いいお天気。最近の月は昼間にはうっすら東に、帰る頃には一番高いところに。毎日どこかなあと見ているのに意外な場所にいると感じるのはなぜか。見ているようで見ていないもんなんて山ほどあるか。人は見たいものしか見ないし聞きたいものしか聞かない、という話はしょっちゅうしているし、精神分析は自分のそういう部分に出会う営みだからいやーな気分になることもたくさん。でもそういう自分をどうにかするにはどうしても通る道だからつらいよね。
昨日は仕事以外なにかしただろうか。政治のニュースに苛立ったり、アメリカで起きていることを恐れたり心配するのは毎日のことだけど。Kindleにはいっていて既に読んだことのある本を数冊数ページダラダラ読んだか。台湾文学『亡霊の池』とか。韓国の作家の本もそうだけど、家と土地の描写の仕方がすごいなといつも思う。何もない景色、というか登場人物がいる場面がそうである場合はそれが目の前になんともいえない情緒を引き起こす書き方で置かれる。韓国は特に住宅事情によって格差がはっきりわかるから登場人物の言葉の端々に滲むリアルにドーンとなることも多い。一方、そうだなあ、たとえばチョ・ナムジュの『サハマンション』(筑摩書房)はそういうものを全て剥ぎ取ったかのような空間で雑多なものの動きだけが展開するような感じで、なのに、というか、それだけに、というか生々しさがすごい。翻訳の力もあるのか、日本語で読んでいるのにものすごく外国の文学という感じがする。知らない世界がきちんと生々しくそこにある。SF的翻訳文学ではない感じ。すごいことだ。
昨晩はTVerでサンドウィッチマン&芦田愛菜の博士ちゃんも見て、すごいすごいとたくさん言っててたくさん笑った。博士ちゃんたちは本当にすごい。芦田愛菜もすごい。学ぶ力って聞く力で話す力なんだなというのも実感する。
あとSNSにポストしたけどこっちにもメモしておこう。ケイト・バロウズ編集の『自閉症スペクトラムの臨床』は子どもと大人両方の自閉的側面が事例とともに広く記述されている本でとてもよくて、昨日は序章にしか出てこないBianca Lechevalierの論文を少しチェックした。邦訳だとレケバリエと訳されているけどルシュヴァリエじゃないかなと思った。この人の講演とか音声がないので確認できないのだけどフランスの神経学者としてマーク・ソームズと一緒に書いたものもあるらしいのでたくさん出ているソームズの動画をチェックすればLechevalierの名前も出てくるかもしれない。名前はできるだけそれに近い日本語にしたいと十川幸司先生が言っていた。大事だと思う。この本で参照されている。論文は二本あって、一つは2003 The 7th Annual International Frances Tustin Memorial Prize “Autistic Enclaves in the Dynamics of Adult Psychoanalysis by Bianca Lechevalier-Haim, M.D. of Caen, France。受賞論文もここから読める。最後にクラリッセ・ニコイツキー. Clarisse Nicoïdskiの詩が引用されていてそれがとても硬質で繊細な痛みと混乱を表現していて自閉的な世界の描写は厚みよりもこの感じになってしまうな、と辛かった。
東京は今日はずっと晴れみたい。最近出会った詩たちが描く冷たさに凍えそうだったけどただ春を待つだけではなく冬は冬として、という気もする。良い1日になりますように。

