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精神分析

オリンピックとか学術大会とか。

雲は少なそうなのに夜明けらしい空はみられなかった。

昨晩、色々終えて「長い一日だった・・・」と思ったけど時刻的にはいつも帰る時間と同じだった。内容がいつもと違うだけで感覚が全然違う。保育園の巡回から帰る電車が本数ないのに少し遅れておりギリギリでオンラインのミーティングにでて、読書会を終えテレビに戻るとアルペン男子大回転をやっていた。冬季オリンピックでブラジルが金メダル。選手は海外でトレーニングを積んでいるのだろうけど国というのはやはり大事なのだね。自分を規定するものは全て大事だよね。逃れようのないものとして、という意味ではなくて思考の体勢を作っていくうえで。外側から押し付けられるものであれ、自分で掴み取るものであれ。そこで自分は、そこからさらに自分は、と悩む。精神分析の文献は大体海外のを読んでいるけれど両親の国籍とかユダヤ系ドイツ人のようなルーツの記載や移民という単語はよくでてくる。やはりそれらは文脈として非常に重要となる。オリンピックに出るほどの選手の言葉もまた、私が一生経験しないような状況から生みだされたもので胸打たれることが多い。その国の人として出ることの重み。少ない練習場所で一緒にトレーニングしてきたいろんな国のいろんな人、それぞれの背景。違いに思いをよせることでしか生じないリスペクト。同じ言語を話す人同士でもこんなに通じないのに、という体験は誰にでもあるだろう。そういう違いを国名でまるめてなかったことにしないように、私はこうしたい、私はこう思う、私の言葉でいえばこう、といえる関係を育てていく必要がある。つまり自分の欲望と出会っていくこと。たやすく形にならないものたちとまずは出会う場を。精神分析はそういう場を提供できるはずだが現代はそんな能動性を患者のニードに認めるのは難しいのかもしれないし、そういう分析家になりたいと訓練に入る人も少ないかもしれない。コスパ・タイパの時代。

そういえば、そんな精神分析のことを守秘義務をもつ臨床家のみなさんにお伝えする場として、日本精神分析協会第44回学術大会が開催される。会期は2026年6月13日(土)午後〜6月14日(日)。場所は東京都新宿区、JR線、東京メトロ南北線・有楽町線、都営新宿線「市ヶ谷駅」そば、TKP市ヶ谷カンファレンスセンター。協会のウェブサイトをぜひチェックしていただけたら嬉しい。私は今年もパネルと演題をだし、司会も務めさせていただく。豊かな議論のためにがんばって準備するのでどうぞよろしくお願いいたします。