静かな朝。昨日は弱々しくなったアブラゼミと秋の虫たちの声のトーンが同じくらいになったと感じた。梨をスルスルむいてくしゃくしゃ食べた。熱い紅茶にはまだ口をつけていない。西側の窓から車の音がたまに聞こえる。自転車がブレーキをかけた。隣のマンションをオレンジに照らしていた光が白くなっていく。1秒って案外長い。でもきっと今日もあっという間に過ぎる。
朝ドラ『虎に翼』で主人公寅子の更年期症状が梅子さんと共有される様子が描かれた。私もあれやってもらったなあ。会うたびに優しく明るく抱きしめるように迎えてくれる人生の大先輩が「あっらー」とああいう感じでようこそしてくれた。
若い患者さんに対して私の方が「あっらー、あなたもこちらに」と笑うことも多い。あちらは苦痛半分、笑い半分だがそうなるのも通過済みだからうんうん辛いよねと共有できる。
西加奈子『わたしに会いたい』(集英社)を読んだ。短編集だ。内容は集英社のウェブサイトから引用する。
・「わたしに会いたい」──ある日、ドッペルゲンガーの「わたし」がわたしに会いに来る。
・「あなたの中から」──女であることにこだわる「あなた」に、私が語りかける。
・「VIO」──年齢を重ねることを恐れる24歳の私は、陰毛脱毛を決意する。
・「あらわ」──グラビアアイドルの露(あらわ)は、乳がんのためGカップの乳房を全摘出する。
・「掌」──深夜のビル清掃のアルバイトをするアズサが手に入れた不思議な能力とは。
・「Crazy In Love」──乳がんの摘出手術を受けることになった一戸ふみえと看護師との束の間のやり取り。
・「ママと戦う」──フェミニズムに目覚めたママと一人娘のモモは、戦うことを誓う。
・「チェンジ」(書き下ろし)──デリヘルで働く私は、客から「チェンジ。」を告げられる。
以上。引用。
女の身体と性は本人たちにもわからないことだらけだ。「わたし」「あなた」「彼女」だけでなく固有名詞で明確に主語を示す短文が積み重ねられる文章は私が今朝西側の窓に感じた1秒1秒の変化と似ていた。快楽、それに伴う痛み、絶望、あどけなさ、幸せな瞬間、逞しさも混じる描写。「わたし」と出会うには相手がいる。ドッペルゲンガーではない相手が。秒で過ぎる出来事の積み重ねがこれからも続いていく。今日も明日も。先のことは「多分」の積み重ねでしかないけれどとりあえず今日も、と思う。