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俳句 散歩

久弥とか芭蕉とか抹茶クーヘンとか。

旅によって、特に能登半島地震のあと、能登にいくようになり自然と芭蕉のあしあとをたどることになったと書いた。先日ここで少し言及した芭蕉が立ち寄った石川県加賀市大聖寺にある全昌寺には芭蕉と曾良の句碑のほかにも大聖寺の俳人二宮木圭による「はせを塚」という句碑、そして『日本百名山』の著者である深田久弥が芭蕉忌に読んだ句の碑もある。久弥も石川県大聖寺の出身であり、俳号は「九山」いった。芭蕉と比べたらだいぶ最近の話になるが、高浜虚子もどこにいっても登場する俳人だ。群馬県高崎市の村上鬼城(1865〜1938)の記念館(ここもいいところだった!)にいったときも「虚子がここにも」と思った。虚子は交流の幅がとっても広いというか、虚子に指導をうけたい俳人がとっても多かったということだろう。「深田久弥 山の文化館」には久弥が入隊する際に虚子から送られた「梅凛々し九山少尉応召す」が紹介されていた。石田波郷とのことも書いてあった気がするがなんであったか。久弥は山梨県韮崎市の茅ヶ岳に登っている最中に死んだ。3月21日だった。命日は「九山忌」と呼ばれている。「山の文化館」のギャラリーには仲間が遺体をかついで下山する写真などもみた。登山口には直筆の「百の頂に百の喜びあり」の碑もあるそうだ。標高1,704mというそれほど高くない山なので今度のぼってみようと話している。久弥にちなんだ俳句が作れるかな。戦争が終わり、大聖寺に戻った久弥も「はつしほ句会」を主催したが、普通よりたくさん移動する人たちが句座を囲み、その土地の俳人を結びつけ、同時に外に開いていく様子は興味深い。もちものがいらない俳句だからできることでもある。言葉は貴重だ。

加賀では昨年いきそびれた那谷寺にもいった。バスの本数がなく行きはタクシーを使った。車窓からの那谷寺への道は芭蕉がみた景色を想像できる気もした。那谷とかいて「なた」と読む。白山信仰の寺である。「奥の細道」には「山中の温泉に行ほど、白根が嶽後にみなしてあゆむ。」とある。白根が嶽が白山。それを背にして歩く。すると「左の山際に観音堂あり。」。とある。観音堂、あれのことかな、と思い浮かべる。

受付で境内の説明をしてもらって立派な山門をくぐると境内はバスの時間までに回ってこられるだろうかと心配になる雄大さだったが印象ほど広くはなかった。自然の静けさも迫力も美しさもぎゅっとつめこんだようなみごたえのある寺で、まさに自然智の道場。那谷寺には大きな石でできた芭蕉の句碑がどーんと豪快に建てられていた。芭蕉がみた奇岩のイメージなのだろう。あんな奇岩をみたらいくらでも俳句できちゃうよね、と思うが、私一句も作っていない。記憶が新鮮なうちに作っておこう。


石山の石より白し秋の風 芭蕉


芭蕉が那谷寺にいったのは7月27日(新暦だと9月10日)。紅葉はまだはじまっていなかっただろう。でも秋の風があそこを吹いていたのだ。白い秋の風が。私はあの岩々に白さを見出すことさえ難しかったが芭蕉すごすぎる。


お寺のいり口にはたくさん人がいたのに境内を歩いているうちにひとはまばらになりそのうち誰も見かけなくなった。多彩な景色に驚きながら歩いていると立ち入り禁止の道がいくつかあり行ってみたいなあと覗きこんだりした。駐車場に戻ると観光地のそれという感じで食事処があるおみやげやさんがあった。寺の周りは特になにもないのんびりした田舎道で、キャンバスというバスを待っている間も楽しかった。胡麻豆腐が那谷寺名物だったらしいのだがチェックしておらず買ってこられなかった。残念。

結局食べ物かよ、そうなのよ、ということで、今朝はまたおみやげシリーズ。群馬県沼田市中町の洋菓子工房樫の木さんの抹茶のバウムクーヘン。ここ知ってるぞ。沼田には親戚がいて小さい頃は毎年天狗祭りにいっていた。大人になっていろんなところへいくようになって沼田にもなにかの帰りに寄ったときにかわいいお店をみつけて寄ったのがここだった。私の記憶ではそのそばに小さなショッピングセンターがあってその3階かなにかで卓球をしつつ(昔は結構いろんなところに卓球台あったよね)、ベンチでそこのバウムクーヘンを食べた記憶があるのだが一緒に行った人は覚えていないのでまた私の記憶があっちゃこっちゃのと混ざっているのだろう。似たようなことをいろんな土地でしているからな。抹茶クーヘンはカルディの珈琲と一緒にいただいた。おいしかった。やっと珈琲も補充したし新しい週もがんばりましょう。このまま涼しいといいね。どうぞ良い一日をお過ごしください。

多分オナガ。
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俳句

金子兜太とか芭蕉とか。

今朝はくもり。昨晩は少し寒く感じた時間もあった。今年の夏も40度近い暑さを覚悟していたが拍子抜けするほど涼しい日もあって大変ありがたい。

今月はオンライン句会と結社誌への投句が重なった。オンライン句会は毎月、結社誌は季刊なので年4回なので4回は一日に15句作ることになる、というのは嘘で、一日に15句作らなくても済むように毎日作っておけよという話である。私は複数のことを同時にすることが大変苦手なので臨床とそれにまつわる勉強を循環させる以外の事柄がタスクに入ってくると全体の稼働率がどーんと下がる。というのもまったくの言い訳で、一日に15句、わりと短時間で作ることを年4回はやってきたのだから一日一句くらい作っておけよ、やはりそういう話なのである。あーあ。今回も旅の景色のおかげでなんとかできたけどもっとリズムをつけていかないと好きなことを自信をもって好きといえなくなりそう。

とはいえ、なにかと思い出すのは俳句でもあり、昨日は金子兜太の俳句をあれこれ書き出していた。81年前、戦争が終わったとはいえ、その記憶にいまだ苦しめられ、さらに世代間で伝達されたそれの影響も深刻だ。

1919年に生まれた金子兜太は戦争を経験している。戦地トラック島でも句会を開いた話は有名だろう。

水脈の果て炎天の墓碑を置きて去る 金子兜太

餓死した人を思いながら作った俳句だという。言葉や文学がもつ記録と伝達の力が必ずしもよきものとされない現代、戦争によって人間性まで奪われそうになりながら言葉を失っては取り戻してきた俳人が残してくれたものを大事にしたい。

芭蕉も古人の思いを俳句によって再び息づかせた。江戸時代初期というのか(中期か?)、徳川家光の時代に生まれ、家綱時代に伊賀上野で着々と実力をつけ大江戸に向かい、大阪の西山宗因の連句に触れ、俳壇活動に乗り出し、門人を集め、綱吉の時代には自らも認められ元禄文化を代表する人物になった。こう書くと、やはり戦争のない時代はいい。芭蕉は『荘子』の哲学に支えられて俳諧、俳句を滑稽、通俗というイメージからひきあげて文学とした。もちろん時代が異なるとはいえ、昨年の大河ドラマ「べらぼう」で描かれたようにひとつの文化が残れるかどうかのプロセスもまた戦いだろう。

よく見れば薺花さく垣ねかな 芭蕉

君や蝶我や荘子が夢ごころ 芭蕉

芭蕉は51歳で死んだ。金子兜太は98歳まで生きた。

白い人影はるばる田をゆく消えぬために 金子兜太『少年』

力強い決意によって生きた先人たちに励まされつつ、言葉が大切にされる世界を念じつつ、今日もがんばろう。

散歩してたら立ってた。
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身近

晴れてる、台風一過だ、と思ったら一時的に雨がやんでいるだけらしく、しかも昨日の雨は台風ではなかった。千葉の雨量はどうなってしまっているのだろう。身近で具体的に思い浮かべられる場所の被害をみるとそれはそれでなんともいえない気持ちになる。

今日から能登輪島では三夜おどりが開催されるとのこと。マリンタウンってあそこだよな、と思えるのは実際に行ったことで身近になったから。あそこでやるんだ・・・と海沿いの隆起した土地、立ち並ぶ仮設住宅、復興作業中のトラックが並ぶ大きな駐車場を思い浮かべる。輪島港マリンタウン緑地の護岸を平らにする工事はすでに終わっているそうだから私が歩いた場所とは少しだけ離れている場所での開催なのだろう。どのへんだろう、と頭の中で視線が動く。静かで美しい能登湾の青が脳内に広がる。高い電灯の上にとまるとんびもみえる。なにごともなかったかのような景色も近くに寄れば地震の跡が痛々しく残る。新しい家と仮設住宅の人たちのおしゃべり。いろんな家やグラウンドに白い三角帽のようなテントが立っていた。あれはインスタントハウスという名古屋工業大学が開発した簡易住宅だそうだ。壊れた景色と残った景色、そのなかで開催される伝統行事。工房にいれてくれた輪島塗の職人さんも地震、豪雨と続いた災害のあと人が少なくなったこの場所で技を継承していくことについて思い悩んでおられるようだった。誰にもどうすることもできなかった出来事のなか、自分の家も工房もなくし、作業場を貸してくれた場所が今度は豪雨でいられなくなり、今もなお大変ではあるが小さな仮設の工房で仕事を続けながらしずかに街の未来、輪島塗の未来を心配している彼らも三夜おどりに参加するのだろうか。更地になった元の家と工房と同じ場所に建物を建てていいという許可がおりたばかりだといっていた。祭りはそのそばで行われるのだろう。こうして実際の景色とともになにかを思うにはそこを体験するのが一番の近道だが、あまりに想像が及ばない部分も多い。知っている、わかっている、なんてほんと限られたことにしかいえない。だからなにということはまったくなく、知らない、わからないということに関心を向け続けることをしていくのが生活なのだろう。

雨の被害が広がりませんように。

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写真 散歩

片山津温泉とか。

今朝、窓を開けたら部屋の中より涼しくてびっくり。一気に秋めいてきた、と思いきや今度は残暑がくるざんしょ。昨日の空もなんだ秋じゃんという感じの空でパシャパシャ写真を撮った。今はパシャパシャって音しないか。

昨晩、八王子で買った「ダメ人間ナッツ」を食べながらNYみやげの獺祭Blueを飲んだ。ダメ人間ナッツは八王子駅に出店してた台東区かどこかのお菓子で止まらないからダメ人間がもっとダメ人間になってしまった。結構たくさん入ってるから止められたけどね。パウチもしっかり。DASSAI BLUE TYPE35はなんと米国産山田錦とニューヨーク州ハドソンバレーの水を使用しているとのこと。わざわざ日本酒を作る意味とは。でも瓶もおしゃれで美味しかった。こちらも一気に開けてしまうなどということはせず。当たり前か。

朝から写真をハードディスクに移していたらあっという間に時間が経ってしまった。輪島の「くまのおうち」で買ってきたピスタチオのフィナンシェを紅茶と一緒にもぐもぐ。

この前、加賀温泉郷片山津温泉で見た花火のことを少し書いたけど、片山津温泉は柴山潟という湖を囲む温泉で浮御堂という浮桟橋で繋がれている弁天堂(というのかな)があったり、お散歩にとてもいい場所だった。柴山潟は一日に7回色を変えるといわれているらしく、サップとかアウトドアもやってたし、冬はコハクチョウが越冬に来るとのこと。素敵。コハクチョウ会いたいな。

