すっきりした夜明け。今日は手首が痛い。高市首相のパフォーマンスがきつい。ひどいニュースが多い。川崎の事件は本当にひどかった。
昨日はポンプタイプを使っているハンドクリーム「アトリックス」が濡れた手に馴染ませてそのままサッと流して使うとしっとりすると聞いた。そうなのか。全然知らず普通に使っていた。今日は手を拭く前に塗ってみよう。昨年から肌の状態が一気に変わったのでこの冬はいつもよりがんばってハンドクリームを塗っている。そのせいかキレて痛いということが少ない。当たり前なのだろうけどケアが大事。
先日から『泥棒! -アナキズムと哲学-』 カトリーヌ・マラブー 著 伊藤潤一郎、吉松覚、横田祐美子 訳(青土社)を読み始めた。そんなことしている場合ではないが、アガンベンのことも書いてあるし、今の作業に役立つかもだし、哲学はいつだってヒントをいっぱいくれるから趣味として。通勤時間に少しずつ読んでいるので全然進まないが面白い。第2章のアナーキーとアナキズムの違いもそうだったのかと。アナーキーは原理(アルケー)の不在、で、アナキズムは・・・なんだったか、見直さないとわからないが、マラブーは可塑的な力として論じる。支配に対する態度の一つとでもいえばいいのか?最初にしっかり取り上げられるのはアリストテレスの『政治学』。ここだけですごく勉強になる、というか思ったよりずっと読みやすくて短時間でも没頭できてしまう。で、まだ私はその章にいる。「統治されざるもの」は「統治しえないものではない、という言葉が心に残る、というか、ここを出発点にしているのか?まあとりあえずちょこちょこ読み進めよう。当然、フロイトの引用もあるので。
昨日は原稿を書く時間はなかったがオグデンの「自閉ー隣接ポジション」の論文が入っているThe Primitive Edge of Experience by Thomas Ogden(1989)の 3.The Autistic-Contiguous Positionを再読した。これも部分的に訳してあるが訳の整理をしていなかったのでさらに部分的にしか見つからずだったがオグデンの英語は読みやすいし、用語自体は英語で押さえておいた方が他の論文を読むときにも楽、というか私が修正しているのは英語論文なので、このまま引用すればいいから英語で読んでしまった方がいい。精神分析におけるautisticという概念を心の体験様式の基盤に据えて思考することが必要な時代だと思うし、精神分析が初期に自閉症を捉える際にした失敗は繰り返してはいけない。別のものを同じ言葉で捉える、つまりすぐに似たような言葉で置き換えずとどまり続ける試みこそオグデンの大きな貢献だと思うので、というか私はオグデンのそういうところに力をもらっているので引用しながら自分の考えを提示できたらいいなと思う。
ということで今日もいいことありますように。まだ空にピンクが残ってる。元気に過ごしましょう。

