昨晩の月はそれを覆う雲よりずっと明るく輝いていた。夜明けの空がうっすらピンクがかってきた。きれい。今日の東京は昼間とても暖かいらしい。夜は風が強いみたい。
Netflix『ブリジャートン家』シーズン4が始まっていた。見ねば。今回はアジア系のオーストラリア人のハ・イェリンが主役とのこと。面白そう。
昨日はようやく原稿の修正に取り組めた。1時間くらいしかできなかったけどよかった。最近読んでいたものが元のものと繋がってきた感触があると「このまま地道に取り組んでいけば大丈夫かも」とちょっと安心する。古田徹也『言葉の魂の哲学』(講談社選書メチエ)のカール・クラウスの章は大変勉強になった。
「他の何かの代理・媒体として働く側面のみに言葉の価値を置くならば、たとえば恣意的な文法規則の変更や言葉の置き換えといった「浄化」「融合」などによって、言葉がかたちを成しうる可能性を潰して平板なものにし、そもそも代理・媒体としての役割すら果たせないものに変容させてしまいかねない。そうクラウスは指摘するのである。」
クラウスは詩句を取り上げるけど、精神分析の自由連想、夢解釈における言葉の使用はまさにこれだ。先日読んでいた。ブラジルの分析家のバロス(Elias Mallet Barros)のAffect and Pictographic Image: The Constitution of Meaning in Mental Lifeに出ていた症例を思い出す。言葉を使うことで心の世界が大きく動くように発語は常に喚起的だ。分析家はときにそれを初語のような驚きとともに受け取るし、何より本人が自分の言葉の使用に驚くプロセスが必ず起きる。やっぱり面白い。
今日も作業を少し取り組まねば。まだ空がうっすらピンク。雪国のみなさんが安全に1日を過ごせますように。