ブラブラお散歩中に現れた急な階段はいかにも寺に続いている感じで登ってみたら大きなハートマーク。愛染寺という縁結びのお寺でした。愛染寺の「どこでも幸せドア」からはちょうど白山がきれいに見えるそうなんだけど鍵がかかっていた。加賀の山といえば深田久弥も愛した白山。「どこでも幸せドア」が白山信仰と結びついている感じはちょっと渋いなと思った。縁結びの寺とか場所ってこれまでもいくつかいってるけどいつも笑ってしまう。そこまでハートにするか、みたいな単純な演出やこだわりに。出雲大社なんてさすがに大掛かりで一畑電車の縁結び電車にたまたま乗ってしまったときは願ってなくても願わせる迫力があった。やるなら徹底的に、みたいのは面白みはある。

場所を戻って片山津温泉なんだけど、私が泊まった温泉からも夕焼けや日の出がすごくきれいに見えて、しかもほぼ独り占めできて、そんなにお湯に長く浸かっていられない私でも十分引き留められた。日の出の時間はシャワーが冷たくて電話で聞いてみたら配管の都合でシャワーがなかなか温まらない、奥の方の4つから温まってくるから、と言われて面白くて笑ってしまった。そんなこともあるのね。

片山津温泉総湯」は誰でも入れる公共温泉施設で、柴山潟の湖畔にあって建物もとってもおしゃれでびっくり。朝散歩していたらすでにたくさんの人が入りにきていたのを見てまたびっくり。泊まらなくても加賀温泉駅からバスで来られるしいいなあと思った。片山津温泉の名前を今回ようやく覚えた。いつも「片山なんだっけ」となってしまっていた。失礼しました。とても良い場所でした。

今回は時間がなくて中谷宇吉郎の雪の科学館に行けなかったのが心残り。生家あとは見たけど。世界で初めて人工的に雪の結晶を作った人。

「雪は天から送られた手紙である」

とっても素敵な有名な言葉。

「雪の降らぬ地に生活している者に向って、雪の災害を説き知らせることは至難のことであろう。」というのもまさにそうで、雪国の友達にもそう言われるし、私も絶対そうだから私は雪国では暮らせないだろうなと思う。でもだからといって雪を嫌いにはなれないし、こういう科学者の文章を読んでいればもっと知りたくなる。自分の体験はものすごく限られているけど、想像ができない世界がたくさんあることに恐々興味を持ち続けるのはやめられない。

今日はこのまま涼しいのかな。少し風邪気味な気もするけどちょこちょこ仕事しよう。どうぞ良い一日をお過ごしください。

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散歩

おくの細道、花火

これだけ様々な土地へ行っているといつのまにか松尾芭蕉が歩いた「奥の細道」と重なりあいが増えてくる。芭蕉の頃は街はこんなに高くなく、きっともっと遠くまで見渡せたであろう。山に入ってしまえばもしかしたら似たような景色に立っているかもしれない。

1689年3月27日、河合曽良と江戸深川(江東区)を旅立った松尾芭蕉。芭蕉が船で向かった千住も先日歩いたばかりだ。芭蕉はそこから草加へ。日光街道を歩いたのだろうか。私は東武伊勢崎線で草加へ。今は東武スカイツリーラインというのか。以前、北千住と草加の間にある新井薬師の看護学校に教えに行っていた。オフィスのある初台からの行き来は途中秋葉原を使っていたことを思い出した。


「もし生きて帰らばと、定めなき頼みの末をかけ、その日やうやう草加という宿にたどり着きにけり」

「おくのほそ道」の冒頭だが、旅のはじめから不安でいっぱいの芭蕉とは全く異なる軽やかさで草加に行ける現代の私の不安もそういう一歩目のところで語れるものなのだろうと思う。今はわからないわからないと不安をどんどん漠然としたものにしてしまえる気がする。

毎日夜遅くまで仕事をしていると大体のことは「まあいいか」と考えない方に仕分けしているところがある。動けば面倒になること、動いても伝わらないであろうことは最初から動かないで受身的に応じるか、何か起きたら考えるか、という感じでいつのまにか忘れていくことも多い。今週はルーティンの仕事を休んでいるのでちょっと面倒だけど、ということや、どうせ言っても変わらないけど、ということをやってみている。推測通りのことしか起きないがやっぱり意識的に動くと思考は展開するなあ、と思う。旅に出ると、というのと似ている。そしてそれが表現のチャンスとなる。誰かが何かを書くために読んでいるとどこかでいっていたけどそういうのも近いのかもしれない。人は表現をしたいものなのか?

声はあげていきたいかな、自分が率先して何かを主張するよりも自分が大切だと思うものを守ろうとする人たちの味方として。草加松原だって高度経済成長に伴う変化、例えば車の排気ガスの影響とかで松がどんどん枯れていくのを見かねた市民団体が声をあげたから今みたいに美しく安全な松並木が維持され、俳人たちの句碑をのんびり眺めることができる。草加市的にもこのほうがずっとメリットがあったのではないか。みんなの表現が生まれる場所、受け取る場所がこうしてできるプロセスに意識的でいたい。

今年は大きすぎない花火を偶然みられている。夏はオフィスから毎日のように神宮球場の花火の音をきいているが数分で終わってしまうし音しか聞けないことも多い。先日、長岡の花火が話題になっていた。昔、花火職人の方にお話を聞いたことがある。身体的な危険も困難も具体的な職人の世界。山下清も愛した長岡の花火、芸術家は実際にみたら表現するしかないという衝動に駆られるのだろう。

先日、加賀温泉郷片山津温泉に泊まったときも納涼花火まつりがあるからよければ中庭でといわれた。ショートパンツでも蚊に刺されない涼しさを喜んでいたら花火の音がした。ひょろっとした花火が上がって消えた。え?となっていたら今のはテストだろうといわれた。へー。しばらくするとヒュルヒュルヒュルと火の玉があがりボーンと大きな輪が広がった。ゆったりあがる派手さのない花火に私たちもゆったり歓声をあげた。人に触れ合うこともなくこんなにそばで見上げられるとは。

能登半島地震の年の夏、羽咋(はくい)に泊まったが、それも偶然復興花火in千里浜海岸の日だった。私は寝てしまい見逃したがそういうのも含めて心に残っていく。

どうして花火はいつまでもぼんやりみていられるのだろう。抽象画を見るのとも違う。ロールシャッハのように意味を見いだすことも求められない。雲よりずっと情報量が多い。大きな音、全く日常的ではない火の輪。なのにすっと懐かしさのなかに静けさをくれる。日本の花火はそのあげかたを含め特別な文化の一つだと思う。危険を避けたいのか巻き込まれたいのかよくわからないこの国で職人さんの技術や街の意気込みが守られていきますように。来年は花火大会の会場にいってみたいな。

海の事故が増えているみたい。怖いね。私は海の知識も経験もほとんどないから山よりずっと怖く感じる。みんな気をつけて過ごしましょう。良い一日でありますように。

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散歩 精神分析

千歯こきとか宮沢賢治とか。

日の出が少しずつ遅くなってきている。東の空がピンクと水色が混じり合ってとてもきれい。昨日の東京は暑すぎるということはなかったけど陽射しのもとにいれば普通に暑く、青い空と湧き上がるような雲と濃いピンクの百日紅がとてもきれいなコントラストをなしていた。

街歩きをしたり旅に出ると歴史民族資料館に行く。規模は色々だが、どこにも農業の歴史があり、私はその道具をみるのが好き。特に千歯こきが好きなのだが多分小学生のときに見た農具の中でもっともインパクトが強かったからだと思う。名前のインパクトもあるかもしれない。どの農具もシンプルなのにすごいことをやってのける。道具の発明は人間が生きていくのに欠かせないから大昔からされてきて、生活に合わせてどんどん進化してきたわけだけど、千歯こきは江戸時代の発明らしい。意外と最近。この夏も加賀、能登の美しい田んぼや畑の景色を満喫し、美味しいお米も連日いただいた。それを維持することの過酷さを思うとうーんとなる。楽しい街歩きでさえ日陰を探しては水を飲み暑い暑いいっている私はもっと農業的労働によって汗をかくべきではないかと思ったりする。実家にいた頃はすぐそばに田んぼが広がっていたし、とうもろこし畑も桑畑もたくさんあった。学校の授業でお手伝いをしたことがあったかもしれないがそれらの間を抜けてどこかへ行ったことしか思い出せない。今は畑とはそれなりに出会うが広い田んぼとは随分距離が離れた。あれだけ身近だったのに旅に出て特別に感動するみたいな対象になってしまった。

農家といえば宮沢賢治のことも思い出す。私は小さい頃から宮沢賢治の本が好きで花巻にも2回行った。先日、句友の影響で男性ブランコのネタをみた。『だえーん!』という作品。これ銀河鉄道の夜ではないか、ほとんど、と思った。数年前、再び自分の中に賢治ブームがきて精神分析のカウチでしゃべったりしていたが、最近いくつかのドラマで賢治の言葉が取り上げられているのをみてやっぱり力がある言葉は長生きだなと思った。

「おれたちはみな農民である ずゐぶん忙がしく仕事もつらい
もっと明るく生き生きと生活をする道を見付けたい」

と賢治は書いた。

そのあとにあの有名な一節がくる。

「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない」

本当にそうだ。これだけいろんな人と会っているのだからいろんな人の生活をおもわざるをえない。思うだけでなく考えないと。情報ではなく土や植物をいじることの大切さ。今日も良い一日になりますように。

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お菓子 俳句

石川県加賀市大聖寺とか。

ダラダラよく寝た。立秋を過ぎるとやっぱり空の色が変わる。俳句を作らねば。これも苦行だなあ。楽しくもあるから続けているけど。

山梨のお土産、菊水屋さんのもものわらび餅を食べている。熱い緑茶と。小さな袋から小さなお皿にあけるとプルンと透明感あるピンクのプルプルが出てきた。かわいい。凍らせてもおいしそう。

