひとつになることはなかった。戦時下でIPAとの連絡が困難になるなか、東京支部は次第に活動の実態が確認できなくなった。そして1951年、仙台支部が日本支部へと改称された。二つの組織が協力して合併したのではなく、戦争を挟んで、結果的にひとつの支部だけが残ったのである(西、2019)。

これらの組織の歴史には、第二次世界大戦が深く関わっている。

フロイトの水曜心理学会を起源とするWPVは、1938年、ナチス・ドイツによるオーストリア併合を受け、ウィーンでの活動を終えることになった。当時ウィーンにいた38名の会員と約30名の候補生は、ナチスによる迫害を受け、国外への亡命を余儀なくされた。1946年、アウグスト・アイヒホルン(August Aichhorn)を中心にWPVは再建されたが、亡命した分析家たちの多くはウィーンには戻らなかった。

一方、WAPは1947年、イーゴリ・カルーゾ(Igor Caruso)によってウィーン深層心理学研究会(Wiener Arbeitskreis für Tiefenpsychologie)として設立された。こちらは戦後に新たに成立した組織である。しかし、創設者カルーゾ自身にもナチス時代の歴史が関わっている。WAPの公式サイトは、彼が1942年にナチスの児童「安楽死」政策に関係した施設で勤務していた事実を記し、その関与についての歴史研究を紹介している。

 こうしてみると、戦後のウィーンで二つの精神分析組織がそれぞれの歴史を歩んできたことも、単に異なる学派や理論的立場の問題として捉えることはできない。戦争によって失われたものと、戦後に新しく始められたもの、そのどちらにも検討すべき歴史がある。

ウィーンのジークムント・フロイト博物館(Sigmund Freud Museum)の歴史解説においても、戦後オーストリアでナチスの過去に集団的に向き合うようになるまで、数十年を要したと書かれている。なお、この歴史解説は、2021年にウィーンのフロイト博物館で開催された特別展の資料であり、WPVとWAPの両組織が設立した精神分析史研究グループが制作に協力している。異なる歴史を歩んできた二つの組織が、戦争と精神分析の歴史を共同で検討していることも興味深い。

 訳しておくとこんな感じ。

>戦後のウィーンは、全体主義的な体制が台頭する以前の都市とは大きく異なっており、人々の記憶に残るウィーンの姿ともかけ離れていた。飢えと困窮、損傷した建物や社会基盤、そして依然として目に見える形で存在し続ける反ユダヤ主義。戦争終結後の全般的な状況は、人々を落胆させるものだった。

民主的な制度は速やかに再建されたものの、ナチス時代の過去に集団として向き合い、それを再評価するようになるまでには、なお数十年を要した。さらに、複雑な申請手続きや長期化する財産返還手続きによって、多くの被害者が補償を求めることを思いとどまらされた。

 1946年までに、かつてのウィーン精神分析協会(WPV)の会員および候補生のうち、帰還したのはロンドンからのWalter Hollitscher、ブダペストからの Otto Fleischmann、フランスからの Robert Hans Jokl のわずか3名だった。最後のJoklはウィーンで再び生活の基盤を築くことができず、1947年にアメリカ合衆国へ移住した。また、帰還を予定していたJosef Karl Friedjungは、1944年3月、ハイファで亡くなった。

1946年4月、WPVはAugust Aichhorn (president)アウグスト・アイヒホルンを会長、Alfred von Winterstein (vice-president)を副会長として、正式に再開された。両者ともナチ党(NSDAP)に所属したことはなかった。協会の再開は国際精神分析学会(IPA)によって承認された。亡命したWPVの会員たちは、遠く離れた地から(from afar)祝辞を送った。

「あの古く、名高いウィーンのグループを再び活気づけることは、崇高な仕事です。その成功を心から願っています。」

アーネスト・ジョーンズ(Ernest Jones)からアウグスト・アイヒホルンへの書簡、1946年7月26日。

この解説では、二つの歴史が明確に区別されている。一つは、1946年という早い段階で実現したWPVの組織的再建の歴史、もう一つは、オーストリア社会がナチス時代の過去と集団的に向き合うまでに、数十年を要したという歴史。後者はオーストリア社会全体についての記述であり、WPVが組織として過去の検証を数十年間行わなかったと述べているわけではない。

この資料は、この文章のあと、数少ない帰還者のひとりであるWalter Hollitscherに焦点をあてる。彼は、帰還後、1946年のWPV再建に関わり、しかも、その後まもなく精神分析から離れた人物である。

資料にはこう書いてある。

>Walter Hollitscher

Walter Hollitscherは、1911年5月16日、ウィーンの上流階級の家庭に生まれ、プロテスタントとして洗礼を受けた。両親の別居後、父親とともにプラハへ移った。すでに中等学校在学中から共産主義運動に参加していた。1929年にウィーンへ移り、オーストリア共産党(Kommunistische Partei Österreichs:KPÖ)の党員となった。

ウィーン大学では、当初医学を学び、その後、哲学に転じた。1934年にはモーリッツ・シュリックの指導のもと、量子物理学における因果律についての博士論文を執筆した。

WPVの訓練候補生として受け入れられるため、1936年、Walter Hollitscherはアンナ・フロイトに宛てた書簡のなかで、「分析訓練を受けている間は、法律で禁止された政治活動を一切行わない」と約束した。

すでに1935年には、WPV会員のEdith Buxbaum と候補生のMarie Langerが逮捕されたことを受け、訓練委員会は、候補生が訓練期間中に政治的抵抗運動へ積極的に参加することを禁止していた。

Hollitscherは、Grete Bibring-Lehner および Willi Hofferのもとで訓練分析を開始し、医学の勉強も再開した。

1938年3月18日には、すでにウィーンを離れてスイスへ逃れることができ、そこで英国への一時滞在査証を取得した。ロンドンでは医学の勉強を続けるとともに、英国精神分析協会(BPS)で精神分析の訓練を継続した。

確固たる共産主義者であったHollitscherは、ロンドンのオーストリア・センター(Austrian Centre London)の活動にも積極的に参加した。この組織は1939年に自助組織として設立され、その後、亡命中のユダヤ人や、その他の政治的迫害を受けたオーストリア人を支援する、政治的・社会的活動に取り組む組織へと発展した。

1946年、Hollitscherはウィーンへ戻った。英国精神分析協会の代表としてWPVの再開記念式典に参加し、再建後最初の運営会議にも加わったが、1948年にはWPVを退会した。

彼はすでに精神分析に対する関心を完全に失っていた。精神分析をブルジョワ・イデオロギーの表現であり、非科学的で、思弁的で、非歴史的なものだと批判していたのである。

その後の数十年間、Hollitscherはドイツ民主共和国(東ドイツ)とウィーンで生活し、活動した。1965年から1977年までは、オーストリア共産党中央委員会の委員を務めた。

科学者、著述家として多作であったHollitscherは、マルクス主義の立場から、科学、哲学、心理学に関する約30冊の著作を執筆した。

1986年7月6日、Walter Hollitscherはウィーンで亡くなった。

 1939年9月23日のフロイトの死からわずか2日後、September 25, 1939にHollitscherがアンナ・フロイトに送った弔意の直筆の手紙がこれに続く。

>親愛なるMiss Freud!

お父様の死が私にもどれほど大きな衝撃を与えたか、あなたにお伝えしたいと思います。

お父様は、私にとって唯一の偉大な権威でした。お父様がこの世を去られてから、私にとって世界は大きく変わってしまいました。(引用ここまで)

Hollitscherはすでに共産主義運動に深く関わっていた。その人物がフロイトを「私にとって唯一の偉大な権威He was my only great authority」と呼んでいる。後に精神分析を厳しく批判することになる人物が、1939年にはフロイトに非常に深い敬意を抱いていたことがわかる。もちろん、これらは両立する。1939年9月は、ドイツ軍によるポーランド侵攻で第二次世界大戦が始まった月であり、Hollitscher自身もすでに亡命生活を送っていた。そのような状況で書かれた、since he ceased to be among the living, the world has changed a lot for me.という一文には、フロイトという人物の喪失だけでなく、かつて自分が属していたウィーンの精神分析に対する喪失の情も含まれていたのかもしれない。この手紙からだけではわからないが。

資料の中で考えさせられたのは、1935年のWPV訓練委員会による政治的抵抗活動の禁止についてだ。オーストリアがナチス・ドイツに併合される以前から、WPVは政治的抵抗活動と精神分析訓練の関係について、組織的な判断を迫っていたということになる。以前、Marie Langerのことを書いたときに触れた気もするが、今はその資料を探す時間がない。おそらくどこかに、この規約がどのような議論を経て決定されたのか、候補生の安全を守る意図がどの程度あったのかなどは書いてあるだろう。

引き続き、歴史を辿り、日本の精神分析家である自分が属する社会にも注意を向けていきたいと思う。

参考文献:

カーシュナー,L. A.(編著)/筒井亮太(訳)(2026)『ウィニコットとラカンに学ぶ――臨床的対話とその思想』日本評論社。

原著:Kirshner, L. A. (Ed.). (2011). Between Winnicott and Lacan: A Clinical Engagement. Routledge.

第7章:ジャンヌ・ヴォルフ・ベルンシュタイン「ウィニコットとラカンの移行の空間」

西見奈子(2019)『いかにして日本の精神分析は始まったか――草創期の5人の男と患者たち』みすず書房。

ウィーンのジークムント・フロイト博物館(Sigmund Freud Museum)公式サイト

“Re-Establishment of the WPV and Return to Vienna”

 

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休み

半日でも、物理的に電波の届かない場所にいるというのは健康にいい気がする。自分の目と耳でキャッチしたり、他の人の動きや言葉を通して知ったり、教えてもらったり。そうやって、自分の体の限界の中で過ごす時間っていうのは、とても貴重な気がする。

もう何年も前のことになるが、伊豆のどこかの山を登ったときのことを思い出す。たしか、三日ぐらい続けて山を歩いていたのだと思う。休憩しようと思っていた場所にようやくたどり着くと、一気に視界が開けた。そこはものすごいにぎわいで、遊具で遊ぶ子どもたちの声が聞こえてきた。

あそこが天国なのか地獄なのか、よくわからなくなった。疲れきった体にとっては、「ああ、ようやくたどり着いた」という天国だったと思うのだけれど、それまで山の静けさの中にいたせいか、そのにぎわいに圧倒されてしまった。結局、私たちはそこで休まず、また山の中に戻って歩き続けた。

精神分析の良いところは、静けさの中で自分の声を聞けることだと思う。もちろん、そこにいる分析家の声も際立つが、どちらかというと沈黙のほうが際立つ。その沈黙によって心の中がざわめいたり、不安になったり、それを言葉にできない自分に気づいたりする。ある意味、沈黙のほうが饒舌なのだろう。

なんにしても、直接的な身体の感覚や心の動きを自分でキャッチせざるを得ない状況というのは、自分の生き方をどうにかしたいと考えるときには、必要なことなのではないだろうか。

通常、分析中に携帯電話に出ることはないが、もしあったとしても、それはそれで、何が起きていたのだろうという吟味の対象になる。自分の心の世界に外の世界を入れること、入れたくなること、入れる必要があること。それらはみんな異なることである。

うちと外の関係というのはとても複雑で、たやすく区切れるものではない。外の世界が浸透してきたり、侵入してきたり、いつの間にか境界がずらされているような感覚を覚えることもしょっちゅうある。だからこそ、こういう休みというのは必要に思う。

今日は休めないという人も、どこかで自分の心と体の輪郭を感じられるような機会があるといいのかもしれない。いずれにしても、それぞれにとって良い一日でありますように。

 

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忘れないために。

早寝したのでいつも以上に早起き。東の空の下のほうに濃いめの赤がたまっているのもきれい。あっというまに空の暗さが抜けていく。

昨日書いたフランスの精神分析家、ソフィー・モルゲンシュテルン(Sophie Morgenstern)のことを調べたので、もう少し書いておく。だってまた忘れられてしまったら大変だから。

精神分析のパイオニアであるにもかかわらず、その貢献が十分に語られてこなかった女性たちに関する本として、Early Women Psychoanalysts: History, Biography, and Contemporary Relevance(Klara Naszkowska編、2024年、Routledge)のことを何度も取り上げたくなるのも、同じ動機からだろう。

Geissmann, C., & Geissmann, P. (1998). Sophie Morgenstern: The application of child psychoanalysis in France. In A History of Child Psychoanalysis(Chapter 8, pp. 124–131). Routledge.(訳すとしたらこうか。ガイスマン,C.・ガイスマン,P.(1998)「ソフィー・モルゲンシュテルン――フランスにおける子どもの精神分析の適用」『子どもの精神分析の歴史』第8章,pp. 124–131,Routledge.)

この論考も似た動機から書かれたのだろう、と思うのは、最後にこう書かれているからである。モルゲンシュテルンの紹介にもなっているので、長めに訳したものをおいておく。

>ソフィー・モルゲンシュテルンは、フランスで子どもの精神分析を実践した最初期の精神分析家の一人であった。彼女は1925年から1940年まで、パリのサルペトリエール大学病院の児童精神医学部門で、ジョルジュ・ウイエ教授とともに働いた。15本の論文と1冊の著書を含む数多くの業績は、彼女の精力的な学術活動を示している。また、その仕事が複数の権威ある学術誌に掲載されたことは、同僚たちから評価されていたことを物語っている。
彼女の仕事は、一方ではジークムント・フロイトの、他方ではアンナ・フロイトの仕事を継承するものであった。当時、彼女は非常に重要な位置を占めていた。彼女の教え子の一人が、フランソワーズ・ドルトFrançoise Dolto-Maretteであった。
ドルトは、とりわけ子どもの描画に関して、モルゲンシュテルンの教えを受けたことを認めていた。しかし、ドルトの著作のなかでモルゲンシュテルンに言及されることは、きわめてまれである。
なぜ彼女が忘れ去られてしまったのか、理解するのは難しい。
それは、第二次世界大戦がフランスにもたらした激動と関係しているのだろうか。それとも、ジョルジュ・ウイエGeorges Heuyerが子どもの精神分析から距離を置くという方向転換をしたことと、より深く関係しているのだろうか。もっとも、ウイエは1952年に出版された著書でも、彼女を高く評価し続けていたのだが。
彼女が忘れられたのは、その悲劇的な死によるものだろうか。
自死が残された人々に罪悪感を抱かせることはよく知られている。そして、ナチスによるパリ占領の時期に起きた彼女の自死をめぐる事情は、その罪悪感をさらに強めたであろう。
彼女の後を継ぐ人々は現れた。しかし、精神分析家たちにしては奇妙なことに、彼らは自分たちの集合的な過去を忘れてしまったのである。
彼女の名が挙げられるのは、子どもの描画や心因性緘黙の症例に関連して、時折言及される場合に限られるようになった。(引用ここまで)

もちろん、彼女の名が完全に忘れ去られていたというわけではない。私がフランスの精神分析について調べるときにもっとも参照するパリ精神分析協会(Société Psychanalytique de Paris, SPP)のサイトにはこんな風に登場する。

Eugénie Sokolnicka, d’origine polonaise, proche de Jung, analysée par Freud puis par Ferenczi, vint s’installer en France en 1921 et fut la première à pratiquer la psychanalyse. Elle analysa René Laforgue, Edouard Pichon et Sophie Morgenstern.

>ポーランド出身でユングと親交が深く、フロイト、そして後にフェレンツィの分析を受けたウジェニー・ソコルニツカは、1921年にフランスに移住し、精神分析を実践した最初の人物となった。彼女はルネ・ラフォルグ、エドゥアール・ピション、ソフィー・モルゲンシュテルンらを分析した。

ソコルニツカはモルゲンシュタインはEarly Women Psychoanalystsの同じ章で「ポーランド系ユダヤ人の女性の先駆者」として登場する。著者は、精神分析家の自殺(psychosuiciders)について調べているときに二人のことを知ったという。二人とも若くして、しかもパリで自殺している。

つながりのなかで欠かせない人を知ることも大事だが、知られていないことが欠けているということではないのはいうまでもない。

毎日、単に、歴史は大事、と言い続けているような気がするが、実際そうなのだから自分にも言い続けたい。そうじゃないとすぐ忘れちゃうのが人間かもしれない。というか私がそうなのだが、それではいけないのである。だからみんなで協力して忘れずにいたい。

東京はいいお天気になるみたい。良い一日になりますように。

かりん定点観測
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子どもの精神分析の歴史、Sophie Morgensternのことなど。

いいお天気。あっというまの一週間。困った困った。でも週末はなんだか嬉しい。

昨日、書いた子どもの精神分析に関わる分析家(女性ばかり)のことをAIに英訳してもらった。彼女たちに関する論文を検索するときに便利だから。

One of the best-known pioneers is Hermine Hug-Hellmuth (1871–1924). Before Anna Freud and Melanie Klein, she sought to understand children’s mental lives from a psychoanalytic perspective through their play, dreams, and everyday behavior. Sabina Spielrein (1885–1942) also published research on children’s psychological development as early as 1913.

This brings to mind Early Women Psychoanalysts: History, Biography, and Contemporary Relevance (Routledge, 2024), edited by Klara Naszkowska, which I introduced here previously. The volume brings together the lives and contributions of pioneering women psychoanalysts whose work has often been overlooked or insufficiently recognized in conventional histories of psychoanalysis.

Although Hug-Hellmuth is not included in this volume, it features Spielrein, as well as Beata “Tola” Rank (1886–1961), who was involved in psychoanalysis and education in Vienna during the 1920s and later made significant contributions to the development of child psychoanalysis in the United States. It also includes Margarete Hilferding (1871–1942), who became the first woman admitted to the Vienna Psychoanalytic Society in 1910 and engaged with questions of motherhood and women’s rights. Meanwhile, in France, Sophie Morgenstern (1875–1940) developed an approach to child psychoanalysis that drew on children’s drawings and other forms of symbolic expression.

精神分析は人と人のつながりの中で世界に広がっていったものだから、私もそれを少しずつ追って、現代とのつながりを見失わないようにしたい。たとえば、フランスのソフィー・モルゲンシュテルン(Sophie Morgenstern)は、フランソワーズ・ドルト(Françoise Dolto,1908–1988)に直接的な影響を与えた分析家だよね、ということはドルトの知名度と比べたら全然知られていないことだと思う。なにかが生まれるにはそこに連なる歴史がある、そういう重みを忘れないことも大事。だからしょっちゅうこういう作業をしているわけだ。

ソフィーは1920年代から1930年代にかけてパリのヘンリ・ルーセル病院などに勤務し、子どもの描画を精神分析的な表現手段として体系的に活用した先駆者ともいえる人。彼女は、成人のような言葉での自由連想を行うことが難しい子どもにとって、描画がそれに相当する表現手段となりうると考えた。ドルトはモルゲンシュテルンの手法を受け継ぎ、身体、言語、欲望、他者との関係を独特の仕方で結びつけ、英米とは異なるフランス独自の子どもの精神分析を発展させた、と書くのは簡単なのだけど、ドルトは師であるモルゲンシュタインの自殺を経験している、と知ると二人の人生と理論の幾重もの重なりあいが見えてくる気がする。もちろん、ドルトが師の死を経験したという事実と、その経験がドルトの理論にどのような影響を及ぼしたかという問題は別のものだけれど。

モルゲンシュテルンは1940年6月、ナチス・ドイツによるパリ占領の時期に自殺した。これについては、昨日も参照したEarly Women Psychoanalysts: History, Biography, and Contemporary Relevance (Routledge, 2024)に詳しく書いてある。Part Four: Beyond the Holocaust 11. Eugenia Sokolnicka and Sophie Morgenstern: The Intertwining of Life, Work, and Death という題をみるだけで気持ちが沈む。

モルゲンシュテルン自身も、かつて自分の分析家だったソコルニツカを自殺によって失った。精神分析の歴史とは、分析家たちが互いの人生に深く関わり、ときにはその死を経験しながら続いてきた歴史でもある。ここの章題も The Intertwining of Life, Work, and Death.。まさに。

ここにあるのは個人的な喪失だけではない。ヨーロッパのユダヤ人精神分析家たちが置かれていた歴史的状況がいかなるものであったか。私たちは忘れずにいる必要がある。モルゲンシュテルンの死をナチスによる占領と切り離せないように、精神分析の発展も、迫害や亡命、戦争から切り離して語ることはできないから。最近、日本の学会でも、戦争と精神分析は継続的なテーマになってきたのはとても大事なことだと思う。そこでは改めて歴史の読み方、参照すべき資料の吟味、など基礎的なことが色々問い直されもするだろう。

行きつ戻りつ歴史を歩む。今日もそのプロセスにある。良い一日でありますように。

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子どもの精神分析の歴史を少し。

早朝は大きな雲が多かったけどどの雲も光をまとって明るかった。今日も東京はいいお天気らしい。それにしても肌寒くなってきた。

さて、今年11月、福岡で行なわれる精神分析学会第72回大会では、子どものセラピーも大人のセラピーもやってきた身として、そのシームレスな部分、というか、精神分析においてそれらは重なり合うものだということを確認してみたいと思っている。もちろん、子どもとの関わりには慣れや「うまさ」の違いもあるだろうし、固有の訓練や経験も必要になる。しかし、それは子どもと大人の精神分析が、まったく別の営みであるということとは違うと思うのである。

もし、精神分析家にそんなふうにいわれたら、精神分析を受けたりしたりしているのに?と思ってしまうかもしれない。実際は思わないけど。精神分析を受けたり、行ったりすることで、人の心の原初的な部分に触れているはずなのに、その対象を子どもか大人かで分けてしまうのはどうなのかしら、とは思う。

精神分析の歴史を振り返ってみると、精神分析の対象として、大人とは異なる存在である「子ども」に関する議論をおこした一人にアンナ・フロイトがいる。

フロイトの末娘であるアンナ・フロイトは、フロイト以降のウィーン学派を象徴する存在であり、ベルリン学派のカール・アブラハムの理論を継承したメラニー・クラインと並んで、児童精神分析の創始者として知られている。

1930年代、アンナ・フロイトは父フロイトの精神分析を自我心理学へと発展させた。その代表的な著作が『自我と防衛機制 The Ego and the Mechanisms of Defence』(1936)である。彼女はフロイトの自我の構造論的モデルと不安・防衛論に準拠しながら、防衛機制を体系化し、理論的な整合性を与えた(ここでのモデルは小此木啓吾の分類に準拠してみた)。

アンナの重要な貢献は、こうした防衛機制を心身の発達と結びつけて考えたことである。防衛機制は発達の過程に応じてその現れ方や働きを変えていく。アンナ・フロイトは、この発達的視点を精神分析に持ち込み、後に発生・発達論的自我心理学(小此木)と呼ばれる立場を発展させた。

つまり、アンナ・フロイトにとって子どもは、単に小さな大人ではなかった。子どもの心を理解するには、その子どもが発達のどの過程にあるのか、どのような自我の機能を獲得しているのか、現実の養育者にどの程度依存しているのか、といったことを考える必要があったのである。

このことは治療技法にも関わってくる。アンナ・フロイトは、子どもの自我が発達途上にあることや、現実の親との関係が継続していることを重視し、大人の精神分析をそのまま子どもに適用することはできない、と考えた。子どもの分析には、教育的な働きかけを含め、大人とは異なる配慮が必要になる。

一方、クラインは異なる方向から子どもの精神分析を切り開いた。クラインは、幼い子どもにも無意識的幻想や不安、対象との関係が存在し、転移が生じると考えた。そして、子どもの遊びを大人の自由連想に相当するものとして捉え、遊びを通して無意識を分析する技法を発展させた。

この二人の違いは、単なる技法上の違いではない。子どもの心をどのようなものとして捉え、何を精神分析の対象とするのかという、理論的な違いでもあった。

アンナ・フロイトが子どもの発達上の固有性を重視したのに対して、クラインは子どもと大人に共通する無意識的な心の働きを重視した、と大まかにはいえるだろう。もちろん、クラインが発達を無視したわけでも、アンナ・フロイトが無意識を軽視したわけでもない。

ここで考えたいのは、子どもと大人の違いを認めることと、子どもと大人の精神分析を別々のものとして考えることは、必ずしも同じではないということである。

たとえば、ウィニコットが精神分析において重視した「遊ぶこと」は、子どもだけのものではない。大人の分析においても、遊ぶことができるかどうか、あるいは遊ぶことが可能になるかどうかが重要な問題になる。

同じように、依存や退行、象徴化、対象との関係など、精神分析が扱ってきた心の働きは、子どもから大人へと年齢を重ねることで消えてしまうものではない。もちろん、その現れ方は変わるし、分析家がそれにどのように関わるかも異なるだろう。

しかし、そうした違いを認めたうえでなお、精神分析が対象としている心は、子どもと大人という区分によってきれいに切り分けられるものではないと思うのである。

むしろ、子どものセラピーをしているときに大人の分析で経験したことが役立つこともあれば、大人の分析をしているときに子どもとの仕事で経験したことが思い浮かぶこともある。そうした経験は、私にとってはごく自然なことである。

だから、子どもの精神分析と大人の精神分析を区別することの意味を、もう一度考えてみたい。違いがあることは確かだ。しかし、その違いは何によって生じているのか。そして、何が両者に共通しているのか。

精神分析の歴史のなかで子どもがどのように登場したのかを振り返ることは、精神分析がそもそも何を考え、何をしているのかを考え直す(ややこし)ことにもなるのではないだろうか。

フィリップ・アリエスの『〈子供〉の誕生――アンシァン・レジーム期の子供と家族生活』(原著 L’Enfant et la vie familiale sous l’Ancien Régime)は1960年刊行で、アンナたちより遅いが、歴史のなかで〈子ども〉がどのような存在として扱われてきたかという視点は、現代の精神分析がとりいれるべき視点でもあるだろう。

確認だが、児童精神分析の歴史は、アンナ・フロイトとメラニー・クラインから始まったわけではない。

よく知られているのは、ヘルミーネ・フーク=ヘルムート(Hermine Hug-Hellmuth, 1871–1924)だろう。アンナ・フロイトやクラインに先行して、子どもの遊びや夢、日常の行動などを通して、その心を精神分析的に理解しようとした人物である。ザビーナ・シュピールライン(1885–1942)も1913年には子どもの心についての研究を発表している。

以前ここで紹介した、Klara Naszkowska編の『Early Women Psychoanalysts: History, Biography, and Contemporary Relevance』(Routledge, 2024)を思い出す。この本は、精神分析のパイオニアでありながら、その貢献が十分に語られてこなかった女性たちを取り上げた一冊である。

フーク=ヘルムートはこの本には収録されていないが、Sabina Spielrein シュピールラインのほか、1920年代のウィーンで精神分析と教育に関わり、後に米国で児童分析を発展させたベアタ・「トラ」・ランク Beata “Tola” Rank(1886–1961)や、1910年にウィーン精神分析協会初の女性会員となり、母性や女性の権利について論じたマルガレーテ・ヒルファーディング Margarethe Hilferding(1871–1942)などは本書で取り上げられている。さらに、フランスではゾフィー・モルゲンシュテルン Sophie Morgenstern(1875–1940)が子どもの描画や象徴的な表現を用いた分析を展開していた。

フロイトを中心に組み立てられた精神分析史からは見えてこないことがたくさんある。こうした女性たちの仕事をたどると、子どもの精神分析もまた、異なる地域で積み重ねられた臨床的な試みのなかから発展してきたことに改めて思いを馳せることができる。

近年、改めて光が当てられつつあるこうした精神分析の歴史を参照することは、精神分析史が何を記録し、何を取りこぼしてきたのかを考えるためにも重要だろう。

彼らについて書き始めるとキリがないが、学会までに少しずつ書いてみてもいいかなと思っている。とりあえず今日をがんばりましょう。良い一日になりますように。

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子どもの動き

朝の光がきれい。風はひんやり。関東も地震が増えている気がする。

今日もTシャツの上に薄手のなにかを羽織り、リュックに薄手の上着も入れておく。最近みつけたAXESQUINが展開するアウトドアブランドの素材の手触りを気に入っていつも持ち歩いている。ユニセックスで私には少し大きめだけどサクッと着られていい。この時期のハイキングだとさらにウインドシェルとか持っていったほうがいいな。常備のレインウェアも防寒の足しになる。近々また山に行く予定。

小さい子たちと会っていると、ドアから入ってくるなり、Tシャツや靴下に私の注意を向けようとすることがある。胸を突き出すようにしたり、靴を脱ぐなり小さな足をこちらに向けたり。「カーズだー」「ポケモン!」「恐竜だね」など応じると誇らしげな顔をしていつもの動きにはいる。時々、なんとも名付けようのない柄のときもあり、色や形で応じることもある。いつも会っている子だと、こちらが応じるのが半テンポ遅れること自体を面白がっているときもある。実際、なんじゃこりゃとなることもある。小さな一往復のやりとり。そしてその満足の重要性。とてもかわいらしい。

大江健三郎「共通の言葉を作ること」 ( 『言い難き嘆きもて』講談社文庫、2004年所収)
にこんな文章がある。

>そうだ、戦中の森のなかの子供だった私も、物語を想像しては身体の動きを励ましたものだ。想像の展開が、たとえば遊び仲間の陣地にしのびよるというような動きにメリハリをあたえた。

プレイセラピーでの子どもの動きを見ていると、大江のいうようなことが起きていると感じる。言語化は事後的なものだし、体験はそれぞれのものだが、その動きの質が、そこにどんな自然があり、どんな音が聞こえ、どんな色のなかにいて、今この子は、どんな世界にいるのだろう、と想像させる。そこに人はいるようだが、人とは距離を保っていることが多いように感じる。不安で、不穏で、少し怖いような環境で、自分の身体を動かすことをたよりに進んでいく。突然威嚇するような大きな声をあげたり、森の王者になったように胸をはったり。プレイセラピーの世界は夢と似ている。

彼らは突然、待合室の親のところへいくことがある。怖い夢をみたあとの子どものように。プレイルームに残される私は夢の守り人でありたいと願う。

こう書きながら、私の一部はいつのまにか上橋菜穂子の『夢の守り人』のなかにいる

そういえば、北千住の古書店で買った上橋菜穂子とチーム北海道による『バルサの食卓』というレシピ文庫本。なにかが足りなくて、作りたいのにまだ作っていないレシピがあることを思い出した。日常はせわしないな、こんな風に。今日もなんとかがんばりましょう。いいことありますように。

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岩川ありさ『物語とトラウマ』とか。

朝焼けがきれいだったが、今は日射しはおさまっている。ショコラの香りがする熱い紅茶をいれた。

私には大切な本がたくさんある。今朝は、そのなかでも最近の本について書く。といっても、私の「最近」はここ20年くらいだが。家、学校、友達、バイト、大学、社会と世界が広がっていく中で読書体験はどんどん変容していった。そこには連続性もあるが断絶もある。子どもの頃はやはりまだ時間があった。その頃に出会った本から受けた強烈なインパクトを今の私が感じることできるとは思えない。

それでも本を読み続けているので、今朝は私にとってはとても最近の本について書く。トラウマの記憶について、いつも参照するのは中井久夫『徴候・記憶・外傷』(みすず書房、二〇〇四年)でだが、岩川ありさは『物語とトラウマ クィア・フェミニズム批評の可能性』(青土社、2022年)において、中井が同書で述べたトラウマの記憶を整理して使用している。自身のトラウマの記憶を「語れば癒える」という素朴な物語の回復の話にはしない岩川が、そこで呈示しようとしているのは、物語そのものではなく、物語がずれ、ほつれ、読み替えられ続ける可能性である。可能性を語る岩川の丁寧な論じ方は精神分析的な考え方との親和性も高いように思う。実際、岩川は、「フロイトは、ある出来事がトラウマとして認められるのは外傷に因果関係が発見された後であるという「事後性」についても指摘している」と「事後性」(Nachträglichkeit)もとりあげている。

