今日も寒そうな空。曇ってる。最近、同じ屋根や電線にいろんな種類の鳥たちがとまってて春だなあと思っていたのに今日は冬だな。
この前、SNSでゲームウォッチの画像が流れてきてとても懐かしかった。あれ、ゲーム&ウォッチなのね。言われてみればそのまんまなんだけど、私はウォッチの機能をほぼ無視していた気がする。スマホで時間確認するみたいな感じで使ったことない。ひたすらゲームを疲れるまでやる、みたいな。うちにはポパイとミッキーのがあった。小6のときかな、東京からの転校生がたしかファミコンを持っていて、やっぱり東京の子はすごいな、という感じでその子の家に集まったりした気がするけど(すべてうろ覚え)私がゲームにはまることはなかった。同じ画面に集中しているのが難しいのだと思う。
コリアンダーを買わねばと思って毎日忘れている。一度に使うのが小さじ1とかだからもうなくなりそうなのにまだでる、という状態。印度カリー子レシピを知ってからターメリック、クミンパウダー、コリアンダー小さじ1ずつのレシピをよく作るようになった。いつも賞味期限を切らしていたスパイスたちを期限内に買い足す生活になるなんて。カリー子さんはタクコ(1:1:1)と覚えて、と書いていた。大体すごく簡単にできるレシピばかりで気に入っているのだけどこの前「理想のカレーまん」レシピを載せててこれはちょっとめんどうだなと思いながら見ていたのだけどすっごく美味しそうだった。コンビニで買うとしたら肉まんだけど寒い日の空腹を熱さをホフホフする幸せで満たしているだけで味にそんなに満足するわけではないから自分で作るのもありだよねえ。カリー子さん、肉ぎっしりを皮で包むのすごく上手。私はこういうの下手だから結局具の少ないまんになってしまうかな。でもやってみるか。
今朝はなんとなくAndré GreenのClinical Thought/POUR INTRODUIRE LA PENSEE CLINIQUEの試し読みを読んでいた。これ英訳がないのに、なぜ英語の題が併記なのだろう。実は英語訳あるのかな。この前ここにも少し訳を載せた
Green, A. (2002) The Crisis in Psychoanalytic Understanding. Fort Da, 8:58-71. と似たような内容がこの本には載っていそう。「臨床的思考」という用語でその他の思考との違いを明確にしていく感じかな。前提として精神分析の特異性が語られている様子。たとえばこんなところから。
「精神分析家が、分析中の人々を「病者」と呼ぶことは稀である。彼らはそれらの人々を患者、あるいはさらに一般的には被分析者と呼び、自らの実践を過度に医学化することを避けている。精神分析家は、医師が病者を「治療する」のと同じ仕方で、被分析者を「治療」するのではない。この場合、病者は医師の処方を厳格に守り、その指示に従うことを求められる。精神分析においては、この関係が逆転することが知られている。分析はまず、言葉を与えられる被分析者の手に委ねられている。」
などなど。フランスの精神分析家は哲学にも通じているし、それは一体なんなのか、ということを常に批判的に考えている感じがする。理論の歴史に対する敬意があるからこそ自分がやっていることに対しても批判的に内省する。精神分析はそういう姿勢にしっくり沿うものだからまあそうだなという感じはするけど。
今日はゆっくりめのスタートだからのんびりしてしまった。外は晴れてきた。今日は火曜日。いいことありますように。