石川県加賀市には「日本百名山」の深田久弥の生家と記念館がある。JR加賀温泉駅からキャンバスというバスを使ってもいいけど本数があまりないので私たちはIRいしかわ鉄道「大聖寺」駅まで行ってから歩いた。徒歩20分くらいで「深田久弥 山の文化館」に着くが、その前に石川県九谷焼美術館、松尾芭蕉が「奥の細道」で曽良とともに訪れ、一泊した城下町の全昌寺へ寄った。すごい日差しで時々すれ違う街の人と「暑いですね」と言葉を交わしながら歩いた。どこも素晴らしく面白くひとつの駅から徒歩圏内でこれだけ見どころあれば大満足。全昌寺は芭蕉好きは絶対に行ったほうがいいと思う。五百羅漢もすごく楽しかった。全昌寺から「深田久弥 山の文化館」に行く途中に老舗和菓子屋さんを見つけた。くずアイスバー「涼しん棒」に惹かれて入ったけど小さな冷蔵庫に「すいか大福」を発見。種も食べられちゃう加賀のスイカを使っているとのこと。ひんやりおいしそうだったので私はそちらをチョイス。ひんやりスイカがちょうどいい厚みのひんやり大福にゴロンとくるまっててシャクシャクでびっくりなおいしさだった。小山芳月堂さんという和菓子屋さん。で、元気回復。深田久弥の生家である印刷屋さんを写真に収めたりしながら記念館へ。素敵な建物。最初に少し説明してくれるのだけど地元の人のお話はいいね。生まれは東京だから東京と聞くとなんか嬉しいっておっしゃっていた。白山からの360度パノラマも面白かった。久弥は俳人でもあったそうで、全昌寺にも芭蕉のと並んで句碑もあった。記念館にはたくさん作品があって高浜虚子から送られた俳句も飾ってあったかな。能登に行くと加賀温泉や金沢も訪れるのがルーティンになってきた。海も山も人との距離感もちょうどよい地域だと思う。今回は輪島で立ち話した方が輪島塗りの工房の方で本当に小さな仮設の工房でその工程や歴史を教えていただく機会を得た。おうちも工房も地震でなくなってしまい、最近になってようやく元の土地に建物を建ててもいいという許可がおりたそう。今はすっかり更地になっているという。足の踏み場もないような小さな工房でもプロたちはこうやって地道に作業を続けていていろんなお話を聞かせてもらえて本当に幸せな時間だった。彼らも熊本のことを心配していた。

今日はもう出かける。暑いのやだなー。アイスは美味しいけど。秋を探しながら歩こう。俳句作らなくちゃ。良き一日でありますように。

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散歩

輪島

2024年元日に能登半島地震が起きて3年目の夏、ようやく輪島へ行くことができた。震災後、交通の便や宿泊など観光客を受け入れる余裕があるかどうかを問い合わせつつ、羽咋、七尾、和倉温泉と少しずつ足を伸ばしてきた。今回、ようやく輪島へ。この7月、能登空港が「のと里山ポケモン・ウィズ・ユー空港」に改称し話題だが、今回は羽田から飛行機で輪島に入った。ポケモンのぬいぐるみと一緒に搭乗している人も多く、出口ではポケモンたちがたくさん描かれた大きな壁があって写真を撮る列ができていた。少し離れた場所には石川県出身の力士たちの等身大パネルもあった。空港からは「ふるさとタクシー」という乗合タクシーを予約しておいた。乗合といっても客は私たちだけで一人1300円で輪島のホテルまで連れて行ってもらえた。街は一万円札は使えないから今のうちに売店で崩しておいた方がいい、など教えてくれた。もちろんそれは店によるわけだが、運転手さんのちょっとした一言一言は輪島がいまだに深刻な状況であることをたやすく想像させるものだった。少なくとも私よりはかなり高齢に見えるその人は今走っているその道がかつてどうだったかを知っている。隆起したままの凸凹道に揺られながら言葉少なくなった運転手さんの独り言のような声をきいた。「壊滅的」という呟きも聞こえた。雑草が青々と伸び放題なところもあれば青田もあった。「ここは商店街だった」と商店街の名前も教えてくれたが聞き取れなかった。数軒の家は見えてもどこがどんなまとまりだったのかも想像できなかった。

東日本大震災の後、相馬の仮設住宅に暮らすみなさんのところに向かうワゴン車の中、青々とした草原を「きれい」といってしまったことを思い出した。一緒に動いてくれていた地元のケアマネさんにそこが全部流されてしまったあとだと聞いたときは言葉を失った。

私はその後も何回か東北や熊本や能登の被災地に行っているが、あるときある人に八つ当たりをした。被災地を歩きながら「そっちは立ち入り禁止」と言われた。最初は携帯で調べながら教えてくれるその声に「そうなんだ」と従っていた。危ないのだから調べてくれるのはありがたいことに違いなかった。そのあとも「立ち入り禁止」の看板やマークを何度も目にしながらどうしてこうなる前にこなかったのだろうと思いながら歩いた。ここが変わり果てた景色であることは間違いないのに前を知らないからどんな気持ちにもなれなくて気持ちが重たくなるのだけを感じた。仮設住宅が立ち並ぶ道を歩きながらその人が携帯の画面を見ながらまた「立ち入り禁止」だというのが聞こえた。私は急に腹が立って「なら行かなければいいでしょ。そこまでは行けるしそこには道があったんだよ。」というようなことを言った。私は相馬での自分の無知が腹立たしくて他人にも「きちんと見なよ」ということを求めていたのだと思う。

輪島は思っていたよりずっと近かった。飛行機を使えばタクシーで30分で出られる。メインの入口がまだ使えないホテルの勝手口のような入り口から入り荷物を預けて散歩に出た。お昼までもまだ時間があった。今はほとんど更地となった輪島朝市通り、崩れたままの瓦、傾いた電柱、ボロボロになったブルーシート、足元に気をつけないとぎっくり腰になりそうな段差や大きな亀裂がたくさんあった。壊れた景色を心の中で修復するにはあまりに情報が足りなかったが少しずつそれでいいと思うようになった。またくればいいんだ、そう思える出会いがそのあとにあった。まだそこがあるのであれば何度でもくればいいんだと思うと楽しみになった。

旅に出るとなにげない会話が特別な会話になることが多い。あの運転手さんの絶望したような呟きにも希望が戻りますように。一方で、能登のみなさんが最初に口にするのは熊本の猛暑の心配だったことも忘れない。あの日、能登は雪だった。出会う人みんなが「私たちは着ればよかったけど暑さは・・・」と言うことに私はまたもやなにも言えない気持ちになった。離れた場所で体験を共有している人たちがいることを伝えることくらいはせめてしていけるかな、と思う。

東京は昨晩少し雨が降ったらしい。少しだけ涼しい気がしないでもない。今日も良い一日になりますように。

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精神分析

語ること、聞くこと。

起きたら首が凝っていた。首が凝る=頭痛もする、なのでストレッチをした。この「動かせばなんとかなる」とわりと素朴に思っている自分ってどうなんだろう・・・と時折思う。私はある程度正確な動かし方ができるから自分でなんとかできるけどよけいに悪くしてしまう場合もあるから人にはお勧めできない。でも専門家のところへいったら悪くなったという人もいるから身体は本当に難しい。心と同じだね。

熊本の暑さが心配。地震のあとに追い打ちかけるなんて信じられない、と誰にいったらどうにかしてくれるのかわからない。気候に関しても私たちはあまりに無力。気温とかもどっか地震と連動しているのだろう、と思うがそんなこといったらなんだってつながってる、となって、素朴な思いが陰謀論につながったりしてしまうかもしれない。SNS時代になってから、あまりに素朴に自分の信念を反射的に発する人が多くなったけど、それが政治家でもなんでもないただの同業者の特定のポストにむけて発せられているとかなると怖いなあと思う。自分は正しい、ということを素朴にいっているようなものだけど、自分はあなたとは違う、ということって本来そんなに素朴に言えないことだと思っている、私は。自分は「絶対」そういう方向にいかないとか思ってもいつのまにか、というのはよくある。いつのまにか親と同じことしていたりするじゃないですか。人間のそういう部分を知っているからこそ不安になって私のようなところへ相談にくる場合だって少なくない。「自分は違う」ではなく、「自分にもそういう部分があるのかもしれない」という不安を自分も匿名ではなく、特定の相手に語れるって大切な力。それがとても難しいことではあるのもわかるだけにそうできることを力と感じる。

私は専門的な支援以外で被災地にいくことがわりと多いほうだと思うけどそこでも語ろうとすること自体にものすごく力を感じる。思ってもみなかった言葉を聞く体験を積み重ねてきても私は相変わらずそれを推測することはできない。私はまた思ってもみなかった言葉たちと出会うのだろうな、という推測しかできない。被災地に限らず、それぞれの言葉はものすごく個別的なもので、臨床は特にそういうものを見出していく作業だからわかりやすい言葉でひとくくるにすることには抵抗がある。ただ聞く、という時間がどうしても長くなるのはそういう人たちの言葉たちに対応しているから。なにもしてくれない、と相手が感じているのを知っていてもそれ以外できなかったりするから悩ましいが、聞くこと、黙ることに関してはかなり専門的だと思う。がんばらんとね。

あー、おなかがすいた。あさごはんは大切というよ。みんなもいい一日を。熊本に涼しさを。

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お菓子 コミュニケーション 散歩 精神分析

よく歩く。

ダラダラとよく寝た、と思っても時間にすると少ないが睡眠は量より質だとつくづく思う。一日の過ごし方にみあった休息をとることが大切。

こんなとこ誰も歩いてこない、といわれそうな山のかわいいカフェにいった。ケーキもおいしいパン屋さんとのことで実際そうだった!二階がゆったりしたカウンター席のカフェスペースになっていて、小さな洞穴みたいなところは小さな子が遊べる場所になっていて素敵だった。お店に入っていくなり「歩いてきたんですか!」とびっくりされ「かえり、送っていきますよ!」といわれこちらがびっくり。いやいやいやいや。今回はそのあとの予定を考えてパンは買わず、おみやげにクッキーを買って、カフェではとてもかわいいくまさんシュークリームをいただいた。中に小さなバナナがごろんとはいっていて、生クリームもカスタードも甘すぎなくておいしかった。日曜の15時以降はいつも静か、とお店の人とお客さんが話すのが1階から聞こえてきた。ひっきりなしにお客さんは訪れていたし、パンが中心なのに1000円以上買っていく人が多かったし(お会計もきこえてきた)今日が特別混んでいるというわけではなさそうなのに夏休みが特別なのかなと思った。それにしても送っていっていただくなんてとんでもありませんわ、好きで歩いてきたんだし、お一人でやっている大切な営業時間のお邪魔をするわけにいかないし。お客さんはほとんどこないけどそういう交流を大切にしているというお店も知らなくはないけど普段からハイキングとかによくいくからとお伝えしたり、私たちが東京からきたのを知って「東京の人はよく歩く。こっちだとどんな近くても車だから」といわれ「実家にいた頃はそういう生活でした」と笑い合ったりした。実際そうで、今も地元に帰ると「よく歩く」と笑われる。私は東京に住んでいるなかでもそうとうよく歩くタイプの人だと思うけど。

それにしても女性一人でこういう場所で素敵なお店を成功させているというのは本当にすごいことだ。私はどうしても商いの観点から色々みてしまうのだけど、業種が違っても学ぶことはたくさんあってなかまな気分。おしゃべりしながら誰かに似てるなあと思っていたのだけど、帰り道「ああ、あの人だ」と気づいた。たまにおしゃべりするカフェの店員さん。その人も女性一人でお店を任されている。みんながんばろーね。こういう小さい出会いを積み重ねて心の中で励まし合っていきましょー。