岩川は「事後性」の「事後」が生じる瞬間を心と身体すべてで体験している。そして、その経験と研究や理論の言葉とを切り離さない。そこには、自分の体験を外へ開くという熾烈な試みがなされる場で必要なことが書かれているように思う。自分の心を守りながら、それでも外へと開いていくための言葉、なかでもその文法に焦点をあてる岩川の方法は、多くの読者の助けになるのではないか。

岩川が言う通り、「精神医学や心理学におけるトラウマ研究では、「非物語的なトラウマの記憶の物語への変容」という課題に対して、語りえぬものの領域や夢へのアプローチを欠かさないできた」。岩川は物語の力を以下のように述べる。

>物語は、自分をかたちづくると同時に、自分を縛りつける枠組みでもある。しかし、それと同じくらい、自分の生を規定しようとする力に抗い、支配的な物語のあり方を解きほぐすよりどころでもある。

>人生のそれぞれの段階において、物語の受けとめ方は変化し、新たな読み方の可能性が生まれる。支配的だと思っていた物語のほつれ目に、思いもよらない手がかりを発見することもある。

岩川は新しい物語とか、正しい物語があるとはいっていない。むしろ、物語と暴力について書いてきた内藤千珠子の姿勢を引き継ぐ。

>さまざまな事件を「物語の定型」に乗せて流通させ、消費し、その型を反復するときに生じる暴力の危険性に言及し、「物語が定型と化してゆく過程で生じた、いまでは忘れ去られてしまった意味の軌跡」をたどり、「細部に反響する声」を拾い集めようとする。

岩川も「細部に反響する声」を知りたいと願う。

そして、竹村和子の「ずれ」についての記述も合わせてこう述べる。

>同時に「集合的な物語」が「参照の枠組み」となりつづけ、そこから逃れられる人はいないことも竹村は示唆する。だが、竹村は、かならず「普遍的なものを個別的に実践するとき」、「ずれ」が生じるという。

>(物語がずれてゆくところにこそ)個別の物語が持っている可変力がある。それと同時に、普遍的とされる価値観や社会の規範、社会のあり方を変容させる可能性も物語のずれには生じうる。

>本書で私が見出したいのは、「ずれ」がいかにして小説のなかで起こりうるのかであり、トラウマ的な記憶について語る定型の物語を少しずつずらそうとする言葉の働きの探求である。

私たちは、普遍的、集合的な物語から完全に外に出ることはできないと感じるかもしれない。しかし、実際は、それぞれが生きる現実は多様であり(当たり前だが忘れられがち)、それを個人が生きるたびにその物語には必ず「ずれ」が生じる。その個別的なずれが逆に集合的な物語を変えていく可能性を持つ。

私がここで何度も書いてきた「概念と実践」の問題にもかなり近い発想だと思う。概念を捨てれば自由になるわけではない。概念なしには経験を考えることもできない。しかし、個々の臨床実践が概念にぴったり収まらない。その収まらなさを誤差として消去せず、概念の側を変化させる契機にする。岩川が文学について述べていることと似た構造がある。

「細部に反響する声」をこそ、私は知りたいと思う。
という言葉にも私は強く同意する。

今週発売になる『精神療法』第52巻第5号「大人の自閉スペクトラム症(ASD)の精神療法」 のReview of Books Abroadの欄(未邦訳の本を紹介するページ)でAnat Tzur Mahalel著Reading Freud’s Patients : Memoir, narrative and the analysand を紹介した。Anat Tzur Mahalelはフロイトの患者の回想録を「精神分析文学」として文芸批評の対象としたが、そこでも患者を単なる「フロイトの患者」という型にいれない慎重さを感じた。彼女の視線も岩川と重なるところがあるように思う。

共にいるからといって、共著者にはなれない。その人が自分に起きた出来事と共にあることができるように、聴き手にも読み手にも注意が必要である。

岩川は言葉のある側面について柔らかく記述する。

>ある光のようにして、たがいがたがいを支えあうような言葉の回路が「傷」を通して開くことがある。その瞬間を本書では捉えたい。自分でも把握することができないトラウマ的な出来事は、他者の物語や証言と出会うことによって、これが私に起こったことなのだという認識をもたらすことがある。トラウマについて語ることは困難さをともない、語りを聴くにも十分な準備が必要となる。語り出すまでの沈黙、叫びや息づかいに注意深くなり、時間をかけて言葉を待ちながら、トラウマについて語る人と聴く人との言頼関係をたがいに築き、傾聴することが求められる。

意識されることは少ないかもしれないが、私たちは、切実な体験をたやすくひとつの物語に回収してしまわないために、それぞれになにかしらの抵抗をしてきたのだと思う。語らなかったり、忘れたり、同じことを何度も思い出したりしながら。今日もそういうことを思い出したり、忘れたりしながら過ごすのだろう。岩川ありさ『物語とトラウマ――クィア・フェミニズム批評の可能性』(青土社、2022年)、ぜひ読んでほしい一冊である。

スイセン

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精神分析

境界とか協力とか。

たくさん歩いて、たくさん喋って、よく寝た。日焼けした。涼しさに油断して日焼け止めを忘れた。丸く穴ができる服をきていたがまるく赤くなってしまった。それにしてもよく寝てもまだ眠い。何度寝でもできそうな気がする。


机の上に積み上げられた資料をどうにかせねばならない。積み上げていてもそんなに問題なかったということは一気に捨ててしまってもそんなに問題ないのかもしれない。多分、実際そんな気がする。


ジャック・ラカンのセミネール、第4巻『対象関係』(Le séminaire Livre IV: La relation d’objet)の最終回(第24回、1957年7月3日)の講義「ハンス・フェティッシュから鏡の中のレオナルドへ」(De Hans-le-fétiche à Léonard-en-miroir)の資料もあった。ハンス論文におけるフェティシズムなど(雑)を論じた論文だが、書いてあるメモがひどい。珍しく読める字で書いてあるが、このときの講師は本当にこんな話をしたのだろうか、ということが書いてある。本自体は持っているからこういうのは捨ててしまおう。


原著がフランス語の本の資料と思しきものが多いが、難解。こんなの読んだの覚えていないよ、というものは資料を見直するより本を読み直したほうがいいのだからこれも捨ててしまおう。
という作業を続けていけばいいのだろけど、それだけでも相当の時間がとられそう。毎日少しずつやっていこう。


昔からの友達と会話しているとそこに特に一貫性がなくてもおしゃべりは続いていく。5人以上とかなると急にそっちの話題になったり、あっちからの質問に答えたり、みんなでどっと笑ったり色々ある。

SNSでもなんでもそうだけど、自分がいいたいことだけ、それが言える環境でだけ出していくやり方が多い昨今、人の話を聞きながら話すということができることは普通ではなく貴重になってしまったのかもしれない。

いつでもメッセージが送れたりする時代だから、とか理由付けは色々できるのかもしれないが、自分の都合最優先の人たちが「どうして自分のほしいものがもらえないのか、こんなにいっているに」みたいなことはインターネット時代以前からのこと。

ただ、たしかに、いつでもどこでも、が可能になってしまったことで境界という感覚が曖昧なことさえ気づかれなくなってきたというのはあるかもしれない。心のなかに境界概念がないと、身体で覚えていくしかない部分もあるので、外的な枠組みやルールの設定もそういうことを考えてしていく必要がでてきてしまう。トリックアートではないけど、壁に書いてあるだけドアを開けようとしたらノブを触れなかったみたいにしてはじめて気づくとかがふえているのではないかな。


乳児の場合は、生身でも身体ごと抱えられないと心のまとまりがつかない、ということがあるように感じるし、精神分析理論はその辺を十分に描写してきたと思う。病気や障害がある場合にも、本人がどうしても抱えきれないものを抱えやすくしたり、一緒に抱えたりする機能は支援者に必要だろう。私が問題にしているのはそういうことではない。自分にもあるはずのその機能を使って責任を引き受けることを、どうにかして避けようとする心のことである。

責任を引き受けたくない心というのが現代の課題なのだろう、とよく思ので、人の責任をたやすく肩代わりしない心も同時に育てていく必要があるということなんだろうな。でもそれって内的には関りを絶たれている状態なのでなかなか難しい。自分の思い通りにしたい、というのが基本的な欲望である人は少なくないというか、たとえそれが基本だとしても、それでは人を大切にできないからどうにかしていかないと、と本気で思えるようになるのは簡単ではない。そう思うまでの出来事ですでに弱っている場合もあるし、自分のそういう部分に出会うのは本当に苦痛である。相手が悪いということにしたくなる気持ちが強まるばかりのフェーズもある。だから、お互いいろんな守りや工夫や、心の強さ的なものを育てあっていかねばならない。となると、やはり基本は「協力」であって、それは「設定」を守れるかどうかということになるのだろう。


思い通りにしてあげられないことを責められたり、色々されたりしても、それがあなたのためだと私は思うからそうやっている、といえたとしても、いうほうもその時点でかなりダメージを受けていたりする。だから、心に関わる人には、たくさんの知識と、現場での経験から学び続けることがずっと必要ということになる。大変なことだ。


まあ、今週もあれこれ考えつつがんばりましょう。

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歴史とか行動とか。

今朝も風が涼しい。柿も美味しい。雨ばかりだったけど今日は晴れるみたい。嬉しい。


昨日、土居や小此木たち、日本の男性精神分析家たちが「母性」を素朴に前提としすぎではないか、と書いた。


カッコつきの「愛」が家族の内部、とりわけ母子関係に集中して位置づけられるようになったのにも歴史がある。


木本喜美子(1995)『家族・ジェンダー・企業社会――ジェンダー・アプローチの模索』(ミネルヴァ書房)で、木本は、近代化とともに子どもの養育を中心課題とする(近代家族)が析出し、そこでは子ども観の変化が決定的に重要であった、と述べた。

まず、木本は、家族社会学が前提としてきた家族モデルについて、こう述べる。


>山田昌弘および落合恵美子らが喝破したように家族社会学、とりわけアメリカにおけるそれは、その成立段階における支配的家族の特徴を家族の本質として敷衍し、それをもっとも進んだ段階の家族として位置づけていた〔落合 1989:144-145〕。すなわち家族社会学が分析し記述したものは、家族の普遍的側面ではなく、当時の支配的な家族としての<近代家族>の特徴にすぎなかったのである〔山田 1986:52-63〕。のちにも触れるが戦後日本の家族社会学が多くを負っているのは、このアメリカ社会学のパラダイムであった。成立当初の家族社会学が前提として組み込んだ支配的家族とは、以下でとりあげる<近代家族>にほかならない。(22頁)

家族社会学が「成立段階における支配的家族の特徴を家族の本質として敷衍」したという指摘は、土居を検討する際にも重要かもしれない。「戦後日本の家族社会学が多くを負っているのは、このアメリカ社会学のパラダイムであった」。この指摘は、土居の「甘え」論についても、その記述を支える家族像を問い直す視点になる。日本で観察された母子関係から、どこまで人間の普遍的な依存や「甘え」を論じられるのか。観察された関係のなかに、すでに歴史的な家族規範が入り込んでいることは考慮すべきことだろう。

また、木本はヨーロッパを中心とする家族史研究を概観し、フィリップ・アリエスは、『<子供>の誕生』[Aries1960]が明らかにした近代化の過程を通じて家族がいかに変容したのかに言及する。
引用する。


>その主要な成果は、近代から現代にいたるまでの家族観念と中世におけるそれとの間には、天と地ほどのへだたりがあることを明らかにした点に求められる。これは「子どもの成長をあたたかく見守る家族」という私たちの家族イメージと規範が実は社会の近代化過程においてはじめて定着をみたものであって、それ以前には独立した「子ども時代」という観念が存在しなかったという驚くべき発見によってもたらされた。(中略)私たちになじみの深い純粋無垢な子ども期、かわいがりの対象であり保護と教育を必要とする子ども期を中心として組み立てられる家族生活というイメージは実は、歴史の途上で、十六世紀から十八世紀にかけて徐々に形成されたものであった。したがってこうした営みを人間の本質として、あるいは家族の本質として安易に位置づけることはできない。近代化とともに子どもの養育を中心課題とする<近代家族>が析出したのである。そこでは子ども観の変化が決定的に重要であった。すなわち子どもを一方ではかわいがりの対象とし、他方では無垢な存在であるがゆえにきびしくしつける対象ととらえる子ども観が形成されたのである。こうした契機に加えて、公的生活領域と私的生活領域とを区別し分離しようとする傾向が現れる。家族と他の社会関係とを隔てる境界を高くするような営みが、十八世紀に出現するのである。その結果、家族は家族の外部に向かっては閉じた領域となり、家族の内部では子どもの養育を中心課題として凝集性を高めること、そして相互の情緒的結びつきを強めることが意識されることになった。(引用終り)

ここでの子どもは、かわいがられると同時に、厳しくしつけられ、教育される存在として位置づけられている。土居の「教育ママ」の記述も思い出される。子どもへの情緒的な関心が高まることと、子どもを一定の姿に育てようとする要求が強まることが、一緒に描かれているともいえよう。そして、養育を女性の責務とすることで、子どもを中心にした家族の親密さが、女性への役割の固定と結びついていくわけである。

さらに木本は、その家族モデルの実現と浸透に階級差があったことも押さえている。誰もが同じように暮らせたわけではないのに、そのモデルが社会全体の規範になる。すると、それを実現できない家庭や母親が「不十分」と評価される問題も見えてくる。精神分析のブルジョワ性が批判されるとしたら、精神分析にはつながりにくいこれらの人たちに対するまなざしの弱さかもしれない。

そんなことを考えていたところで、北大路書房『心理学は行動から何を語るか』刊行記念オンラインイベント第1弾「行動から何を語り合えるか:心理学と生物学の水際で」をみた。


佐藤駿さんによるカワスズメ科魚類(シクリッド)の研究、なかでも協同繁殖の話が面白かった。


協同繁殖というと、つい「みんなで子育て」「助け合う」といった、なにやら温かいものを思い浮かべてしまう。しかし佐藤さんは、たしか「お金を稼ぐのを協働といえばそうもいえる」という趣旨のことを話していた。なるほど。協働だからといって、そこに愛や善意を読み込む必要はない。まず、何をしているのか、その行動がどんな機能をもっているのかを見る。
これはわかりやすい。ただ、人間の場合は、木本が述べたように、役割分担が形づくられ、変化してきた歴史が動物とは異なる。


昨日は歴史の側から、母が子を育てることに「母性」を当然のように結びつけることを疑った。今日は、生物学の側からも、養育を「母―子」という二者関係だけから考える必要はないのだなと思った。異なる領域から眺めることで、自分の領域で自明になっている前提が見えてくるという体験は学習においてとても大切だ。

精神分析の概念だって、精神分析の内部だけで考える必要はない。そもそも精神分析自体が学際的な領域なのだから、土居が日常語の「甘え」を精神分析のなかで活用したように、むしろそのインターセクションを活用してみればいい。と意気込むにしても、やはり概念化の歴史は大事、と一歩進んで二歩下がる。
もっと時間がほしいが、ないものはないというか、まったくないわけではないのだから少しずつやる。

ところで、共同繁殖ってなんぞや、という人、動物行動学に関心のある方は、小田亮・橋彌和秀・大坪庸介・平石界 編『進化でわかる人間行動の事典』(朝倉書店、2021年)がおすすめ。
出版社HPの紹介を引用させていただく。

>「食べる」「考える」「結婚する」など,ヒトの日常的な行動について,主に行動の機能と進化史に焦点を当て解説した中項目事典。コラムや用語解説も盛り込み,人間行動進化学がヒトを観る視点について知ることができる。(引用ここまで)

どの項目にも「機能」と「進化史」の小項目が必ずあって、「しくみ」とか「発達」とかが書いてある項目もある。こういう構成を見るだけでも、やはり歴史は大事、とまた同じところに戻ってくる。そしてなんと、私的には「なんと」と嬉しい気分になるだけだが最初の項目は「遊ぶ」。行動の事典だから当たり前なのだろうけどみんな動詞なのがいい。「甘える」はもちろんない。「もちろん」と書いたのは、「甘える」を一人の主体の行為として捉えるのは、どうにも心もとないからである。「遊ぶ」「慈しむ」「育てる」「飼う」「助ける」とか「信じる」「信頼する」「見つめる」とかが関係しているか。相手がそれを受け取る、拒む、気づく、感じ取ることまで含めて、はじめてその現象が成立する。その意味では、「甘える」は行動というより関係の様態に近い。というか、土居自身、「甘え」は「甘える」という自動詞から派生した名詞である、とわざわざ書いていた、と思う。

事典をもとに「甘え」を追いたいのだが今朝も時間がない。またいずれ。


今朝は、木本が歴史に即した、ごく「普通」の感覚を示していたのでそれを論拠に「甘え」概念を少し振り返ってみた。それにしても動物行動学の説得力とわかりやすさもいい。特別な思想を持ち込まなくても、生き物、生活、歴史に目を向ければ疑問は生じる。日々できることとして、概念をうのみにせず、その起源と歴史を意識していきたい。
どうぞ良い一日を。

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精神分析

前提を疑った話。

早朝、窓を開けたら北側から強い風がはいってきた。寒いくらいの風になってきた。昨日の日中はとても暑かったけれど。

さて、今日もしつこく、土居の「甘え」理論。私は土居には一度しか会ったことがないし、直接話したこともない。土居がどのような人だったかについては、すでに多くの人が、自分と土居との関係から、その思い出めいたものを話したり書いたりしている、ということは何回か書いた。

私は土居その人よりも、土居の「甘え」という概念に惹かれた。それが人間土居と切り離せないものであるならなおさら、土居が「人間フロイド」に書いたように、私もその書き物と「格闘」したいと思う。


昨晩した投稿。

土居健郎の「甘え」をそれなりに丹念に理解しようとしているつもりだが、どうしてそんなに素朴に母性に責任を負わせられるのか、と思うので、読みにくさはある。小此木啓吾の講義を受けていたときにもそれは感じていた。


思い浮かべたのは、土居のこんな記述である。「聖書と「甘え」」という論考から引用する。

>以上のべたことと関連していま一つのべておきたいことがある。それは現代の母子関係は伝統的なそれと比較して多分に変わってきているのではないかと思われる節のあることである。育児に専念する母親の数は近年著しく減った。女性は男女同権の旗印の下に社会に進出することを求め、極端な少子傾向が蔓延している。更に数少ない子供の育児もいきおい母親ペースで行われる。このことが人工栄養の普及によって可能となったことは疑いを寄れない。たしかに人工栄養の進歩は不可避的な理由で母乳が得られない場合、大きな恩恵をもたらすが、しかし人工栄養が授乳の様式を子供本位から母親本位に変化させることに大きく寄与したことが問題である。かくして母親は子供の甘えを受けとめる者ではなく、むしろ子供の甘えを規制する者となった。巷間用いられることの多い教育ママの呼称が何か侵入的な印象を伴い、すべてを包み込む従来の母親像から大きくずれていることはそのことを暗示する。甘えが何かよからぬものであるかのごとく見なされる傾向はこれとともに生まれたのである。もちろんそれでも「甘え」がなくなることはあり得ない。しかしそれはもはやうぶで素直な甘えではない。それはえてして甘ったれた、媚びるような、あるいはつけこむ甘えとなる。これはすぐれて現代的な現象と言わねばならぬのである。なおこの種の甘えを精神分析の考え方を借りて甘えの性愛化と呼ぶことができるであろう。(引用ここまで)

私はこれを読んで「なにいっちゃってんだろう」となった。「甘え」がよからぬものとされはじめたのはここからですと?私は、日々の臨床で多くの「母親」たちと会ってきたが、母乳神話にいまだ苦しめられる母たちの話もたくさんきいてきた。土居がそういっているわけではないが、「不可避的な理由で母乳が得られない場合」とは?となる。土居は、ここで、女性の社会進出、人工栄養の普及、母親による侵入、甘えの性愛化という、異なる水準の事柄を流れるように結び付けているが、こういうところにこそ丁寧でないと、「甘え」概念の使用はとても限定的になるのではないだろうか。


また、土居は「人工栄養が授乳の様式を子供本位から母親本位に変化させることに大きく寄与したことが問題である」という。この前提もどうかと思う。母乳による授乳は子ども本位であると?人工栄養による授乳は母親本位になりやすいと?授乳こそ子どもの欲求と大人の欲求が重なり合うところかもしれないが、それを区別することなどできないだろう。母乳だとどのくらい飲んだかわからなくて心配になる、とかそういうリアルな感情も授乳の様式の変化には含まれる。子どもと大人がともにいるときの複雑な感情を言葉にできるのは大人だけであるが。


また、人工栄養の普及は、母親以外の人間が授乳という行為に参加できるようになることでもあるので、誰がやってもいいわけである。父親だってできる。別の人にだってできる。養育の可能性は広がったわけで「かくして母親は子供の甘えを受けとめる者ではなく、むしろ子供の甘えを規制する者となった」ではないのである。

まだまだいいたいことはあるが、時間がない。ちょっとだけ書くか。

臨床状況によくあるのは、母親以外の養育者が引き受けない養育に必要な行為や感情的な負担を、母親が引き受け、その母親が引き受けきれない部分を子どもが引き受ける、という構図である。これはヤングケアラーの文脈でよくあるものかもしれない。だとしても、それを誰かの「甘え」として記述することはできない。

「甘え」は子どもにも大人にもある。そして「甘え」は相手に依存せざるをえない。閉じない、というよりも閉じる契機が最初からない。相手がいるということは、その相手には自分とは異なる欲望や限界があるということでもある。それによって「甘え」がなくなるわけではない。「甘え」が迷子になるだけである。

「甘え」の対象は予め決まっていて、その対象にはその義務を果たす必要がある、などと「甘え」はいっていないし、そういわれてもそんなことは不可能だろう。土居がするように「神」を甘えの対象として想定することはできる。しかし、甘える主体にとって重要なのは、対象が存在すると信じられることだけではなく、その対象が実際にどのように機能するかだろう。土居は、「聖書と『甘え』」において、信仰の対象としての神に対する「宇宙的甘え」なるものも記述している。これはやや遊びがはいっているのか、真剣に遊んでいるのかよくわからないが、「甘え」は人間の話である。結果として「甘え」と名づけることが適切であるような心の動きは、一人の心のなかだけで成立するものではない。「甘え」は、その人と相手とのあいだにしかない、といってもいいだろう。

環境は、子どもがそれを信じることによって成立するのではなく、実際に何かをしている。それは、心的表象としての対象や環境の機能を心がどのように経験するかに先立つものである。
「甘え」が対象を必要とする概念であることは間違いない。しかし、その想定が母親であっても、父親であっても、神であっても、それだけで事足りるわけではない。土居は力動という見方を大事にするではないか。その人がそこにいて、何をしているのか。あるいは、何をしていないのか、そして、それはどのような相手との関係のもとで生じているのか、そのとき相手にはなにが起きていると想像しているのか。あるいは想像なんてしていないのか。土居が精神分析的臨床のなかに「甘え」で説明できるなにかを見出したのであれば、それを母親の存在に集約できるはずもない。

書きなぐるように終えてしまうが今日はここまで。金曜日だ。週末だ。がんばりましょう。

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PLAY

今朝は降っていない。肌寒い。東京は今日は晴れてくるらしい。

子どもの頃、はじめての一人部屋は、西日しか差し込まない、厚いカーテンのひかれた部屋だった。そこにはたくさんの本やレコード、そしてアップライトピアノがあった。小さな頃から長年習ったピアノはまったくうまくならなかったが、お菓子の歌が大好きだった。それはたぶん、湯山昭のピアノ曲集『お菓子の世界』だった。お稽古はいつも練習不足で退屈。終わった後はぐでぐでしながらウルトラマンをみていた気がする。その薄暗い狭い部屋で、子どもたちで『ちびくろサンボ』のトラになって、ぐるぐる回ってバターになったりもした。劇とか音楽とか読書とか、まだ分類も知らないそれらは、私たちにとっては全部 PLAY だった。
ぐるぐるぐるぐるゲラゲラゲラゲラ。私たちはいつのまにかバターになる。ときには喧嘩になったりもする。何が原因だったのか、そもそも原因なんかあったのか、今はもう覚えてもいないけれど、わりと激しめの喧嘩をして、親に泣きついて両成敗になったり。


>生とはその語り得ない瞬間であり、出来事それ自体を超越する。愛において、非人称という宝石のような瞬間が空中で煌きらめく。それは身体の未知の栄光であり、瞬間々々の、鳥肌で感じられる物質である ―― 感じられるのは、身体の外部で生起するきわめて客観的な非物質であり、高みで火花を散らす喜びである。喜びは時を形成する物質であり、何より瞬間である。


クラリッセ・リスペクトルの『水の流れ』の冒頭からの引用である。喜び。それはたしかに非人称だった。

リスペクトルはいう。
「わたしの歌は誰のものでもない。」
私の歌なのに?なんて問うのは野暮だ。そんな大人が子どもをだめにする。私の子どもの心をだめにする。私もそうやっていろんな人の心に境界を与えてしまったかもしれない。いや、確実にしてきているだろう。私が「甘え」をこんなにしつこく問うているのだってそういうわけかもしれない。


「いつまでママママいってるんだ」あんなにママと呼ばれたかったのに?「あなたと私は違うから」あんなにひとつになりたかったのに?「もう、赤ちゃんなんだから」といわれて不機嫌になる。「いい加減にさぁ」と言葉を濁される。続きを言わせようとする。黙る理由などわかっているくせに。私たちはどうしてまるっきりひとりで生きていく動物として生まれなかったのだろう。あんなに楽しくバターになっていた時間を忘れたかのようにそう思ったり。


境界を作りたいのか、消したいのか。輪郭がほしいのか、曖昧にしたいのか。土居の「甘え」にはすでに個としての身体が想定され、他者を認識できるお互いがいる世界で生じる。私がひっかっているのはその手前の運動、「甘え」が生まれるまでの身体と心の歴史である。

この先はまた理論的なお話になるのでまた今度。

さっきあえてPLAYと書いたけど、日本語の「遊び」でイメージされる遊びって限定的だと思う。性的な意味での「遊び」はかなり日常語として使うわりに、音楽や演劇や絵画など文化全般を「遊び」と呼んで、排除、とまではいかなくても、軽視はする。文化的なものにはなかなかお金をかけないのに、「女遊び」なんて言葉は当たり前のように使われ、他人の私生活を週刊誌のネタにしては面白がる。そしてそういうのが売れる。そういう社会で精神分析がなかなか広まらないのもしかたないといえばしかたない。


そういえば、上野千鶴子の『女遊び』が今年復刊された。1988年の本である。紹介文を読むと、女性が自分の身体や快楽を自分の言葉で語ることの難しさが、いまもなお問題になっているという。そんなことを考えていたら、今度は麻生太郎の文春ネタが目に入った。こちらは政治資金の使途をめぐる報道で、もちろん検証されるべき問題なのだが、女性との関係が見出しになると、途端に「女遊び」を面白がるような読み方も入り込んでくる。それは私が問題にする「遊び」ではない。「遊び」におけるセクシュアリティはより複雑で、単なるゴシップとして消費できるようなものではない。

シェイクスピアを読んだことがあるだろうか。その劇をみたことがあるだろうか。目まぐるしく生き死にを演じる登場人物たちに、心を、身体を、欲望を、そしてあらゆる情緒を刺激される体験をしたことがあるだろうか。精神分析はわりとそういうものだ。そうであってほしいし、そういう文化を継承していきたい。

今日もがんばりましょう。いい一日でありますように。

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記録、「甘え」という語

今朝も雨。この国の気象はどうなっていくのだろうか。歳時記の季語もいずれ大きく変わったりするのかもしれない。

毎朝せっせと、でもないが、ダラダラと書き続けているが、なんのために?なんのためだろう。やっぱり朝のウォーミングアップかな。この仕事は書き仕事が意外と多い。本を書くとかそういうのではなくて、臨床がメインであっても。私の場合の主な書き仕事は記録。あとは、紹介状とか紹介状のお返事とか。

これまで、いろんな機関に所属してきた。どの機関でも、その人の困りごとに対して何ができるか考えるために一度はお話を伺う。PSWやケアマネさんと一緒に働いていた頃は、彼らが聞き取りをしてくれていたが、時間がないときは私たち心理士がすることもあった。それは主に医師の診察のためで、私は短時間で聞き取りをし、それをまとめる仕事がとても好きだった、大変勉強になった。心理検査もたくさんとった。ロールシャッハに関してはその日のうちに所見をだす余裕はなかったので、次の診察まで、とか猶予がもらえた。記録や資料の作成に関してはフォーマットがある程度きまっているところもあればそうでないところもあった。私は、今は医療機関へ紹介状を書いたり、紹介状を受け取ってそれに返事を書くことが多い。フォーマットは一応作ってあるが、ものすごくシンプルなものだ。

最初の聞き取りをインテークということが多いが、かける時間は機関によって違った。クリニックでは15分くらいでお話をうかがって、その場で状況と印象、簡単な見立てを書いて、医師に渡して診察に役立ててもらうということが多かった。教育相談室では、担当になった人が最初にお話をきいて、何曜日だかの朝の会議でここで引き受けたほうがいいか、リファーしたほうがいいか、受けるならどういう方針で、誰が、などを決めていた。私はそのための資料作りが好きだった。考えるのが楽しかった。医師とやりとりする場合の所見は、できるだけ簡潔に読みやすくということを心掛けるので、そのために考えあぐねるのも勉強になる。書くときは一気に書く。一方、教育相談室のように、担当しなくても来談した方の受付をしたり、共有する会議があったりすると、みんなでみている感じが強くなる。今思うと、十分な時間をとっていたように思う。慣れるまでは書くのも大変で、そのための勉強もたくさん必要で、会議にだすとそれがいかに足りなかったり過剰だったりするかも気づかされた。私にとって、そういう職場が最初の現場だったのは幸運だったと思う。その後の職場でスピーディーに簡潔に書く、という下地をつくってもらった気がする。今も困れば相談する相手ができたというのも大きい。

そのような記録において、私が最近ずっと取り上げている「甘え」という言葉を使ったことはあっただろうか。本人がそれをキーワードのように使ったのであれば書いたかもしれない。でも私からそれを使ったことはないように思う。そういう自分の行為を振り返ると、土居健郎がいうほど「甘え」は自明ではないのかもしれない。土居は「「甘え」の自明性をめぐって」という論考の最後に以下のように述べる。

>私が「甘え」理論でやったことは、もともと誰にも自明であった「甘え」の心理に精神分析的理論を読みこんだだけのことではどうもなさそうだ。むしろ、ちょっと逆説めくが、この自明性はこれまでは誰にもしかと見えなかったものであって、精神分析的視点ゆえにそのことに気づいた私がそれを取り出し皆に提示したことに「甘え」理論の意義があるのではないか。その意味においてこの小論も今一度「甘え」の自明性を訴えようとしたものであるといって、決して過言ではないと思われるのである。(引用ここまで)

たしかに土居は精神分析的精神療法の実践によって「甘え」を確信したのだろう。しかしそのことと、それが自明であることは別なのではないか。たしかに、もし、私が「彼には満たされない甘えがあって」と書いたとして、それは結局、私がその人の何を聞いて、何を伝えるためにそう表現したのかを示す必要があるだろう。「甘え」という言葉は、それ以上の記述を不要にしてしまうようなイメージ喚起力があるから。でも、やはり、そのことと「甘え」が自明であることとは異なる。

