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テレビ 精神分析

朝の光

全方位、空がきれい。夏の間、大きな窓のせいで部屋が異様に熱くなってしまうのでブラインドの上に東側の窓に遮光シートをつけていた。朝の部屋が薄暗いのは嫌だったけどあの暑さだと通常溶けないものまで溶けそうだった。それを外した。ちょうど日の出の時刻。部屋が明る句なっていく。この1週間、家ではエアコンいらずでとても気持ちよかった。秋になって仕事が捗るような気分でいたが自分の書き物は全く進まず。締め切りに間に合わなそう。10月末までのはがんばろう。仕事ではない「お手伝い」は心も身体も普段とは違う部分を使っているが、個別に疲れる作業にしたくないので私の心身の全体に馴染ませていきたい。涼しくなって身体は楽になったから色々工夫できたらいいな。

花壇とベランダを有効したいと20年くらい言い続けている。引っ越してから数年はいろんな植物が部屋の中にもあったが枯らしているうちになにもなくなった。豆苗とか、キッチンで再生できるものはやるけど。あとミョウガはよかった。放っておいても何年もなってくれた。また植えよう。あとはとりあえずベビーリーフを植えよう。プランターだけはたくさんあるし、種まきにはちょうどいい時期みたいだし。それにしても体感では陽射しが気持ちいいけど視覚にはまだ結構強い。朝の光ではあるけれど。

今日は朝ドラ「あんぱん」最終回か。いいドラマだった。メルヘンという言葉が久しぶりに心に響いた作品でもあった。私はアンパンマンは大人になって子どもたちと関わるまでよく知らなかったけど「詩とメルヘン」は大好きだった。そのうち高知県香美市のやなせたかし記念館アンパンマンミュージアムに行きたい。アンパンマンはのぶさんとの子どもたちだからおうちを建ててあげないと、って建てたんだっけ。なんかそんな話をどこかで聞いた気がする。子供がいるんだからおうちがないと、というのは生きるには食べ物がないと、という発想と同じだと思う。そこに人がいて生きていこうとしてるんだから必要なものを、という感覚を忘れないでいたい。そういう「普通」の発想とは異なる行為が世界中で行われているわけだけど、だったらなおさら。

今日も寄り道しつつがんばろう。いい一日になりますように。

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テレビ 散歩

アンパンマン、環境

今日は曇りかな。休日なので朝に朝ドラを見る。朝ドラ「あんぱん」気に入っている。主人公のぶの子どもたちへの眼差しがずっとあたたかいのが好き。私もまだ自分が子どもみたいな時から赤ちゃんから大学生、誰かの「子ども」までいろんな人たちに関わってきたし、今も関わっているけどその眼差しにはかなり変遷があるな。いろんな申し訳なさが襲ってくる。でも本当にたくさんの子どもたちと会ってきたことで随分成長させてもらった気がする。いろんなことを今も世代を超えて教えてもらっている。アンパンマンは、私は子どもの頃はあまりみていなかったけど、大学生のときに小さな子に「かいて」と言われ、全く絵心のない私の下手なアンパンマンで泣かせてしまったことがいつも思い出される。申し訳なかった。今ならあれよりはマシなものを書けるが子どもたちは「ちがう」と首を横にふることも多いので、子どもたちの指導のもと修正していく。「こう?」「こうかな」「これでどうだろ」とか言っている間にいちいち「ごめんごめん」「ごめんね」が入るのもしかたない。とりあえずアンパンマンの色に塗ってしまえば、とか思うこともあるが色塗りはたいてい子どもが自分からはじめるのでしたことがない。「ここ黒くして」と輪郭をかくことを頼まれることはあるけど。あの輪郭や枠組みを求められるときのじんわりした気持ちもたくさん経験してきた。中井久夫の風景構成法という描画も私はよく使うのだけど、あれは最初に治療者が枠を書く。そういうのと繋がっているのだ、きっと。こぼれ落ちないように、大切ななにかが。形にすることで生まれてくるように、見えていなかったなにかが。

昨日、なんとなく眺めていたテレビでどこかに海の平均気温が2度上昇して生えたての若草を食べる渡鳥に影響が出ていると言っていた。胸が痛む。私たちは環境にある程度守られてきて、自然は人間よりずっと厳しいときもあるけど基本的にはものすごく優しい。その自然が変わってしまったら私たちというよりこの先の人間までずっとあまりよくない影響を受けることになる。旅にいい、山に登り、海辺を歩く、観光客としてそこを訪れ話を聞いていると農業、林業、漁業の今を垣間見ることがある。たいてい厳しい話だ。知らないことがたくさんあるけど知ろうとしていきたいと思う。だから今日も歩く。

良い一日でありますように。