空が白い。今日も曇りスタートか。
昨日は震災をめぐる様々な語りに何度も涙が出た。自分が生まれていなければ母は亡くならなかったのではないか、という言葉が当時思春期だった青年から語られるとき、無事を喜ばれ生まれてきたであろうその子がこれからも何度も誕生を祝われることを願わずにはいられない。当時まだ子どもだったその人たちのことを思ってのことだろう。死者を弔う言葉と同時に3月11日に生まれた人たちを祝う言葉がSNSで多くみられた。弔いを優先しがちな私たちだが、ふとしたことで何度も思い出される痛みや寂しさ、忘れてしまうことも忘れられないことも重たくのしかかってくるなか、なんとか生きてきた、生きている人たちへの眼差しあってこそだろう。
昨日の朝、エリクソンの『ガンディーの真理』を読んでいた。今調べたら新装版が出ている。あ、でも2002年にでて今は品切れだって。私のはだいぶ古いな。エリクソンは発達心理学のものとして『幼児期と社会』を読んだのが最初か。30年前の私は発達心理学専攻で、フロイトも読んではいたが学問としての精神分析を何も知らなかった。エリクソンの著作を精神分析家のものとして読むようになったのは随分経ってからだ。『ガンディーの真理』の序文は土居健郎。土居は当然、精神分析家のものとしてこれを読んでおり、いつも「エディプス複合」にいきつくフロイトとの違いを示し、この本を高く評価している。土居健郎のいいところはフロイトに対して熱くないところだ。そしてエリクソンのいいところはスケールが大きいところだ。青年期のあれこれについてもどうにかなるからとりあえず放っておけよ、という感じで相手の力を信じて待つ。エリクソンの臨床を知るなら『クリニカル・エリクソン』がいいがいろんな事例検討会でのエリクソンのコメントにもそういう姿勢を端々に感じる。もちろん私もそういう態度に同意する。
朝から甘いものを食べてすでに胃腸が疲れている感じがある。とても眩しい光がさしてきた。今日もがんばろう。