土居は『精神分析と精神病理』の序論で「精神分析的精神病理学の基礎は症例研究であって、すべての精神分析の命題はそこから出発している」と述べている。そして「日本語の動詞に由来する「甘え」概念は、従来もっぱら形容詞的概念を用いての現象学的研究の対象であった諸現象を精神分析学的に解明する有力な概念的道具を提供しているように思われるのである」という。それならなおさら、土居が臨床状況を「甘え」という言葉を使ってどう描写したかに注目していかねばならない、と私は思う。なんでもかんでも「甘え」とすることはそれこそ言葉に甘えすぎだろうし、土居が「甘え」というならば、とたいした吟味なく納得してしまうのであればそれは土居に甘えすぎだろう。

言葉の使用について考えるときには、そもそも、というところに再び帰る必要が生じる。精神分析において、それを試みるなら、ウィルフレッド・ルプレヒト・ビオンによる理論が欠かせないんだろう。私が参照するのは、『精神分析の方法 II 〈セブン・サーヴァンツ〉』(福本修訳, 平井正三訳、法政大学出版局、2002)である。ビオンはそれの「第12章 変形された容器と内容」においてこう述べる。

>記述2:語(word)は意味を包容する。逆に意味は、語を包容することができる。その語は発見されるかもしれないしされないかもしれない。その関係は、結合の性質によって確立される。精神分析における要素の一定の連接は、それに語・理論・他の定式化を賦与することによって「拘束」されうる。それを拘束する語は、それが表示するはずの一定の連接から意味を取り除くような、強力な連想の陰影を予め持ちうる。逆に、一定の連接は、定式化が「包容」しようとした語や理論、他の定式化を破壊しうる。例えば、或る男性は、あまりに強い感情を表出しようとしているために、彼の言語的表出の能力は、吃ったり意味のない支離滅裂な語の呟きへと解体する。

記述3:容器(♀)が内容(♂)からあまりに多くを抽出する結果、内容は実質を取り去られる。或る精神分析は、あまりに長く続けられているので、患者はそれからさらに意味を得られない。逆の例は、患者にもはや忍耐や我慢・不屈の精神・支払う金がなくなるまで続けることだろう。容器は、内容「から」あらゆるものを搾り取りうるし、また、内容の「圧力」によって、容器は解体するかもしれない。一例は、背景が失われ語に意味が失われるまで隠喩として用いられた語であろう。(引用ここまで)

「語(word)は意味を包容する。逆に意味は、語を包容することができる。その語は発見されるかもしれないしされないかもしれない」とビオンがいうとき、ここには、語と経験の関係についての転換があるのではないか。通常、私たちは、まず語があり、それによって経験を把握すると考えがちである。土居でいえば、「甘え」という日本語がすでに存在しており、それによって精神分析的状況に生じる経験を把握できた、という経緯があった。しかし、ビオンがここで示すのは、そのような順序ではなく、意味は、まだ発見されていない語を包容しているかもしれないということである。したがって、土居の仮説が妥当であるならば、「甘え」という語を知らない分析家であっても、「甘え」と呼びうる経験に出会っていることになる。とはいえ、それを「甘え」と名づけたところで、意味を得られるとは限らない。ビオンはさらに、語があらかじめ帯びている「連想の陰影」によって、かえって一定の連接(経験といっていいかもしれない)から意味が取り除かれる可能性を指摘する。「甘え」でいえば、母子関係、依存、愛情、幼児性などだろうか。それらの連想が強すぎれば、精神分析的状況に生じている経験は、あらかじめ知っている「甘え」なる語に拘束される一方、意味は抜き取られるかもしれない。土居の緊張はここにあるのではないだろうか。語によって意味を失う可能性、強すぎる連想の陰影などと関連した緊張が。

なにやら話を複雑にしてしまった。ビオンの引用を用いた考察は我ながら雑なのでいずれ修正するとしましょう。とりあえず、まだ朝なので(?)このくらいに。今日も一日雨かしら。すでに被害が生じている地域にこれ以上の負担がかかりませんように。今日もがんばりましょう。

ハナミズキ
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精神分析

土居健郎のいう「甘え」とは。

土居は様々な本で「甘え」とは、ということを書いている。今朝は『土居健郎選集2 「甘え」理論の展開』の「聖書と「甘え」」を使って書いてみよう。

土居が「甘え」を「言語以前の、非言語的な心の動き」「本質的に非言語的非反省的心理」「それ自体をその場で「甘え」と命名することができない」「「甘え」の感情はデリケート」 「非常に原始的で、ほとんどおずおずとしたところがある」「プライベートな心の動き」と表現してるのがいい。

土居は、こうした「素朴な『甘え』」とは別に、「屈折した『甘え』」「加工された『甘え』」があるといい、それらに対応する欧米語ならば簡単に見つけ出すことができるという。「甘え」の本質は、素朴な、自発的な(受け身ではない)甘えにあり、「愛されることを求める」とも違う。

「自発的」といっても、相手がこれを受け入れなければ完結しない。これは、土居が『精神療法と精神分析』(金子書房、1961)の「治療の開始」で述べたことと重なる。患者が治療者を求めたからには、今度は治療者の方で、患者の差し伸べる手を受け取るかどうか示さねばならない。求めることは自発的であっても、関係は一人では成立しないのである。甘えるという心の動きが生じることと、その甘えが受け入れられて完結することは同じではない。

また、興味深いのは、「甘え」という語を土居は重視しながら、甘えているその場では「甘え」と命名することができないと言っている点である。概念はその経験を考えるために必要だけれど、経験のただなかへそのまま差し出せば、言葉としての形を失う。概念としてもっていた輪郭がぼやけるのだろう。土居が「甘え」を「非常に原始的で、ほとんどおずおずとしたところがある」と記述するのは「甘え」を心の動きと捉えるからで、それを概念の用語にするには、慎重であったのかもしれない。

先述したように、「甘え」は自発的であっても、相手がこれを受けいれなければ完結しない。土居は甘えの態勢は傷つき易いため、反転して恨みに変わり易いという。それだけではなく「甘えがうちに恨みを秘め、恨みが反対に甘えを秘めていることが多いように思う」とも述べている。土居が「甘え」と背中合わせだ、と述べる情緒はこれだけではない。土居がいうように、これはいわゆるアンビバレンスと呼ばれる、相反する感情が同時に存在することである。

20世紀初頭、精神医学者のオイゲン・ブロイラーがこれを命名した。これは欧米では日常語としてつかわれるようになり、訳語も「両価性」というより「アンビバレンス」と言ったほうが通りがよい、と土居はいう。「甘え」はAMAEとそのままの訳語になったが、AMAEとして外国でどのくらい使われているのだろうか。
土居自身が書いた
Doi, T. (1962). Amae: A Key Concept for Understanding Japanese Personality Structure. Psychologia, 5(1), 1–7.やDoi, T. (1992). On the Concept of Amae. Infant Mental Health Journal, 13(1), 7–11.
は専門家のあいだで参照されることはあるだろうけど。


後者の論文のアブストラクトを土居が使っている言葉を使って訳すとこんな感じだろう。土居自身がすでに日本語で書いたものもあるかもしれない。

要旨(Abstract)
日本語の「甘え」に由来する概念を、概念的には異なる二つの状態である依存(dependence)と愛着(attachment)を橋渡しするものとして提示する。「甘え」という語は、第一義的には、乳呑み児が母親を求めるときに感じるものを指すが、成人についても、他者との情緒的な親密さを感じていることを示すために用いることができる。
重要なのは、「甘え」の感情は言葉によって媒介されるものではないが、後から振り返ることによって、それを「甘え」として認識することはできる、という点である。また、「甘え」が満たされないときには、容易にその感情を求める欲求へと変化することがある。
フランスとアメリカの、それぞれよく知られた二つの物語を取り上げ、日本以外の文化においても「甘え」が存在し、実際に中心的な重要性をもっていることを示す。また、ペットを飼うことの心理も、「甘え」という観点から理解することができる。
このように、「甘え」という概念は日本語に由来するものではあるが、普遍的に適用可能であり、精神分析がその主要な探究対象としてきた情緒生活に、新たな光を当てることができると論じる。(ここまで)

ここでも以前とりあげたIPA Inter-Regional Encyclopedic Dictionary of Psychoanalysisも参照元として重要だろう。そこで、AMAEの項目は一番目にくるが、ヨーロッパやラテンアメリカの精神分析用語辞典にはこの語が収録されておらず、より広い精神分析の読者層には、これまでほとんど知られてこなかったという趣旨の記述もある。AMAEは、日本で「アンビバレンス」という語が使われるほどには便利な言葉にはなっていないのだろう。むろん、土居は「甘え」を便利に使ってほしくはなかったのではないか、という仮説を私はもっているので、それはそれで、という気はする。

土居が「甘えがうちに恨みを秘め、恨みが反対に甘えを秘めていることが多いように思う」と述べたことは、単に、甘えが受け入れられなかった結果として恨みが生じる、というような時間的な変化を述べているのではない。甘えと恨みは、一方が消えて他方が現れるというだけの関係ではないらしい。しかも、土居は「秘めている」と表現する。表面に現れているものとは異なるものが、その内部に存在している、よってその態勢は傷つき易い。うむ。以前、「葛藤」は高級品になった、と友人がいった話を書いたと思うが、このようなアンビバレンス自体を人の心に見出すことがいまや難しかったりして、と思うと少し怖いし、心配だ。「素朴」とか「屈折した」とかはそれが表現されたときの状態であって、その傍らにはいつもアンビバレンスが、という感じだろうか。

一方、土居は「甘えそれ自体にアンビバレンスがあると言ったら言い過ぎだろう」という。そして「しかし甘える心はアンビバレンスと隣り合わせだと言うことはできる」として「すねる」「ひがむ」「わだかまる」など、そのスペクトラムの中にある一連の語をあげる。アンビバレンスは「背中合わせ」だが、「甘え」とは「隣り合わせ」。すこしずらして理解するのが土居らしい。

毎日、いろんな読み方を試みてきたが、概念によって経験を捉えつつ、その概念からこぼれおちる経験は別の言葉ですくいあげるという動きが土居にはある気がする。「甘え」はアンビバレンスでもないし、依存ともアタッチメントでもないのだろう。

外はバシャバシャという様子で雨が降っている。早朝はもう少し静かだったのだけど。関東は4時45分頃、地震があった。茨城県南部が震源とのこと。寝不足の人もいるかもしれない。無理せず過ごしましょう。

雨の新宿中央公園は静か。
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精神分析

今日は雨。今朝も土居。

雨。今朝も土居。

精神分析の概念としての「甘え」を吟味していると、参照先がそのはじまりの人、土居健郎ばかりになってしまう。もちろん、私たち精神分析家がフロイトを読むように、精神分析における「甘え」を探求するなら土居健郎を読むのは当たり前なのだが、土居の「甘え」を精神分析の概念として論じたものとなると、案外少ない。ちょっと調べると、土居と言えば『「甘え」の構造』か、厳しいとか率直とか土居の雰囲気ばかりで、ばかりはいいすぎだが、土居健郎という人がどういう人だったかということばかり、あ、またばかりと書いてしまった。そんな気がする。

では、土居はどうであったか。フロイトに「傾倒」し、「格闘」した土居は、フロイトの概念をむしろ超えたからこそ「甘え」という概念を精神分析の文脈で再発見できたのはないか。フロイトの人柄的なものより、フロイトの概念を通してフロイトと対峙したのではなかったか。

土居は『精神分析と精神病理』(医学書院、第2版1970年)に「人間フロイド」という文章を寄せている。

土居は夏目漱石『こころ』の「先生」と「私」の対話から始めている。「私」は「先生の過去が生み出した思想だから、私は重きをおくのです。」と「先生」にいう。土居は「先生」のあり様をフロイドに重ねる。フロイド自身、自分の思想=精神分析が、自分の過去と「ごちゃごちゃにされる」ことを好まなかった。精神分析はあくまで客観的な科学的方法として受け取られることを望んでいた。しかし他方では、自己分析を行い、『夢の解釈』には自分自身の内的生活を大量に書き込んでいる。フロイトは敢えてそれを選んだわけだが、この緊張を土居は問題にしている。

私は、土居健郎には一度しか会ったことがないし、それでも先生たちがいう土居の雰囲気はわからないでもない。それでも、土居という人物に関心があるわけではない。私は概念の歴史のほうに興味があるので「甘え」という概念が、日本の、そして世界の精神分析のなかでどのように使用されたりされなかったりするのか、それにはどのようなことが関係しているのか知ることのほうが、精神分析の研究には役立つと思う。だから私は「私」とは違う。

そして「人間フロイド」を読む限り、土居も「私」とは違う。

前に、中井久夫が、土居先生は「甘え」についてもっと議論されることを望んでいただろう、自分もそれに応じようとしたが、十分にはできなかった、というようなことを書いていたな、と検索したら自分のブログがでてきた。出典が書いていない。こういうことがあるから書誌情報の整理に明け暮れていたのに。しかたないから、今度は中井久夫の本をあれこれパラパラした。意外とすぐに見つかった。

中井久夫『「昭和」を送る』(みすず書房、2013年)の「土居健郎先生と私」のなかにそれはあった。この本は昨年、新装版がでている。

中井の文章を引用する。中井はこの文章の最後にこう書いた。

先生の「甘え」概念への鍾愛は実に大きなものがあった。口にこそ出さね、「甘え」の今後の運命を心にかけておられた。誰の思想も、一般に二〇年の潜伏期があって、それからその評価が定まるという。私はその日を見ることはおそらくないであろう。次の世代、その次の世代が「甘え」をどう読み取るかである。私のしたことは、「甘え」理論にいち早く賛同したバリントの精神医学書全部の翻訳に関与したにすぎない。私はバリント未亡人と文通があり、彼の著作はおおむね邦訳している。しかし、神田橋條治先生によれば、学会で発言するが、誰も答えないそうである。「野に叫ぶ声」の人だろうか。土居先生も、発言に対して応じる声が少ないと思ってられたであろう。
白々しい沈黙ではないにしても、である。私はつとめて立とうとしたが、足りなかったと今にして思う。

私はこれを読んでとても寂しい気持ちになった。「甘え」の本はベストセラーになり、日本人について語るときの有効な言葉になった。でも土居がのぞんだ応答はそれとは別だったのではないか。中井は、ここで自分自身の「甘え」概念に対する発言はしない。ただ「私はつとめて立とうとしたが、足りなかったと今にして思う」とだけ書いた。

土居は、みんなに使える便利な概念として「甘え」を探求したのではなかった。

中井は「土居ゼミ」での症例報告のときのことをこう述べている。

「先生は、症例報告者が「甘え」という言葉を使う時、しばしば渋面を作られた。それは先生が珠玉のごとく磨きに磨いたものを安易に使うと思われた時に違いなかった。」

周囲から見た土居の並々ならぬ思い入れがよく表れていると思う。外からみれば、なぜそこまで『甘え』にこだわるのかという感じがあったかもしれない。『「甘え」の構造』がベストセラーとなり、これだけ広く知られたものになったのになぜ気軽に使えないのか、と思った参加者もいたかもしれない。しかし、土居からしたら逆だった可能性もなくはないだろう。これほど受け取られるならなぜ、精神分析においても同じ現象が起きないのかと。中井の文章を読む限り、土居は、自分がした再発見を精神療法に関わる人たちにもっと真剣に捉えてほしかったのかもしれない。なぜなら、概念は単に「傾倒」されるものではないから、というのは私が勝手に思っているだけである。

中井の書き方にも揺らぎとともに主張がみえはしないだろうか。中井は土居の側に立つという意味で「つとめて立とうとした」わけではないだろう。ただ、自分の足で立って応答しようとしたということだろう。でも「足りなった」。なぜか。土居の確信は中井の「甘え」に対する理解とは異なっていたからではないのか。

私は、「甘え」という概念は精神分析にとって有効で、重要だと思う。でも、土居のこのような態度について、さらに勝手なことをいうのであれば、土居の態度には「甘え」という概念が記述しようとしたことと、どこか重なる現象があるようにも思う。

自分が差し出したものが他者に受け取られ、理解され、応答されることを求めること。そして、それが叶わなかったときに生じる情緒。精神分析がカウチの上と後ろで扱う主な情緒はそれではないだろうか。

概念や理論が、別の概念や理論とのあいだに置かれながら、臨床とともに見直されることは必要だし、必須だと思う。しかし精神分析は、それがなされることを前提にはできない。他者がこちらの差し出したものを受け取り、理解し、応答してくれるとは限らないからである。それでも、その叶わないという情緒さえ抱えながら、目の前の他者とのあいだでものすごい時間をかけて何かを見出し、「格闘」していく。精神分析とはそういうものともいえないだろうか。

そんなことを思った。東京は今日は雨。新しい一週間、またがんばりましょう。

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土居健郎の態度、「甘え」という痕跡

雨は、降って、いるのか?というくらいの微妙なお天気。外は大分寒くなってきたのに、部屋の中は蒸し暑い。

さて、本日も土居。関係ないけど、京都には御土居があるよね。大河ドラマ『豊臣兄弟!』でもでてくるのかしら。

土居健郎は『精神分析と精神病理』第2版(医学書院、1970年)の冒頭に「改訂にあたって」という短文を載せている。

「近頃若い人々の間で精神医療の現状に対する危機意識から、少数の患者しか治療できないような精神分析は時代おくれで現実的でないという声を聞く。これは日本だけの傾向ではなく、アメリカでも同じような声が聞かれるようである。」

昭和45年(1970年)にはすでに今と同じような声があがっていたわけである。これに対して土居は、精神分析の価値を守るために「正規の分析」の特別さを強調したりもしない。精神分析を換骨奪胎して似て非なる心理療法に変える気配もない。ただ、まず、自分が提示した症例はいずれも「正規の分析」ではないと明記する。そのうえで、外来治療だけでなく、精神病院に収容されている患者にも精神分析的治療は可能だと述べている。


そのうえで土居は言う。
「私の考えるには、結局問題は治療法というより、精神科医の心構えである。」

ここで土居は、技法や枠組みの差異そのものを議論の中心には置かない。土居が「自分のできる範囲で」おこなってきた精神病院で学んだことは「精神科医の心構え」であり、土居はそれを精神分析に依拠している、ということを述べるのみである。そして「本書が将来の精神科医の教育に役立つこと」を願うと結ぶ。

土居は、1995年の「精神分析療法と文化的背景」――『「甘え」理論と精神分析療法』(金剛出版、オンデマンド版、初版1997年)において、精神分析のトレーニングの制度化を文化的変容の一つとして捉え、それが精神分析の特権化および階層化と結びついていると論じた。その際、IPAの階級的組織を日本の家元制度になぞらえながら、その背後に働く妬み――甘えと背中合わせ――を、文化を越えた普遍的な集団力動として捉えた。土居の立場は一貫している。

土居が広げようとしているのは、精神分析という名称でもなく、当然イメージでもなく、患者を理解する方法と治療者の心構えだ。差異を消して間口を広げることは目指さず、差異を保ったまま、精神分析がもつ臨床的な働きを制度の外へ開く。土居は、たまたま患者が述べたことからヒントを得た、と書くことが多い。これまで、ここで取り上げてきた『精神療法と精神分析』からもわかると思うが、土居は、常に、患者との具体的な出来事から考え、それを精神分析的に考え抜き、それを書いている。土居は、そこでも、正しい技法があるかのようには書いていない。ただ、精神分析に依拠した治療者の心構えが、実際の臨床場面でどう現れるかを記述しているだけ、といえば、だけである。このような、地に足のついた土居の啓蒙姿勢は、臨床家として学ぶところがとても多い。


では、土居が精神分析をどのような態度で学んだか。土居は、本書の「序論」でこう述べている。

>日本ではあまり知られていないイギリスの特異な宗教哲学者 von Hügel,F.が、これまた一部専門家の間でしか名の知られていないドイツの哲学者 Troeltsch,E. について述べているつぎの言葉は、不思議に私の心を打つ。


「あらゆる時と所で,深く学ぶこと、すなわち問いを発しながらそしてまたわれわれの全精神において成長することの,もっとも手っ取り早いがそれでいてもっとも高くつく方法は、われわれ自身よりも才能に恵まれ、より多く訓練を受け、より多く経験を積んだ者として認められている何者かに傾倒しながら学ぶことである。・・・・・・非常に偉大な精神の一つ一つの見解に対し、それを本気で採用しようと繰り返えし試みた後,それと対決することは、それをまったく受け容れまいと決心するときでさえ、恐らく、その精神が過ぎし日々に多くをわれわれに教えたときとおなじように実り多い経験であり得るのである。」

この言葉はFreud に対する私の態度を思い出させる。(引用ここまで)

土居は、そのあとにこう書く。

>ちょっと大袈裟に聞えるかもしれないが、本書は私がFreudと取っ組んで格闘の末に生れたものである。格闘したのは Freudが敵であったからではなく、天使と格闘したヤコブとおなじように、むしろ私が彼に傾倒したからなのである。(引用ここまで)

この序論は昭和40年(1965)年に書かれた。土居は、それより前、昭和36年(1961)の『精神療法と精神分析』(金子書房)の「まえがき」では、「実に本書の最大の苦闘は、教育分析に引き続く自己分析の完成にあった」と書いている。


土居は、苦闘し、格闘してきた人なのだ。昭和40年(1965)刊行の本書は、1961年の『精神療法と精神分析』とは異なり、「甘え」の概念を精神分析理論に位置付けていこうとする土居の姿勢が明確である。


土居は、まずフロイトに「傾倒」し、「取っ組んで格闘」した。そして、その格闘は、書物の上だけで行われたものでもなかった。土居は、まず自分自身がその方法のなかに入り、「傷ついた獣のごとき心境に陥って」しまったにもかかわらず、自己分析を続けた。その過程を、土居自身が「最大の苦闘」と呼んだ。「甘え」概念は、土居の格闘の歴史の痕跡でもあるのだろう。


毎日、こうして書いてみると、精神分析概念としての土居の「甘え」は、『「甘え」の構造』(弘文堂、1971年)だけ読んでも使用するのは難しいと思う。でも、あの本はベストセラーになった。精神分析由来の概念は臨床心理学や精神医学のなかにもそれなりに浸透していると思う。それでもなお、精神分析を受ける人が多いとはいえない。はてさて、ではないか?

まあ、今日は日曜日。しっかり休めたらいいですね。

雨の中ふわり。
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土居健郎『精神療法と精神分析』第4章「治療の開始」

雨の音が強い。少し窓を開けたら強い風が吹き込んできて慌てて閉めた。台風25号の被害の大きくなる中、26号もきているとう。千葉にはまた大雨の予報。大変なことだ。

気象も政治と直結することは最近の自然災害とそれに対する政府の対応でなんとなくわかった。何か起きても助けてもらえないんだな。そんな見通しであってももっていないよりはいい、とかそういう感じだろうか。失望は体力まで奪っていく気がする。

今朝も土居健郎『精神療法と精神分析』を読んでみる。ここでもすでに辿ったが、土居は「第4章 治療の開始」で、精神療法の導入過程に関して述べる。ちなみに、土居が、本章で大いに参照したのもエクスタインの論文であるそうだ。

土居は、「治療者に関する限り、患者に会った瞬間から、精神療法は開始される」。そして「すべての人間関係の最初がそうであるように、相互の探りあいがある」と述べる。治療者の側の探りは診断であるが、土居の場合、診断は単に患者に病名をつけるものではない。その手続き自体がすでに精神療法過程の一部である。

私のオフィスは、問い合わせはオフィスのウェブサイトのお問い合わせのフォームからしていただいている。治療者である私にとっては、それを受け取るところから心理療法過程は始まっている。始まってはいるが、治療関係に入るかどうかは実際にお会いして初回面接、あるいは数回の面接を通じてである。

土居は、精神療法に移行する場合は、患者の治療に対する態度・感情をとりあげなければならないと述べる。第三者ではなく、患者自身がどう考えているかを探ることは重要である。

私をたとえにだすと、私は、子どもの困りごとにも対応するので、本人と保護者の両方に会うことも多い。その場合、困っているのは誰なのか、どのような経緯でここにきたのか、そのプロセスでどんな気持ちになったのか、などを聞く。これも土居のいう探りだろう。その際、土居がいうように「患者の方でも治療者をそれとなく探っている」ことも確かに治療者が意識すべきことである。探るというのは、興味関心をもつ、注意を向ける、ということが含まれているわけで、患者からのそれをなにも感じない場合もあるだろう。また、治療者が探りをいれるようなことをいったところでそれは言葉ですぐに答えられないことも多いだろう。それ自体が、治療に対する態度のひとつではある。治療者は、このような過程のなかで、自分は果たして患者を助けることができるか、それにはどうすることが最善であるかを問わなければならない。

「このような相互の探りあいがしばらく続いた後、治療者は、今ここに出来かかった治療者患者の関係を精神療法という形で続けるか、それとも別の治療方法を処方するか、決定しなければらない。」(71頁)

そしてそのことを患者に告げなければならない。患者の受けとり方が様々であることはすでに述べた。土居は、代表的な四つの受けとり方をあげ、それぞれの場合でのやりとりの例をあげる。私はこのやり方に納得がいくし、私もこう考えて、こういう対応をしていると思う。私は、土居にスーパーヴィジョンを受けていた精神分析家に指導を受けていたし、その先生にこの本をおすすめされた。でもこの本から知的に理解し、実践したというより、自分の患者について話しあう場をもつなかで、これらは自然と受け継がれてきたような気がする。

土居がここで、精神療法は、「忘却した過去を想起」することではなく、「この場で二人で」考えるものであり、患者自身が変化することを目的としていることも印象的だが、患者の依存的態度や内的抵抗なくしては治療そのものも起こらない、とはっきり述べていることはより心に残る。

土居は、「第4章 治療の開始」のなかで、患者自身は、精神療法において自分自身が変化せねばならないこと念頭にはおいていないという。これは本当に大切なポイントで、精神分析を求めてくる方でも多くの場合は環境が変わることを期待しており、自分の変化に対しては「どうして自分が」という思いが強いものである。言葉では「変わりたい」という場合でもである。そりゃ患者は、苦痛から解放されたいと思って治療を求めたのに、「そのためには自分が変わる必要がある」といわれれば「なんで?苦しんでいるのは私なのに」となるのは自然だろう。そんなことをするくらいなら苦痛に耐えているほうがまだまし、というほどに変化に対する内的な抵抗は強いものなのである。

土居はこの点に慎重であり、患者に「あなたは治療に抵抗している」と突き返すようなことはしない。土居は、「一旦患者が治療者を求めたからには、今度は治療者の方で患者のさしのばす手を受け取るかどうか意思表示をしなければならない」という。なぜ自分が変化しなければならないのか、という患者にとってのある種の理不尽さに対応するのは治療者の経験に基づく希望なのだろう。患者の「なぜ苦しんでいる私が変わらなければならないのか」という怒りに対して、土居は変化の必要性を患者だけに負わせない。土居は「あなたは治療に抵抗している」という代わりに、治療者の提供する治療と患者の考えている治療が食いちがっていることを示し、それでもできることはあるし、治療者としてはそれをやりがいのあることと考えている、と示す。この時点で、まだその治療を経験したことのない患者に、開始するかどうかの判断をすべて委ねるのは、経験のある治療者からすれば無責任になるからだろう。

また、土居が、それに続く「(3)治療契約の取り決め」において、とりわけ、時間的とりきめにおいて、治療期間の長さを問題にする患者に対して内心のあせりを取り上げ、試験期をおき、そうすれば「治療者患者の間に芽生える感情的関係がもっと形のあるものになってくる」というのは、精神分析が反復をテーマにすることを思えば妥当だろう。「食い違い」を残したまま、治療者の責任として治療を提案し、患者の責任としてそれを引き受ける。その協力関係において両者は対等である。また、患者が時間的見通しを気にすることを現実的な理由にのみ還元することなく、患者が治療の始まりをどう体験しているか、という観点からそこにあせりを見出し、それを治療者と関係にありうる可能性として見出すからこそ、試験期を土居は提案するのだろう。

ここで「感情的関係がもっと形のあるものになってくる」という表現も、診断というコトバで患者の体験をカテゴライズしない土居の一貫した姿勢だろう。治療が始まれば、問いへの応答や次に来るまでの時間、再び会ったときの感じ方を通して、関係のなかの反復が少しずつ姿を現すことを治療者は経験から知っている。土居はそれを活用することで患者との関係にやりがいを見出すのである。ここにも、実践が進むことで、それ以前にあったものに何が含まれていたのかが新たに見えてきて、それがさらに別の形へと分岐していくという精神分析的時間の効果がみられる。

食いちがっている二人が契約をかわす際には、料金の支払いというものも含まれる。ここでの心理は非常に複雑である。料金の支払いに対する抵抗に妥協することは、患者の抵抗に迎合することである、と土居は言う。この後が土居らしいし、本当にそうだなと思うのだが、料金を患者の要求通りに安くしたり、あるいはとらないとすれば「患者に精神療法をすすめながら、治療者自身内心はその効果をそれほど信じていない、ということを患者に伝えるに等しい」と土居はいうのである。土居にとって、一定額の料金を請求することは、「治療者が治療に信頼をもっていることの意思表示であり、患者もまた同じく信頼を以て精神療法に臨むようにという招待となるのである」(83頁)。ただ、これはあくまで「転移」をとりあげる精神療法の場合である。この章の最後には、治療において患者と治療者がそれぞれ何を引き受けるのか、また治療に対する内的抵抗が具体的にどのように現れるのかをイメージできる4つの症例が提示される。土居が、何を言葉にし、何を言葉にせずにおくのかに意識的であることも感じとれる書き方である。ぜひ読んでみてほしい。

こうしているうちに雨の音が弱まってきた。長靴でいくか、ゴアテックスのスニーカーでいくか迷うところだ。土曜日は電車で足を踏まれることもないだろうから、本当はサンダルでダラダラいきたいが、このお天気ではしかたない。雨の地域のみなさんはどうかお気をつけて。みんなが無事に過ごせますように。

毎日おやつ。大阪いちじく。
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土居健郎「甘え」理論の必要性

少し動くと蒸し暑い。千葉は今日も大変だろう。雨はしばらく降らないでほしい。せめて大雨にならないでほしい。大地が追いつけていない。

今朝は、再び土居健郎の理論に関して、少し書いておく。前に少し書いてからもう2週間ほど過ぎている。あっという間すぎる。

さて、土居健郎は、『「甘え」理論と精神分析療法』(金剛出版、1995/2013)オンデマンド版の序論で、精神分析の枠内で「甘え」理論をもっとも詳細に論じたのは『精神分析と精神病理』(第2版、医学書院、1970)であり、治療の実際についての土居の考えについては『精神療法と精神分析』(金子書房、1961)と『方法としての面接』(新訂、医学書院、1992)を参考にしてほしいと書いている。私は、実際の臨床が生活のほとんどなので、9月最初にここで精読した『精神療法と精神分析』が一番好きだ。

先日の精読では、第1編「精神療法の構造」を第1章「治療者患者の関係」、第2章「治療場面の設定」、第3章「治療の方針と目的」と通して読み、第2編「精神療法の過程」に入って、第4章「治療の開始」の(1)「初めの探りあい」まで進んだ。


土居は、本書の「第12版発行に際して」で、「その後「甘え」理論として巷間に知られるようになった私の理論は、萌芽としてではあるが、すでに十分に本書の中に示されている」と述べた。たしかに、本書で、土居は「甘え」という言葉をそれほど頻繁に使っておらず、「甘え」はまだ原始的幼児的な感情の文脈に置かれており、独立した理論的展開はなされていない。ただ、たしかに、「甘え」理論として展開されていく臨床的な見方は、すでに「萌芽として」ここに示されている。


たとえば「第5章 感情の交流」において「憎悪に満ちた心の陰に甘えたい気持がひそんでいることもあろうし、反対に、甘えているが実はその陰に不信の念がひそんでいることもあろう。」とアンビバレンツの状態を示す言葉として「甘え」がでてくる。土居は、まだ「甘え」を定義してはいない。臨床で生じる現象の主たる説明にもしていない。ここでは、陽性転移、陰性転移という精神分析の概念を用いつつ、それだけでは捉えきれない患者の感情のアンビバレンスの描写の一部として「甘え」が用いられているだけである。


一方、土居は、この時点で「患者の感情を感じとるのは直接治療者の理性によるのではなく、常に治療者の感情を媒介としてなされる」と明確に述べている。臨床例においても治療者が自らの感情を治療的に活用し得ず、「患者を甘えさせる方向に引っぱっていった」と述べるなど、「甘え」はまず、臨床における実感を示す日常語として現れるのである。

第1編でみたように、治療者と患者の関係がどのような場として成立し、そこで治療がどう始まるのかというのは、構造→設定→方針と目的→実際の開始、という順序で書けるが、一旦治療が始まれば、状況はいよいよ複雑になる。本書の第2編の症例たちがそれを生き生きと伝えている。「甘え」はこれらの臨床によって概念として育まれてきたのだ、と思うと、土居がなぜ「甘え」という日常語を概念として必要としたのかという問いも立ち上がってくる。それは単に、留学体験におけるカルチャーショックから生まれたものではない、といえそうではないか。


土居は、『「甘え」理論と精神分析療法』(2013)の「「見立て」の問題性」のなかでも、「甘え」に限らず、「種々の日本語固有のコトバが臨床的考察を進める上で有用であると述べた。土居は、「見立て」の議論において、診断というコトバでは「生きた患者の姿」が立ち上がらないが、日常語な日本語は「具体的で、折々に変化する流動的な印象」を与えると述べる。

私は、土居のこのような臨床とコトバに対する姿勢に感銘を受ける。「甘え」は単に、日本文化を説明する特殊な概念なのではなく、土居が患者をどう見ようとしていたか、その方法そのものから生まれた言葉なのではないか、という方向で私は土居の著作を読んでいる。


土居は、「甘え」という言葉を体験から再発見した。では、なぜその言葉が臨床概念として生き残ったのだろうか。『精神療法と精神分析』(1961)は、発見された対象としての「甘え」ではなく、「見る」「診る」方法としての「甘え」が形づくられていくプロセスとして読むこともできるように思う。


そして、これも、精神分析における主要な概念が、実践によって吟味され、更新されていく例のひとつといえよう。今日も私はその活動の中にいるんだな。がんばろう。みなさんもどうぞ良い一日をお過ごしください。千葉に適切な視察と十分な支援が入りますように。

昨日の初台
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『女の子のための西洋哲学入門』を読んだり。

昨晩は久しぶりにピカピカの月をみた。キラキラの朝顔もみた。昨日会った人は、じめじめした空に慣れてしまってなんか変な感じ、と青空を見上げながらいった。

ギリシャ神話でハデスにさらわれたペルセポネーはどんな空をみただろう。大西洋奴隷貿易でさえらわれた女の子たちはどこから空をみただろう。

昨日、精神分析も哲学も男の言葉ばかりだと書いた。祝日に久しぶりにゆっくり読書して満足だったはずなのに「なんか男の言葉ばかり」と気づいて悲しくなった。そして、そうではない本を開いたとも書いた。

それが、メリッサ・M・シュー、キンバリー・K・ガーチャー編、三木那由他・西條玲奈監訳『女の子のための西洋哲学入門――思考する人生へ』(フィルムアート社、2024年)である。

共訳者は、青田麻未、安倍里美、飯塚理恵、鬼頭葉子、木下頌子、権瞳、酒井麻依子、清水晶子、筒井晴香、村上祐子、山森真衣子、横田祐美子。

今朝は、その第13章、シャノン・ウィナブスト「人種――『人間』という概念に見られる存在論上の危険性」(権瞳訳)について少し書く。

原著の書誌情報は以下のとおり。

Winnubst, Shannon. “Race: The Ontological Crisis of the ‘Human.’”In Philosophy for Girls: An Invitation to the Life of Thought, edited by Melissa M. Shew and Kimberly K. Garchar, 181–192. New York: Oxford University Press, 2020.

