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精神分析

寒い。ラカン。

薄着で寝たら寒い。喉がちょっとイガイガする。寒い季節を恐れているのに対策は下手なまま。今年は一気に寒くなったからなおさらついていけていない。でもジーパン履いたら上がTシャツでもあったかい。この時期は上着が楽しい。いつも同じのを羽織ってしまうけど今年こそ持っているのは全部着るぞ。同じことを夏服にしたときも思ったけどやらなかったので自分で自分を信頼できないけれど。

昨日、ラカン派のアイデンティティの論文と西洋と東洋の精神分析の関係に関する論文を読んだ。北山修が土居健郎の「甘え」は西洋でいう「依存」とは異なると書いた論文が引用されたりしていた。土居が世界に通じる言葉として「甘え」を残したからには私たちもそこで世界と繋がっていくのは大切なことだと思う。そういうことをせずに精神分析を我流で引用していくことは精神分析の倫理に反すると私は思っている。ラカンを読んでいるから「精神分析の倫理」という言葉を使いたくなっただけだが実際そう思う。しっかし、後期ラカンを勉強していると70歳超えてもめちゃめちゃ複雑に絡まった糸、しかも自ら複雑にした糸を解くように、そして解きながら別の絡まりを宿題のように残しながら進むラカンには驚きしかない。フロイトも死ぬまでそうだったがフロイトは流石に晩年、ちょい悲観的だったけどラカンは強靭。死に際は孤独だったと聞くが、フランスに精神分析を根付かせた功績はものすごく大きい。これに関しては医療制度との関連が大きいからなんともいえないところがあるけど精神分析を哲学、人文知に馴染ませながらも別物としたところが臨床家だなと思う。

論文の直訳、載せようとかと思ったけど前橋のケーキ屋さんがたまたま伊香保で売っていたパウンドケーキが美味しかったしコーヒーも美味しくて元気でたからもう出かけよう。どうぞ良い1日を。