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精神分析

節分

夜明けの空がとてもきれい。昨晩は月もとても明るくて四方八方に光の筋を尖らせていた。日曜日は郊外からの車窓に大きな月を発見。冬の月は低い位置にあってもそんなにおどろおどろしくないのね。

さて、2月4日は立春。ということは節分は今日。冬と春の分かれ目。節目だから節分。意識していたわけではないが週末に豆を買った。店構えが魅力的でお煎餅やさんと思って入ったら豆菓子屋さんでこの時期らしくさくら豆が推しとのことで買った。ほかのも試食させてもらった。豆はどれもおいしいよね、という感想になってしまう私は季節のおすすめに従うのが吉。ピンクのお豆、珍しいし。いろんな美味しそうな豆たちが並んだ数段の棚の一番上には阪神タイガースグッズがたくさんあった。大ファンなのかと思いきや、最初は隅っこに少し置いていただけなのにお客さんの持ち込みも多数とのこと。「隅っこに少し置いていただけなのに」と何度か繰り返しておられたのがおかしくていっぱい笑ってしまった。ニコニコの店主さんが、流通している国産の落花生は1割程度と教えてくれた。なんでも輸入なんだね、日本は。落花生といえば千葉が有名だけど実は神奈川発、など色々教えてくれた。この商店も多分不況の煽りを受けているだろう。長年地道にやってきた商店が安心して暮らせる日々に向けてすべきことは、言葉を誠実に使う政治家を選択すること。SNSなど使わずとも伝わる言葉と地に足のついた政策を実行したことがある人を選択すること。排除や差別の構造を理解せず、意気揚々と晒すこと、煽ることをするような人を選ばないこと。今だったら青森の大雪がそうだが、人の生き死にが関わる状況で選挙という方法が選択されたことをおかしいと言い続けること。緊急に訴えたいことがある人たちの声を無視して成り立つ政治にいいことなんてない。袴田ひで子さんの「せめて人間を守るような法律を」という訴えも辛い。人生のほとんどを理不尽との戦いに費やさねばならなかった人たちの声に強くインパクトを受ける心を私たちは保持できているだろうか。

昨日は第68回グラミー賞授賞式だった。ネットに流れてくる様子をちょこちょこチェックしていた。ICE OUTのバッジをつけてのスピーチに拍手する人たち。自分が持つ力を良い方向へ使える人たちに感動する、というか、ありえないことが現実に起きていることに戦慄する。

昨日は一句の俳句を作るのにやたら時間をかけてしまった。寒月で作りたかったのだけどできなかった。ささやかな時間が脅かされないことだけが願い。というかそんな当たり前のこと願わなくても守ってほしい。人の心はそんなに強くない。どんどん容易い方に流れる。何も考えず、反射的にそれっぽいことをいう人たちが踏みとどまるにはどうしたらいいのか。自分の欲望を他人に預けてなかったことにするだけでなく、いつのまにかそれが自分の満足かのように振る舞ってしまうのも人間だ。どうか自分を大切に、と思うが、それが常に闘いになってしまう現状が辛いけどがんばろう。福がいっぱい訪れますように。