鳥たちが少し鳴いてまた静かになった。窓を全部開けてみたけど作業するには暑くて少しの隙間を残して閉めてエアコンをつけた。エアコンの音。風が涼しい。でも冷えるばかりで自然ではない。
友人が朗読のファイルを送ってくれた。小学生の頃、教科書をもらったら国語だけはすぐに全部読んでいた。朗読も大好きだった。指されると嬉しかった、ような気がする。今も保育園でまだ絵本でさえ重たそうに持って膝に乗ってくる子たちに読み聞かせをする。辿々しい足取りでみんな違う絵本を持ってくる。「読んで」とはまだ言えないが目の前にぐいぐい差し出してくる。かわいい。最初に持ってきた子の絵本をみんなに見せるように読みはじめるとさっきまでぐいぐい自分の本を差し出していた子たちの動きが止まってそのままの姿勢で絵本に見入る。読みながら立ち尽くして絵本に吸い込まれそうになっている子のそばの床をトントンとする。座る。目線は絵本から離れない。読み終わると「もっかい!」と小さな手で同じ絵本をもう一度開いてくる。さっき自分の絵本を読まれなかった子たちが再び目の前にいろんな絵本を押し付けてくる。「じゅんばん」となんとなく掴んでいた順番で次の子の絵本を受け取る。別の子がそれを叩き落とすようにして自分のを差し出す。一応受け取って床をトントンとして座ってもらって3番目の子にアイコンタクトをしてうんうんと頷く。その子に表情でお礼をして2番目の子の絵本を読みはじめる。どうしてこれが通じるんだ、と思いながら。大学の臨床センターで幼児グループをみていた頃もよく任せられた。その頃は今よくみている0、1、2歳よりも大きい幼児さんだったがADHDや自閉症など発達の困難を抱えている子たちだった。すぐにどこかへ行ってしまう子供たちもいたが私が絵本を読む時間は療育の後のフリーの時間だったのでみんな自由にしていてよかった。それでも絵本には力があるのだろう。遠くにパーっと走っていってもドアのところから絵本をじっとみている子もいた。隣で急に大きな声を出すので「どうぞ」という気持ちで床をトントンすると隣に座って絵本は見ずに言葉を聞いているようだった。
あ、朗読のこと。いつの間にか友達が送ってくれたファイルの再生が終わっていた。私もこれにチャレンジする予定。
もう13日か。まずいな。みんなはどんな感じだろう。どうぞ元気で。