今日もよい一日になりますように。九州に涼しい空気がたくさん流れますように。

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Netflix お菓子 精神分析 精神分析、本

仕事始め、徳島、アンナ、グリーン

1月5日(月)。まだ真っ暗です。仕事はじめ。今年もどうぞよろしくお願いいたします。

今年も精神分析の古典を大切に、一番新しいジャーナルをウィニコット、オグデン、グリーンの考えを軸に拾い読みしつつ、隙間時間は小説や哲学の本を楽しんでいくことになると思います。読書と運動はどんな短時間でもできるのがいいですね。睡眠もほんの少し寝る、ということができるけど寝入りも寝起きも自分でコントロールするのが少し難しいです。食べるのも欲を抑えるのが本当に大変。今朝のお菓子は所沢の「お菓子の工房エミール」さんの狭山ケーキ。抹茶色のレーズンがはいった小さな焼き菓子です。おいしそう。年末にもらったルピシアの「福づくし」から今日は抹茶黒豆玄米茶と一緒に。あ、両方、抹茶になっちゃった。おいしいに違いないからいいか。うん、おいしい。所沢は昔友達の家にいったことがあるけどそれから下りたことあったっけ、と何度か思ったことあるから多分あるんだと思う。東所沢は角川武蔵野ミュージアムにいくので降りたことがある。あそこ楽しい。今年もいろんな街を歩いたり、いろんなお菓子屋さんを知りたいな。お正月明けはいろんな土地のお菓子が集まるのも楽しみ。

年末年始は徳島県にいたのだけど徳島駅から歩いて10分ちょっとかな、眉山のロープウェー乗り場(阿波おどり会館内)のそばの寺町の一角にある「和田の屋」さんの「滝の焼餅」がとてもおいしかった。お部屋も素敵だった。赤ちゃんや小さい子を連れたご家族は大変そうで思春期の子と母の二人組はとても静かで子供はずっと本を読んでいた。なんの本かなあ、と思った。お母さんがおじいちゃんと話しはじめるとお母さんを小さな手でバンバン叩いて振り向かせようとしていた子は焼き餅はあまり好みではなかったみたいだけど「すぐにこられる場所じゃないんだよ」といわれていてむしろ私が「ほんとそうだな」と思った。大切に味わった。おいしかった!その子もあれこれお母さんの関心を向けつつ食べさせてもらったらおいしそうに全部食べていたからおいしさとは、と思った。保育園にいくと給食の時間は修羅場のときやところがあるのだけどやっぱり「美味しさとは」とよく思ったな、そういえば。今年もたくさん「おいしー!」ってニコニコしたり、ほっぺぽんぽんってできたらいいね。

さて、昨日はNetflixで「令嬢アンナの真実」をみた。大掛かりな詐欺を次々と成功させてきたアンナと女性ジャーナリストの関わりを軸に、娘と父、出産を控える母親の仕事と夫婦と職場、赤ちゃんの時間と若者の時間など永遠のテーマをうまく盛り込んだ実話ベースの話だった。本物のアンナは放映権をNetflixに売り込んだ金でまたもや豪遊していたそうだから人間のそういう部分って変わらない。すごく面白かったし、「ラブ上等」に対するいろんなコメントのことも思い出してちょっと考えてしまったな。

さてアンナをみつつぼんやり“Key Ideas for a Contemporary Psychoanalysis Misrecognition and Recognition of the Unconscious” By Andre Green がどんな本だったかをチェックしていた。2023年12月にも読んでいた時期があったらしいが全く覚えていない。今回は原書のフランス語版にむけて書かれたペレルバーグの書評Jozef-Perelberg, R. (2005) Idées directrices pour une psychanalyse contemporaine d’André Green. Revue française de psychanalyse 69:1247-1261をみつけたのでそれも読みつつ目次を確かめつつ、今読むべきところを探ってみた。フロイトの「否定」論文は何度も読むべきものだけど、その「否定」では表せないだけでなく、精神分析実践ならではの心の動きを示すのがグリーンの「ネガティヴ」という概念だと思う。ネガティブはとらえどころがないからネガティブなのであってそれがwork(作業、仕事)できる心かどうかが精神分析プロセスを追うときの大切な指標になる。心とか主体とかあるんだかないんだかみたいなものを想定せざるをえないのはなんらかの動きを感じるということが起きたとき。ふと感じられる主体が現れるとき。時間が動くのとセット。それまで止まっていた時間が。「あれ?どうして今これ思い出したんだろう」「今ふと思い出しのだけど」と不思議そうに現れる気持ちは過去の出来事とつながっている。「あれなんで泣いているんだろう」とかも。過去は単なる時間ではないのだ。情動とくっついて時間として現れる、のでは?時間に関しては今年はベルクソンに加えてポール・リクールを読みましょう。積んであるからね。あとアガンベン。人は生きていること自体が行為になってしまうから色々難しい。さらに言葉も持ってるからややこしい。今年もそんなめんどくさい自分とつきあっていきまっしょい。

今年も、まずは今日、まずは朝起きるところから、と小さな時間を作ってがんばりましょか。どうぞよろしく。

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能登を思い出したり、昨年やったことをまとめたり。

能登半島地震から2年。元日の羽田空港で知らない人たちの「地震だって」というざわめきで知ったあの日、心がざわざわした。ものすごい被害だった。行ってみたかった輪島の朝市も全焼した。その年の8月はまだ通行止めも多かっため、行ける範囲でとりあえず羽咋まで行った。森崎和江が『能登早春紀行』で降り立った駅だ。釣り帰りなのか発泡スチロールの箱を抱えたままお喋りしつづける男性を私たちに気づいた老齢の駅員さんが穏やかに制し、レンタサイクルの手続きをのんびりしてくれた。千里浜は今日はどうかな、風が強いと通行止めになるけど、昔は〜、と色々教えてくれた。旅の醍醐味はこういう会話。その次の年は七尾と和倉温泉へ。いまだ手付かずか、あるいは解体を待つしかない大きな建物に圧倒されながらたくさん歩き、観光自体が何かの手助けになるのならと思った。が、そう思わなくても能登の自然や伝統ある祭りなどからもらったエネルギーは大きく、とても楽しんだ。経由地となる金沢も何度行っても満足しかないし、今度こそ珠洲、輪島まで足を伸ばし、関わりながの追悼を続けていきたいと思う。仲代達矢はもういないが能登演劇堂での無名塾の公演も見たい。七尾線の車窓には田園風景がずっと続く。空がきれいに映りこむ水田を眺めているうちに時間の流れが変わる。能登の時間は止まったままのところもあるのだと思う。時間をかけるべきところでもそんな余裕はないという場合も多いと思う。いろんな矛盾を抱えながら、それでも生活していかなければならない状況に思いを馳せる。どうか良い一年になりますように。

年末年始を旅先で過ごした。初詣の混雑のため、予定していた帰りのバスが運休していたことに気づいて少し慌てた。バス停に貼ってある運休のお知らせは強風でひっくりかえっていた。結局、予定よりもずっと早く空港に到着してしまった。すると名前を呼ばれた。空港で呼び出しを受けるのははじめてだ。学校で呼び出しを受けたときだって放送ではなかった。なんてことはない。乗るはずだった遅い時間の便がさらに遅れる予定で、もしよければ早い時間の便に変更できるがどうするかという話だった。ラッキーだった。飛行機に乗るはずだった時間よりずっと早く東京に着いた。東京に着くともうすっかりお正月気分は抜けていて、なんだかそれもつまらないなと思ったが、元日はさすがの東京も暗いな、という感じられたのはよかった。

今日は雲が多い。東京は雪の予報なのか。旅先の寒さは耐えられても東京の寒さは苦手。

2025年もほぼ臨床しかしていなかった。隙間時間でいくつか書き物をさせてもらった。今年もそんな感じかな。時間があるからまとめておこう。

まず書評が二つ。

斎藤環著『イルカと否定神学 対話ごときでなぜ回復が起こるのか』(医学書院)
ーー臨床心理学 第25巻第2号 性暴力(金剛出版)

コレット・ソレール著『情動と精神分析 ラカンが情動について語ったこと」 松本卓也,河野一紀,ニコラ・タジャン 訳(福村出版)ーー精神分析研究 第69巻第4号(岩崎学術出版社)

エッセイがひとつ。

2024年のThe IPA Asia-Pacific Conference in SydneyのIPSO panelでの発表を加筆修正したもの→The Journal of The Japan Psychoanalytic Society Vol.7 Essay ”Being polyphonic”

討論原稿がひとつ。

The Journal of The Japan Psychoanalytic Society 第14回大会大会企画分科会「精神分析とアートの交わり」にて討論→機関紙Vol.13に掲載

口頭発表は色々。

日本精神分析協会学術大会でパネル企画して発表したり、演題出したり、精神分析学会で精神分析実践の話をしたり。

ウィニコット・フォーラムの発表原稿を文章化したものは随分前に校正もしたがどうなっているのかわからない。すでに遠い記憶。コレット・ソレールの書評が載った『精神分析研究』も届いたばかりだが一度校正の機会があったにも関わらずすぐに変な文章を見つけてしまった。あーあ。ラカン派に関しては書評を書いたあとの方が勉強量が多いが仕方ない。なんでもその時点でできることをやるのみ。

あとの仕事はひたすら自分のオフィスでのルーティン。臨床を軸にケースセミナーとReading Freudと仲間内の事例検討会や読書会。その繰り返し。

対外的なものは今年も協会のジャーナルに載せられたらいいけど査読待ち。ほぼ確定しているのはAPCソウルでの発表、協会の学術大会での発表、書き物は子供の心理療法の本の一章。今年は子供の心理療法のことを別のどこかで発表してもいいかも、と書きながら思った。幼児から高校生まで、たくさんの人との経験からの学びを残しておきたい気もする。締切のある原稿はすでに提出しているが、すでに間違いを見つけたので今日はその修正をしてからでかけよう。

お休みが終わってしまうのは悲しいから今日もいっぱいお散歩しよう。どうぞ良い一日を。

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散歩 精神分析

新潟県弥彦村、エルリッヒ論文、村田沙耶香

東京。暗い。今朝は寒くない?暖房はつけるけど。夏の間、冷蔵庫に入れておいたフィナンシェを熱いお茶といただこう。柿もある。あっという間に秋になり、明日11月7日(金)は立冬。なんでも冷蔵庫に入れていた季節がようやく終わったのになんて慌ただしい。週末、新潟で時間があるなかで紅葉を楽しめたのはよかった。新潟駅も朱鷺メッセ周辺も赤に黄色に美しかったが、弥彦公園もみじ谷が素晴らしかった。まだ一分とか案内されていたが十分!十分きれいだった!弥彦山に登る予定の人と一緒に行ったのだけどあいにくの雨で一緒に弥彦神社やもみじ谷を散策。紅葉山もいろんな色に色づいていたから晴れていたらさぞ鮮やかだったでしょう。弥彦駅に着いたときは大雨でお店の軒下で雨宿りしたり、小さなお菓子屋さん分水堂菓子舗でパンダ焼き(人気!)を食べたり、そのお向かいのおもてなし広場で足湯で温まっているうちに小雨になり出発。彌彦神社までの道歩きも楽しい。弥彦神社では菊まつり開催中。いろんな菊があるねえ、と菊まつりに出会うといつも思う。大きな神社で鹿園もあって、良いニワトリたちもいっぱいいた!こんな豪華な並びは珍しいのではないか、と思った。彌彦神社を出てまた散歩しながら弥彦公園もみじ谷へ。とてもきれい。夜はライトアップもするとのこと。山の方へ伸びる道を見つけて行ってみたら湯神社に続く鳥居が続いていた。こんなところに異世界への入り口が、という雰囲気。細い道をどんどん行ってみたが10分くらい歩いても先が見えず、ふたたび登りにさしかかった。そのあと、弥彦ブリューイングに行ってから帰りたかったから霰も降ってきたので引き返した。あとから地図を見るともう少しで到着だったらしい。湯神社って面白い名前、と思ったけど弥彦温泉発祥の地なんだって。弥彦ブリューイングも無事にやっていてお店の人たちといろんなお話をして楽しかった。これはこれで色々書きたいがまたどこかで。帰り道は小雨だったけど寒かったー。これからこういう季節が来るのだなあ、と怯えた。寒いの本当に辛い。でも新潟はいいところだったな。東京から遠くないし。新潟市なら精神分析で開業してもやっていけるかもしれない、というか私は日本全国を巡りながらそこで精神分析で食べていけるかということは必ず考える。「最初はここのクリニックで雇っていただけないかな」とか奄美大島でも思った。奄美大島はね、住んでいる人やコロナ禍で移住してきた方とお話をした限り、コミュニティの繋がりの効果がすごそう。そこに精神分析的理解を活かすことはもちろんできるだろうけどね。