章題だけを見れば、ハイデガーの「世界内存在」の話かな、と、少ない知識で思ったりもする。けれども、読みはじめればすぐに、そのような思索を支える足場よりも前にある現実に打ちのめされる。歴史のなかを生きたはずのひとりひとりの女の子たちは記録から消し去られ、故郷、家族、名前、身体の安全という、世界内存在を成り立たせる意味の連関を暴力によって突然断ち切られた。女の子たちはもはや世界と関わる主体ではなく、他者の世界を支える商品へと変えられた。そのようなことが本当に起きていたこと、そして、そのとき作られた「人間」と「黒人」の区分が今なお世界を形づくっていることを、私たちは淡々と知らされる。

著者は、「人種的に『白人』とされる人々は[著者を含む]、こうしたカテゴリーについて真剣に考えるよう無理強いされたり、促されたりせずに済んでいます」と、自らの社会的特権を自覚しつつ、奴隷船へ押し込められることで、人間から積荷へと変容させられた少女たちが越えさせられた境界―「帰らざる扉」―の前で、私たちも立ち止まってみないか、と誘う。

私たちは、おそらく、世界内存在として生き、その世界を世界として認められることが、すべての人間に等しく許されてきたわけではないと知ることになる。世界内存在は哲学の概念としては普遍性をもつかもしれない。しかし、本章で「ヴィーナス」と呼ばれる女の子は、世界をもつ主体としての位置を剥奪され、「人間」というカテゴリーからも外された。

そこで奪われたのは、彼女の内的な世界形成能力そのものというより、彼女の世界が一つの世界として承認され、持続し、他者と共有されるための社会的・物質的条件である。彼女は感じ、恐れ、望み、空想し、愛したはずである。しかし、それがどのようなものであったのかを、私たちは知ることができない。ウィナブストは書く。

「希望、心配、欲望、恐怖、空想、快楽、愛などといった、女の子のなまなましい感情のひだにはいっさい触れることができないし、これからも、知り得ることはないでしょう。」

もちろん、歴史上の記録が残されていないこと自体は、大多数の名もない人々についてもいえる。だが、ヴィーナスの場合、彼女の固有の生は記録されなかった一方で、彼女を商品や性的対象へと変えた側の記録は残されている。そして、彼女の固有性を消し去ることで作られた「黒人の女の子」という虚像は、今なお生き続けている。

私はさっき、「希望、心配、欲望、恐怖、空想、快楽、愛などといった」と書いたが、実は「快楽」という言葉だけを書き落としていた。精神分析にとって中心的であるはずのその言葉だけを写し忘れた自分について、しばらく考えた。私は、快楽をもつ女の子のことを考えるのを、どこかでためらったのだろうか。もちろん、ただの転記ミスかもしれない。しかし本章の冒頭では、ペルセポネーの誘拐が「実は性的な意味合いも持つことには一切言及はしないままに」語られている、と指摘されている。私は、女の子の生にある快楽や性的なものに言及せずに済ませる、その身振りを反復してしまったのではないか。それは、一方では、暴力を性的な物語として消費してはならないと思うからだろう。けれども、「ヴィーナス」から快楽を取り除くことは、「ヴィーナス」を別の仕方で犠牲者に固定する暴力にもなりうる。確かに生きていたにもかかわらず、歴史の記録から固有の生を消された女の子から、さらに何かを奪ってはならない。

こういうことに気づき、考えるのはとても辛い。悲しい。でも、辛いのは私ではない、という声も自分の内側から聞こえる。だからといって、考えないというのも違う。どうすれば、彼女たちの知られることのない生をこちらの物語で埋めることなく、その存在を歴史に書きとめることができるのだろう。

他者のための場を保つこと。現時点で私にできるのは、それと、あと何だろう。やはり、言葉を控えることなのかもしれない。強要された沈黙ではなく、自ら選ぶものとして。他者のために。使うべきは口ではなく、耳だろう。

私は、今日も自分の足で歩き、空を見上げる。何度も、好きなときに見上げるだろう。世界中の女の子がそうであったらよいのに、と。そうではない世界のことを思いつつ。

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治療におけるニンゲンカンケイー土居、成田の言葉から

台風25号が過ぎて、今朝は久々に明るい空。早速陽射しも強い。ゴアテックスのレインウェアをなくしたので、新しいのをハンガーにかけてベランダに出して防水スプレーをした。それなりにしっかり重さも大きさもあるのにどこでなくしたのかまったくわからない。写真で追えるのは花巻に旅したときまで。そのあとも使っているはずだが、自分の写真を撮らないから追えない。痕跡をたどるために写真は必要かもしれない。

土居健郎は、『精神療法と精神分析』(1961、金子書房)のなかで「(精神療法以外の一般の医学的治療の場合に)反して精神療法の場合は、治療は治療者患者の人間関係を軸として行なわれ、この関係を離れて別に客観的な治療は存在しないという点が、問題である。いいかえれば精神療法を精神療法たらしめるものは、外面的基準ではなく、その治療の特殊性ゆえの内面的規律である。」といった。土居は、似たようなことを似たような言葉で何度も述べている。似たような言葉といったが、似たようなことを考えざるをえない状況は精神療法の現場ではよくある。様々な臨床家が「治療におけるニンゲンカンケイとは」と頭を抱えることしばしばだろう。もちろん私もだ。

今日、こんなことを書き出したのは、昔の講義の資料をみつけたからだ。成田善弘先生の講義資料で「心理療法的関係の二重性」とある。参考文献は、成田善弘(2001)「心理療法的関係の二重性」河合隼雄編『講座心理療法6 心理療法と人間関係』(岩波書店)と、同じく、成田善弘(2005)『治療関係と面接――他者と出会うということ』(金剛出版)である。成田先生くらいになると、自分の本を参照してひとつの講義を組み立てられる。静けさと誠実さと柔らかな硬質さが印象的な先生だった。

先生方や私たち臨床家がいちいちニンゲンカンケイなんて普通のことを取り上げるのはなぜか。精神療法は人間関係そのもののことでもあり、「それは人間関係が関係していますね」などと、外側にたやすく立つことはできない性質をもつからである。

私たちが臨床場面でよくいわれるのは「先生にとっては仕事でしかないから」とか「人として対等に接してほしい」とかである。そんなとき、私は「まあそうなのだけど」と思いつつ、「仕事とは・・・」「対等とは・・・」となる。今でもそのようなことをいわれれば同じように立ち止まる。

臨床状況において、治療者と患者はどのように違うのだろうか。土居が「外面的基準ではなく内面的規律」といったのは、そもそも何をもってその関係を治療関係とするのか、その基準を関係の外側に簡単に置くことはできないということだろう。関係のなかにいながら、その関係について考えるという位置を失わないという役割を治療者はもつ。舞台にあがりながらも観客である、というのは、土居の場合は、患者ではなく、治療者に求められる役割だろう。

成田の資料をみてみる。どうやら成田も土居や私と同じようなことを患者から言われていたらしい。患者にとって相手が有名か無名か関係あるのは最初だけで、心理療法が始まれば、治療者患者関係には似たようなことが生じる。

成田は、その関係を説明するために「心理療法的関係の二重性」という表を作っている。左の列が「A関係」、右の列が「 B関係」で、A関係の列は上から、意識的・現実的・理性的・現在的・職業的・契約的な関係、B関係の列は上から、無意識的・空想的・情緒的・通時的・個人的・転移‐逆転移的な関係である。つまり意識的―無意識的、現実的―空想的、理性的―情緒的、現在的―通時的、職業的―個人的、契約的―転移・逆転移という対応で分類されている。成田は「二重の関係を生きる」とも書いている。なので、この表は関係を振り分けるためのものではない。

「先生にとって私は」という場合、意識的に、現実的に、理性的に考えれば、これは職業的、契約的な関係である。だから、治療者としては、一方では「そうですね」というしかない気もする。しかし、無意識を想定している精神療法において、治療者が捉えようとするのは、そこで同時に生じている空想的、情緒的、通時的、個人的な関係であり、私たちはそれを転移・逆転移と呼んできた。だから、治療者にとって、目の前の患者はただの「患者」ではすでにない。

舞台にあがりながら観客でもある、という二重性もこの表を用いた記述的な説明が可能だろう。
成田は『精神療法家の仕事 面接と面接者』(金剛出版、2014)、「7面接のおわり」、「転移の解消」で、当たり前のようにこう書いている。

「治療が深まって患者の人間関係の問題が治療関係の中に現れるようになると、それを面接の外の問題として観察したり分析したり評価したりすることがむずかしくなる。治療者はその問題をまさにいま・ここで患者との間で生きなければならなくなる。ただし、ただ生きるだけになってしまっては、その問題を本来変化させるべき問題として扱うことができなくなり、その問題を治療者との間に実現、助長してしまうだけになる。だからといってただ観察したり分析したり評価したりしているだけでは、その問題はいま・ここで生きられることはなく、患者に情緒を伴ったきづきをもたらすことはできない。精神療法家は患者との関係を生きると同時に、それを観察、分析し、その変化を促さなくてはならない。」(117頁)

「ただ生きるだけ」といわれても、しかも「生きると同時に、それを観察、分析し、その変化を促す」といわれても、それはそれで非常に無理難題な気もする。しかし、実際そうなのだ、ニンゲンカンケイというのは。

さらに、成田が面白いのは、遊女と客の関係と心理療法家と患者の関係を類似したものとして捉える点である。心理療法、精神療法はサービス業であり、患者からも「水商売となにが違うのか」と言われることは少なくない。「なにが違うのでしょうね」と一緒に考えているうちに、今ここで心理療法を体験している患者のほうから、「あ、でもこっちの場合は」などアイデアがでてくる。成田があげる「職業的役割関係でありながらあたかもそれを越えたものがあるかのごとき幻想をふりまいている」という類似点は、まさにそうだなと思う。時間、場所、料金という枠があるにしても、そこでの交流は、それらの設定だけには収まらないものとして経験される。わかっているからこそ、その時間を越えて続くなにかがあるかのような空想もする。時間がくれば終わるサービスであるとわかっていても、というより、だからこそ、と私たちは考えるのだ。

では、治療者と患者の関係はどのようなものなのか。土居も成田も治療者を外側に立つ人ではなく、患者と同じ場所にいる人として描写する。よりメタに、というより、もう少し広く精神分析の主体という観点から考えても、たとえば、ラカンが「主体の分裂」というように、分析家と非分析家は、等しく分裂している。

ここまで来ると、土居が「内面的規律」を要請するのは当然のこととも思うし、同時にその言葉は重たく、時に怖くもなる。土居が治療者の権威という問題に繰り返し自覚的だったことも、ここにつながっているように思う。

こうして、土居は、成田は、と考えながら思うことがある。先に挙げた『精神療法家の仕事 面接と面接者』の「9精神療法家にとっての理論と経験」(最近、ずっと私がここで書いてきたことだ!)で成田は、フロイトが「中立性」という概念にいたるまでの経験した様々な「逸脱」をあげたあとにこう書く。

「つまり理論というものは人生の危機に際して、あるいはその人の弱点とか実践上の問題点とかをめぐって発展するものなのである。

基調低音が聞こえてくると、普遍的な理論を形成した創始者が実はきわめて個性的であることがわかってくる。そしてその個性的な顔が書かれたものの断片にも見えるようになる。

パリのある街角の写真と、ルノアール、モネ、ロートレックなど何人かの画家がその場所を描いた絵を並べた画集を見せてもらったことがある。どの絵も写真と見比べると確かにその場所を描いたものだとわかる。しかしそれぞれの絵はそれぞれに個性的であり、作者の刻印が押されていて、他の作者の作品と見まがうことはない。精神療法における諸理論と現実との関係もこのようなものであろうか。」

本当にそうだなと思う。土居も成田も同じような問題を論じているのに語調も使用する言葉も違う。そこに私たちは「らしさ」を見出す。それはときに同一化の契機となる。成田が続けて書くように、私たちは理論を身につけるまでに特定の著者を理想化したり、傾倒したりするし、それは必要だろう。一方で、成田がいうように「馴染まないもの」に学ぶことも必要である。臨床家であればなによりも、自分と患者との体験から生じた感慨を、時間をかけて吟味し、時間をかけて言葉にしていくことだろう。誰かから見て「あの人と同じ」ではなく「この人らしい」と思われる表現を紡いでいけたらと思うのである。

昨日は、強まったり弱まったりする雨風の音を気にしながら、いろんな本を読めた。再読ばかりだったので理解にはそれほど時間をかけず、そのぶん、あれこれ考えることができた。それにしても、精神分析も哲学も男の言葉ばかりだなと思いつつ、私の本棚にはたくさんある女性たちの本や「女の子のための」とあえて書かれている本も手にとった。たとえばメリッサ・M・シュー、キンバリー・K・ガーチャー編、三木那由他・西條玲奈監訳『女の子のための西洋哲学入門――思考する人生へ』フィルムアート社、2024年。あえて「女の子のための」と書く必要がある時代なのだ、今も。私も本当にたくさんの女の子や女性たちの声を聞いてきた。そして彼ら、彼女たちが、女であることで、いかに悲しく、苦しい思いをしてきたかを知った。それは私自身の経験と重なるところもあれば、まったくはじめての衝撃をうけるものだったりした。私は、精神分析家として、彼女たちと共に言葉を紡げるようになりたいし、だからといって男ばかりが紡いできた言葉を排除しようとは思わない。そんなことができないほどにそればかりの社会である、という理由だけではなく。

今日もお休みの人もそうでない人もそれぞれに良い一日になりますように。

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精神分析における時間論ー関係性理論の視点を少し

最近、精神分析における時間論について、数人の精神分析家や哲学者を引用しながらちょこちょこ書いてきた。日本の精神分析家は土居健郎しか挙げてこなかった気がするが、吾妻壮も時間性について興味深い論考を書いている。

『精神分析における関係性理論――その源流と展開』(2016、誠信書房)に収められた「第5章 精神分析における時間性についての存在論的考察」がそれである。

ここで吾妻は、精神分析における時間を、過去・現在・未来に生じる心的出来事の問題としてだけでなく、ハイデガー Heidegger,M.を参照しながら、人間の存在そのものにかかわる時間性の問題として捉え直そうとする。

章の構成は、「精神分析と時間性」「精神分析における時間性の存在的な理解」「精神分析におけるもう一つの時間性:存在的時間性から存在論的時間性へ」「精神分析における存在論的時間論のさらなる射程」「終わりに」となっている。

この章は、臨床的議論はなく、その手前の理論の整理と今後の使用にむけての準備が行われる。吾妻はまずグリーン Green, A.―カーンバーグ Kernberg,O.F.的な時間理解を検討し、それとは異なる概念的枠組みをハイデガーに求め、そこからレーワルドLoeward,H.W.―ストロロウ Stolorow,R.D.的な時間理解へと進む。

吾妻によれば、前者は時間を客観的・実在的なものとして捉える時間理解であり、後者はハイデガーの存在論的な時間理解、すなわち過去・現在・未来を脱自的統一として捉える時間論である。

吾妻がまず検討するのは、私がしょっちゅう触れているアンドレ・グリーンの時間性に関するモデルである。グリーンは、フロイトの局所モデルと構造モデルに応じて、二種類の無時間性について提示したという。局所モデルでは、異なる時点に由来する表象が無意識において時間的に整理されないという静的な混淆。構造論では、イド由来の反復強迫によって表象化が妨げられ続ける「時間の殺害(the murder of time)」(Green,2007)という動的な無時間化。

これを読んで知ったのだが、米国の対象関係論的自我心理学に分類される精神分析家、カーンバーグは、グリーンを参照しているという。カーンバーグは、主観的時間を客観的時間の派生物として理解し、病的時間性を、主観的時間経験の変容として記述しているという。

私は、吾妻のアンドレ・グリーンの時間性の捉え方にはやや違和感も覚えるのだが、吾妻がここで焦点化するのは、グリーンとカーンバーグがともに、時間を客観的で実在するものとして捉えている点である。時間が「殺害」され、「破壊」されうるものとして語られ、またその「短縮」や「停止」が経験されうるものとして論じられていることから、吾妻はそのように捉えるのだと思う。

そして、それはハイデガー的にいえば存在的(ontisch)な理解ではないか、ということで、ハイデガーの時間論を導入する。吾妻がここで検討しようとしているのは、存在的な理解ではなく、存在論的な理解であり、時間性を理解するためのオルタナティブな概念的枠組みらしい。

吾妻は、このあと、ハイデガーの本来的時間性、非本来的時間性、時熟、脱自的統一を手際よく整理し、ハイデガーの存在論的時間論に近い考え方としてレーワルドの時間性の理解とストロロウのそれをあげる。吾妻は、ハイデガーの時間論の影響を受けた精神分析家として両者を取り上げている。

精神分析における時間性の理解について考える途上で吾妻の論考も紹介してみたが、要約することが目的ではないと気づいたので、急に駆け足になってしまった。でももうちょっと書いておく。

章の後半では、吾妻自身の専門である関係学派における自己の多重性・非直線性にも触れられる。ここで吾妻が援用するのは、非直線的で多重な自己状態(multiple self-states)を論じる関係学派の精神分析家、ブロンバーグ(Bromberg, P. M.)である。そして、ブロンバーグが参照するレーワルドの言葉を引用する。

また、吾妻は、外傷体験において時間性の変容が生じ、病理においては非直線的で多重な自己状態が解離として経験されるというブロンバーグの考えを、ハイデガーの存在論的時間性とも接続して理解する。そして吾妻は、解離されている自己状態が治療の場に持ち込まれることを肯定的に捉えるブロンバーグの議論を、本来的時間性の経験という観点から読みながら、今後の臨床実践に生かすことのできる時間性の枠組みを模索することを課題として、この章を終える。

私がここで取り上げてきたフロイト、グリーン、ラプランシュ、ダナたちの議論とはまた異なる視点である。吾妻がハイデガーを参照することで問題にしているのは、時間のなかで人間がどのような経験をするのかということだけではなく、人間の存在そのものが時間的である、ということなのだと思う。

ちなみに、この論考の初出はおそらく、吾妻壮・小笠原將之・井上洋一(2012)「精神分析における時間性についての存在論的考察」『臨床精神病理』33(3), 293–303である。日本精神病理・精神療法学会第35回大会では、中村昇による基調講演「ベルクソンの『純粋持続』と西田の『場所』について」も行われている。こちらも雑誌で読んでみたいと思った。

吾妻の論文を改めて読んで、最近ベルクソンに偏っていた私の脳内にハイデガーが蘇ってきた。2021年、NHKブックスから池田喬『ハイデガー――『存在と時間』を解き明かす』が出た。その頃、池田喬と古田徹也のイベントにも行ったな。おもしろかった。

今は出かけられないほどの雨ではないが、特に用事もないので、この本を読み直すのもいいなと思っている。みなさんもそれぞれ、よい時間をお過ごしください。

大きい金木犀
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概念の使用、主体、言語の問題へ

眠い。大阪で買ったお花柄のクッキーをコーヒーといただいた。が、まだ眠い。

先だって、概念の歴史性と、実践による要素の吟味と更新の重要性をその例とともに述べた。

精神分析の「基礎概念」について考えるとき、最初に思い出されるのは「欲動と欲動の運命」(1915)の冒頭だろう。この箇所は、講談社学術文庫版のフロイト著、十川幸司訳の『メタサイコロジー論』の訳者解説187頁あたりで丁寧に説明されているので一読されることをおすすめしたい。

十川は、フロイト「欲動と欲動の運命」の冒頭の「この抽象的な観念は、新しい経験だけから導かれたものではなく、経験の外部から持ち込まれたものである。素材をさらに加工していく際に、抽象的な観念はますます不可欠なものとなり、それがのちに科学の基本概念となる」の箇所をもっと長く引用する。

十川は、フロイトのここでの記述を精神分析概念の固有性を示すものとし、よりわかりやすい説明を加える。

「最初にあるのは臨床経験の記述であり、それを相互に関係づけながら概念を構築しているのである。だが、新しい経験を記述する際に適切な概念の持ち合わせがない場合は、生物学や哲学のような臨床経験の外部から抽象的な観念を借りてくるほかない。」


ここまではそれはそうだな、と思うと思う。しかしそのあとに続く文章はどうだろう。

「このプロセスを考える上で重要なのは、その観念自体は臨床経験の外部に位置しているのではなく、経験の内部を規定し、もはや経験と不可分なものになっている、という事実である。フロイトが「経験素材のほうが抽象観念に基づいている」と言うのは、そういう意味である。」


臨床経験と観念の相互関係の複雑さを感じないだろうか。私たちが試みているのはこの部分である。


さらにややこしいことに、概念は、今ここの臨床経験に名前を与えるだけではない。ひとたび概念をもてば、私たちは、それまでとは違った仕方で経験を言葉にすることになるだろう。

たとえば「転移」という概念を知らずに患者の言葉を聞くことと、それを知ったうえで聞くこととは、同じ経験ではない。

だからこそ、精神分析経験との関係において概念を形成することは、同時に、精神分析家が臨床で何を経験しうるのか、その条件そのものを吟味する必要性を生じさせるのである。その両方向の作業がなければ、概念は、言葉のイメージや使う側の事情によって歴史性をはぎとられ、いつのまにか意味が反転する可能性さえあるだろう。そこには概念を使用して経験を語る「私」が登場するからである。

すると新たに問題にせねばならないことがでてくる。その「私」はどこからそれを語っているのだろうか。

たとえば「転移」という概念を用いれば、患者が分析家の休暇に対して示した反応を単に不満や不安としてだけでなく、それがどこから生じたのか、患者の過去の対象関係との反復、分析家との今ここの関係、分析設定への反応などをもとに認識し、考察しようとするだろう。このように、概念を用いることで状況を多様に認識し、考察することが可能になったとしよう。

それでは、その概念を用いて患者の経験を語っている「私」はどこにいるのだろう。その「私」は、自分の言葉や実践の外側に立ち始めてはいないだろうか。単に、患者を観察する者になってはいないだろうか。私がここ数日書いてきたのは、こうして概念と実践が少しずつ乖離していくことを、自分自身に対しても危惧しているからである。

私がこうしたことを考えるときに参照するのはフーコーである。まだ実家にいた頃、親の本棚にはグレーっぽい表紙の神谷美恵子著作集が並んでいて、私はフーコーをそこで知った。現在はみすず書房から新装版が出ているが、私の本棚には、出会った頃と同じ表紙の著作集が並んでいる。

理論と実践はこうして主体の問題へとつながるわけである。そしてそれは同時に言語の問題でもある、と考えるのが精神分析の特徴だろう。フロイトもラカンも土居健郎も、治療における言語を重視した。そして、人が語ることと、その人自身が語っているつもりのこととのあいだに生じるずれを、それぞれの仕方で示した。

ということを書いていたら、フーコーの『言葉と物』でラプランシュが参照している部分を読みふけってしまい時間がなくなった。続きはまた今度。

台風の進路はどうなっているのか。連休が雨なんて、とも思うが、連休でよかった、とも思う。ただお祭りや学園祭が多い日曜でもあるので、準備したものが存分に生かされないとしたらそれは残念だろう。ネガティブをポジティブに変えるのは言葉だけではないだろうから、それぞれにとってよい休日であるようにと願う。

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実践における概念—Jill Salberg論文から

昨日は久々に傘がいらない一日だった。連日の雨で木も花もぐったりしているが、これからはそこから水分が失われていく。新宿中央公園の木々のざわめきもカラカラという音が混じるようになってきた。


さて、昨日の朝は、精神分析的概念が実践によって吟味されつづけ、更新されつづけるという話をした。それは概念の定義が変わるということではなく、その概念が成立するまでのプロセスに含まれていたさまざまな要素に、実践を通してあらためて気づかされることなのだと、私は考えている。


昨日、紹介した27人の精神分析家が信条を語る一冊、Psychoanalytic Credos
Personal and Professional Journeys of Psychoanalysts(2022)の編者、Jill Salbergは、昨年、国際精神分析学会(IPA)のジャーナルに終結時のエナクトメントに関する論文を載せた。

Salberg, J. (2025) Crises and Enactments while Ending Treatment. International Journal of Psychoanalysis 106:661-679

サルバーグもまた、ある被分析者との経験を通して、概念の意味をあらためて問い直すことになった体験を書いている。


終結に関しては、フロイトの『終わりのある分析と終わりのない分析』におけるフェレンツィとの態度の違いが、ひとつの焦点となるだろう。サルバーグは、フェレンツィがトラウマと、それが患者の人生や発達にもたらす影響を重視したことこそが、彼の技法上の実験を推し進めた、と述べる。フェレンツィは、早期トラウマは必然的に、何らかのかたちで転移―逆転移経験のなかに再現されると考えていた。そしてサルバーグは、フェレンツィのいう re-livingのなかに、今日エナクトメントと呼ばれているものを構成するひとつの重要な要素を見出している。


フェレンツィは、フロイトがフェレンツィの分析を継続せず、陰性転移を十分に扱わなかったことに怒りを感じていた。ただし、だからフェレンツィが終結について独自の考えをもつようになった、ということではないだろう。フェレンツィ自身は、患者が必要とするかぎり分析にとどまることを許容し、分析家の一方的な決定によって分析を終結させるべきではないと考えていた。そうした考えをもつフェレンツィにとって、自分の分析家であるフロイトが同じようには考えてくれなかったことは、不満として残ったのだろう。


Ferencziはこう書いている。
「分析が適切に終わるのは、医師も患者もそれを終わらせるのではなく、分析が消耗し尽くして自然に死ぬときである。……真に治癒した患者は、ゆっくりと、しかし確実に分析から自らを解放していく。患者が分析に来ることを望んでいるかぎり、分析を続けるべきである」。

先述したように、フェレンツィは、フロイトへの不満があったから患者を長く留める技法を採用した、という読みかたはしない方がいいだろう。あまりに多くの文献が、個人の技法や思想を特定の誰かとの個人的葛藤に還元してはいないだろうか。もちろん、そういう側面はあるにせよ、もし精神分析を体験した精神分析家自身が、自分の技法や思想についてそのように考えるのであれば、それはまだ分析の初期のプロセスにおける理解ではないか、と私は思う。


フェレンツィの場合、それこそ「信条」の違いが、終結のプロセスで十分に扱われなかったことが問題だったのではないか、と私は考えている。サルバーグもいうように、完全な治癒をもたらす分析というのは、きわめて楽観的な信念である。分析の終結とは、それまでにすべてが十分に分析されたことを意味するわけではない。むしろ、終わることによって、それまで二人のあいだで見えなかったものが初めて姿を現すことさえある。


サルバーグは、終結のプロセスで生じた、それまで見えなかった危機を、Baranger and Baranger(2009)が砦bastionと呼んだものとして理解している。

「[分析の]場の内部には、分析過程を遅らせ、あるいは麻痺させる、動きを止めた構造が存在する……それは、暴かれてはならない愛着を守るため、二人の主人公の共謀によって、無意識のうちに、沈黙のなかから生じる」(Baranger and Baranger, 2009)

この「砦」は患者側のものではなく、二人で作った構造として理解される。終結は、被分析者と分析家が暗黙のうちに維持してきたon-going-nessを失わせる。砦はそこで初めて危機にさらされ、エナクトメントとして姿を現す。これは、既知の概念が、その概念にすでに含まれていた新たな要素とともに、実践の側から立ち現れてくる例といえよう。


