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阪神・淡路大震災から30年

阪神・淡路大震災から30年、ちょうどこの時間に起きた地震、東京でテレビのない生活をしていた私が知るには少し時間がかかった。朝刊はもうすでに配達されていた。今だったらネットですぐに状況が映し出されただろう。神戸、大阪、京都の友達とは割とすぐに電話が通じた。何事もないことは全くない状況だろうにみんな無事だと知らせてくれた。日常、いかに些細なことをおおごとにしていることか。もっとも被害の大きかった地域の友人がなぜかうちだけライフラインが生きてて近所の人が集まっていると笑いながら言っていたのを思い出す。人はこんなときでも笑うんだと知った。朝刊、夕刊と1000人単位で増えていく死者、不明者の数に衝撃を受けた。目の前の人の無事さえ確認できない人にとってはその何千人のうちにその人が含まれていませんようにとどれだけ祈ったことだろう。朝ドラが神戸のことを描いているのでなんとなく見続けているがドラマ内では東日本大震災が起きた。主人公の友人が栄養士として支援に入りみた状況を報告するシーンがあったが私も体験したことだった。私たちはチームを組んで炊き出しができるトラックで行った。温かい食べ物は本当に喜んでもらえた。阪神・淡路大震災の時にも支援に行った体験のある友達がいたことは私にも心強かった。コロナ直前の年始は神戸にいた。海沿いのメモリアルパークの展示は古びてだいぶ見えにくくなっていた。潮風の影響もあるのだろうか。今年初めに改修されたらしい。よかった。神戸で学会があったとき、友人と神戸の街を歩きながらいまだ震災の跡が残っていることに驚いたが、あのときはかなりの年月が過ぎたと思ったがそれは現場にいない私の時間感覚でしかなかったのかもしれない。当事者の感覚を大切にするという当たり前のことをこの仕事をしていても忘れることは多い。断続的にでも思い出したときにすぐに消してしまわないようにとどまれたらと思う。