テレビをつけた。今日の東京は気温より寒いらしい。昨晩、月を楽しみにオフィスを出たら何も見えなかった。今日は見えるかな。

昨日、Erlich, S. (2025) Is psychoanalysis relevant to the Israeli–Palestinian conflict?. International Journal of Psychoanalysis 106:165-173をめぐる、エルリッヒとマイケル・パーソンズのやりとりについてちょっと書いた。

エルリッヒ先生は1937年生まれの88歳。ドイツ生まれのユダヤ人で幼いときに「水晶の夜」も体験し、ドイツを出てイスラエルで育ったという。この論文の中にもKristallnacht、1948 Arab–Israeli War、Yom Kippur War、Palestinian rocket attacks on Israelの体験について触れている。つまり当事者として、かつ精神分析家として書いている。今回のやりとりによって、エルリッヒが強調したいところが明確になったのはよかった。以前この論文を読んだときには気づかなかったことや外的現実をどう捉えるかという昔からある議論の再考を促された。イスラエルという国の歴史を学んではいるけど、立場が違えば書き方も変わる。私はどう書いたらいいか全くわからないのでとりあえず身近なところで話すことからしてるけど。

IPAの精神分析家になってよかったと思うのは精神分析を世界中の他の国と共有するものとしてリアルに考えらるからで分断とか特権とか権力とかいう言葉をたやすく使いたくない状況に身を置けるから、精神分析の限界についてずっと意識的でいられるから、かもしれない。

昨日、村田沙耶香『世界99』が第78回野間文芸賞を受賞したとのこと。そりゃそうでしょう!とこの文芸賞についてよく知らないけど思った。あれはすごかった。朝ドラ「ばけばけ」も人間のぞくっとさせるところを描いているが、村田沙耶香が書く人間は酷すぎて、でも知っている世界すぎてもうなんと形容していいかわからない。うわあ、うわあ、ということの連続をなんでもないような筆致で書く村田沙耶香が恐ろしくて大好き。おめでとうございます。

なんだか寒くなってきた。厚着しよう。どうぞ良い1日を。

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散歩 精神分析

新潟で、学会で

朝焼けがきれい。連休は新潟を満喫した。信濃川沿いをたくさん歩き、大きな橋をいくつか往復し、たくさん写真を撮った。いつもと違うことを感じたり考えたりしたかというとそうでもないし、新潟の方言もそんなに違いを感じなかったし、群馬出身で新潟はスキーとかで身近なせいか、親しみやすい街だった。植物園や弥彦山の方にも行った。激しい雨に降られた時間もあったが、ずっと雨予報だったわりに傘が必要ない時間も多かったし陽射しを楽しめる時間もあった。幸運でした。

精神分析学会は私はあまりコミットしていないが教える側として若い方の話は聞く。でも学問としての精神分析に自分が何を期待しているかと、学会に何を期待しているかは全く別物だと思うので、それぞれがじっくり自分の仕事や生活を考える機会があればいいと思う。私は学問としても実践としても精神分析を実際に使用する立場としてそういう時間と空間を守っていきたいと思う。

今回、私は人は人をそんなに簡単に信頼しないというか、素朴に信頼という言葉を使うことはできないんだ、という話もしたが、同じ病理を持っていてもあまりに違うひとりひとりとの関係を辿るときに素朴な信念は同じような物語を導きやすいように思うので細やかな使用を心がけたいと思う。

今日は若い頃から自閉症児の親の会とのつながりでご一緒してきた人生の大ベテランの方に会いにいく。地域に根ざした事業を着実に展開されてきたエネルギーはものすごいものがある。久しぶりだりだなあ。限られた時間だけど色々お話をうかがってこよう。

今日は火曜日。連休後は曜日の確認が必要。一日だけ短い1週間がんばりましょう。

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散歩 精神分析

歩いた。

夜明けまでまだ時間がある。いつもよりずっと早く眠りについたので何回目覚めても夜明けが遠い。おなかがすいた。

昨日は3万歩も歩いてた。学会初日は土地勘がないから行きはバスを使ったけど帰りは歩いてみたら意外と近かった。なので昨日は朝イチの司会担当だったけどのんびり歩いていった。信濃川が日本海に流れ出るあたり、佐渡汽船ターミナルのほうまで川に浮かぶ船を新鮮な気持ちで眺めながら歩いた。まだ少しだけ時間があったので朱鷺メッセ31階の展望台に向かったらエレベーターが全然来ない。私が先頭だったので私ボタン押したよね、と心配になってもう一度押してみたりしたがライトもついてるし大丈夫、でもこない、後ろにのびてきた列にドギマギしていながら待っていたらようやく来た。360度みられる仕様ではなかったが朝は雨ではなかったので思ったより遠くまでみえた。海はいいね。ひろーい、と思いながらもさっきのエレベーターがくる遅さを心配してすぐに戻った。ちょうどのぼってきた人たちがいてすぐにのれた。で、会場に駆け込み発表者の方とご挨拶して無事にお役目を終えた。いろんな人の意見をきくのは面白い。

それからはずっと歩いていたわけだが、ちょっと道を変えたり、向かう方角が逆になったり、同じ方角でも反対側の道路を歩いたりするだけで景色が変わる。本当に変わる。朝昼夜でも全然変わる。お天気が変わるだけでもびっくりするくらい変わる。画家が何枚も何枚も同じ場所を描く理由がわかる気がする、とかいってそんな理由ではないかもしれないが、画家の目にはわたしが感じるよりずっと微細な違いがみえているわけだからすごく違う景色がみえるのだろうねえ。それを絵にしてくれたのを私たちはみているから美術館とかは楽しいのだね。それにしてもアパホテルはどこいっても本当にいい場所に建ってるなと思う。ランドマークにしやすい。

新潟のいいところをたくさん知れたのでいろいろ書きたいけどいいか。今日もお仕事終えたら歩こう。雨っぽいけど。

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俳句 散歩 精神分析

新潟の朝

新潟の朝、だが空はまだ夜中。昨日、ホテルの窓からみえた無機質なビルは暗闇に溶けてしまったみたいで形がみえない。たいていはひとつふたつ電気がついている部屋があるし非常口とかなんらかの明かりはあるからここまで真っ暗は珍しい。雨は降っているのだろうか。昨日は予報と反して晴れ間もでたがひどく降ったりもした。

第71回日本精神分析学会にきている。昨日、朝早い新感線で東京をでた。昨日の東京は朝から暖かくて薄手のダウンを羽織って出てしまって失敗したか、と思ったが新潟駅に着いたら寒くて、一度向かったバス停から慌てて建物に退散。ストールまでまいてしまいました。バスがでる時間に戻るとさっきは2、3人しかいなかったバス停に長蛇の列。がーん、と思ったが乗れた。登山に行くときに登山口に向かうバスに長蛇の列ができることが多いのがバスって結構な数の人を乗せてくれるんだなあ、と思っていたので今回も乗りはぐれることはないだろうと、そばの人が乗れるかどうか何度も心配しているのを聞きながら吞気に構えていたら乗れた。ありがたい。しかし厚着をしてしまったのはここでは失敗。途中、混雑した車内で「あつい・・・」とつぶやく声が聞こえて心の中で強くうなずいた。人は知らない相手にもこうして応答しているものですね。SNSなんてまるで長い付き合いかのような応答が多いけど、日常のみえない応答癖が可視化された世界なのかもしれないですね。わからないけれど。

今回は依頼された仕事のみで当日にバタバタ準備するようなこともなく、と思ったけどなんでもパスワード、なんでもカード時代に適応できていないことが可視化され(可視化って言葉を使いたくなっている)、進行形で困っているけどどうにかはなるので困り感は少ない。がっかり感は強い。

とはいえ、次の締切まで少し余裕がある(はず)ので移動時間は仕事もせず景色と音楽を満喫した。車窓から移り変わる天気と山や田んぼを眺めつつ、オアシスのLIve’25 Tour Official Setlistを聴き、お隣の方が長岡で降りてからはノリノリだった。時間も空間も余裕があるって本当に大事。ハンドクリームとか化粧水に時間をかけてはいいことをしている気分になった。自分を意識していたわるのは病気のときだけに必要なわけじゃない。いたわり方を知らないといざというときにできないのだから大事。

先日、第71回角川俳句賞を受賞した句友の千野千佳さんの受賞作「愛嬌」50句が載っている『角川俳句』を買うついでに紀伊国屋書店に長居して至福だった。千佳さんは新潟県出身だからせっかくだから千佳さんの故郷で買うぞ、と思っていたのだった。

匙いれてドリア浅しや漱石忌

アイロンをンと押しつける年の暮れ

とか取り合わせにも千佳さんの豊かな生活と俳句大好きな感じがみえる。生活をほんのり明るくほんわか面白く切り取る千佳ぢから。

団扇の子はうばうに風送りけり

虫売にこどもたやすく近づきぬ

これらも誰もが知っているはずの生命力を改めて描写する包容力を感じる。私は結構千佳さんの句で泣いてしまうことがあるのだけど、力の抜けた言葉ってこんなにたくさんあるんだ、ってなんだか励まされる。精神分析は言葉が仕事道具だけどこういう普遍的な言葉を使うにはあまりにも意味に囚われている世界だと感じる。フロイトはそこから言葉をつまみだすことをやってくれたはずなんだけど、それがいかに困難な試みであるかも示した。だからいろんなことが必要なんだと。人間社会は難しい。その人にとって支えとなるような言葉を一緒に生み出しておおらかに生活していきたい。

紀伊国屋では普段いかないような棚とか新潟が特集されているコーナーも二度見して戻ったりした。新潟はやっぱりお酒。酒造巡りもしてみたい。そういえば来年の手帳があるな、と思ってみていたら新潟県人の手帳みたいなのがあって面白かった。同じ建物にLoftが入っていたのでそこものんびり巡った。すごく久しぶり。そこにも手帳がたくさんあった。長年、手帳を使ってきて全然使いこなせていないことがわかったので、 あまり考えずに適度な値段の気に入ったのを買ってそれに私が合わせていこうと思ったのが昨年。今年もそういう感じで買ってみたけどホテルに戻って改めてみたら文字が薄い?私の目のせい?と思ったけどやっぱり薄いと思う。薄いほうがかえってよくみようとするから見間違えない、とか私の場合はあるかもしれないが、大事なところを際立たせるのに蛍光ペンとかいらない感じはする。インクがなくなって文字が薄くなったとかならちょっと面白い(問題ではあるが)と一瞬思ったけどこんな均一に薄くすることはできないからこれがおしゃれだったりするということかもしれない。なんでも拡大しないといけなくなった私も逆方向の刺激を入れていく必要があるのだろう、きっと、とさっきまた開いてみたが今日もやっぱり薄かった。あれは夢だったのではないか、という期待も少しあった。