「すでに含まれていた新たな要素」というのは、矛盾した言い方に聞こえるかもしれない。しかし、精神分析における時間を考えるなら、むしろこの矛盾が必要だと感じる。後になって新しい意味が付け加えられるというだけではなく、現在の経験によって、過去に何が含まれていたのかが新たに見えてくる。そうした経験と理解とのあいだの時間的な隔たりに意識的であることは、実践によって概念が更新されることを説明する場合にも必要なのではないか、と思う。


もうこんな時間だ。今日はどんな一日になりそうですか。良い週末になりますように。

新宿駅西口の換気塔
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知識と実践とPsychoanalytic Credos

オフィスのそばの新宿中央公園の木々が大分乾いた音を立てるようになった。まだ時折蝉が鳴いている。夏の間、花壇はすこし疲れた感じだったが、先週はただの細い茎だった彼岸花が一斉に咲き始めた。昨日、通りかかった別の公園で、足元に違和感を感じて地面をみたらたくさんの銀杏が。すっかり秋。まだ少し蒸し暑いけれど。

さて、心に関する知識をもつことは、実践にもちろん役立つが、役立たないことのほうが多い気がする。知識は実践してみないと実践的な知識にはならないし、応用のきかない知識は事態を硬直させることさえある、と知っていることのほうが大事だったりする。


私たちは、意外でもないが、意外と見たいものしか見ないし、見たくないものはみないし、見えていても見えないといえるし、みえてないのにみえてるふりをできたりする。自分が何を見ていて何をみていないのか、そもそも見るという行為をしようとしているのか。これは、聞いたり、感じたり、考えたりすることすべてに対していえることである、と私は精神分析を通じて実感したし、日々、その実感は更新されている。


長い間、週一回とか週複数回とか、それなりの頻度で会っているのに、まだ驚くのか、ということばかりである。驚きは精神分析における主要な情動だろう。衝撃というと情動に至るより手前という感じになるか。


だから、精神分析家になるためには、精神分析が必要だ。単に訓練の要件としてではなく。自分の心が、自分の知らないところで様々な動きをしていることを「そんなつもりじゃなかった」と言いながら、衝撃をもって体験し、他者を他者とも思えない自分に驚きながらもどうにもできず、どうにかして環境が責任を引き受けてくれないかと模索する。


これらの体験はどれも強い情動を生じさせるが、「いや、特に」「別になんとも」とかいいながら、それらを体験しないようにする自分を体験するのも精神分析である。

同様のことが、理論についても言えると思う。無意識、転移、抵抗、抑圧、解釈、逆転移、といった精神分析の基礎概念は、定義を覚えて使うようなものではない。実践するたびに、転移とは何なのか、なぜ解釈するのか、あるいはしないのか、など常に経験に戻って考え直されるものである。なぜその概念が必要になったのか。それによって、それまで見えなかった心の何が見えるようになったのか。そしてそれを目の前の患者との経験に照らしたとき、それはいまも生きた概念なのか。そういうことを繰り返し考えることなのだと思う。


だから私は、こういうブログを毎日書いているのかもしれない。
著名な精神分析家たちが何を言ったのかを紹介したいわけではない。その言葉が自分の経験のなかで息づきはじめたとき、それについてもっと知りたいと思う。そうやって勉強を続けてきた。勉強だけならもう25年になる。臨床を始めてからも同じくらいだが、精神分析家になってからはまだ2年しかたっていない。週1回で長く会ってきた人の数は膨大だが、週4日会っている人の数はまだ少ない。知識として知ることと、それを経験することとは、そもそも比べようがないこともたくさんある。しかし、ひとたび経験をしたら、それを積み重ねるなかで、これまでの様々な理論との対話が必須になる。だからフロイトを読み続け、古典にかえり、概念の源泉と変遷をたどり、再び自分の体験を織り合わせていく。


なので、毎日、少しずつでもなにかしら読むことになる。

先日から何度も名前をあげているクリストファー・ボラスも寄稿しているJill Salberg編『Psychoanalytic Credos』(Routledge, 2022)という本がある。副題はPersonal and Professional Journeys of Psychoanalysts。出版社のサイトで各チャプターのアブストラクトを読むことができる。そのなかに、ボラスの“What is Theory?”という章がある。

先ほど書いたこととも関係するので、そのアブストラクトを少し適当だが訳してみる。

「本章では、心についての精神分析理論を、知覚の一つの形として論じる。それぞれの理論は、ほかの理論には見えてこないものを捉える。


まずフロイトを取り上げ、彼が通常、互いに競合する複数の心の理論を併存させていたことを示す。抑圧がどのように働くかを示す局所論モデルは、あるところまでは有効だった。しかし、そのモデルには、無意識の受容的な働き――抑圧するのではなく、受け取る働き――など、別の形の無意識的活動を捉えることができなかった。


ボラスが作った「受容的無意識」という言葉で表される働きを、フロイトはすでに、夢がどのように形成されるかについての理論、機知についての理論、そして日常生活の精神病理についての理論で用いていた。それならば、なぜフロイトは、無意識についての理論を発展させるなかで、この働きに固有の名前と位置を与えなかったのだろうか。


著者によれば、皮肉なことに、フロイトは無意識の受容的な働きを理論のなかで用いながら、自分が実際に何を用いているのかを見るために容易に構築できたはずの理論を、抑圧していた。ボラスは、この抑圧を、フロイトが子どもと母親との関係――ボラスのいう「母性的秩序」――を抑圧したことと一貫するものとして理解する。そのためフロイトは、つねに無意識的に用いていたものを、意識的には見ることができなかったのである。


さらに著者は、精神分析の各学派はそれぞれ、人間の心と行動の異なる側面を作り出し、それゆえに知覚するのだと論じる。どの理論も、それ自体として重要な価値をもつ。


最後に著者は、なぜ私たちには複数のモデルが必要なのかを論じる。複数のモデルを用いることは、文字どおり心の視野を広げる。一つの心の理論だけが正しいと主張する学派は、残念ながら、その学派で学ぶ人々から、無意識の構造、無意識的思考、無意識的行為について、より広く深く理解する機会を奪ってしまうのである。」

私はボラスに同意する。


この本は、27人の分析家が、それぞれの歩みを、自分の声で語っている一冊である。精神分析という、他者とシニフィアンの世界をともにする特殊な文化をそれぞれの精神分析家はどう生きてきたのか。そのためにはどのような訓練が必要だったのか。そこから得た「信条」とはなんなのか。この本の内容紹介も訳しておく。

『精神分析家たちの信条――個人として、専門家として歩んできた道』

精神分析における「信条」とは、患者の話をどのように聴き、分析という営みにどのように臨むかを支える、一連の考えである。そうした信条を育てることは、多くの点で精神分析訓練の骨組みをなしている。
マニー・ゲント(エマニュエル・ゲントEmmanuel Ghent, 1925–2003)の最初の「Credo」論文を踏まえ、27人の精神分析家に、自らの信条や精神分析家としての歩みを綴ってもらった。本書には、異なる研究所で、異なる時代に訓練を受けた、複数の理論的立場と世代にわたる分析家たちが集められている。訓練を受けた年代は1960年代から2000年代に及び、文化的背景もさまざまである。


寄稿者には、関係精神分析、対象関係論、現代フロイト派、クライン派・ビオン派に位置づけられる分析家のほか、いずれの分類にも容易には収まらない分析家がいる。本書は、訓練中の分析家には研修機関の読書リストの一冊として、また訓練を終えてなお精神分析家として歩み続ける人には、道をともにする一冊となるだろう。(ここまで)

なお、マニー・ゲントの最初の「Credo」論文とは、Ghent, E. (1989). Credo: The dialectics of one-person and two-person psychologies. Contemporary Psychoanalysis, 25(2), 169–211.のことである。


「信条」かあ。私も自分の中にそれを感じるけど、こうやって言葉にすることができるようになるのだろうか。日々精進ですね。これからもよろしくお願いいたします。

アメリカデイゴ
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ケースメント、ラプランシュ、スカルフォン

昨晩?今日?の0時をまわった頃の地震、びっくりした。色々と家事を終え、少し勉強せねば、と思いつつぼんやりしていたらメールがきた。PEPからで、一番上に載っている論文を見て驚いた。ケースメント?まだ書いていたのか。

Casement, P. (2026). Hidden Infantile Trauma in Adult Anxiety—Where Spock Was Wrong. Attachment: New Directions in Psychotherapy and Relational Psychoanalysis, 20:1-4.

ケースメントが臨床から退いたことや病を患っていることはいくつかのインタビューなどから知っていた。Legacy Interview Seriesでは自宅のベッドでインタビューに応じている。映像のケースメントは、声にも張りがあり、明瞭に話す。

それにしても、この論文、スポックとはあのスポック博士ですよね。

サマリーを読むと

「マテーブランコ(Matte Blanco)の「無限集合(infinite sets)」の概念(1975)を援用しながら、無意識において時間がどのように働くのかを例示する。」

とある。

どういう思考なんだろう。とても気になる・・・となったところで「うん?揺れてる?」「あ、地震!」となった。

「無限集合としての無意識」(マテーブランコ)における時間論か。精神分析における時間論は、私もこだわっているが、にわかにレジェンドたちの思考が集まってきた感じがある。

そういえば、ケースメントは、この論文でA personal example also illustrates how infantile “body memory” works.とも書いている。

「患者から学ぶ」「あやまちから学ぶ」「人生から学ぶ」(岩崎学術出版社)ことを続けてきた人が、今度は自分自身の身体からも学ぼうとしているわけか。本当にすごい。

さて、私の中で精神分析における時間論のレジェンド•オブ•レジェンドといえば、フランスの精神分析家、ジャン・ラプランシュである。「ラカンとは別の「フロイトへの回帰」を提唱したジャン・ラプランシュ」(十川、2018)。日本では、ラプランシュ独自の欲動論、時間論の基盤となる以下の3冊がきちんと訳されているのが大変ありがたい。一冊は辞典だが、これも同時期の著作との関連で読まれる必要があるだろう。

Laplanche, J., & Pontalis, J.-B. (1964). “Fantasme originaire, fantasmes des origines, origine du fantasme.” Les Temps modernes, 215, 1833–1868.

英訳:Laplanche J, Pontalis J-B (1968[1964]). Fantasy and the origins of sexuality. Int J Psychoanal 49: 1-18.

邦訳:ジャン・ラプランシュ/J.-B.ポンタリス『幻想の起源』福本修訳、法政大学出版局、1996年

Laplanche, J., & Pontalis, J.-B. (1967). Vocabulaire de la psychanalyse. Paris: Presses Universitaires de France.

英訳:Laplanche J, Pontalis J-B (1973[1967]). The language of psychoanalysis,Nicholson-Smith D, translator. International Psycho-Analytical Library 94: 1-497. London: Hogarth and the Institute of Psychoanalysis.

邦訳:J.ラプランシュ/J.-B.ポンタリス『精神分析用語辞典』村上仁監訳、みすず書房、1977年

Laplanche, J. (1970). Vie et mort en psychanalyse. Paris: Flammarion.

邦訳:ジャン・ラプランシュ『精神分析における生と死』十川幸司・堀川聡司・佐藤朋子訳、金剛出版、2018年

それぞれの邦訳の解題も大変参考になるが、全体を見渡すには ドミニク・スカルフォンのScarfone, D. (2013) A Brief Introduction to the Work of Jean Laplanche. International Journal of Psychoanalysis 94:545-566がいい。

スカルフォン自身が展開する理論にも私は惹かれているが、彼がラプランシュの優れた研究者でもあることは覚えておきたい。

せっかくなので(?)スカルフォンが『精神分析における生と死』に関して書いた部分を試訳しておこうと思う。欲動論に関心のある人は少ないかもしれないが、欲動論なくして精神分析はないし、フランスの精神分析家たちの本を読むなら、フロイトへの回帰はどうしても必要だろう。

以下、試訳。どうぞよい一日をお過ごしください。

精神分析における生と死

(Scarfone, D. (2013) A Brief Introduction to the Work of Jean Laplanche. International Journal of Psychoanalysis 94:545-566より)


私が別のところで示唆したように(Scarfone, 1997)、ラプランシュの研究は、まずフロイトの理論を解き広げ、次にそれを凝縮して焦点を絞る、という一連の過程を通じて進むと言える。解き広げる過程は、分析家が平等に漂う注意をもって聴くことにも似ている。それに続く凝縮の過程で、ラプランシュは論点をいくらか明確にし、自分自身の結論を引き出す。たとえその結論をもう一度解き広げ、新たな研究の循環を始めることになるとしても、である。
『プロブレマティーク』シリーズ(Laplanche, 1980–92)には、パリ第七大学における長年の研究と教育の成果が収められ、それは重要な著作『精神分析の新しい基礎』(Laplanche, 1989[1987])へとつながった。それ以前にも、『精神分析用語辞典』の執筆を支えた、フロイトの著作全体をいわば開いていく長い研究過程があった。その成果は数年後、ラプランシュが単独で書いた重要な著作『精神分析における生と死』(Laplanche, 1976[1970])に、同じように凝縮された。これらの著作のいずれにおいても、ラプランシュが1968年の論文「フロイトを(用いて)解釈する」で提案した方法を用いていることが見て取れる。
『精神分析における生と死』では、フロイトの『性理論三篇』、『科学的心理学草稿』、『快原理の彼岸』などの主要なテクストが綿密に検討される。しかしラプランシュは、ただ読むだけではない。フロイトの考えを問いとして立て、その問題点を批判的に検討する。この本の各章は、生を維持する秩序と性の発生との関係から始まり、フロイトの著作全体の構造において死の欲動が果たす機能への問いへと至る、一つの軌跡を描いている。ラプランシュが問うのは次のことである。フロイトの精神分析が生物学と接する位置にあるのは明らかだとしても、それを生物学に還元できるのだろうか。できないとすれば、精神分析に固有の領域は、その境界に位置する生や死といった基本概念との関係で、どのように成り立つのだろうか。
ラプランシュによれば、フロイトの『性理論三篇』の第一篇「性的な逸脱」は、精神分析の思考が適応の心理学からいかに抜け出したかを示している。性欲動は、生殖本能とはほとんど、あるいはまったく関係がない。ラプランシュは、この篇には「失われた本能」という副題を付けてもよいだろうと述べた。しかしフロイトが性的な逸脱を論じたのは、本能が偶然失われた事態を記述するためではない。むしろ、ラプランシュが明らかにするように、フロイトが捉えようとしたのは、人間の性の全体が逸脱を含むということである。人間における性的なものの領域それ自体が、規則正しく働く生命維持の秩序から見れば「逸脱した」領域なのである。ここに人間に固有の例外性があり、その領域を適応の領域から区別することに精神分析の固有性がある。
『精神分析用語辞典』の準備中に見いだされた「依託」(ストレイチー訳では anaclisis)という概念は、一方の適応にかかわる生命維持の秩序と、他方の欲動にかかわる性的な秩序を画するために用いられる。依託について、しばしば誤解される点がある。この概念が区別するのは、心的なものと生物学的なものではない。心的な要素も生物学的な要素も、この概念が引く境界の両側で働いている。したがって、アタッチメント理論が今日ほど広まっていなかった時代にも、ラプランシュは、適応にかかわる側面に心理的な次元が含まれることを疑っていなかった。
肝心なのは、心理的な領域一般と、精神分析が扱う心的な領域を混同しないことである。心理学的現実は、突き詰めれば人間あるいは動物の脳の働きのうちに位置づけられるかもしれない。他方、精神分析でいう心的現実は、人間に固有の現実と結びついている。そこでは、これから論じるように、他者とその他者のメッセージが第一義的な位置を占める。そのメッセージは、明確な意味を伝える一方で、送り手自身も知らぬまま、決定的な重要性をもつ謎めいたシニフィアンを運んでいる。ラプランシュはこの心的現実を、最終的に「メッセージの現実」と呼ぶ。それは精神分析が関心を寄せる第三の現実の範疇であり、言葉を話す以前の乳児(infans)の心身に作用する現実である。
このように、依託は、心的なものを身体的なものから切り離すことを意味しない。そもそも心と身体の関係を扱う概念ではない。ラプランシュによれば、動物か人間かを問わず、動物行動学が扱うのは本能(Instinkt)である。それに対して依託は、欲動(Trieb)の出現を理論化するための第一歩となる。のちにラプランシュは依託の概念を批判し、誘惑こそがその真理だと主張する。それでも依託の検討は、ラプランシュの研究方法をよく示している。まずフロイトの著作のなかで際立たせ、その後に批判する必要があった結節点の一つなのである。ラプランシュ(1993)の言い方を借りれば、この概念をめぐっては容易に道を踏み外してしまう。
とはいえ依託は、フロイトの思想の重要な点、すなわち、精神分析的な意味での性的なものの領域を、生命維持にかかわる心理生物学的領域から区別することを理解する助けになる。しかし、領域を区別することと、その起源を説明することは同じではない。まさに起源の問題を出発点として、ラプランシュは依託の「生物学化する」側面を批判し、代わって一般誘惑理論を提唱することになる(後述)。
この依託批判は、『精神分析における生と死』で、フロイトの『性理論三篇』の最終部分を論じたときに、すでに始まっていた。その部分には「取り戻された本能」という副題を付けられるかもしれない。というのも、依託を自然的な機制として捉えると、かつて本能から区別されたはずの性的なものとその起源が、再び本能の領域に取り込まれかねないからである。ラプランシュは、依託では、生命維持の秩序から欲動にかかわる性的な領域がいかに生じるかを説明できない、と強調する。依託をそのまま受け取ると、まるで蕾から花が咲くように、自己保存から性が生じるかのような印象を与える。
ところが、人間の自己保存には著しい不十分さがあり、まさにそのために性的なものが前面に出てくる。依託が働くとしても、それは生命維持から性的なものへ、そして性的なものから生命維持へという、双方向の働きでしかない。性的なものはさまざまな形をとって、自己保存の不十分さを補うことになるからである。実際、自己保存が脆弱であるためには、他者、すなわち援助する他者の介入が必要となる。これはフロイトが『草稿』で言及した Nebenmensch、つまり「隣人」である。その介入によって、性的なものは必然的に重要な役割を担うことになる。
この他者は、根源的な寄る辺ない状態(Hilflösigkeit)にある乳児の必要に、可能なかぎり応じようとする。しかし同時に、その人は必然的に、抑圧された無意識をもつ存在でもある。その無意識が、大人と子どものあいだの相互適応の関係に、ある程度入り込む。こうして、抑圧された性的なものという「混入物」が、愛着関係を運ぶ波に密航者のように乗って伝わる。したがってラプランシュが示唆するように、依託が働くとしても、それは援助する他者の介入に伴って副次的に生じる機制としてでしかない。
適応の領域と欲動にかかわる領域、すなわち性的なものとの単純な境界線から、のちにラプランシュが「根本的な人間学的状況」と呼ぶものが現れてくる。それは、あらゆる人間が、謎めいたシニフィアンに満ちた世界に生まれるというだけで置かれる状況である。その世界には、大人という他者の抑圧された性的なものによって「巻き込まれた」メッセージが満ちている。人間においては、このように性的な秩序がつねにすでに生命維持の秩序に重なっている。この点には、あとで立ち戻ろう。(以上)

小雨降る新宿中央公園。誰もいなかった。
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ボラス「境界例の欲望」とかグリーンのthe negativeとか。

時間がないないといいつつ、書誌情報をせっせと整理。これ、短時間の作業を積み重ねればいいから、時間がないときにぴったり。

そもそもボラスの書誌情報を整理しはじめたのは、先日、読んだアンドレ・グリーンの論文でボラスが引用されていて、「そんな美しくない言葉はボラスは使わない!」と思ってチェックしたのがはじまり。ボラスの重要な著作は館直彦先生が訳してるし、解題も丁寧だから、私が書誌情報の整理なんかしなくていいのだけど、そこそこボラスを読んできた身としては、「この時期に書いたからこの概念はこう書かれているのか」とか「この論文があとでこの本に入るのか」色々発見があって楽しい。短時間で区切れるので、素早く気持ちの切り替えをするときの作業として良きよ。

「そんな美しくない言葉」と私が思ったのは「解釈ハラスメント」という言葉。まあ、グリーンが明確に「ボラスがこういった」と書いているわけではないのだけど、アンドレ・グリーンは結構、引用、適当なところあるから「ボラスはそんなことしないもん」と思ってしまった。おまえはボラスのなんなんだ、という感じですね。

しかもです。今回読んだのは、André Green の Contemporary Psychoanalytic Practice(André Green, Editor: Litza Guttieres-Green)に収録された第3章 “Issues of Interpretation: Conjectures on Construction”。

そこでグリーンがボラスを引用していたのだけど、私が「あ、これかな」と思い浮かべたのは “Borderline Desire”(1996)だったのです。でも、Referencesに挙がっているのは Bollas, C. (2007), The Freudian Moment. London: Routledge. で、そこに “Borderline Desire” は入っていない。

となると、もしかしたらボラス自身が interpretive harassment という言葉を使ったのでは、という疑いが生まれてしまった。それでおそるおそる(恥ずかしいでしょ、なんか)原著に検索をかけてみたらヒットせず。なので、たぶん少なくともここでは使われていない。少しホッとした。

ちなみに “Borderline Desire” の書誌情報を整理してみると、

1995年 IPA第39回大会(サンフランシスコ)で発表。
1996年 Bollas, C. “Borderline Desire.” International Forum of Psychoanalysis, 5(1), 5–10 として初出。
1999年 Bollas, C. The Mystery of Things. London/New York: Routledge に再録。同書の Acknowledgements にも、“Borderline desire” was published in the International Forum of Psychoanalysis (1996) とある。
2004年 館直彦・横井公一監訳『精神分析という経験――事物のミステリー』岩崎学術出版社。「境界例の欲望」として邦訳。

私が読んだのは1996年版。なぜこれを読んだかといえば、アンドレ・グリーンが引用されていたから。私はアンドレ・グリーンの名前を見ると、なんでも覗いてみたくなってしまうから。

1996年版には脚注としてグリーンの Le Travail du Négatif(1993)が参照されていて、本文末の References でも1番に André Green, Le travail du négatif, Paris: Les Éditions de Minuit, 1993 とある。

ところが『精神分析という経験』所収の「境界例の欲望」を確認すると、この脚注がない。いまのところ邦訳でしか確認していないので、原著の The Mystery of Things に再録された時点で削除されたのか、邦訳の段階で省かれたのかは要確認。

でも、なぜ?これがあるから重要だったのに、私にとっては。講演を論文にするのと本の中の一章にするのでは対象も異なるから、あえて書かなくてもいいこともあるのかもね。

この論文は短いけれど大事なことが書いてあるので、グリーンがいようがいまいが読んでよかったと思う。でも、1996年のボラスが自分の議論とグリーンの「ネガティヴの仕事」との親近性をわざわざ書いていた、ということ自体が私には面白い。

こういうのがあるから、書誌情報を整理するのは楽しいのだ。

せっかくなので、『精神分析という経験――事物のミステリー』に収められた「第9章 境界例の欲望」には収められていないアンドレ・グリーンがでてきた脚注と同じく省略されたボラス自身の脚注を訳しておく。

「2 通常であればそれ自体として対象を表象するはずの心の枠組み(frame of mind)が、その対象そのものになってしまうと考えるなら、アンドレ・グリーンが「ネガティヴ(the negative)」と呼ぶものが、境界例においていかにきわめて特有な仕方で作用しているかが見えてくる。境界例の人は、主としてネガティヴな情動を通して対象への愛着を維持するのである。
実際、本論で取り上げる問題の多くは、グリーンのきわめて重要な著作 Le Travail du Négatif と響き合っている。とりわけ、境界例人格にみられるネガティヴなものへの情熱(passion for the negative)についての彼の考察と深い親近性をもっている。

3 境界例における原初的対象は、この患者のなかに、知られてはいるが、まだ思考されてはいないもの(something known but not yet thought)として保持されているのだろう。私は以前の著作でこれを「未思考の知(the unthought known)」と呼んだ。そして境界例患者との関連については、「Loving Hate」という論文で検討した。」

どちらも二人の中心概念についてごく簡単に書いてあるだけにみえるけど、私が「あれ?」と興味をひかれたのは、ボラスが、ここで Le Travail du Négatif を挙げて、境界例の場合、negative affects を通じて attachment to the object を維持する、と書いているところ。

つまり「the negativeが対象を失わないための媒体になっているってこと?」となった。私は「アタッチメント」「愛着」という言葉は使わないようにしているけど、the negativeへの気づきが対象化、形象化の起点になるとは思っているので、それ自体は同意する。

でも、グリーンにおけるthe negativeは、対象を保持する働きだけでなく、対象を消去し、脱対象化していく働きとも結びついていたと思う。だとすると、negative affectsを通じてattachment to the objectを維持する、というボラスの言い方を、グリーンのpassion for the negativeと深い親近性をもつとしてよいものだろうか、と思ったりする。まあ単にaffinitiesがあると言っているだけだから「書き換えた」というほどのことでもないし、たいして気にするところでもないのかもしれないけど、グリーンの対象化、脱対象化機能の問題は、私の興味あるところなので少しひっかかった。

それにしても、ボラスの表現は臨床的で、論理的で、それでいて情緒的で喚起的。ダンテの引用もメルヴィルの引用もいい。短い論文なのに、対象とは、情動とは、欲望とは、ということを患者の体験から離れずに考えさせる。

なのでやっぱり「そんな美しくない言葉はボラスは使わない!」という私の最初の直感は、たぶん間違っていないと思うのだ。

最後に、私がこの論文でとても素敵な表現だな、と思っている文章を邦訳(172‐173頁)のほうから紹介する。

「境界例の患者たちと作業することによって、以下の仮説を提案することができるだろう。幼児として先天的な障害を受けている場合でも、環境によって混乱させられている場合でも、いずれの場合でも、一次対象は、正常な発達の一部分として取り入れられる鏡のような現象としてよりは、むしろ自己のなかに繰り返し蘇るものとしてのみ体験される。木々の間を風が通り抜けるように、これは自己のなかを通り抜ける動きである。どんな感情であれ、この対象の存在を示唆するものがあると、境界例の人は、通常の感情を混乱させる体験へとエスカレートさせることで、この対象を探し出そうとする。」(引用終り)

とりわけ、「木々の間を風が通り抜けるように、これは自己のなかを通り抜ける動きである」が好き。関係ないけど「とりわけ」という言葉も私は好き。

ちなみに英語で読んだときには、最初の段落にでてくる“homing” intensity という表現が心に残った。homingって「帰っていく」ということだよね?ここには、帰る場所を探し当てるような欲望の強度を感じたな。邦訳ではここは特にカッコつきの言葉にはなっていなかった。でも、この homing という一語は、この短い論文全体をよく表している気がしたよ。

今日も言葉を豊かに。大切に。したり、してもらったり。東京は今日も一日雨模様みたい。みなさんの空模様はどうでしょう。能登の7時の気温は23度ですって。風邪ひかないように気を付けて過ごしましょう。

好きな道が通行止めで寂しい。
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クリストファー・ボラス(Christopher Bollas)、最初の3作について少し。

クリストファー・ボラス(Christopher Bollas)の書誌情報も書いておく。

ボラスの生い立ちから精神分析家としての仕事、「真の自己」が存在するのかという問いにまで及ぶインタビューは『Granta 174: Therapy』に掲載。ウェブで読むことができる。

“The Orange Ship”

ちなみに最近のボラスの著書はEssential Aloneness: Rome Lectures on D. W. Winnicott (2023, Oxford University Press) や Streams of Consciousness: Notebooks 1974–1990 , 1991–2024 (2024, Karnac Books)。

これらの近著をだしたボラスの声は、2026年3月6日の『Granta Magazine』のPodcastで聴くことができる。ボラスは、そこで、精神分析と文学の関係、白昼夢の意味、そして現代の大きな危機に精神分析は何を語りうるのか、といったことについて話している。

Podcast | Christopher Bollas

さて、ボラスもほかの著者と同じく、同じ論考がいくつかの著書に登場したりもするが、とりあえずボラスの単著を並べてみる。これまでもこのブログでボラスの本については書いてきているので、それも少しまぜこみつつ、とりあえず第3作目までの情報を書いておく。


1987
Bollas, C. The Shadow of the Object: Psychoanalysis of the Unthought Known. New York: Columbia University Press.
邦訳:『対象の影――対象関係論の最前線』館直彦監訳、岩崎学術出版社、2009年。


→ ボラスの最初の著書。変形性対象、未思考の知、対象としての自己、気分、規範病、抽出的取り入れ、逆転移など、その後のボラスの理論の核となる概念がすでに展開されている。書名 ‟The Shadow of the Object“はフロイト『喪とメランコリー』の一節に由来する。

1989
Bollas, C. Forces of Destiny: Psychoanalysis and Human Idiom. London: Free Association Books.


→ 2作目。未邦訳。human idiom(人間固有のイディオム)などを展開。2019年に刊行されたRoutledge版はボラス本人による序文が加えられている。

出版社ウェブサイトの概要の一部を訳しておく。

「ボラスは、「宿命(fate)」と「運命(destiny)」についての古典的な考え方、およびウィニコットのthe true selfという概念をもとに、「人間のイディオム(the human idiom)」という概念を展開する。それによって、私たちが他者との相互作用を通して、自分自身に固有な「差異の弁証法」をいかに生き、展開していくのかを探究し、明らかにしている。とりわけボラスが考察するのは、患者が自分自身のイディオムと運命への欲動(destiny drive)を表現するために、精神分析家のパーソナリティの特定の部分をどのように用いることがあるのか、という点である。」

1992
Bollas, C. Being a Character: Psychoanalysis and Self Experience. London: Routledge; New York: Hill and Wang..

→ 3作目。未邦訳。人が生のなかで出会う対象に無意識的意味を付与し、その対象世界を通して自己の精神史を喚起していく過程が中心となる。


ボラスはその多くをウィニコットから引き出している。題名は「キャラクターであること 精神分析と自己経験」と訳せるか。


>>私たちは各自、世界を照らし出すこうした対象の無数の只中に生きている。それらは幻覚ではない(確かに存在する)。しかしその本質は、ラカンのいう「現実界」に内在するものではない。その意味は、ウィニコットが「中間領域」あるいは「第三の領域」と呼んだ場所——主体が物と出会い、対象によって存在が変形するまさにその瞬間に意味が付与される場所——に宿る。中間領域の対象とは、主体の心的状態と物の性質とのあいだの妥協形成である。

Introduction(出版社のサイトのPreviewでも読める)の冒頭をなんとなく訳すと

>私たちは皆、ある特定の香りが、まるで子ども時代の遠い村から呼びかけてくるかのように感じられる、あの胸を打つ瞬間を知っている。過去へ手を伸ばし、遠い昔の自己体験のエッセンスに触れられるかのように。人生のとても特別な時期に流行した音楽を耳にしても、呼び起こされるのは単なる記憶というより、イメージや感情、身体の鋭敏さに満ちた内的で心的な星座である。たとえ「この匂い、子どもの頃、うちの庭にあった花の匂いだ!」と誰かに言葉で説明しようとしても、内的体験の質感を伝えきることはできない。

以上。プルーストやシェイクスピアが偉大なのはもちろん、それを自由に取り込んで精神分析理論と重ね合わせて書く仕方が魅力的。おお、マドレーヌ、とパウンドケーキを食べながらでも喚起される香り。

ここで思い出されるのが、ボラスが最初の著書で論じた変形性対象(transformational object)である。ボラスにとって重要なのは、対象そのものだけではなく、対象との出会いによって生じる変形の過程である。

