カテゴリー
精神分析

梅、アイデンティティ

薄いピンクに光が満ちてくる。きれい。春の太陽。

少し前にみにいった梅園をもう一度見に行ったら満開を過ぎていた。少しだれた華やかとでもいうのか。お手入れしなくても美人は美人というのか。きれいとキョロキョロ歩いてたら知らない人に「富士山はみた?」とニコニコ話しかけられた。「いまからです」というと笑っていた。美しいものは平和と繋がってる。夕焼けに浮かぶ遠くの富士山もとてもきれいだった。

昨日はフランス精神分析の祖、ラカンの初期、エクリの最初の方に載っている鏡像段階の論文に関連してコレット・ソレールの年次セミナー2014-2015“Vers l’identité”の英訳を読んでいた。ソレールはジャック・ラカンに直接師事し、ラカン派精神分析をリードしてきた重鎮。動画で彼女の姿も語りも見ることができる。『情動と精神分析』“Les affects lacaniens”の全訳の書評を書いたときに著者Colette Solerのもっと基本的なものをと思って読み始めた。書名は“Towards Identity in the Psychoanalytic Encounter
A Lacanian Perspective”

訳者による序文の一部。

“Translation of any kind is rooted in optimism,
(中略) Sustained by this optimism, week after week for almost three years, the members of the Cartel met to engage with the text and to … make it speak English!”

精神分析の文脈におけるidentity とidentificationの区別から始まるこの本、自由自在に講義するソレールの声が聞こえてくるよう。ソレールはラカンと強く同一化しながら彼の理論を救いつつ他者との同一化をそれまでの精神分析とは全く異なる形で論じ、プチラカンを作らなかったラカンの教えのせいかそこから逃れる方向にもいっている。ラカンの鏡像段階は出発点となる重要論文。数年前にエクリを読む会に出たときはこれが取り上げられてなくて、でもその時に英訳を買っていたので自分で読んだ。これはアーネスト・ジョーンズが会長だった1936年、ドイツのマリエンバードで行われた大会で発表されたのが最初で、エクリに収められているのは1949年のもの。

ソレールのセミナーでも当然取り上げられるわけだけどアイデンティティは前期だけで論じられているわけではないからやっぱりラカンに戻るのがいいんだろうなと思う。

やることだらけなのに毎日バタバタだけど少しずつだね。どうぞ良い日曜日をお過ごしください。

作成者: aminooffice

臨床心理士/精神分析家