そんなこんなで荷物を増やしていたら肩と腰がきつくなってきたのでホテルに荷物を置きにいこう、とカラスの群れみたいなのを見上げながら歩いていたら突然すごい雨が降ってきてびっくり。さっきまで太陽もちらほらでていたのに。あと5分待ってくれればよかったのに一瞬でかなり濡れた。すごく大きな雷も鳴って、ビニール傘も一回ひっくり返ったけど元通りにできた。大変だったけど一日中雨と思っていたから降らない時間に歩けたのはよかったのかな。少し眠ってからまた外にでたらまた強い雨。ホテルから一番近いお店に駆け込んだ。弱雨になったので一番近いコンビニの場所を店員さんに聞いて向かった。店員さんが説明してくれているときになにかで笑いあったのだけどなんだったか。人って本当に小さなことで顔見合わせて笑ったりしているもんだ。よきことだ。外に出たら、駅が意外と近いことに気づいたのでちょっと寒かったけど教えてもらったとは別のコンビニ(新潟は都会)を通り過ぎ駅へ向かった。おなかまわりがでるショート丈の服を着ている人たちが寒い寒いといっていた。関西の言葉のように聞こえた。駅ビルには期待通りかわいいものやおいしそうなものがあって自分用とお土産用の新潟お菓子を買った。角打ちもあってたくさんの人が新潟のお酒を楽しんでいるようだった。角打ちいいよねえ。大好き。イギリスのパブみたいなもんだね。

学会ではIPA基準の精神分析の事例を用いてその導入のところから話し合った。最初にコンパクトな講義をしてくださったのは教会のほうの会長でもある古賀先生。「アセスメントのスーパーヴァイザー」という言葉でイギリスの精神分析の訓練ではアセスメントのみのSVも枠組みとしてあるのかあ、ととてもいいなと思った。私もそういうSVを提供しているけれど、そう契約してやっているわけではないな。初回面接グループはアセスメントに特化しているから今後のグループのためにも大変勉強になる時間だった。いろんな人の意見はいろんな人の言葉でもあるのでそれぞれの言葉で私の言葉を受け取ってもらえてよかった。コミュニケーションはズレから生じるはずだから。参加者のみなさんもなにかいいものを持って帰ってくださっていたら、と願う。

今日も朝だけお仕事。新潟のおいしいお米を食べてがんばりるれろ。東京はどんな感じだろう。離れるとすぐわからなくなる。いつものみんなも元気で過ごしてほしい。良い一日を。

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お菓子 精神分析

怖かったりのんきだったり。

朝焼けはまだ。東の空も暗い。早朝の家事を終えて少しぼんやりしていたら少し冷えてきた。暖房をつけた。旅に出ると早朝は散歩に出かける。西は日の出が遅いことを実感する。季節によって太陽がのぼったり沈んだりする方角が変わるから一概にはいえないけれど、佐賀に行ったときだったか、早朝まっくらななか散歩にでてしばらく歩いて宿に戻るまでずっと暗くてびっくりしたことがある。それにしてもこれだけ熊に襲われる事件が相次ぐと早朝気楽に外に出ることも難しくなるだろう。低山ハイキングも毎回びくびくしているが用心するなら行くなということになりそうで怖い。青森で温暖化怖い、となって、山に行っては林業の衰退によって放置される森林を目の当たりにし、東京にいたって本当にどうしたらいいんだ、ってなるのに熊とそばに住んでいる人たちに対してなにができるのだろう。お金のない国になりつつある日本(ということは格差が広がりつつある社会ということ)で弱っている人、困っている人たちが優先されるということは起こりうるのか。いまだかつて起きたことはあるのか、といえば部分的には起きているだろう。東京都の子育て支援は手厚い、という場合にその手厚さがなにを示すかは検討が必要なように。手厚い部分は残しつつ、それが広く長く生活に良い影響を与えていくにはどういうシステムが必要なんだろう。まずは排他的ではない政治家を選ぶところからだろうか。毎日、ニュースをみれば憂鬱になるし、かといって無邪気に知らなったともいえない。見たくないものが増える社会でも発見されるのを待っているなにかを探し出していかないとだが。うーん。

いろいろ考えるとあれ食べたどこ行った空がきれい仕事大変とかいっていることものんきすぎるのか、とか思えてくるが、そんなはずはない。自分の生活を自分なりに営むことをやめてはいけない。

今朝は札幌市のほんまさんの「寒月」というどら焼きをいただいた。友達が成城石井で買ってきてくれた。熱いままのお湯でいれてしまった新茶と一緒に。いつも誰かと会うたびにお菓子交換みたいなことをしている。そういうことやめたくない。コロナ禍みたいな制限も嫌だし、用心のしかたもわからないまま制限されるのもするのもつらい。旅行もやめない。人間界を長い目でみれば移動は必要。暴力的ではない行為で経済的にも豊かな国になるにはまず暴力的、排他的な思考をやめること、と思うが、自分のことだけ考えてもそういう気持ちが蠢かないといえば全然うそになるので理性を働かせるためにも人と会っていきたいと思う。すぐに悪意にとられる世界にまきこまれたくない。言葉じゃなくても伝わる良い部分を大事にすることかな。言葉にするからどんどん大変になっていくのかな。うーん。とりあえず今日もなんとかやろう。

先日みたM&OPlaysプロデュース、岩松了作・演出『私を探さないで』の舞台のことを書くつもりだったのにひとことも演劇に触れない文章を書いてしまった。岩松作品と河合優実は絶対相性がいいと思ってとって、誰が出演するかもよくわかっていなかったがシャープな勝地涼と気怠いキョンキョンがすごくよかった。ああ、だめなまま、足りないまま、時折、思い出したくもない昔に心揺さぶられたりしながら生きていきたい、とこういう舞台をみると思う。難解といわれる岩松作品だが、私はそこは全然気になっておらず、いわれてみれば毎回確かにそうなのだろうと思うが、なんでもかんでもわかろうとするから難しいのかもよ、と思ったりする。ビオンを難しい、わからない、と言い続けることとも似ているかもな。

どうぞ良い一日を。

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お菓子 散歩 読書

お菓子、海、夢。

ベランダに出たら風を感じた。涼しくないけど気持ちいい。ちょうどいいキウイと長野県茅野駅そばのきれいな通りにあるかわいい洋菓子屋さんアニバーサリーチロルの「セロリーのパイ包み」を友だちがくれた神戸の紅茶と一緒に。「茅野特産のセロリーを当店にて砂糖で煮て、白あんとドッキングし、パイ生地で包みました」というお菓子。あんがほんのり緑。いろんな地域発のお菓子があって楽しい。

いろんな地域でいろんなお話を聞いていると驚くことばかり。特に海が身近な人たちのお話には。週末も海辺で驚いてばかりいた。

今日もすごく暑いのか。昨日もすごい暑さだったが海の近くにいたせいか時折とても涼しい風が吹いてきた。山でも風の通り道みたいなところがあって暑いとずっとそこにとどまっていたくなるが海辺は日陰がないから日傘必須。時折、急な風で裏返っていたけど。海の家も賑わっていた。今年は通常より長く営業しているのかしら。海水の温度が上がっていつもの魚が全然取れないという話も聞いた。「今朝もそこからたっくさんの船が出ていったのに帰ってきたら」など漁港で具体的に言われると漁の様子もまざまざと見えてきてほんと温暖化怖い、という気持ちになる。青森に行ったときも最近の魚や原発のことなどその場で聞いたからすごく心にきた。本当に本当にまずいんだ、考えなくては、行動しなければ、と思うから勉強もするし、いろんな地域の人の話を聞くことがますます大切に思える。昨日は90歳の方のお話も聞いた。この街のことはもう自分しか知らない、と語り部の役割を引き受けてくださっているようだった。ハキハキと詳細ながら簡潔にわかりやすく説明してくださってずっと聞いていたかったけど切り替えもしっかりしていて日々の営みの強さを感じた。

そういえば昨晩、村田沙耶香が選ぶ本、みたいな感じで「その本、私も大好き!」と思ったが全部夢だった。夢の中ではその本のことをはっきりと思い出していたのになんの本だったかもわからない。好きな本はたくさんあるけど多くのことは忘れられていく、私の場合だけど。言われれば「そうだったそうだった」となるときもあるけど「そうだったっけ」となることも多い。それでもいろんな本を読んでいろんな土地へ行っていろんな人と会うことは楽しい。精神分析のように日々を積み重ねていく仕事もだから好きなんだと思う。歴史を紡ぐ、人を繋ぐ、文化を大切にする。破壊より創造を。外からの変化ではなく自分で感じられる変化を。

今日も無事に過ごしましょう。

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Netflix 散歩

アニメとか。

早朝というのに窓を開けたらムッとした空気が停滞していた。風がほしい。二日前の秋風が。

昨日もとても暑かったが「夏のおすすめ」というメニューを見て食べ物はもう夏ではないな、と違和感を感じた。相変わらずとうもろこしには惹かれるし、ゴーヤも食べたくなるけれど。

夏休みの間にいろんな人と話していろんなおすすめをされた。そのひとつが「鬼滅の刃」。Netflixでまたみはじめてしまった、『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』手前で止まっていたのに。見始めるとやっぱり止まらず泣きながら見た。炭治郎がいい子すぎるとか思っていたけど炭治郎がこういう人であることが重要であることがよくわかった。炭治郎はナルシストではないから水面に映った自分が他者としてきちんと機能した。あの場面もよかった。これ、連載はもう終わっているはず。すごい。

この前、プラネタリウムで「ゆるキャン」という番組を知った。山梨県身延町が聖地とのこと。身延かあ。この前書いた不登校の子たちと長い休みを過ごしていた廃校があっちの方だったから身延は身近だった。身延山も文句を言う子どもたちと一緒に登った。そんなに大変じゃなかったと思うのだけど今だと私も文句言いながら登るのかな。また行ってみたい。

また眠くなってきた。何か書いているとすぐに眠くなる。今日で8月も終わり。良い1日にしましょ。といっても昨日と同じ暑さだときついな。気をつけて過ごすべし。

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因幡の白うさぎフィナンシェ、Dana論文、オグデン

毎日、空が明るくなる前に起きてしまう。そこからすぐなにかやりたいわけでもないのでカーテンの向こうに強い陽射しを感じるまでは寝ていよう、とぼんやりしていた。ウトウトしてすごく眠ったと思ったがそんなに時間は経っていなかった。そんなのを繰り返しているうちにNHK俳句の時間になったのでテレビをつけた。桃も剥いた。桃もとてもちょうどよく熟していて皮は引っ張るとつるんと向けてどろっとせずにきれいな形に切れた。果物の水分って贅沢。美味しかった。食べたらまた眠くなった。コーヒーをいれよう。寿製菓の「白ウサギフィナンシェ」をお茶菓子にしよう。有名な「因幡の白うさぎ」の洋菓子バージョン。「古事記」の神話「因幡の白兎」は有名だけど、この夏、その神様が祀られている白兎神社に行ったの。鳥取駅からバスで行けるのだけどそのバスだとその後の行程を考えたとき、白兎神社にいられる時間が短くなってしまうからちょうど出るところだった山陰本線で無人駅の末恒駅で降りて30分くらい歩いていった。おかげで結構時間が取れたし、面白い神社だった!地元の人って様子の方がひとり、またひとりと兎いっぱいの小さな神社に参拝に訪れていて、私がみたのはみなさん割と年配の男性ばかりだったのも興味深かった。