この部分は国際精神分析学会(IPA)が無料で提供しているIREDという事典の日本語版でもすでに訳されている。そこから引用する。

>>Bollas(1987)は、母親が「全体的な対象として幼児にとって人間化される」前は、「母親は変形の領域あるいは源として機能している」と主張した。したがって、「母親は、他者としてまだ十分に同定可能ではないが、変形の過程として経験される。そして、この早期の存在の特徴は、大人としての生活の中で、 対象が変形のシニフィアンとしての機能のために求められる時、対象希求の特定の形式において生き続けている。」(1987)

Bollas の「対象の統合性」については、Bollas(1992, p4)は次のように書いている。

これもIntroductionの一部。
>>かなり驚きなのであるが、対象関係論では、個人の投影のコンテ イナーとして見なされている対象のもつ際立った構造にほとんど思考が向けられていない。確かに対象は私たちを持ちこたえてくれる。しかし、十分皮肉なことに、まさに対象が私たちの投影を保持してくれるからこそ、一つ一つの対象の構造的特徴がさらにより重要になってくるのである。と言うのも、再経験の際に、 自身の自然な統合性に従って私たちを処理してくれるコンテイナーに、私たちは、 私たち自身をも預けるのだから。(引用ここまで)

ボラスが続けて書くのはこんな感じ。
>たとえば、思春期初期に野球の技に由来する喜びの感情をシューベルトのハ長調交響曲に投影し、同じ週にガールフレンドへのエロティックな反応をサリンジャーの『ライ麦畑でつかまえて』に投影したとしよう。大人になってこれらの対象に出会えば、そこに蓄積された自己体験が喚起されるだろう。

ここまでで十分面白そうでしょう。まだまだあるから少しずつ書いていこうかな。ボラスは簡単ではない書き手だけど、ウィニコット同様、喚起的な言葉の担い手なのでたくさん読まれて、精神分析に浸透する文学や文化とともに臨床を考えていけたら楽しいと思う。

東京は今日は雨。無理しないでいきたいですね。今日もよろしくお願いいたします。

熊野神社の祭禮は今週末。
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ダナの本、アンドレ・グリーンの論文

早朝だけど、もう、少し蒸し暑い。沖縄県知事選挙で起きていることがあまりにひどすぎてずっとニュースを追っていた。今朝はなんとなく美ら海水族館で買ったクジラのTシャツを着た。

昨日はアンドレ・グリーンを読むセミナーだった。グリーンの論文に慣れてきたせいか、ウトウトしても追いつくのが早くなった気がする。

週末は精神分析における時間論に関する論文を色々読んだ。

ひとつはダナ・バークステッドーブリーンの‟The Work of Psychoanalysis: Sexuality, Time and the Psychoanalytic Mind” (2016.Routledge)これはグループで原著を読んでいる間に邦訳がでた。『精神分析の仕事-セクシュアリティ,時間,精神分析のこころ』ダナ・バークステッド-ブリーン 著/松木邦裕,富田悠生 監訳(2025、金剛出版)である。出版社が「解題」を公開している。目次はこんな感じ。

Acknowledgements xv
Introduction 1
Chapter 1 Setting the Scene 11
Chapter 2 Modalities of Thought and Sexual Identity 49
Chapter 3 The Feminine and Unconscious Representation of Femininity, a Duality at the Heart of Femininity 69
Chapter 4 Sexuality in the Consulting Room 83
Chapter 5 Bulimia and Anorexia Nervosa in the Transference 101(この章だけ邦訳されていない)
Chapter 6 Phallus, Penis and Mental Space 126
Chapter 7 Time and the Après-Coup 139
Chapter 8 The Work of Interpretation 158
Chapter 9 Reverberation Time, Dreaming and the Capacity to Dream 173
Chapter 10 Taking Time, the Tempo of Psychoanalysis 192
Chapter 11 Bi-ocularity, the Functioning Mind of the Psychoanalyst 213
Chapter 12 Termination in Process 231
Bibliography

監訳者まえがき:松木邦裕
イントロダクション
第1章 場面を設定すること
第2章 思考と性的アイデンティティの様相
第3章 女性性と女性性の無意識的表象,女性性の中核にある二重性
第4章 面接室でのセクシュアリティ
第5章 ファルス,ペニス,心的空間
第6章 時間とアプレ・クー
第7章 解釈の作業
第8章 反響時間,夢見ること,夢見る能力
第9章 時間をかけること,精神分析のテンポ
第10章 双‐眼性,精神分析家の機能するこころ
第11章 進行中の終結
文献
解題:富田悠生
索引

週末に読んだのは日本語訳だと第9章「時間をかけること、精神分析のテンポ」。原著だとChapter 10 Taking Time, the Tempo of Psychoanalysis。これについては昨日簡単に書いた。

翌日、アンドレ・グリーンの論文を少し予習しておこうとGreen, A. (1987) LA CAPACITÉ DE RÊVERIE ET LE MYTHE ÉTIOLOGIQUE. Revue française de psychanalyse 51:1299-1315をメンバーが訳してくれた邦訳を英訳と合わせて読んだ。英訳は”The Freudian Matrix of ​André Green Towards a Psychoanalysis for the Twenty-First Century”By Howard B. Levine(2023,Routledge)に収められているChapter4 The capacity for reverie and the etiological myth。この本については以前ほんの少し紹介した。

この論文のアブストラクトを訳すとこんな感じ。おかしいなと思ったら原著の内容紹介でご確認を。

「本論文は、ウィルフレッド・ビオン――グリーンがとりわけ好んだ思想家の一人――について、その象徴化の理論と母親のもの思い(maternal reverie)、そしてそれが分析技法の概念化にもたらす帰結をめぐって、個人的かつ批判的で創造的な読解を提示するものである。

グリーンは、心的発達についてのいかなる著者の見方にも、その一般的な帰結として一つの「病因論的神話(etiological myth)」があり、それが「臨床的機能についての暗黙の理論モデル(implicit theoretical model of clinical functioning)」の根底にある、と提唱する。

ビオンが母親のもの思いを特権的な位置に置いたことを弁証法的に補完しようと、グリーンは、分析家の心的作業を拡張し豊かにするものとして、父親のもの思い(reverie of the father)について考察する。

そしてある臨床ヴィネットに基づき、分析過程の主要な次元として、構成(construction)と歴史化(historization)の作業を展開している。」

まさに読んだばかりのダナの論文とつながっている、ラッキーと思いながら読んだ。

歴史化historizationとは、過去を想起し、正しい歴史を再現することではない。グリーンは、なぜ精神分析には構成construction が必要なのかを考えている。これは、ダナの論文に出てきた、分析家が即時的な反応を差し控えることで duration(持続・時間的な間隔) が生じる、という議論と並べて考えることもできなくはない。分析家の reverie は、まだ歴史になっていないものが歴史になりうるための時間をつくる働きでもあるのだろう。

ウトウトして途中までしか読めなかったが、とりあえずセミナーの時間になったので会場に向かって訳を担当してくれた人の声に耳を傾け始めると、さっきまで私が読んでいた論文と違うではないか!ビオンの『精神分析の方法』も持ち歩いていたのに。確認したら、なんと、私は2025年10月のセミナーの資料を読んでいた。最近、本当にこういうことが多い。今は2025年でもなければ、まだ10月でもない。私の中の時間はいったいどうなっているのだ。しかも、ってことは、一度読んでるってことではないか。全然覚えていなかった。これで実は自分が担当したやつだったらどうしよう・・・と思うけど、怖いから確認しない。

予習すべきだったのは、英訳が‟Contemporary Psychoanalytic Practice”の第3章に入っているIssues of interpretation: Conjectures on construction。これも「構成」の話だったし、ダナの話とつながりが深かったからよかったけど、私の時間、私の記憶、どんなふうにいったりきたりしてしまっているのか。早くも加齢によるあれか。なんとかこのくらいでふみとどまってほしい。

今日はボラスの書誌情報を書こうと思ったのにもう時間がない。東京は暑くなりそう。どうぞ良い一日をお過ごしください。

箱根のお土産!
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ダナ・バークステッドーブリーン「時間をかけること、精神分析のテンポ」を読んだり。

今日は久しぶりに晴れるらしい@東京。早朝はまだ少し降ってように思ったけどぼんやりした頭で窓を開けて眺めたからそんな気がしたのかもしれない。でもまだ曇っている。

風邪気味かも、と昨日感じた不調はすでに治っているのにごろごろしていたからすでに時間がない。すでにすでに。

ダナ・バークステッドーブリーン『精神分析の仕事』の第9章「時間をかけること、精神分析のテンポ」を女性の精神分析家グループで読んだ。数か月に一度集まるが、その数か月があっという間にすぎる。でも現在はそう簡単に過去にはならない、というか、時間はそんな直線的ではない。ベルクソンもそういっているが、ダナがこの本で展開しているのも精神分析における時間論だ。

ダナは、ベルクソンのいう「持続」ではなく、「こころの状態は即座の反応を差し控え、結果として[時間]の持続を意味する」(邦訳185頁)といった。この「持続」はdurationである。 時計は先に進み、時間は失われていくようにみえる。しかし、分析の仕事は時間を生じさせる。現在をただちに過去に送り出したりしない。なぜなら時間は宙づりに出来るから。フロイトが「平等に漂う注意」といったように。分析の仕事は、現在において過去を思い出させることではない。現在においていまだ過去になっていないものが生じる場をつくることである、というのは私の解釈。むろん、フロイトの場合、宙づりにされるのは直接には「時間」ではなく、何かを選択し、意味づけ、判断してしまう分析家の「注意」だが。

昨晩、読んだ章では、ビオンの「もの思いreverie」のなかに時間性temporalityあるいはテンポtempoを見出しながら、精神分析家がとるべき時間に対する態度が検討されていた。症例も二つあった。temporality は構造寄り、tempo は分析の場で実際に経験される速さ・間・リズムなど具体的な臨床状況寄りなのだろう。抽象的な時間論を、精神分析状況において具体的思考が象徴的思考に変形されるプロセスとともに示す論文だった。ダナはめちゃくちゃ博識だから、ここから展開できそうな種まきもいっぱいしてくれているように思う。

関連してスカルフォン(Dominique Scarfone)のL’impassé, actualité de l’inconscient について書きたいが時間がないのでまた今度。今日は一日、精神分析における時間性について考える機会になりそう。どうぞよい一日をお過ごしください。

小雨に濡れつつ。
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『性分化疾患(DSD)の子どもをもつご家庭へ』『「回復」という毒』『はじめてのベルクソン』

毎日雨。日差しがないと痒くならないからそれは嬉しい。肌がどんどん刺激に弱くなっていく。

これまでも、今も小さな子からかなり年上の方まで色々な人の色々の心と身体に出会ってきた。病名はどちらかだけのものであっても心と身体が切り離されることはない。離人感や解離があったとしてもである。

今週は性分化疾患(DSD)の当事者である公認心理師のみつばさんの「性分化疾患(DSD)の子どもをもつご家庭へ 診断から将来設計まで寄り添うためのガイド」を読んで、周りにもおすすめした。疾患について知るのは、その対応について知ることとセットだと思う。自分の身体、自分の子ども、パートナー、きょうだい、など身近な人の身体に対してどうしたらいいかわからない心をその時点でのもっとも正確な情報にもとづいて整理しつつ、共有することの大切さ。それがどれだけ難しいかも含めて。身体とこころをファンタジーではなく、現実として抱えていくために、わからなさとどう生きるかも含めて、診断を受ける側もする側もたくさんのことを考える必要がある。そしてこれもDSDに限らないが、現実的に時間をかける必要がある状況で影響をうける人たちにも心を寄せる必要がある。とくにきょうだいは、「きょうだいなんだから」という理由で我慢がふえることもあるかもしれない。疾患や障害に対してみんなのこととして考えるためにこういう本はとても助けになる。

最近、出たばかりの風間暁『「回復」という毒――支援に埋め込まれた構造的暴力』(日本評論社)も読んだ。これも当事者としての経験をもちながら現場に関わる人の本だ。

どちらも言葉がもつ影響力を重みをもって伝えてくれる本だった。大変勉強になったし、励まされた。

先週は平井靖史さんの『はじめてのベルクソン』にはまっていた気がするが、一週間があまりに早いので、過ぎたことはどんどんどこかへいってしまう。今回の平井さんの本は、かなり読みやすいが、かなり難しい。楽しくも読めるが、すごく腑に落ちたとか、これってこういうことだったんだ、という本ではなく、思考の場にどんとご招待、という感じで、大広間でキョロキョロするジブリの脇役になった気分でもある。ベルクソンが述べたことを平井さんはこれを書き、読ませることで実践しているし、実践させている。宿題が増えたな、と感じたが、多くの患者さんとの間で生まれた宿題に長い間、取り組み続けている私にとっては支えにもなる。それらは単に失敗の徴ではないし、失敗とかいう一者的な言葉を使うのも憚られる。結局、なにかし続けるには支えが必要ということだろう。肌も身体も心も記憶もなにかを受け取るための容器ではない。受け取れば変形し、変われば受け取り方も変わる。現在の経験によって過去の布置もまた変わる。

「一つひとつの出来事が、それを受け取る側のかたちそのものを変えてしまう。」ーー平井靖史『はじめてのベルクソン』

これは精神分析過程にもそのまま当てはまる。精神分析で重要なのは、現在を因果関係の線に乗せないことだ。

「感受性の地形そのものが、経験とともに刻々と変わり続けている」(平井)

精神分析は経験が生じる場である。

「感覚を受け取ってから行動に移るまでのあいだに、遅延が差し挟まれる。その遅延のなかで、生物はいわば記憶の中をまさぐり始めます。」(平井)

この場合の「遅延」はウィニコットが述べた再早期の乳児の時間間隔のように、ほぼ一瞬だと思う。それでもそこには「あいだ」が生じる。

「結果が保証されない探索が、完了した反復の流れに「未完了」の時間をこじ開けるのです。」(平井)

自由連想をする身体はその時間性に伴う。身体と心は切り離せない、と最初にも書いた。内と外という空間の意味にも意識的でありたい。

患者が「いま・ここ」の現実とぎりぎりの接点を保つために分析家は身体も心も使う。双方が「遅延」の豊かさに開かれること。

「生への注意 attention à la vie」という言葉もまた魅力的だ。この本もまた私の経験を広げようとしてくれている。すっかり目が悪くなって本を読むのが大変だけどこれもできる範囲と限定的なことをいいつつその可能性に目をむけるとする。

東京は結構強い雨。風がでないといいな。みなさんもどうぞお元気で。よい週末をお過ごしください。

新宿中央公園
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エディス・ジェイコブソンとニック・ウォール

Early Women Psychoanalysts: History, Biography, and
Contemporary Relevance(Klara Naszkowska編、2024、Routledge)のことはすでに何度か書いた。雑誌の海外文献紹介で、本書をとりあげようと思ったが、あまり時間がなかったので別の本を紹介した。どちらにしても私は、そこにいたのに、語っていたはずなのに、なかったことにされている声、あるいはそうされることへの抵抗を大切に思っているので、紹介した本もフロイトの患者たちの回想録である。掲載されたらSNSでお知らせすると思う。


Early Women Psychoanalysts: History, Biography, and
Contemporary Relevanceについて、また少し書いておく。

編者Klara Naszkowskaが序文で明確にしているように、本書は、14人の初期女性精神分析家の個人的・職業的伝記を再構成するもので、ジェンダー、ユダヤ性、女性教育、政治、移民を反復するテーマとして、彼女たちの人生そのものが、第一次大戦、戦間期の反ユダヤ主義、大恐慌、第二次大戦、ショアによって「影響され、挑戦され、破壊された」事実を記述する。


Ⅳ部構成で、すべて冒頭に Beyond が付いている。「○○の妻」「○○の恋人」「女性分析家」「亡命者」「ホロコースト生存者/犠牲者」といった、カテゴリーによって一人の人生を回収してしまうことへの抵抗だろう。


第Ⅰ部Beyond Wife, Lover, Muse は、SpielreinをJungとの関係、Andreas-SaloméをNietzscheやRilkeとの関係、Beata RankをOtto Rankの妻という位置から解放する。第II部 Beyond Psychoanalyst は、分析家であることだけでなく、フェミニスト、マルクス主義者、社会活動家として読む。第III部 Beyond the Homeland は国民国家や精神分析の中心地から離れて移動を読む。そして第IV部 Beyond the Holocaust は、ホロコーストを忘れるのではなく、その人の人生をホロコーストだけによって語らない。This is not a Holocaust story.なのである。


推薦者たちの言葉にはneglected, marginalized, forgotten, ignored by males, Jewishness, antisemitism, Holocaust, trauma, memory, genderが繰り返し使われているようにみえる。読んでいてクラクラするような出来事が多いのもこれらの単語から想像できるだろう。

昨日は、イディス・ヤコブソン(→ジェイコブソン、(Edith Jacobson))の誕生日だったそうだ。ハルトマンに自己表象という概念を提案したのも彼女だ。エディス(イディスと迷う)はベルリンから戦火をさけてニューヨークにきたが、彼女がナチに逮捕された事件をご存じだろうか。


本書ではPartⅢ Beyond the Homelandの第8章ニック・ウォール(Nic Waal)Speaking in Tonguesの「ニック、アーネスト・ジョーンズ、そしてエディス・ヤコブソンの逮捕」という小見出しのもと、詳しく書かれているので、少し訳しておく。

“1935年、ニックは奨学金を得てイギリスへ渡り、英国精神分析研究所(British Institute for PsychoAnalysis)で働くことになった。到着して間もなく、アーネスト・ジョーンズ(Ernest Jones)から、彼女の友人のエディス・ヤコブソン(Edith Jacobson)が1935年10月24日にドイツでゲシュタポに逮捕されたことを知らされた。ヤコブソンは、フェニケル(Fenichel)の被分析者の一人としてベルリン精神分析協会(the BerlinSociety)に所属しており、ヴィルヘルム・ライヒ(Wilhelm Reich)の親しい友人でもあった。また彼女は、政治グループ「新たな始まり(Neu Beginnen)」の活動に関与しており、それが逮捕の背景にあった。彼女は大逆罪に問われ、拷問や、長期にわたる過酷な投獄に直面することになった。
逮捕から4日後、ヴィルヘルム・ライヒは、この緊急事態についてニックに手紙を書いた。ライヒの説明によれば、ゲシュタポはまず、ヤコブソンの左翼の患者の一人を逮捕していた。その患者はその後、自殺した。また、ライヒは、コペンハーゲンで彼らの双方と親交のあったデンマーク人作家エレン・シアステッド(Ellen Siersted)をベルリンに送り、ヤコブソンが法的な援助を得られるよう手配したこともニックに伝えた。さらにライヒは、イギリスの著名な公人たちのできるだけ多くと連絡を取るよう、ニックに強く求めた。

「私の名前を出して、[Bronistaw| Malinowski, [Henry] Havelock Ellis, [Max] Hodann, [Alexander Sutherland] Neill, [Ber-trand] Russell, Stella Browne, Mrs. Jameson (friend of Trygve Braatoy), and [Julian] Huxley.[ブロニスワフ・]マリノフスキー、[ヘンリー・]ハヴロック・エリス、[マックス・]ホダン、[アレクサンダー・サザーランド・]ニイル、[バートランド・]ラッセル、ステラ・ブラウン、ジェイムソン夫人(トリグヴェ・ブラートイの友人)、そして[ジュリアン・]ハクスリーと連絡を取ってください。[……]
肝心なのは、ゲシュタポがエディスを釈放しないとわかった場合に備えて、すべてを準備しておくことです。そうなれば、私たちは報道機関を通じて介入することができます。ジョーンズとIPAについては触れないでください。エディスを精神分析と結びつけてはなりません。」(Reich, 1935)”

なんと緊迫した事態であることか。精神分析はこういう文化をずっと生きてきた。多くの精神患者・分析家の死亡、亡命。戦時中、精神分析家たちは個人を救うのか、精神分析を救うのか、を考えなくてはならないほどに追い詰められていたこともエディスをめぐる動きからはみえてくる。フロイトは書物を焼かれても生き残り、書物もまた蘇ったが。本書もこうして、ようやく女性分析家たちの体験を立ち上げてくれている。


この章はSpeaking in Tonguesと名付けられているがどういう意味だろう。文字通りには、ニックが複数の言語・文化圏を横断したことと関係しているのだろうか。ニックは、ベルリンで精神分析を学び、ドイツ語圏の分析家たちと関わりをもち、ノルウェーへ戻り、さらにロンドンへ渡ったそうだから。


しかし、英辞郎をみると、speak in tongues は「主にキリスト教に関連して使われる表現。宗教的高揚状態にある人などが異言語を話すこと、または「外国語のようにも聞こえるが明確な意味のない不可思議な音声」を発すること。」とある。したがってこの章題には、「複数の言語を話す」以上に、まさにニックのような、いくつもの声・言語を媒介する人という含みがあるのかもしれない。祈りの意味もあるだろう。


Nic Waal : Speaking in Tongues ニック・ウォール――「異言を語る」とすれば、エディス救出のために奔走した彼女の生涯と重ねることができるだろうか。

本書では、SokolnickaやMorgensternについても、母国語、精神分析を受ける言語、臨床で用いる言語、論文を書く言語が交錯していたので「多言語」より「異言」のほうがしっくりくるか。この前、私は土居の「甘え」を「旅する言葉」と呼んだが移動の「移」を「異」とかけてもいいかもしれない。これは日本語話者の発想だが、精神分析はそうやって生き残ってきた。多くの犠牲を出しながら。

精神分析における戦争体験というとビオンの外傷的な体験が語られることが多い。しかし、女性分析家たちが戦争をどう生きたのかは、それほど語られてこなかった。当時も今も戦争はいたるところで人を殺している。


精神分析において「生き延びる」という言葉を簡単に使わないようにしているが、その言葉でしか表せないような事態も現実としてある。私は、精神分析はマイナーであることが大事なのだと思う。マイナーな言語と出会っていくマイナーな学問であり、文化として、地に足をつけた実践をしていきたい。そんなことも考えさせる一冊である。

東京は今日も雨。疲れが出てきた頃だと思う。私はそんな感じ。また一日なんとか過ごそう。どうぞよろしくお願いします。

紫陽花に絡みついてた。
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精読の醍醐味

と、まあ、なんと時間のないことよ。とりあえず書くけど。

土居が『精神療法と精神分析』で述べたこと、特にここまで私が引用してきたことは、その16年後の1977年の『方法としての面接』にほとんど書いてある。「劇としての面接」という章立てもある。これはこれで土居が臨床経験を積み、精神療法を教える立場になり、大学紛争を経て、より広い意味での診断的考察や精神科臨床の基本に関する本を記す必要性のもと書かれた本であり、臨床家がまず読むとしたらこちらだろう。

しかし、精読の醍醐味である、著者の思考への同一化を味わいたいなら『精神療法と精神分析』のほうが断然面白い。ここにはまだ「方法」になりきっていない土居の思考の動きの痕跡がはっきり残っている。1990年代になると土居の文章は雰囲気はそのままだが、もっとすっきりしてしまう。

平井靖史は『はじめてのベルクソン』で以下のように述べる。

‟歴史にも同じ構造があります。「あの事件が時代の転換点だった」という語りは、その後の展開を知っている者だけが構成できる。明治維新も、後から見れば日本近代化の出発点として語られます。しかし渦中を生きていた当事者には、それが何の始まりなのかは見えていません。何が決定的で何がそうでないかの区別すら存在していなかった。歴史の筋書きは、つねに結末から遡って編まれます。出来事の「意味」がその後の展開に応じて変わり続けるということ自体が、時間の未完了性を示しているのです。”

土居はもう死んでいるのでこれ以上書くことはない。なので、最後の方の著作のほうがすっきり洗練されたことが書いてあるのは当然と言えば当然だが、実はこれはそんなに当然ではない。ベルクソンが『道徳と宗教の二源泉』でみせたような飛躍は土居にはなさそうだ。土居の思考の動きは臨床家ならではだろう。臨床は常に患者とともにある。だから「臨床」なのだが。患者をおいてひとりでどこかへいくことはできない。どこかへいったとしてもまたいつもの時間、いつもの場所に戻ってくる。精神療法は特にそうだ。そうやっていつまでもその基盤を確かめるような作業を繰り返す毎日だからこそ日常語が大事になる。

今日はすごく風が強い。昨日は名古屋の様子を映像でみてびっくりした。電車も大変なことになっていた。どの地域も安全に一日が過ぎるとよいが。どうかお気をつけて。今日もよろしくお願いします。

初台もお祭りかな。
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土居健郎『精神療法と精神分析』続きとちょっとベルクソン

土居健郎は『精神療法と精神分析』(1961、金子書房)の最初から、精神療法を劇にたとえていた。治療の開始において「あなたには精神療法が適当である」と言われた患者は、舞台にあがることを誘われた観客ということになるだろうか。そのように言われた患者の心の中に生じる様々な思惑、それをとりあげるのが「探りあい」にひきつづく段階である。


土居は、ここで、いくつかの受けとり方を例示しながら、その対処について述べる。土居は、まず理論の記述をして、症例を素材として提示する、という方法はとらない。この本は、高度に専門家向けの内容ながら、多くの人が経験している、あるいは想像しうる精神療法の診察場面の実際が「こんな場合もあるし、こんなことだってあるし、と提示される。そしてそれが、次の理論的記述への種まきになっている。理論的記述といっても土居が使用するのはほとんどが日常語であり、専門的なことが誰にでも読める言葉で書かれている。


土居の頭の中ではつぎのような場面が次々に浮かんでくる。精神療法を受けるようにということは精神修養しないさいといわれることと同じこと、つまりこうなったのは修養が足りないからだ、と治療者にいわれたように受けとる患者、すなわち自分が責められいていると感ずる患者、土居は、そのように感じる患者は、以下の二つの態度のいずれかをとるであろうという。


現在の苦しみの原因について自分には責任がない、なにか身体の病気かもしれないし、周囲の出来事ないし他の人間の所作が原因である、と治療者のいうことを信じないという態度、もうひとつは、精神療法を精神修養と解する自らの解釈に甘んじ、よってこれは治療の問題でなく、自ら解決しなければならない問題であると信じ込む態度である。どちらも治療関係の断絶の危険をはらんでいる、と土居は述べる。

土居は、これらを精神療法の適応の話にはせず、信頼の話としている。それに私はとても共感する。精神分析は信頼し、協力できるこころを信頼して、協力するものと私は考えるからである。

土居は、精神療法の筋書きとして精神分析を採用したので、私が土居の考えに共鳴する部分が多いのは当然と言えば当然なのだろう。

土居は筋書きを「骨組み」「枠組み」としてとらえており、「その場その場の状況は治療者によって一方的に与えられるものではなく、むしろ患者自身がそれを作るのである。ただそれに対して治療者は、それぞれの治療の方針すなわち筋書きにしたがって解釈を施す。これは即興劇における相手方の台詞に相当するものである。」(p35)と述べた。

ここで少し、最近読んだ哲学の本で心に残った部分と重ねてみる。私はフロイトの「事後性」を考えるためにはベルクソンの時間論が必要なのではないか、と思い、何年か前からベルクソンを読んでいるが、平井靖史の本に出会ってから、少し解像度が上がった気がしている。そして先月、平井靖史『はじめてのベルクソン 時間をひらく哲学』(2026、講談社現代新書)というさらにわかりやすい入門書がでた。平井も土居と同じく、専門用語は最小限にして、生活に落とし込んだ言葉で高度に専門的なことを書く。

たとえば、土居は、患者が、先ほど書いたような受けとり方をした場合、すかさず次のような手を打つことが必要であるという。

「たしかにあなたの病気は気のせいだといってもよい性質のものです。しかし気のせいといっても、あなたが自分勝手にそうしているということではありません。その証拠に、あなたが苦しむまいとしても止めることはできないでしょう。ですから気のせいといっても、それは自分の思うままにならない気です。」

これは「気」という日常語を使わないとできない表現だろう。彼らはわかりやすくするために日常語を使ってはいない。日常語だからこそ捉えられる運動があり、その言葉を動かすことで、高度に専門的な思考を続けている。

と、平井の本と重ねて考えたことを書こうと思ったが時間がない。今朝はここまで。

各地、奇妙なお天気が続いているようで気候変動の影響が本当に心配だし、怖いのだけど、みんなで無事に過ごせますように。今日もよろしくお願いします。

文章と関係ないが鳥好きには欠かせない展示だった。
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土居健郎『精神療法と精神分析』第4章「精神療法の受けとり方」

土居は「(1)初めの探りあい」で 、精神療法に導入する過程が既に精神療法であり、「治療者に関する限り、患者に会ったその瞬間から、精神療法は開始される」と述べた。そしてそれは、単に患者に病名をつける、という狭義の診断ではない調査を必要とする。患者の病気を正しく理解するためには、症状や問題に対して、いつ頃から、環境因子は、生活の上に何らかの変化が、などを問い、さらに、生い立った家庭環境、受けた教育、結婚ならびに職業における適応性、交際の範囲など「患者の全貌」を調査する必要があるとした。それは患者の健康な面を知るためでもあった。

土居は、ここでまたいつものずらしをする。

「これだけでは精神療法に移行することは不可能である。」

土居は、患者が治療や治療者との出会いをどう経験しているかにも着目する。自分から来たのか。誰かにすすめられたのか。無理に連れてこられたのか。患者自身は、自分の症状や問題をどう考えているのか、実際にどのくらい困っているのか、治療の成果はどのような形で期待しているのかなど。問われるのは患者だけではない。治療者は「果たして患者を助けることができるか、それにはどうすることが最善であるか」と自分自身に問わねばならない。

第3章「(1)劇としての精神療法」で、土居は「治療者といえども、相手が知らない筋書きを知らない以上、具体的にどのようなやりとりが両者の間に展開されるか、初めから完全にわかっているわけではない。かくして治療者も患者も、通常の劇における観客のごとき興奮を精神療法の中でもいくらか味わうことが可能になる」と述べた。

探るのは治療者のほうだけではない。患者の方でも目の前の知らない相手になんとなく探りをいれる。

「治療者は果たして真に自分を助けようとする誠意を持っているであろうか。また実際に助けるだけの能力を持っているであろうか。そして最後に、治療者は自分の問題を本当に理解したであろうか。そして一体どのようにして彼は私を助けようとするのであろうか。」

患者と治療者の関係は内実は反転可能なのだ。だから題も「探りあい」なのだ。もちろん、治療者は治療者で、患者は患者なので、形式的には反転もなにもない。土居は、役割の対称性を主張しているわけではない。土居は、どこまでも具体的だ。土居がいう診断は、問いと答えだけで成り立つものではない。今ここで起きているふたりの態度と感情の探りあいという動的なものである。「診断」という言葉に含まれる動詞を探れば「見る」「訊く」「問う」「答える」「探る」「探りあう」のほかにももっと見つかるかもしれない。このような態度も、おそらく、すでに、精神療法的だ。

そのような動きをしばらく続けた後、「治療者は、今ここに出来かかった治療者患者の関係を精神療法という形で続けるか、それとも別の治療方法を処方するか、決定しなければならない」。

とても土居らしい書き方だと思う。「今ここに出来かかった」関係を「精神療法という形で続ける」かどうか。

そしてそれを患者に告げなければならない。土居はここで、精神療法以外の治療との対比を持ち出す。

「精神療法以外の治療の場合は、患者が治療者の権威を信頼している限り、どのような治療を行なおうともそれほど問題とはならない。」

では、精神療法はなにが異なるのか。土居はいう。

「あなたには精神療法が適当である」と聞いただけで、患者の心の中に色々な思惑が生まれてくるである。したがって最初の探りあいの段階にひきつづいて、精神療法についての患者の思惑をとりあげることが必要となるのである。」p72

