立春。日の出は6時39分。まだ暗い。暦の上では今日から春。「立春大吉」も季語。どこかにお札貼ってあるかしら。
立春や月の兎は耳立てゝ 星野椿
月も毎日きれい。オフィスを出たときは少し欠けた月がとても明るかった。帰宅する頃には雲に隠れていたけどそこだけ明るくてすぐにわかった。へたっぴかくれんぼ。ちっちゃい子のかくれんぼって本当にかわいくて見つけてないふりをするのもとても楽しい。ハイハイができるようになった赤ちゃんだと本人隠れてるつもりがあるのかないのかわからないけどあっという間にとっても上手に隠れてしまう。カーテンの向こうとかに。そういうときはこっちもちょっと必死。見つけるとニコニコしたり泣いちゃったりするけどどちらにしてもこちらは安堵。
昨日はビオン経由でフェッロとチビタレーゼのThe Analytic Field and its Transformations By Giuseppe Civitarese, Antonino Ferro Copyright 2015を読んでいた。若いときにラッカーを読んでいたらバランジャーを読むといいよと妙木先生に勧められてはまった。が、フェッロにはあまり興味が持てずなんとなくフィールド理論を読まなくなった。最近、私より若い世代がフィールド理論の翻訳をしてくれているので興味を向ける人が増えているのかもしれない。私が読んでいたのはGiuseppe Civitarese, Antonino Ferroが二人で書いてきたものの論文集のような一冊。読みながらなんとなくフィールド理論に乗れなかった理由がわかった。ビオンを自分でたくさん読むようになったからだと思う。勉強しつづけるってこういう発見があるからいい。この本のChapter 8 A Beam of Intense Darkness: a discussion of the book by James Grotsteinは貴重。日本でグロットスタインがどれだけ読まれているのかわからないけど私が読むような本には大体登場する。「私信」という形の引用が多い気がするのは気のせいなのかな。フェッロとチヴィタレーゼはこの「ビオンおよびBFTモデルを理解するうえで不可欠」ということでグロットスタインの主要論文を書評する形式をとっている。が、グロットスタインの主要な論文を自分で読むのもいいと思う。私がフロイト、ウィニコットはもちろん、グリーンとオグデンが私がなにかを論じるときの基盤なのだけど、グロットスタインは彼らにもよく引用されている。でも邦訳がない(と思う)。なんでだろう。たくさん書いているし、ビオンを臨床と接続させるにはとてもいいと思うのだけど。ビオンだけに取り組んでもなかなか実感湧かないと思うし。pepによると一番引用されている論文として上位に来るのはGrotstein, J. S. (2004) The seventh servant: The implications of a truth drive in Bion’s theory of ‘O’. International Journal of Psychoanalysis 85:1081-1101。これそんなにややこしくはないけど長い。ここで著者が提案するのは題名にあるとおり「真理欲動」。truthの議論は難しい。「真理欲動は無意識的意識unconscious consciousnessと協働して機能すると仮定されるんだって。精神分析に関心のない人はもうこの辺でなんのこっちゃだと思うけど、こういうことを細かく考えるのが好きで、そうしながら精神分析に使う言語が作られていくと考える私にとっては面白いんだな。学び合い。
今日も長い。春を感じつつがんばろう。