さてさて勉強のメモをしておこう。

昨晩は、Dana Birksted-Breen ”The Work of Psychoanalysis Sexuality, Time and the Psychoanalytic Mind”に収めれている6 PHALLUS, PENIS AND MENTAL SPACEを読んだ。少し前に準備したのですっかり忘れていたがみんなと話しているうちにDanaはこういうことを言いたいのだろうと考えていたことが口から出た。思い出せなくても話しているうちに出てきてそうそうそうだったとなることは多い。この人の論文は膨大な理論的裏付けがあるので、それらの歴史的変遷をこちらが踏まえている必要がある。勉強勉強。

が、今の頭の中はオグデンとそれにヒントをもらいつつ深めるウィニコット。特にウィニコットのgoing on beingについて。これは胎児の状態といえるが、ウィニコットは生まれてまもなくの状態もその延長と考えているのだろう。ウィニコットはこの特別な時期における母親と胎児の体験を彼らの時間感覚で書いているのだと思う。

オグデンThomas H. Ogdenは、サンフランシスコで開業している精神分析家。今のところ、彼の一番新しい著書、What Alive Meansもだいぶ読み進めた。次回、アプライしたい演題に向けて再読したのは7 Transformations at the dawn of verbal language。オグデンがこの章の後半で引用するヘレン・ケラーのThe Story of My Life(1903)はヘレンがサリヴァン先生との間で、前言語的な記号の世界から言語的に象徴化された世界に開かれるプロセスを描いている。言葉によってヘレンの時間がそれまでとは異なる感覚で大きく動き出す瞬間ともいえるだろう。書いてあるのはこんな感じ。

With the acquisition of verbally symbolic language, there developed a new way of experiencing, a new way of coming into being, and a new way of being alive. Emotions that she had not previously been able to feel-repentance and sorrow and love-Helen became able to experience. It is not that these feelings were latent and were waiting to be unearthed. This is emphatically not the case.

These feelings were created for the first time when Keller entered the world of experience verbally symbolized. “Everything had a name, and each name gave birth to a new thought… every object which I touched seemed to quiver with life.” Names are not simply designations for feelings and things, they are ideas about feelings and people and things. Language gives rise to a qualitatively different realm of experience, a realm in which one is both subject and object, one is able to think of oneself thinking, one is alive to levels of meaning, range of emotion, complexity of feeling, and forms of experiencing not previously attainable.

「言語的な象徴言語(verbally symbolic language)を獲得することで、まったく新しい経験の仕方、新しい存在の仕方、そして新しい生のあり方が生まれた。ヘレンは、それまで感じることができなかった感情――悔恨、悲しみ、愛――をはじめて経験できるようになったのである。だが、これらの感情がもともと心の奥に潜んでいて、掘り起こされるのを待っていたわけではない。断じてそうではない。これらの感情は、ケラーが言語によって象徴化された経験の世界に足を踏み入れたとき、初めて創造されたのである。「すべての物には名前があり、それぞれの名前が新しい思考を生み出した……私が触れたすべての物が、生命の震えを帯びているように見えた」。名前は、単に感情や物のラベルではない。それは感情や人や物についての思考そのものである。言語は、質的に異なる経験の領域を生み出す。その領域では、人は主体であり対象であり、自分自身を考えることができる存在であり、意味のレベル、感情の幅、感情の複雑さ、そしてこれまで到達できなかった経験の形態を生きることができる。」

直訳だけど。

この記述の前にオグデンの分析的第三者の記述があって、病理的な分析的第三者Pathological forms of the analytic third (“the subjugating third” (Ogden, 1996))が出てくるのだけどここは保留。the analytic thirdってこういう形態変化するものではなくてもっとニュートラルな概念として登場したのではなかったっけ、と思ったから。あとで確認。

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散歩

腰が痛い。鹿に会った。

キッチンの小窓を開けた。風がない。大きな窓は開けない。カーテンもまだ開けない。腰が痛くて何もしたくない、と思いつつ無花果を朝から食べられるなんてなんて幸せ、と冷蔵庫を開けた。体調イマイチで登山をやめて駅周りの観光に切り替えたのに2万5千歩も歩いてしまったのが腰にまずかったか。蝉が結界を張っているような森が気になって向かってみたら遠くから見えた木の階段の前に小さな公園があった。たくさんの雀が木槿に潜りこんだり飛び出したりして賑やか。公園があるなら少し安心かな、と熊が出たら怖いな、という気持ちを落ち着けつつ歩くとすぐに人家に続くアスファルトへ出て森への行き方を見失った。そのうち出るかな、と鮮やかな花々やカーブミラーに映る見事な雲や美しい緑の田んぼを写真に撮りながら歩いていると前方にその森が現れた。と同時にそこには鹿がたくさん。私が驚いて立ちすくんだのがわかったのか、それなりの距離があるのに向こうもパッと顔をあげ一斉に背中を向けてあっという間に森に消えた。野生の鹿だ。奈良の鹿なら馴染みがあるし、山に行けば時々出会うことはある鹿だがあれだけの数の野生と出会うとは。一瞬の出来事だったがそこから自分もやや野生化したのか歩きに歩いていたら歩きすぎた。15時頃、駅に戻る途中に広告で気になっていたお茶のお店の前を通ったので寄ってみた。お昼を食べるにはおなかの調子が悪かったので(けど)途中の素敵な洋菓子屋さんで買った小さなクッキーを3枚しか食べていなかった。朝、駅の観光案内所でもらった地図を広げてみたがよくわからない。地元の人に「ぜひ行ってみて」と言われた場所に行きたかったが現在地がわからず距離が測れない。野生の感覚はいつのまにかゼロになっていた。しかたなくお店の人に「私が今いるのはどこでしょうか」と地図を見せながら聞いてみたら一緒に見てくれた。お店の人も最初は笑っていたが「えー、なんだこの地図。どこだ?」と言っていた。安心した。私は地図の読めない人ではないが、集中力がないのですぐに見るのをやめるか別の何かをみてしまう悪い癖がある。でも今回は地図が悪かった。なんとなく理解して美味しいお茶をいただいてまた歩き出すと朝みた景色にすぐ出会った。あれ?もうここまできていたのか、とようやく頭の中に地図が描けた。

それにしても腰が痛い。ぶらさがり健康器がほしい。実家にあったときは父親の、みたいな感じでほとんど使わなかったがぶらさがるだけの効果をわかっていなかった。自力で身体を伸ばすということがどれだけ難しいか。私の仕事は座りっぱなしで腰に悪い。痛み止めを打っても効き目がなかったぎっくり腰のひどい痛みを経験してから予防には励んできた。今回もこのくらいなら動けるのでまだいいがいつもと微妙に違う動きになるのでもっと悪くする危険は高まる。気をつけて動くことにしよう。座って作業するの辛いけど短時間ずつやるか・・・。良い1日にしていきましょう。

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テレビ

8月15日

朝日でオレンジに染まった空はあっという間に薄い水色に落ち着いた。

今年は水分補給の下手さを実感する。加齢で身体に不調が出やすくなったせいでそう思うのもあるが、調子が悪いときは大抵水分をあまりとっていない。しかしこれも不調を感じてから気づくことなので熱中症とかそういうのは本当に危険なのだ。小さい子たちに時間を決めて一定量の水分を取らせることはとっても大切、ということをたくさんの子どもたちを見てきて実感しているので自分にもそれを適用すればいいのだが。子供にいうことは自分にも適用した方がいいんだよね。逆に、子供にだけ要求するのは不平不満が出てもしかたないので理不尽ではない理由が必要になるのでしょう。ああ。子供にもなれず、十分な大人にもなれず。

この前、小淵沢に行ったとき、駅がすごくきれいになっていてびっくりした。町名も北杜市になり、駅舎も新しくなり、懐かしいと感じるはずの以前の駅をもう正確には思い出せない。まだスクールカウンセラーをしていた頃は同じ地域で働く人たちと箱庭とかいろんな研修会に一緒に行っていて、小淵沢へも神田橋合宿で一緒に行った。みんなで色々歩いたはずだがそれがどの辺だったのか全然わからない。線路沿いを少し歩いただけだったのかもしれない。最近はようやくいろんな土地の記憶がつながりつつあり、入笠山、諏訪湖周り、車山などこれまでに出かけた場所が意外とその辺だったこともわかる。朝露に靴があっという間に濡れてびっくりしたのも思い出す。

小さな頃からなんでも読み、とりとめもなく書きつづけてきた。先日、NHKスペシャル「新・ドキュメント太平洋戦争1944 絶望の空の下で」をみながら、なんとなくそうしてきたことの意味をぼんやり考えていた。その番組では、サイパンで両親とともになんとか生きながらえていたのに目の前で父母を亡くした14歳の少女の日記、体調を崩してもヒロポンを渡されながら工場で働き、B29の爆撃で亡くなった女学生の日記、人間魚雷回天の特攻で亡くなった若者から父と妹へ宛てた手紙など、絶望的な状況で書かれた言葉たちが紹介されていた。それらは貴重な資料であると同時にそこには書かれていない思いを想像させるものだった。

被爆者の声を集め続けた元放送作家とある被爆者の交流を中心に描かれるNHK戦後80年ドラマ「八月の声を運ぶ男」では語られたことと語られていないこと、語りを聴くこと、残すことについて考えさせられた。原案は伊藤明彦『未来からの遺言ーある被爆者体験の伝記』(岩波現代文庫)。西日本新聞に伊藤明彦に関する記事がある。

今日は8月15日、終戦記念日、敗戦忌。今日も暑くなりそう。大切に過ごそう。

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読書

富山のまちづくりの本とか。

窓を開けた。風はあまりないみたい。昨晩の魚の匂いに早く出ていってほしい。キッチンの小さな窓からは涼しい風が入ってきた。

昨晩、専門書ではない棚からなんとなく取って開いた『にぎわいの場 富山グランドプラザ:稼働率100%の公共空間のつくり方』山下裕子著(2013年/学芸出版社)。八戸ブックセンターでおすすめしてもらった一冊。 「本のまち八戸」を推進する彼らが自分たちと似たような試みを推すのは当然。私もまちづくりの話は大好き。だから八戸ブックセンターでもその形式が可能になったわけを色々訊いて教えてもらった。

富山に行ったのは何年前になるのだろう。GWに行ったが黒部峡谷のトロッコ電車が寒くて、当時はまだ旅慣れていなくて準備が足りていなかった。眩しすぎる雪山にびっくりして電車から降りて遊んだ。私たちは宇奈月から乗ったがその日は途中で電車が止まっていた気がする。次回は欅平駅まで行きたいね、とか今度は富山から長野に抜けてどうこう、とか話した気がする。どういうルートを考えていたのだろう。覚えていない。それにしてもあの雪の眩しさはすごかった、と書きながらほかの場所と記憶が混じり合っていないかと思っている。