土居は、権威をもつ者としての自分に自覚的である。治療者には診断し、治療法を選択し、それを告げる権限と責任がある。形式的な非対称性によって維持される治療法はある。しかし、精神療法では、治療者の言葉を患者がどう受けとるかによって、そこに揺らぎが生じる。治療者に言われたことを患者がどう解釈するか。そして患者が、自らの解釈によって治療者を信じない場合にも、信じこんでしまう場合にも、治療関係は断絶の危機にさらされる。

この「(2)精神療法の受けとり方」で書かれる精神療法の実際は、臨床家、土居を知る醍醐味である。

各地の雨は大丈夫だろうか。東京は予想よりもいつも通りに動けるが、それでも警戒は必要だろう。またもや月曜日。安全に、健やかに過ごせますように。

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土居健郎『精神療法と精神分析』第2編第4章「探りあい」

日曜日。東京は曇り。雨も。明日の朝は災害級の大雨が関東でも予想されているらしい。無理なく過ごしましょう。

さて、土居健郎『精神療法と精神分析』(1961、金子書房)の第1編を読み終えたのだった。第2編は「精神療法の過程」である。全部で6章からなる。最初は「治療の開始」。最初が肝心、というのはどの世界でも変わらない。

さらにその前に、土居は第2編のエピグラフに「不思議の国のアリス」をおいた。

第1編のエピグラフはカロッサ『医者ギオン』の引用だった。


「最高の姿では、医者は芸術家に劣らないほどのものだ。しかし芸術家のように霊威の時を待ったり、自分の対象を選んだりすることはできない。対象が彼を選ぶのであり、時は常に彼をうかがっている。初めから人をことわることは、絶対にできないのだ。やさしい邪念のない感激的な性の人である場合、それから大抵の医者がそうであるように、患者と両人だけで診療に従事する場合、世のあらゆる要求に、汚れた力のあらゆる圧迫に身を曝さなければならないのだ。多くのものが彼の技術ではなく、彼の人間的なものをあてにやってくる。」


土居は、対象が治療者を選ぶのであり、治療者の技術ではなく、人間的なものをあてにやってくる、という言葉に共感したのだろう。そしてその「人間的」とはどういうことかを探求した。


そして第4章のエピグラフは『不思議の国のアリス』 。毛虫にWho are you? 「誰ですか、あなたは」と問われるアリス。「あなたこそ、あなたが誰であるか、先におっしゃるべきだと思います」、とアリスがいうまでになされる「わかる」「わからない」の会話はおなじみだが、土居の文脈でいえばこれこそ治療者と患者の関係で生じることだろう。


土居は「第4章 治療の開始」を「(1)初めの探りあい」という項目から始める。土居は「患者が合意の上で精神療法をうけとることはまれで、多くの場合精神療法に導入する過程が必要となってくる。そしてこの導入過程が、患者はそうと意識しないが、実はすでに精神療法とならねばならない。いいかえれば治療者に関する限り、患者に会ったその瞬間から、精神療法は開始されるのである」と述べる。


毛虫とアリスが出会った瞬間から「探りあい」をはじめ、それが「わからない」ことをめぐってなされていることはとても重要である。

そのあと土居は「精神療法の開始は患者の診断と同時している」(原文ママ。「同時に」かな。)というが、それは「単に患者に病名をつけることをいうのではない」という。土居は「狭義の病歴を越えて、患者の生活一般についても調べる必要がある」としてその内容を書く。「患者の全貌」を知ることがなぜ重要か。土居は言う。「というのはこれらによって患者の病前の人柄がわかるとともに、現在病んではいるがなおかつ存在している健康な面についても、大凡の見当をつけることができるからである」。


それでも土居は「これだけでは精神療法に移行することは不可能である」という。そりゃまたなんで、と読者は思うだろう。

ここで土居が問題にするのが、患者の治療に対する態度・感情である。アリスと毛虫のやりとりを思い浮かべる。土居は「患者自身どう考えているかが探られなければならない」とする。そして治療者自身は「果たして患者を助けることができるか、それにはどうすることが最善であるか」を問わなければならない。この問いは「見立て」の基本だろう。

「探り合い」のあとは「受け取り方」について検討がなされる。はじまりというのは常に大切で、土居がこれを「インテーク」とか「初回面接」とかいわずに「探りあい」と書くのがそこでなされることの大部分を表していると思うが、毛虫とアリスの会話をエピグラフにおいたのがまことに効果的だと思わずにはいられない。北山修も「不思議の国のアリス」を愛しているし、ウィニコットもそう。私も何度かここでアリスのことを書いている。学びは専門書の外にある、というより、外を知らずして学びはない。「あなたは誰」「私は?」という問いが決して閉じることはないということも、土居を通じて学ぶことである。

昨日の空。晴れたり曇ったりだった。
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書誌情報とか。

今日こそおいしいカルダモンロールを食べて(昨日のはシナモンロールだった。見かけで区別がつかなかった)。ひとり精読シリーズを再開しようと思ったのだが・・・。

アンドレ・グリーンの書誌情報を整理していたら大混乱。ひとつの論文がいろんな著書になっていたり英訳されていたりいなかったり、改訂版があったり・・・。AIにも聞いてみたがみてすぐにわかる間違いが多すぎる!結局二人(?)で直したりしていた。

しかもグリーンの論文を読みながらトーマス・オグデン(Thomas H. Ogden)も読んでしまったので、オグデンの書誌情報も気になり・・・。これのほうがAIは正確に拾えていたがThe Primitive Edge of Experience (1989) は未邦訳だよね。どうして「体験の兆すところ」ででてくるのだろう。どこかで訳されているのかな。ラカン派の人たちが精力的に試訳作っているみたいに。なんにしても邦訳がないものはそう書くか、せめて英語併記にしておいてほしい。AIが勘違いしてしまう。本末転倒感は否めないが。英語の出版物はResearchGateが一番チェックしやすいかな、私は。

オグデンの邦訳は現時点では多分これら。

The Matrix of the Mind. Object Relations and the Psychoanalytic Dialogue(1986) Jason Aronson, Inc.(1992) Routledge
https://www.taylorfrancis.com/books/mono/10.4324/9780429482403/matrix-mind-thomas-ogden

『こころのマトリックス――対象関係論との対話』藤山直樹 訳、岩崎学術出版社1996

Subjects of Analysis (1994)Routledge
https://www.taylorfrancis.com/books/mono/10.4324/9780429480515/subjects-analysis-thomas-ogden

『「あいだ」の空間――精神分析の第三主体』和田秀樹 訳、新評論1996

Reverie and Interpretation Sensing Something Human (1997) Routledge
https://www.taylorfrancis.com/books/mono/10.4324/9780429479670/reverie-interpretation-thomas-ogden

『もの想いと解釈――人間的な何かを感じとること』大矢泰士 訳、岩崎学術出版社2006

Conversations at the Frontier of Dreaming (2001) Routledge
https://www.routledge.com/Conversations-at-the-Frontier-of-Dreaming/Ogden/p/book/9781855759060

『夢見の拓くところ――こころの境界領域での語らい』大矢泰士 訳、岩崎学術出版社2008

Rediscovering Psychoanalysis Thinking and Dreaming, Learning and Forgetting (2009) Routledge
https://www.taylorfrancis.com/books/mono/10.4324/9781315787428/rediscovering-psychoanalysis-thomas-ogden

『精神分析の再発見――考えることと夢見ること、学ぶことと忘れること』藤山直樹 監訳 ほか、木立の文庫2021

Projective Identification and Psychotherapeutic Technique (1992) Routledge
https://www.taylorfrancis.com/books/mono/10.4324/9780429478574/projective-identification-psychotherapeutic-technique-thomas-ogden

『投影同一化と心理療法の技法』上田勝久 訳、金剛出版2022

Reclaiming unlived life: Experiences in psychoanalysis (2016) Routledge
https://www.taylorfrancis.com/books/mono/10.4324/9781315665948/reclaiming-unlived-life-thomas-ogden

『生を取り戻す――生きえない生をめぐる精神分析体験』上田勝久 訳、金剛出版2024

オグデンのcreative readingsはでるたびに自分の整理に加えていたのでそれほど混乱しなかった。自分のが間違っているかもしれないが。

最新の17本目は、Ogden, T. H. (2026). Playing as a Basic Form of Living: On Winnicott’s “Playing: A Theoretical Statement.” International Journal of Psychoanalysis, 107(3):332–351.

時間ができたら全部表にしておこう。今日はもうすっかり余裕なし。雨がひどい地域はどうなっただろうか。奄美大島のきれいな海もすっかりにごってしまっている映像をみた。今年の台風の多さも異常気象のひとつかな。みなさん、どうかご無事で。ご安全に。

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フロイト「否定」論文を少し。

大好きなお店の大好きなカルダモンロールを解凍して、おいしく焼くという大切なミッションがあるから、たった5ページしかないフロイトが1925に書いた『否定(Die Verneinung)』論文(岩波書店、フロイト全集第19巻)を精読することを今日はしない。フランスの精神分析に関心がある方はぜひご精読あれ、5ページだから。

といってもこの5ページにものすごい読解を披露したのがヘーゲル学者のジャン・イポリット。今はBruce finkのÉcrits: The First Complete Edition in Englishとか、同じくフィンクのLacan to the Letter: Reading Écritsなどで読むことができる。邦訳はジャック・ラカン 『フロイトの技法論 (上)』 (ジャック=アラン・ミレール編、 笠原嘉、小出浩之 、鈴木國文、小川豊昭 、 小川周二 訳、岩波書店)とかブルース・フィンク『「エクリ」を読む――文字に添って』( 上尾真道、小倉拓也、渋谷亮訳、人文書院)など。私は『エクリ』の昔の翻訳で読んだ気がする。

フロイトの『否定』論文、ラカンの「排除(Verwerfung / Forclusion)」とグリーンの「情動(affect)」がぶつかるわかりやすい地点もここ。あと、抑圧(Verdrängung)、否認(Verleugnung)、否定(Verneinung)を区別することも大事。

フロイトは「否定は、抑圧されたものを知る一つの方法」であると述べる。「私の母ではありませんよ」というとき、母という表象は意識に到達している。これは「抑圧の一種の解除」であるが、言語との関係でみれば、知的機能と情動的過程がここで分離する。「抑圧の一種の解除」というのは解除される一方で保持もされるということらしく、知的な承認は成功しても、抑圧過程そのものは解除されていない。

キノドス(Jean-Michel Quinodoz)が『フロイトを読む』(Lire Freud)のなかで、この年代にみられるフロイトの概念をまとめていて、それとの関係を考えるのも面白い。

たとえば「自我の分裂(Ichspaltung)。これは1938年の『防衛過程における自我の分裂』(フロイト全集第22巻)につながる。フロイトはそこで、自我は現実を拒否する一方で、現実に由来する危険を認識し、症状の形で不安を引き受ける、という葛藤に対するふたつの矛盾した態度の併存を「自我の分裂」と記述する。「知りません、でも知っています」というような二重性は、「母ではありません」と言うことによって「母」という表象を意識に到達させる「否定」論文の構造を思い出させる。

とまあ、いろんな方向から何度でも読まれるべきなのが「否定」論文じゃないかな、ということで、また今度。

今日は金曜日。東京は雨が降ったりくもったりらしい。がんばろう。

シナモンロールだった。
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アンドレ・グリーンの「ネガティブ」、フロイトの「否定」

さてさて、今日は日本の精神分析があまり取り入れてこなかったフランスの精神分析にとんでみよう。

アンドレ・グリーンAndré Green (1927–2012)のことはよくここにも、もうひとつのブログにも書いてきた。しかし、この一年で修正すべき点もみえてきた。自分の言葉とはいえ書き散らかしているので修正箇所を特定することはできないし、いまだ理解が十分でないところが多いので、ここに書いていることは正しい知識というよりは、すべて理解へのプロセスだと思って読んでいただきたい。勉強する時間がもっとほしいし、もっと賢ければいいのだけどないものねだりはまた今度、と自分に言い聞かせる。

グリーンは、フロイト以降の様々な精神分析理論の発展において、とくに英国対象関係論やアメリカにおける対象や関係を前景化するモデルのなかで後景化してきたフロイトのメタサイコロジー、とりわけ欲動・表象モデルを、対象関係論の成果を取り込みつつ、第二局所論の見直すことでアップデートしてきた。

グリーンはフロイトへの回帰を強調するでも、フロイトを批判するでもなく、対象関係論から発見したものを取り込みながらフロイトのメタサイコロジーそのものを再構築しているようにみえる。

グリーンは、抑圧(Verdrängung)モデルでは捉えきれない心では、なにかが表象されていながら意識から排除されている、というより、表象すること自体が困難であったり、いったん成立した表象や対象への備給が撤回されたりしている状態を考えた。

私はアンドレ・グリーンの対象化/脱対象化機能objectalisante/désobjectalisante (fonction)に関する論文にインパクトを受けてから約2年か3年、グリーンの著作を読み続けている。このブログでの登場回数もその頃から急に増えたと思う。

グリーンといえば、 The Dead Mother、The Work of the Negative、Life Narcissism, Death Narcissismに書かれているように、不在、喪失、脱備給など「ネガティヴ」の働きに関する理論が、その仕事の重要な軸をなしている。

「ネガティブ」は単に「ない」ということではない。重要なのは、「ない」ことによって生じる空間、表象、思考であり、「ない」ことによって消されたり失われたりする備給、結びつき、表象可能性であり、この概念が示すのはそうした心の運動である。

そうだ、グリーンを読むときには、まずフロイトの「否定(Die Verneinung)」論文(全集19 1925-1928)を読んでおきたい。土居を読むときのように、少しだけ読んでおこう。

「私たちの患者が精神分析の作業中に思い付いたことを明かす際の語り口は、若干の興味深い考察をするきっかけを与えてくれる」

フロイトはまず「語り口」に注目する。何を語ったのかではなく、どのように語ったのか。

「本当にそんなつもりはないのです」「私の母ではありませんよ」

患者は、思い付きを言葉にしながら、この言葉との関係を切ろうとする。

フロイトは「解釈する際、否定は度外視して、思い付きの中身だけを取り出す」。

私もそうするときがある。しかし、これは結構大技なので注意も必要だが、フロイトはそうするもんだ、くらいな感じで書いている。

もういかねば。今日はここまで。木曜日だ。がんばろう。

オペラシティのこの道はあまり人は通らないけどいつもきれいに整えられてる。
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土居健郎『精神療法と精神分析』第1編のまとめ

なんとなく毎日読んできた土居健郎『精神療法と精神分析』ですが、といってもひとりでやっているわけですが、いつのまにか第1編(65ページ)を読み終わりました。せっかくなので、昨日からの続きの部分に触れつつ、これまでのところをまとめておくことにします。

土居健郎は『精神療法と精神分析』(1961)の「第3章治療の方針と目的」で「筋書きの種類」をいくつかあげます。a精神分析、bアドラー派、cユング派、dランク派、e ホルナイ派、f サリヴァン派、g ロージャス派(原文表記のまま)、h 実存分析と実存療法、i グループ療法、j 森田療法です。種々の治療学派を「筋書きの種類」という項目で分類するのも土居らしいところではないでしょうか。


土居はここまで精神分析と異なるものとして森田療法に特別な位置を与えてきましたが、それが最後にくることを不思議に思う人もいるかもしれません。土居が森田療法を別物とするのはここでも変わりありませんが、ほかの精神療法との間にも境界線をひいています。ここにあげられた森田療法以外の学派はすべて精神分析に影響をうけている、と土居は考えているからです。


土居は、森田療法も精神分析を意識し、それに対立するものとして生み出された、と考えれば、ここにあげられたのはすべて精神分析以降といえる、と述べます。それ以前の説得、暗示、催眠などが対症療法的であって、真に症状の背後にあるものを動かすことを目指していなかった、と土居はいい、精神分析及びそれに準ずる治療方法を力学的(dynamic)であると総称します。


土居は、それぞれ独自のパーソナリティ論を展開し、それに基づいて治療を行なうこれらの治療方針を力動的体系的精神療法とします。しかし、精神分析以前の治療がたとえ対症療法的であるからといって、それらは不必要になったわけではなく、力動的体系的精神療法の枠の中で適応を考えて行なうことは可能だし、実際に行われているといいます。土居が催眠術についての治療的応用を論じる文献としてあげるのが蔵内宏和・前田重治の「現代催眠学」(慶応通信、昭和35年)であるのも興味深いところです。


土居は、次に、精神分析を初めとして互いに相違する治療体系が存することをどう説明するかという問いをたてます。それぞれの治療が何がしかの成功を収めているという事実を鑑みれば、治療効果に関しては各治療体系に共通する因子があるだろうと土居は考えます。ここでは、それは、治療体系の如何よりも個々の治療者の能力とされます。それでも、ある一つの筋書きにしたがって精神療法という劇が実際に行われれば、患者はそれによってなにがしかの利益をうるだろう、と土居は言います。実践面はそうだとしても理論面はどうでしょうか。土居は、どのような治療体系でも治療効果は得られる、としても、その結果は決して一様ではないというところに着目します。


土居はここで、Glad,Donald D.のOperational Values in Psychotherapyを援用し、精神分析を受けた場合、サリヴァン派の治療をうけた場合、ランク派の治療を受けた場合とそれぞれの治療の目的を示す。そしてこの著者が言っているのは要するに、それぞれの治療体系の中に含まれている価値が治療の状況の中で患者によって学ばれるといいます。


土居は「筋書きの種類」に入る前に「精神療法の筋書きは、それぞれの学派によって異なるが、価値や思想よりも、むしろ精神構造もしくはパーソナリティについての理論の基盤の上に立っている」と書きましたが、上記では「価値が学ばれる」と書きます。
土居は、治療体系ならびに治療効果の多様性として、治療体系が異なるに応じて治療効果もいくらか異なる、という現象を説明するにはもの足りないようで、このような現象を説明する普遍的な精神療法の理論体系はやはりありうるのではないか。それはやはり精神分析の理論ではないか、といいます。


土居は、以下のように第3章を締めくくります。
「すなわち精神分析の出現は、それに対立する多くの治療学派の発達を促進する結果を生みだしたが、このことは特に初期の精神分析が不完全であったことを示すとともに、精神分析の中にその後の対立する学派が芽としてすでに潜在していたことをも暗示すると考えられるからである。けだし対立は無縁を意味せず、むしろこれらすべてがある意味で一貫した発展であり成長であることを暗示しているのである。」(p64)


土居は「したがって折衷的立場においてではなく、精神分析を主体とする統一的立場から」精神療法の過程を記述する、と第2編に向かいます。


この『精神療法と精神分析』は第1編「精神療法の構造」、第2編「精神療法の過程」、第3編「精神療法をめぐる諸問題」という三部構造です。第1編は、土居が精神科医として精神療法を劇にたとえ、その構造を「治療者患者の関係」「治療場面の設定(時間の条件と場所の条件)」「治療の方針と目的」の観点から検討するものでした。それは土居がなぜ精神分析の立場に立つのかという説明でもありました。


土居は、精神分析をいちばん正しいとは考えていません。ただ、不完全であるがゆえに、対立し分岐する学派を生み出したり、発展や成長の可能性を含んだ豊かな土壌として機能しうるのではないかと考えます。土居は、それぞれの学派に歴史的・力動的関係を見出しているので、それらを横並びにしたり、それらを折衷して使用するという発想にはならないのでしょう。土居は「筋書きの種類」において、ページ数はたいして割かないにも関わらず、かなり詳細に各学派を検討しています。森田療法の専門家であり知り合いが「土居は森田を一番読めた人ではないか」というのも腑に落ちます。だからこそ土居は、安易に複数の体系の寄せ集めをしないのでしょう。ここまでみてきたように、土居はなにか結論を導くときに差異をなくすという方向性をとりません。差異や対立が生じるなら、それはなぜ、という観点からひとつの立場にたどりつこうとするのです。これをヘーゲル的にとらえることもできますが、土居は精神分析の発展のプロセスに自分の態度を重ね合わせてもいるのでしょう。土居は、対立を保持したまま、その対立を生んだ歴史をさかのぼります。


土居は、医師と患者の関係の特殊さを語るにもそれを簡単に「非対称」とは言いませんでした。一精神科医として、権威をもつ立場であるという十分な自覚のもと、しかし患者と同じ舞台をみる観客として、同時に同じ舞台にたつ役者として、枠組みはあるが予測不能の、多様な筋書きを生きる関係が精神療法であると書いているように思います。このあとの第2編では、精神療法の過程が詳細に記述されます。楽しみです。楽しいですよ。

今日は水曜日。9月も2日目。さっそく憂鬱ですよね、たいてい。無理せずいきたいものです。今日もよろしくお願いいたします。

初台にできたカヌレ屋さんに行った!
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境界とか。

‟精神療法においては、言葉の真の意味において「私は誰なのか」「私は何をしてきたのか」「私は何を感じているのか」「私は何をすることを欲するのか」という問いに、自ら答えることを学ぶのである。”

土居健郎は『精神療法と精神分析』(1961、金子書房)「第3章治療の方針と目的」で述べた。

土居はここでも、精神療法の目的を「自己発見であり自己洞察であるといえるが、しかし単にそういってしまっただけでは、あまりに広範囲になってしまう恐れがあるだろう。もともと「己れを知れ」という命題は、すでにソクラテス以来の哲学の課題であるといわれているからである。」として簡単に名詞にはしない。

ここで比較の対象にするのは宗教・哲学その他である。土居はカトリック信者であり、そこでの自己発見・自己洞察と土居が精神分析によって得たそれとはおそらく異なるが、それはまた時代的にもあとのお話。今はまだ1961年。

土居は「ただここでいっておきたいことは、これらがたとい重複し平行するところがあるとしても、厳密にはそれぞれ区別されねばならぬということである。精神療法は哲学のように存在の意味を問らものではなく、宗教のように価値を教えるものではなく、またイデオロギー(思想体系)のようにすべてを説明しつくそうとするものでるない。」

という。

そしてまた「しかしこのことは、精神療法の中に存在の意味や価値や思想が全然入らないということではない。」という。土居のこの書き方にもみんななじんできたことだろう。

切断しては動かす。境界線は壁を作るためにひくのではない。

そして大事な一文が来る。「 むしろそれらは精神療法という劇の筋書きの中に暗黙のうちに含まれているのである。」

土居は「その劇的筋書きの枠組みの中で患者が自らの態度・感情・行動を理解するに至ること」が精神療法の目的であるという。土居は「この筋書きの中に含まれている思想なり価値なり断固として反対する者は、その精神療法によって利益を受けることはできない」というのだが、「しかしそれら思想や価値は表面には出ていないのであるし、またある思想や価値に断固として反対するという者は稀であるから、実際にある患者がある一つの精神療法によって何ら利益を受けないということは、少ないといってよいのである。」で述べる。

土居がせっかくあれやこれやと思考を巡らせながら自分の立場の表明に向かおうとしているのに、単純な言葉を使うのはどうかと思うが、実践に即していうならば、精神療法は「話しても意味がない」と本気で思っている人に対して役に立つことはできない、ということだろう。「話したくない」とか「なにを話していいかわからない」とかではなく、話すということ自体がなにかを動かすとは思わない、という強い信念があったりする場合は、である。

そういう人は最初からこないのでは?と思うかもしれないが、そんなことはない。それは、精神療法の筋書きの中の思想や価値が表面には出てこない、からではなく、私たちが言葉を使う以上、強い信念の表明もまた言葉によるものであり、その働きから自由ではないからである。私たちは「意味がない」とわざわざいいにいくこともする存在である。

舞台に上がる、土俵に上がる。まず、私たちは、そこには筋書きやルールがあることを前提とする必要がある。そこでの二人がこれから何をしようとしているのか、そこではなにが起こりうるのかわからないからこそ、土居は「治療場面の設定」に一章を割いた。精神分析的な心理療法の教科書のほどんどがそこをはじまりとするのではないだろうか。枠組みは大切である。

土居は、このあと自分自身の理論的立場を明らかにする。私たちはすでに知っているように、彼がとったのは精神分析の立場である。同時に、土居は、精神分析に対する懐疑もずっと持ち続けていた。宗教との深いつながりもあった。それらもまたずっとあとに語るべきことだろう。

8月も今日で終わり。またもやあっという間だったが、いろんな土地へいき、いろんな人の話をきくことができた。時折、ひきこもりたい気持ちにもなるし、時折ひきこもることは大切なことだと思うが、動けるところは動いておきましょう、ということで月曜日。今週もよろしくお願いいたします。

山梨側からの富士山
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8月30日、30年ほど

8月末〆切の仕事がふたつあったがギリギリではなく提出できた。ルーティン以外の仕事は時間のやりくりが難しく、労力を考えると全くお金になる仕事ではないので厳しい面もあるが、ボランティアは大学時代からずっとやってきていることだからその精神でやっている。ボランティアで入った場所で、少しお金をいただくようになって、そこに就職する道もあったけど、いろんなことが重なって私はそっちを選ばなかった。もし、あのまま、重度の自閉症の人たちと過ごす仕事を選んでいたら、今の私はどんな感じだっただろう。彼らと言葉でやりとりができない分、ほかで言葉を尽くす必要は生じたに違いない。具体的な危機管理を常に怠らなかっただろう。コロナの期間はむしろ少し安心したかもしれない。普段から人里離れていたから。当時、私と同年代だった彼らは元気だろうか。仕事としては選ばなかったけれど、今の私にもっとも影響を与えたのは彼らであることは間違いない。だからなにかとこうして話し相手になってもらっている。人は言葉だけでコミュニケーションしているわけではない。

大学時代、週末や長期休みは自閉症の人たちか不登校の子どもたちと泊まりこみで一緒にいた。大きなお鍋で料理をするのも仕事だったが私の役にたたないことこのうえなく、ある程度作ってもらったものをまぜるとかみはるとかそんなことばかりしていた。いい匂いがしてくる。みんながなにもいわず、目も合わさず、そばにべたっと座る。「いい匂いがしてきたね」と私が言う。誰も答えない。私はにこにこ楽しい気持ちでいる。そんな時間を過ごしていた。

みんなー、私はね、精神分析家という資格をとって経験と理論が離れないように試行錯誤する日々です。私が使ってきた言葉はみんなのなかでどんな形になっていたのだろう。精神分析には事後性という言葉があって、言葉ってあとから過去に作用したり、文法的な計算を超えてくるんだっていうことを日々実感してる。一緒に日本語の歌のワンフレーズをなんどもなんども繰り返したりもした。小さな声で。大きな声になるときはとてもつらそうなときもあって、そんなときは反省ばかりだった。責められてもいないのに私が自分を責めるという形でなにかするのも違うと思ってた。

みんなと会わなくなって何年かしてから単科の精神病院に勤めたのだけど、そこは面接時間は特に決まっていなくてお医者さんが「今日はなしてく?」みたいなかんじで希望する方とは大体おはなしできた。予約制ではないからたくさんお待たせしたりもするのだけど何も話さずただ一緒に数分を過ごしたり、絵だけ描いていく方もいたけど、そういうときこそみんなとのことを思いだした。面接しているときに、人で溢れる待合室で大きな声が止まらない人の声を聞きながらいろんな要因を考えたりもした。世界は生きづらい。本当に生きづらい。そんなことも思った。

あれから30年。親御さんたちはどうされていますか。地域の皆さんは?話したいことがたくさんあるよ。不思議。この前の地震、この前の雨、怖くなかったですか。心配は尽きない。みんな元気でありますように。スタッフのみなさんも変わらずいてくださいますように。

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土居健郎、七尾線

土居健郎が『精神療法と精神分析』を書いたのは昭和36年、1961年、1920年生まれの土居は41歳だった、ということになる。41歳までの臨床経験をこんな風に言葉にできるのはやっぱりものすごいことだと思う。理論的なことなら若くてもすごいことはたくさん書けるかもしれないがこの本は極めて臨床的な本である。

土居が書いていることは今だったらストロロウらの間主観的な考え方や、ミッチェル、ホフマンなどの共構築的、社会構築主義的な考え方で説明できることがかなりあるように思う。しかし、当時、彼らはまだ登場していない。土居は今だったらわかったようになれてしまう概念をたくさん持ちものにできる時代の人ではないし、概念を道具として使う人でもない。徹底して臨床と実感発の人だ。

フロイトは精神分析は哲学ではないとはっきりいったが、土居も「精神療法は哲学のように存在の意味を問うものではなく、宗教のように価値を教えるものではなく、またイデオロギー(思想体系)のようにすべてを説明しつくそうとするものでもない。」といっている。もちろん土居なのでそのすぐあとに「しかしこのことは、精神療法の中に存在の意味や価値や思想が全然入らないということではない」と続く。常に留保がある。

患者には治療者が必要で、治療者は患者がいなければなにもできない。至極当たり前のことだが、だからといって治療者と患者が対等というわけではない。

赤ちゃんとお母さんという組み合わせで治療者と患者を見立てるならば、というかそれが最近の常だが(ここでの土居は違うが)、お母さんにも先のことはよくわからないけど赤ちゃんの鏡になることで赤ちゃんになり、とまではいわないが、赤ちゃんに同一化しようとしながらその人は母親になっていく。そこにはウィニコットのいう存在し続けること(going on being)が双方にみえる気がする(もちろんウィニコットはそんなこといっていない)。同時に、非対称な方向性へ分離していく人の姿がみえなくもない。土居が例にあげた即興劇における患者が舞台にあげられ、治療者はいつのまにか舞台にいて、でもどちらもまだ観客であるように。

こう書いていて思うけど、土居が医者でありながら医者の権威を意識的にとりあげるのは土居がまだ41歳だったからかもしれない。戦時中の言語に対する抑圧、使っていい言葉と使ってはいけない言葉の存在、精神療法の場で患者が医者としての自分に使う言葉、時代も立場もすべて、土居が権威というものに対してものすごく重く感じるところがあったかもしれない。さらにその後の聖路加病院での勤務とアメリカへの留学、精神分析の訓練、1960年代後半の世界的な学園紛争、その後の東大教授時代、土居の言葉や思想に影響を与えたものの大きさを思うと頭痛がするが土居は日常語にとどまり、ひとりの精神科医にとどまった。臨床と実感、その泥臭さのなかにとどまること。土居には別に聖書があった。私はどうやってとどまるすべを見出していくのだろう。土居の著作がその役割のひとつをこうして担ってくれてはいるが。文学かな。詩かな。俳句かな。どれもこれも言葉の世界。豊かにしていけたらと思う。

今日は土曜日。もらったばかりのおいしい幸水を食べた。いとみずみずし。今日も七尾線は大変そう。特急花嫁のれん号も運休だって。金沢から羽咋、七尾、和倉温泉にいくのに何度か乗った。金沢で新幹線を降りて、特急花嫁のれん号が泊まるホームまでの特別っぽい壁紙をみながら階段下の小さなセブンイレブンでおつまみとビールを買ってのりこむことを何度かした。また行くから、こうやって使う人いるから七尾線さんがんばってください。どうかみなさんご無事で、ご安全にお過ごしください。

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劇としての精神療法

土居健郎が『精神療法と精神分析』のなかで、精神療法を一つの劇にたとえたことはすでに書いた。それは即興劇らしい。状況についての簡単な描写と相手役の台詞だけが与えられ、それに応じて即興的に演じることを繰返しているうちに、自分にあてがわれていた役割が何であったかを発見し、それとともにこの遊戯も終わる、と土居は書いているので、この劇はplayであり、ウィニコットのplayと近い。

土居は、精神療法の中で与えられる筋書きは劇のそれとはかなり異なるとして、それは物語ではなく「全くの骨組みにすぎない」という。しかもそれは治療者によって一方的に与えられるのではなく、むしろ患者自身が作るのだと。それに対して治療者がいう台詞が解釈である。このことを繰返しているうちに、患者は何のことか自分でも十分にその意味がわからなかった自分自身の物語を、治療者のさし示す筋書きにあてはめて考えることができるようになる。

