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精神分析

ピクトグラムとか。

空に青が増してきた。フィギュアスケート男子シングルショートプログラムを見ていた。みんなすごいな。衣装も楽しい。

先日グループで読んだバロスの私訳と私見をもうひとつのブログに載せた。いろんな論文を読んで、これはいまいち、とか色々あるがIPAのジャーナルに掲載される水準の論文はかなりハイレベルと考えてよいと思う。自分で読んだときにいまいちと感じても読んでおいて良かったと思うことの方が多い。なにより編集委員が優秀。彼らの査読を経て掲載されているのだからそりゃそうだなのである。昨日の帰り道、言葉の変容についてあるアイデアが浮かんだ。バロスの論文も思い出した。バロスは言葉とイメージの距離が近いのではないかと考えた。というより、言葉をそのまま言葉として捉えすぎではないか。言葉にもいろんなレイヤーがあって音だけ聞けば言葉として受け取ることもできるが、全く意味を成していないものもあるし、相手からの言葉なのにその部分は剥ぎ取って自分の気づきとして語られる言葉もある。しかも何度も、新しい気づき、として。そんなとき、いかにその言葉を受け入れ難いかということを感じる。オラニエはピクトグラムを精神病の患者との仕事から生み出した。どんな病態の人と出会っているかで同じ言葉でも意味づけは変わる。オラニエがいうピクトグラムとバロスのいうピクトグラムは異なるだろう。オラニエからしたらバロスのいうピクトグラムは言葉であってピクトグラムではないのではないだろうか。それは物語へ向かう言葉であって、わからないものをわからないままにしておける言葉ではない。神経症かパーソナリティ障害の描写であればそれも可能だろう。

今日は鳥を見にいくんだ。受験生たちの結果も気になる。世の中には競争が多いが結局は自分とどうやってやっていくか。相手とはどうやっていくかというより素直に関わっていけたらいいのかな。いろんな気持ちに正直でいられるような環境を自ら壊すことなく、大切に、自分を蔑ろにする環境にはNOといいがんばっていきましょう。

作成者: aminooffice

臨床心理士/精神分析家