昨日は土居の比較対象のみつけかたと深め方がすごいのだ、みたいなことを書いたが即興劇を例にしたのはそんなに成功していないと思う。土居はこの前の段落で、相手が筋書きを知らず、具体的にどのようなやりとりが展開されるか、完全にはわかっているわけではないので、治療者も患者も、通常の劇における観客のごとき興奮を精神療法の中でもいくらか味わう、と書いている。

そのあとに、観客の一人が選ばれて舞台に上らされて行なわれる即興劇のことを書く。土居はたぶん、まだ客席に残っている観客のこともみている。舞台に上らされた観客はここで複数化する。サリヴァンの関与しながらの観察を思い浮かべたりもするけど、土居の場合は観察する位置が舞台と客席にある気がする。

土居は、このあと、精神療法においては、即興劇のようにたまたま自分にあてがわれた何らかの役柄を探りあてるのが目的ではなく、言葉の真の意味において「私は誰なのか」「私は何をしてきたのか」「私は何を感じているのか」「私はなにをすることを欲するのか」という問いに、自ら答えることを学ぶのである。精神療法で患者が獲得するはずの洞察とは、このような答えをさしているのである、と述べる。

これらは夢見、夢思考、夢解釈として、今ならビオンを引用していわれるようなことにつながるが、土居の考えを詳細に追うと、そういう言葉を使わずにどのくらいのことがいえるのか、という問いは、そういう言葉を使わずにこれだけのことがいえるのか、という驚きになる。詳細はもっと時間がないと言葉にできないけど少しずつしていく。

一個書いておくけど、土居は、あっさり「自分にあてがわれた何らかの役柄を探りあてるのが目的ではない」と書くが、人生において、これを一生懸命時間を割いてきた人たちを舞台にあげるのが精神療法ということだよね、いってみれば。

今日は時間がないからここまで。

昨日は石川、富山、ネパールの映像をみてどんどん力がでないかんじになった。今月初めに乗ったばかりの七尾線も大好きな羽咋も加賀温泉駅も大変なことになっていた。本当にもう雨も地震も被害を起こさないものであってほしい。追い打ちの連続では身も心も持たないでしょう。もとにもどすための作業の手が早くたくさんはいりますように。

絡みついてる「目」っぽい植物。
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書評、土居の書き方

書評の仕事は謝礼がでるものだとしても(でないものもある)、書評のために使う時間や参考文献にかかる費用などを考えるとものすごい赤字である。それでも自分が読んで勉強したことをシェアすることには、それ以上の意義があると思っている。予算の問題でその本は買えない、という人にも少しでもその本のことを伝えたいし、精神分析に関していえば私は幸運なことに実践の場をもっている。なので精神分析実践の実感を伴う本であればそれを損なわずに捉えることはできると思う。だから、たいして得意なわけでもないのに依頼をいただいたらお引き受けするようにしている。

そもそも私は、どのような書評が読者を引き寄せたり、役に立ったりするのかよくわからない。身近な人に読んでもらったりはするが、彼らはだいたい臨床家であり、私が書いたものを読む前に私がいいたいことを大体つかめてしまったりする。

何年か前、『インターセクショナリティ』(パトリシア・ヒル・コリンズ、スルマ・ビルゲ著、小原理乃訳、人文書院)で、インターセクショナリティはポリグロット(多言語的な存在)であるため、私たちは複数の言語や言葉遣いで話す必要性が出てきた。」というのを読んだ。生きる社会によって使う言葉は異なる。そこの言葉を使わないとわからないことがたくさんある。まずそこから。同時に今の持ち物でできることをやる。言葉はすぐには習得できない。

今のところ、私は狭い世界に向けた書評しか書いたことがない。もちろんその外側にいる人たちのことを意識はしているが、私が使用している言葉はものすごく狭い社会でしか通じないものだろう。

土居健郎は『精神療法と精神分析』の「第3章 治療の方針と目的」で精神療法を一つの劇と見立て「劇としての精神療法」「筋書きとしての治療方針と目的」と書いた。土居は第一章でキェルケゴールを引用し、精神療法を演劇にたとえる発想はすでにしていた。土居はここまで「普通の人間関係」「精神療法以外の一般の医学的治療」と「精神療法」の区別をしたり、精神療法のなかでも精神分析と森田療法の区別をしたりしてきた。この章で、土居は、通常の劇と精神療法の似ている点、異なる点を検討する。土居は、精神療法の場合は、筋書きを心得ているのは治療者だけである、と述べる。通常の劇でも脚本家の頭のなかには筋書きがあるが台本があがってこないとかはあるかもしれないが。

しかし、治療者が筋書きをあらかじめ持っているとしても、相手が筋書きを知らない以上、具体的にどのようなやりとりが両者の間に展開されるか、初めから完全にわかっているわけではない、と土居は続ける。だから、治療者も患者も通常の劇における観客のごとき興奮を味わうことができる、という。

土居はここでもありふれた比較対象を選んだのに、そこに見出す差異に読者としてちょっと驚くし、発見した差異を吟味してみると別の形で差異が類似点に変わってしまったりする。この運動が非常にうまい。これはたぶんフロイトよりうまい。土居の文章は読みやすいときと読みにくいときがあるが、土居の書き方になじめば楽しく読める。

フロイトも類似から差異へ進むのはものすごくうまいし、その語り口も面白い。でもフロイトの場合、それがすむと自説の展開へぐいぐいと進んでいくので「ちょっと待ってー」という気持ちになる。土居にはそんな気持ちにならない。土居は、比較対象のあいだを何度も往復して、境界線そのものをいつのまにかずらしてしまうのである。

私はこれを「言葉通じるとはどういうことか」という問いを持ちながら書いているが、それはまた時間をかけて。

東京はかなり曇っている。夜には雨も降るらしい。みなさん、無事に過ごされますように。今日もよろしくお願いします。

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時間、権威

土居健郎は精神療法のなかでも精神分析の立場にたち、フロイトが著作で述べてきたことは常に背景にみられる。一方、常に対極にある精神療法として登場するのが森田療法である。『精神療法と精神分析』の「第2章治療場面の設定」の「(2)時間の条件」は「(1)場所の条件)」の構成とほぼ同じになっており、どちらにも森田療法との比較が述べられる。森田療法は患者の反応一切を「不問にすること」が構造的特徴であると述べられていることに少し驚くが、土居はその背景に常に医者の権威をみているように思う。

時間的条件を考えるには時間の治療的意味について考えなければならないが、土居はここでランクに教えをうけていたJ.タフトを引用する。土居を読んでいると今はあまりとりあげられない治療者の名前が色々でてきて歴史を感じることができるから楽しい。土居はタフトが強調する時間の制限性よりも「時間がわれわれにとって唯一の存在の仕方である」ことを強調する。時間=存在の仕方、というのはいささか奇妙な記述だが、時間に対する態度=人生に対する態度、といいかえることもできるかもしれない。土居は時間をうけいれるということは単にその制限性を認めることではなく、「時間の中にとどまることである」と述べる。土居は私たちが苦痛の中にある時、時間から逃げ出したいとう衝動を感じることを知っている。いわゆる「抵抗」のひとつだろう。この箇所だけで私は何人もの患者とのやりとりを思い出せる。精神療法は、治療者が自らの時間を患者に与えることによって、彼らに時間の中で問題を解決することを促すことである、と土居はいう。このようにして設定された「時間の中にとどまること」ができるかどうか、同時に、総ての精神療法の時間にいつか終わりがやってくる」という現実を認め、不可避的な欠陥と限界をもつそのような時間を貴重な体験として活用できるかどうかは、治療者と患者という特殊な人間関係における双方の問題だろう。治療者においては、時間を与え、それに終止符をうつ際に現れる自身の「人間的な権威」を否定しない、ということも課題のひとつである。決定権は双方にあると口ではいえるが、それを最初にいえたり、承諾する側に立つほうに権威があるといっていいだろう。

私は若い頃、ある医者に「心理の分際で」といわれたことがある。「心理」というのはこの業界の人にとって心理職のことである。「メンタル」と同じくらい雑な言葉の使用だと思うが、それはともかく、当然「のび太の分際で」を思い出し、心底あきれ、辞めるときもなんの未練もなかった。そこで出会った人たちとの関係は今も続いているが。それにしても当時、私はまだ大学院生だったので正確には心理職ではなかったし、そこで心理士としての仕事というよりなんでも屋みたいな仕事をしていたので今思うと「心理の」という区分け自体にも疑問を感じるが、まあ、権威というのはそういうこともできてしまう、ということらしい。雇われている側が「雇われの身のくせに」とか言われたら、それは「囚われの身のくせに」というのと似たようなものだと思うが、自分の身を立てるために他人を雇ったのだから、それはものすごく対等な関係である(実はそうではないことは土居の話でもわかると思うが)ということがわからないのならひとりでやってみればいいのに、とも思う。誰かを支配することでひとりでやってるとかやってやってるとかみたいになるのはおかしいと思う。このことはこの場所は、この時間は誰のものかという話として、土居の話を重ねることもできるが、今日はここまで。

昨晩の月もとてもきれいだった。今日はどんな一日になるかな。良いことありますように。

アサガオ
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リズム、時間、共に在ること。

今朝も風がない。昨日も日射しのある時間は暑かった。ほとんど移動しなかったから汗もかかなかった。夜は涼しかった。久しぶりに明るい月を見た。もうひどく暑くなることはないのかな。台風がたくさんきてるという話があったような気がしたけど。沖縄や奄美はいつも本当に大変だな。今調べたら台風18号のため、25日、26日は休園、休校するところも多いみたい。なにごともありませんように。石垣市では沖縄県知事選の選挙掲示板も一時的に撤去したりするみたい。沖縄の選挙はとても重要。無事に行なわれるといいけど。2年前の年末年始かな、沖縄で過ごした。25年ぶりとかだったと思う。2003年にようやく開通した沖縄都市モノレール「ゆいレール」のおかげで前回まわれなかった場所も色々歩けた。ほんの数日の観光ならそれでいいけど、広い沖縄で車を使えない人たちの移動手段が増えたら見えてくるものも変わるし、沖縄の現状や未来を考える機会をもてる人が増えるのではないかな。「ゆいレール」のときも沖縄は車社会だから地元の人は使わないという意見もあったけど実際はそうじゃなかったわけだし。一方、港で生活用品をたくさん船に乗せて帰る人たちと一緒に島に渡ったりすると、その暮らしに根づくリズムの軽やかさにも重みにも心が動く。生活が守られること、それが基本だしすべてなんだと思う。

この数年、特に2022年2月、ロシアがウクライナに全面侵攻を開始した、つまり、戦争が突如として私の目の前に現れたという感覚をもってからずっと心が落ち着かない。ニュースをみたり読んだりしては途中で耐えられなくなってしまうことも増えた。

私はその頃まだ精神分析家になるためのトレーニング中で訓練分析家のところへ通っていたので、なんで、どうして、と混乱した気持ちを話す場も時間もあった。あれから日本も世界もますますおかしくなっている、と書きたくもなるが、大竹裕子が雑誌『世界』(2025年12月号)に「人間とは「共に在る」世界だ」とするアフリカ思想のウブントゥを生きるジェノサイド後のルワンダのことを書いており、世界は広く、涙を流し続けてきた人たちの笑いや言葉や音楽や踊りはよきものへ向かう力を信じなくてはいけないという気持ちにさせられる。

土居健郎が『精神療法と精神分析』の「第2章 治療場面の設定」で場所の条件と時間の条件をあげている。場所の条件に関してはここですでにふれたが、時間の条件について、土居は、治療者が患者にどれほど時間をさくかあらかじめ決めていない場合、患者にとっては今与えられている時間はいつ打ち切られるかわからないし、また再びこのような時間が与えられるという保証もないため、「お時間をおとりしてありがとうございました」と感謝はされてもそこには無意識の非難がかくされていると考えることもできる、と述べる。 

「したがって時間のとりきめのない精神療法は、原則として精神療法の体をなしていないといって、過言ではないのである。」p26

土居はここまでのところと同様に

「しかしながらそうはいってもこの場合精神療法的効果が全然怒らないということではない」

と付け加える。土居は「治療者に患者を助けたいという行為が存するかぎり、」自分の時間を与えることで患者が慰められる場合もあるだろうという。なぜなら、人生は時間だからである。

土居は「人生において各自が本当に自分のものといえるものは時間だけである」「また時間は、それを他のものと分かつことができる」という時間の特性をあげ「時間は愛情の問題と密接な関係を持っている」と述べる。

そして「治療者が個人的に患者に与える時間については何のとりきめもないもの」として取り上げられるのがここでも森田療法である。土居は森田療法とずっと対話をしている。

土居はここで場所と時間をわけて考えている。私たちが治療構造、あるいは設定という言葉を使うときはおおむね同じことをしているだろう。しかしこれをわけて説明することは本当に適切なのだろうか、と思うことがある。ベルクソンへの興味もそのような疑問から始まっている気がする。私は最初、ベルクソンってなんでも時間で説明するんだな、空間はどこいった、生じてしまうものとしての空間は時間でどう説明するんだ、と思っていた。でもちょこちょこ読んでいると、ベルクソンこそ時間と空間を分けて考えることを疑った人なのではという気がしてきた。ベルクソンの持続 duréeという概念が空間化される時間という考えにつながるとしても、その拡がり étendueは均質で分割可能な空間とは異なる。異なるリズム、緊張、興奮、これらは時間によって区別される世界の運動にかかわるものであり、空間はその内側で現れたり消失したりしているのだろう。私は今ルワンダの人たちの音楽と踊りを思い浮かべている。彼らの物理的な空間がいかに破壊されようと彼らには彼らの時間と空間があり、それは流れ続け、彼らは存在する。私たちは共に在ることができるだろうか。共に在りたいと思う。

今日は火曜日。良い一日になりますように。

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プライバシーとかシークレットとか。

個室という環境で語られたり打ち明けられたりする秘密に対して「単にあわてふためくか、あるいは患者の要求をまともにうけてそれに答えようとして無理をするか、それともせめてもの同情をして終りにしてしまうか、三つの中のどれか一つ」にならないようにするにはどう対処すればいいか。土居健郎のこういう書き方にはユーモアがある。ご本人は大真面目なのかもしれないが、三つの中のどれか一つなんだ...患者の問題が千差万別であるという認識に乏しい人はたしかに秘密を打ち明けられることに対する耐性が低いかもしれない。秘密を打ち明けられることに対して、というより、自分が知らないことに対して、と広めに考えてもいいと思うけど、秘密というのは本人がそれを誰にもいわない、いいたくない、いってはいけない、と判断した事柄だから本人も伝え方がわからなかったりもする。土居は通常の診察室のやり方では個人の秘密(privacy)は保たれない、と書いているけど、そのあとの記述における秘密はsecretではないのかな。もちろんここでは場所の条件について書いているのでプライバシーのほうが適切だろうし、プライバシーが守られればシークレットもまだ「秘密」の領域で語れると思うけど。こちらから「何か秘密おもちですか」と聞く人はいないと思うけど。言えないから秘密なんだし。でもこちらが患者が、というか人間は秘密を含め、自分の知らない部分以上に、触れられたくない領域をもっている、という認識に乏しいと意図せず秘密に触れてしまうこともある。そして触れられたほうもそれによってはじめて「秘密にしてたのに!」と衝撃をうけるかもしれない。秘密が最初から秘密として本人に認識されているとは限らないのである。そしたらきっと、こんなプライバシーが守られない場所では何も話せない、と思うだろう。この場合のプライバシーは、人には入り込まれたくない領域がある、ということと、そこには触れられたくない秘密があるかもしれないのだ、という二重の意味をもつのでやはり訳はprivacyでいいのかもしれない。

患者には、とうか、いちいち言い直すが、人には誰にでも秘密がある、という事実(だよね?)に慎重であればそれが語られたり打ち明けられたりしたとき、土居があげた3つ(それ以外にもあるだろうけど。無視するとか、いらだつとか)のような反応をしないですむこともできる一方、その内容を知ろうとしない、踏み込まない、という判断もできる。土居が書いた三つは余白や余裕のなさを示す行為である。よって、治療者が役に立てる場所をつくりたいのであれば、それらを保障するための privacy が必要であり、そこで初めて患者は「話す/話さない」を決められるのである。そしてこの保障は治療者側にとっても必要である。

土居は場所の条件について書かれた箇所で少し唐突に自由連想について触れる。フロイトが、患者と一日中眼をあわせているのは堪えられないので患者を寝椅子にねかせて話させる方法を思いついた、と述べたことについて土居は検討する。これが精神分析の「場所的構成の設定」のはじまりであることに私も改めて思いをはせる。この設定は、『精神療法と精神分析』の第一章で述べられた「精神的距離」を実際の距離とし、治療者側の余裕を生み出す。治療者側の余白や余裕がないと秘密を守る(患者がそれを言葉にする場合もしない場合も)ことは難しいので、この設定は治療者のみならず患者の役にも立つ。

土居は、この設定によって「患者はこれまで問題の解決を徒に自分の外に求めていたのにひきかえ、自分の背後について自分を観察する治療者の存在によって、問題の出発点である自分自身を見つめることができるようになり、かくして問題の真の解決に至る道が開かれるのである。」とあっさり大きな達成への道筋を書いているが、この設定の導入がもつ侵襲性についてはここでは触れていない。

と、今日も土居健郎の文章からあれこれ書いてみた。こんなことやってたら一章どころか一生読み終わらないよ、と思うかもしれないが、こういうのは何度か読んでいる人の遊びみたいなものだから。私は、読書は、最初は何も考えずに全体を読み通したほうがいいと思っている。難しいとかわからないなんて当たり前なのだからとりあえず話きこうか、みたいな感じで読む。

患者の話を聞く場合も同じである。わからなくてもなんでも最初の語りは一生懸命耳を傾けてそのまんま聞くことがなにより大事だ。問うことはいつだってできる。

そうだ。「聞く」「訊く」の違いってあるよね、と先日、ドラマをみながらふと思った。「ききたい」というセリフがあってこれはどっちの「きく」なんだろうとか。大抵はどっちもなんだろうけどどちらかが強調されることもある。「きいてもいい?」という場合は「訊く」の意味が結構含まれてるだろうし、とか。

まあ、人の話をきく仕事をしているとこんなことばかり考えてしまうわけです。私だけではないと思う。

昨日も晴れたりうっすら雨が降ったりだったけど気温はそれほど高くなかった気がする。移動が長かったので起きている時間はアイデアを少しまとめることができた。頭使うとすぐ眠くなってしまうから大体うとうとしていたけど。

今日は月曜日。また一週間、がんばりましょう。今週もよろしくお願いします。

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地震、土居、眼鏡

夜中の地震には驚いた。東京も震度5弱だったそうだが、そこまで大きいとは感じなかった。食器棚などのロックはかかったが、本などが落ちることもなかった。直後は少し水がでにくいように感じたが数時間後には戻っていた。ケガをした人もいるということだし、断水や停電で困っている人もいるかもしれない。電車にも遅れがでていたりする。せっかくの日曜日だが安全第一で過ごそう。

今朝も土居の『精神療法と精神分析』のことを少し書いておく。

土居は、通常の医者の診察室においてもある種の精神療法は行なわれ得る、という場合の治療因子は医者の権威に対する信頼であると述べた。そして、日本で、医者の権威に対する信頼にもとづく精神療法効果を最大限に利用した精神療法は森田療法であるといった。同時に土居は森田療法が、単なるムンテラでは得られない治療効果をもつことに言及するが、ここでは詳細は書かれない。森田療法の専門家の医師が、土居は森田正馬を一番読んでいる人ではないか、といっていた。土居が森田療法を精神分析に対置させ、「甘え」概念を展開していく様子はほかの著書に詳しい。

土居は、患者が内心の問題を自由に話できる(誤植ですね)ようにするためには、開いている戸(物理的な戸だけでなく、秘密を保証する心理的な戸)を閉めることの重要性を説いたベルンフェルトの例をあげる。そして精神分析前史の誰もが知っているブロイエルとヒステリー患者の例をあげ、もし個室によって秘密が保証されても、その秘密に治療者が堪えられない時は、治療的関係が断絶することを示す。個室の中では起こる色々な出来事や現象に対する対処は次章以降に示されるが、土居が患者はひとりひとりすべて違うという当たり前ではああるが忘れられがちなことを強調しながら技法を論じているのは確かである。

今日はここまで。

少しでも作業を進めねば、と昨日ははりきって仕事にいったが途中で眼鏡を忘れたことに気づいた。手元の文字を読むことができないだけなので眼鏡がなくても生活はできるが読書はできない。まだコンビニしかあいていない時間で、しかしコンビニにも老眼鏡はなく、夕方まで外にでる時間はなかったので、オフィスにかろうじて置いてあった100円ショップで買った老眼鏡で対処した。領収書を書いたり契約書を確認したりするのはそれでよかったが頭がクラクラして本を読める感じではなかったので無理せず読まなかった。いいのか。よくない。でもしかたない。こういうことがないように遠近両用を買ってかけっぱなしに慣れていこうと思ったのになんどもなんども眼鏡をなくす。どうしたらいいのだろう・・・。とにかく今日は忘れない。まずそこから。

日曜日、無事に過ごせますように。

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治療場面の設定など。

土居健郎『精神療法と精神分析』(1961、金子書房)をなんとなく再読してなんとなくメモしている今週、今日もやってみよう。


土居は「第2章 治療場面の設定」で前章のたとえを引き継ぎ「治療場面の設定とは舞台装置のことである」と述べる。このあとがかなり重要で「舞台装置が、そこで演じられる劇によって変化するように、治療場面の設定も、そこでどういう治療が行われるかということにより当然変わって来なければならない。」。「どういう治療」、つまり方針だろう。第一章で、土居は、治療者が治療方針をもたない場合「もし治療者にあり余るほどの人間的善意があったとしても、結局のところ患者は得る所がない」と述べた。私としては治療方針をもたないのはすでに善意が不足しているということではないかと思わなくはない。治療方針と目的、それと相関をなすのが「設定」である。土居はこの章において、これらは本来同時に論じらるべきとしながらもまず設定について説明を試みる。土居が最初に問題にするのは「場所の条件はそこで行なわれる精神療法の性質をどのように決定するか」である。

土居は自分がいたような大病院の診察室の例をあげ、個人の秘密(privacy)が保たれない場所で精神療法を行うことはできないという。しかし、だからといって診察室で精神療法過程が一切起こらない、というわけではなく、医者の診断と予後を聞いてわからなさという不安が軽減されたり、身体的な病気だと思い込んでいる神経症患者(精神病の場合はまた別の話)には診断自体が精神療法的効果をもたらしたりと、通常の医者の診察室においてもある種の精神療法は行なわれ得る、ともいう。ただそれは医者の権威に対する信頼が前提である。この部分は土居の森田療法に対する批判の布石である。とにかく「個人の秘密のない状況において行なわれる精神療法は、極めて不完全なものである。」
土居はさらに、個人的秘密がとりあつかわれ難い状況なのになぜ精神療法が行われているのか、医者も患者もそれほどのその不完全さを意に介しないのはなぜか、に言及する。このもう一歩先にいく書き方や思考は真似していきたいところである。


土居によると、なぜならそれは医者患者の双方にとって都合がいいから、である。打ち明け話をすること自体が苦痛を伴うものであり、それに耳を傾けてもらえないというのは一種の安堵を患者にもたらすかもしれない。そして医者だって助手や看護婦がいることでそれをきかないですむ。


よく患者さんが「こんな話聞かされたくないですよね」というが、私はきくのが仕事だからきかされているとは思わない。ただ聞くのがつらいときは確かにある。でもだからといって場所の条件を変えたりほかの人を使ったりしてそれをやめさせようとは思わない。また、患者が私に打明け話をする際の躊躇はそのこと自体を話題にする。大事なのは中身よりこのようなひとつひとつの判断ではないか。


今朝はバタバタして時間がないのでこのあたりで再読はおしまい。今月はもうまとまった時間がとれないけど8月末までの仕事がふたつあるからそっちを先にやらねば。千葉はまた雨の被害の心配があるという。九州は猛暑。気候は容赦ないが人の力はいつだってどこだって使えるはず。できることをやっていこう。

どうぞよい週末をお過ごしください。

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心の秘密性

今朝の空は秋っぽい。鱗雲っぽい。曇っている。風はない。最近、月って早い時間に出てるよね。この前も雲にまざって月をみつけたけど私がオフィスを出るころにはみえなくなってた。

今朝も土居健郎の『精神療法と精神分析』の「第1章 治療者患者の関係」に書かれている部分をとりあげる。土居は治療者と患者には精神的距離が必要であると述べた。しかしそのことは両者の間に感情の交流があってはいけないという意味ではない、むしろそれなくして精神療法は起こらないといってよい、と述べた。

これも「そんなの当たり前じゃん」とか「え?どういうこと?距離とったら感情の交流なんてできないじゃん」とか色々反応はあると思う。土居もフロイトも自分の言葉がどう誤解される可能性があるかをよく理解していたのだろう。前もって丁寧に対応している。

土居はいう。同情や共感や感情移入といった言葉によって現わされる心理的特質も「精神的距離の支配する場において働くのでなければ、真に有効であるということはできない。単なる同情だけならば、なにも治療者であることを要しない。」それはそうだ。治療にはこれらとは異なる心理的態度を要するのである。

土居はここでキェルケゴール『不安の概念』からの一節を引用する。

「彼はうち解けあった瞬間においても、自分の沈黙を守っていることによる、何かしら誘惑的なるもの欲情的なるものをもっていなければならない。かくして彼は人目のないひっそりとした状態を技巧的につくりだすことによって、心に秘密を抱いている人がそれにさそわれて忍び足にぬけでてきて、あたかも独語の際のように自分の心を軽くすることに楽しみを見出しうるように、しむけなければならない。」(1844、邦訳:岩波文庫、1954)

土居は「心理学的な観察者を演劇の役者にたとえていることに、読者の注意を促したい」という。しばしば演技は現実そのものよりも人の心に迫る。治療者も精神療法という劇において、治療者の役を演じているのだから通常の人間関係とは異なる。治療者と患者の間にはおのずから距離が存する。そのうち患者と治療者の間に相互作用が起こり、患者が今まで無意識に演じていた自己を発見するとその劇は完結する。

「そのためには治療者が、患者と「うち解けあった瞬間においても、自分の沈黙を守っている」ことが是非とも必要である。」(p15)

土居は本書『精神療法と精神分析』の初版から10年後、第12版発行に際して「秘密の観点」についてという文章を付け加えた。土居は初版で「個人の秘密に対する理解と耐容性を社会全体が失うことがあれば、治療はきわめて困難となり、事実上不可能となるかもしれない」と書いたがその頃にはその予測は現実になりつつあった。

土居は精神分析における「抵抗」のことを「秘密」といった。そしてこの秘密に対する理解と耐容性を治療者の条件とし、治療がなされるための社会の条件でもあると考えた。たとえば土居は精神病に対する社会的偏見を利用し「これは君たちの秘密なのだから。秘密だから大事にしまっておかなければいけない。」と秘密のなくなった彼らに新たに秘密をつくってやる必要性を述べた。

現代というかまさに今日、私たちは真逆の方向へ進んでいる。暴くという乱暴さに加えて晒すという下品さも加わった今の社会は、威勢のよさだけで中身もなく、排除的思考を隠さない言葉を専門家も平然と使っている。

土居は常にわかってしまわないことの重要性を説いた。一方、精神分析が秘密のヴェールをはぐ役割(主役)を演じてしまったことも指摘した。私たちは心の秘密性を宝物としなければならないはずなのに。治療者は、患者自身がまだ自分の秘密の存在を知らなくてもそれに開かれ、その秘密が展開するように導く必要がある。治療者がむりやり秘密のヴェールをはぐのではなく。

土居はフロム・ライヒマンとキェルケゴールの別の文章も引用し、治療者は、深い哲学的信念にもとづいた同情と科学的確信に発する敬意をもつ必要があること、そしてもし治療者に必要な程度の優越性があるとすれば、そのような同情と科学的確信を持ち得るという点にそれを見出せるだろう、と述べるのである。

今日も先達の言葉を噛みしめたり励まされたりしながらがんばろう。

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土居やフロイトやグリーンを読んだり。

休み明けなせいか、早速寝不足なせいか失敗が多い毎日。落ち込む。大丈夫だろうか、自分。

昨日、「精神的距離」が失われることによって生じる危機に陥らぬために、と土居が取り上げたのはフロム・ライヒマンFrieda Fromm-Reichmann(1889年10月23日 – 1957年4月28日)である。土居の『精神療法と精神分析』は1961年。土居が引用したライヒマンのPrinciples of Intensive Psychotherapyは1950年。邦訳がでるのは1964年である。精神病の精神分析に貢献したライヒマンについても書きたいことはあるがまたいずれ。ライヒマンは、きわめて重い障害を抱えた人々にも「資質(assets)」が備わっているとした。そして彼らが精神的な負債(liabilities)を資質(assets)へと転換することを示した。

土居は述べる。

「患者に接する際、現在は病んでおりしたがって自己は確立されていないが、しかし将来それを確立する能力を持っている者として、そのように潜在的には治療者として同等な者として呼びかける時、そこに精神的距離が保たれる、と考えられるのである。」

そして土居は「第12章 社会的条件と価値」において再びこの問題を詳述する、と脚注に書く。

ただ、これが12章のどの部分なのかよくわからない。「精神病患者を精神療法によって治療することの技術的困難も、その少なからぬ部分が、気ちがいに対する社会的不寛容と関係がある」という社会的条件が治療の限界となることとの関連なのか、土居がフロイトの1919年の論文「精神分析療法の道」(全16)とともに示す分析家による価値判断のことだろうか。どちらにしても治療者としての精神分析家の限界に関わる議論であることは間違いないだろう。

土居はフロイトの「患者は自らの固有の本質を解放し完成するべく教育されなければならない。」という文章を引用しているが、この部分をもう少し前から引用してくれたほうがよかったかもしれない。岩波版の訳で書いておく。

「患者は私たちと類似したものに向かってではなく、患者自身の本質の解放と完成に向かって導かれるべきです。」(p101)

また土居が書いているようにこの少し前の文章でフロイトは以下のように論じている。

「私たちがきっぱりと拒んだのは、救いを求めて私たちのもとに来た患者を、私たちの所有物にし、患者の運命を患者のために定め、私たちの理想を患者に押しつけ、高慢な創造主のごとく、私たちの似姿に患者を仕立て上げて大いに満足する、という行いです。」(p100)

土居も同じことを述べていることはすでに書いた。

フロイトや土居が繰り返し述べる治療者と患者の関係における治療者の姿勢は規則と通じ、精神療法を構造化するものなので一治療者としても何度も確認したい部分である。

それと同時に精神分析過程をよりメタで考えるために毎日色々読んでいるわけだが、私が相変わらず目をとめるのはアンドレ・グリーンであり昨日目を通していたのは時間論。“From the Ignorance of Time to the Murder of Time: From the Murder of Time to the Misrecognition of Temporality in Psychoanalysis”。Leticia Glocer Fiorini & Jorge Canestri 編 The Experience of Time: Psychoanalytic Perspectives に収録されている論文である。

これについてもメモしておきたいがもう時間がない。今日も暑くなりすぎませんように。台風がちょうどよく勢力をなくしてちょうどいい雨を九州にもたらしてくれますように。千葉に被害をもたらしたような豪雨がもうきませんように。自然災害のみならずトランプ政権によるICCの制裁やそれに対する日本の対応など心揺さぶられるニュースばかりだが今日もなんとかがんばりましょう。