富山市の中心市街地活性化は成功事例として全国に認知されているという。この本は、2015年の北陸新幹線開通以前に書かれており、まちづくりの進行の様子を詳細に知ることがで、非常に参考になる。なにの?と言われても私がまちづくりに携わることはないのでなんとも言えないが、人と人が繋がり、何かが形になっていくプロセスから学ぶことは多い。

先日、友達といろんな話をしたが、人との対話は本を読むのとは全く異なる世界で「学び」とかではない心の動きがその場を作っていく。まちづくりの現場ではここに書かれていないことの方がずっと多く起きているはずで対話の難しい局面だって山ほどあっただろう。地方都市のこうした成功は本当に素晴らしいが、そこでの困難に持ち堪える人たちがいたことがもっとも素晴らしい。そういう人たちがまちづくりのプロセスに参加することで増えていったという面もあろう。参加は大切。サルトルもそう言ってた。

今日はどんな一日になるかな。多くはお盆休み。東京は曇りらしい。暑さにまいった身体を休められるといいですね。

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俳句 言葉 読書

ニュース、眠る。

すごい風。熊本の雨はどうなのだろう。能登にも洪水警報が出ているという。どちらも地震や水害ですでに弱っている土地だ。被害に対してできるだけ早く援助が入れますように。

1985年8⽉12⽇、⽇航機123便が群⾺県上野村の御巣鷹⼭に墜落し520⼈の方が亡くなった。あれから40年になるのか。3人の娘を亡くした両親の記事を読んだ。あの日、私は群馬を離れて水道橋にいた。思考停止を体験した大きなニュースはこれまでにいくつかあるが、御巣鷹山での事故もそのひとつだった。

昨晩、8月15日必着の投句を清書していた。10句出すのだが作るのもギリギリ、清書までにまたぼんやりし、推敲不足なために清書の段階で自分の言葉に違和感を感じて止まったり、最後の一句でついに書き写し損ねた。6句目くらいから集中できなくなっていることに気づいてはいたが最後にやってしまった。そして今度は修正テープを探すのに手間取った。テープのりならなぜかいくらでもあるのに修正テープがいつもない。使用頻度の高いものこそ置き場を定めなくてはいけない、といつも同じような場所に戻しているつもりなのだけどなぜかいつも探すのに時間がかかる。そして修正テープ初期のものでは、というレトロな未開封ものを見つけた。封筒の宛名もきれいに書けなかったし、郵便料金が変わったせいで切手もたくさん貼らなければで見栄えが悪い。でもとりあえず間に合いそう。毎日俳句を作る習慣が崩れていたのがよくなかった。清書から封を閉じるまで一気にスムーズにできる人も多いだろうけど、私の場合、それは小さなステップの積み重ね。丁寧に、きれいに仕上げたいなら時間的にも精神的にも余裕が必要。

先日、バスで、大きな大会の選手たちと一緒になった。「◯◯も出れば」と言われた女子が「男子の大会だから」というと「男尊女卑」と男子はつぶやいた。バス停で待っているときからありがちな力関係を感じさせない喋りをする子たちだなと思っていた。私はバス停の柱に作られた細長い巣に素早く出たり入ったりする燕を写真におさめようと伸びたり縮んだり落ち着きなく動いていたのだが、彼らの会話は落ち着いていて、物理的にも心理的にも相手のスペースを脅かさない普通の譲りあいや気遣いがあった。男子選手は女子選手の実力に敬意をはらっているらしく、女子選手も静かな闘志を見せていてカッコよく、心の中でたくさん応援しながら先にバスを降りた。外は大雨で、祭りの予定だったその街は静かで、図書館も美術館も開館時間が予想より遅く、美術館併設のおしゃれだけど古びたカフェで時間をつぶした。若い世代は意外とこういう会話をしている、と私は知っている。子どもたちのため、とか言っている大人はあまり信用できないことも私は知っている、というか、子どもたちがそう言う大人にうんざりしていることを知っている。実際、私もそう言いたくなるときは自分に欺瞞を感じる。私に彼らのような振る舞いができているとは思えない。

この辺は福尾匠『非美学 ジル・ドゥルーズの言葉と物』の「第4章 言語 概念のプラグマティック」やジュディス・バトラーが参照する論者たちのパフォーマティヴィティに関する議論で深めることができそう。ジェンダーとセックスに対する考え方を更新する可能性は子どもたちにあるのだろう。

再び眠くなってきた。昨晩は夜も遅かったからこのままだとかなり寝不足になる。もう少し眠ろう。水木しげるも「睡眠は幸福のモト」と書いている。たしかに「眠れる」という事態は特別なことだ。眠ろう。そしてまた起きよう。

燕の尾しか撮れず。

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読書

水木しげるの言葉とか。

窓を開けたら渦巻くような風にあたった。変な風。雨はそんなに降っていないみたい。気温が低めなのはありがたい。

渦巻くと書いて水木しげるが戦時中、海の中に逃げ込んだときに竜巻のようなものが起きて仕方ないから銃を捨て、命からがら隊に戻ったら死なずに逃げたことを責められ、天皇から頂いた銃を捨てるとは、と殴られたという話が浮かぶ。

水木しげるが何度も生き残ったのは奇跡中の奇跡で、身体の強靭さはもとよりそのなかで命が大事という当たり前を当たり前に持ち続ける強さも関係していたのだろう。水木しげるが敬意を持って「土人」と呼ぶパプアニューギニアの人たちとの交流も驚くべきもので「7年後に戻る」という約束を20数年後に本当に果たし、当時親しくしていた人の仲人まで務めたという。水木しげるの描く戦争は想像を絶する理不尽な現実なのにあたたかさとユーモアが自然発生する世界でもある。妖怪の世界だってそうだ。見えないものを見える人が描く。みんなみんな生きているんだ、はやなせたかしだけど、そういう当たり前を当たり前に。

「奇妙な価値観みたいなものをもたずに、自分に興味ありそうなことをなんだってやってみればいいんだ」

水木しげるの言葉にたくさん励まされながら今日もがんばろう。

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Netflix

雨、夢、神社

雨の音?夢?ウトウトしている時間が長くてずっと夢の中にいるみたい。ずっと雨の音に包まれてるみたい。Netflix『グラスハート』は雨がとても美しく撮られていて映像自体に音楽を感じられたのがよかった。

変な夢ばかりみてひとりでうけていた。何が何だかわからない物体をとりあえずお灸ということにして無理だとわかっているのに活用しようと試行錯誤したり。かなりはっきりとそれがお灸ではないとわかっているのに。わからないものと出会ったときの仮説の立て方に無理があるのはいつものことなので夢でも結構ウケていた。

昨日はお寺と神社の両方にいって神社の方に神仏分離や廃仏毀釈のことをきいた。宗教的なものに対する人々の態度にはいくつかのタイプがあると思うがひどいこと考えるもんだよ、と思うがそれにあっさりのった人たちの心性やいかに。遺産が破壊される暴力的な映像をみることがあるがああいうのは外国だけの話ではない。「この辺の人たちはそんな出来事関係なくお詣りされていたと思いますけどね」という言葉に笑ってしまった。私なんて今まさにそんな感じだし。しかし、こういうことを知って考えておくことは自分の政治に対する態度を作ると思うので大事にしたい。

今日はどんな一日になるかな。体調に気をつけて過ごしましょう。

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会話、夢

大きな窓から見える空が綺麗。水色がいろんな風に変化する。秋になって、とはいえ、まだまだ暑くて、雨が降ったり止んだり空も忙しそう。

昨日は知らない人といろんなお話をした。知らない場所に行くといろんな人と会っていろんな人と距離が縮まるプロセスが面白い。会話の発生。

ぼんやり寝たり起きたりを繰り返していた。ひどい欺瞞に嫌な気持ちになることもあったからこういう夢もみるだろうなという気持ちにはなった。すかさず私の問題として照らし返してくるのが夢だから悲しくもあったけど登場人物が会いたい人ばかりだったのがきちんと願望充足もしてた。自由連想しておこう。

昨日は山育ちの私と海育ちのあなたという対比もあってそれも面白かったな。知らない環境を受け入れていくことで生じる豊かさを大切にしたい。

どうぞ良い一日を。

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精神分析 読書

自分の言葉、森崎和枝『能登早春紀行』など

立秋。夜明けの空がきれい。

毎晩、月が膨らんでいく。明るさも毎日違う。にしても暑すぎではないだろうか。昨晩は帰り道でも涼しさを感じられなかった。朝から広島の映像、広島の語り、広島への祈りをずっと感じていたからかもしれない。最近『火垂るの墓』も『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』も見ていた。首相が「自分の言葉で」語ったことが多く取り上げられていた。

「自分の言葉で」。精神分析へのニーズをそこに見出す人は多い。それを欲しながらもいかに難しいかを実感している人は探究の苦痛に耐えうるかもしれない。私たちは他者なくしては生きられず、果たして「自分の言葉」なんて存在するのか、という気もするが、表現の自由と言うのは「自分の言葉」で話す限り有効でだと思うので存在するという希望を捨てない。他者との関わりのうちに育つ言葉をそう呼ぼう。相手を変えようとする言葉ではなく。

米田翼『生ける物質-アンリ・ベルクソンと生命個体化の思想-』、前よりも読める感じがする。平井靖史さんの著作のおかげだろう。

「創造とはまさに新規性nouveautéなのである。」

そうに違いない。この本は様々な一元論をとても丁寧に解説してくれている。補論のアレクサンダーの形而上学は狙い通り、ウィニコットを読むときのヒントになってくれそう。嬉しい。移行対象は時空から構成された素材、ととりあえず仮説を立てた。

『能登早春紀行』 森崎和江 著もすごくいい。震災後の夏に羽咋、小松、金沢、今年のGWに和倉温泉、七尾、金沢へ行った。来年は輪島へ行きたい。森崎和江の豊かな五感による観察が深い思考を通じて言葉にされているこの本、とても好き。能登がこうやって語られていること自体が今はとても貴重に思える。

現場へ。いつもそばに、ということはできなくてもいつも心を寄せておくことはできる。大雨の被害も広がりませんように。

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お菓子 精神分析

お菓子、事例検討会

今朝の光は少し柔らかかった気がした。風も静か。8月7日は立秋。昨晩の月はまだ夏を感じたけれど。

今朝は宇都宮の老舗、高林堂さんの「かりまん」。かりんとう饅頭は美味しい。包みも使われているフォントもかわいい。かりまん特設サイトもあり。あと、今日は同じく栃木県は小山市の蛸屋さんの「大開運」。よい名前。いいことありそう。見た目も上品。“皮種には「栃木県産大麦」と「栃木県小山市産はとむぎ」を使用し、素材の上品な甘さを感じさせる一品に仕上げました”だって。お味も上品。蛸屋さんのお菓子もいくつかいただいたけどどれも美味しかった。どこの県にも仙台銘菓「萩の月」に似たお菓子があるけどここでいえば「みかもの月」がそれ。あれも美味しかったなあ。こんなお菓子ばかり食べてていいのか、と自分で心配になるけど蛸屋さんは工場併設の「おかしパーク」で食べ放題やってる!いいのか?豪華だし全部食べたいけど超危険。「みかもの月」詰め放題(時間制)とかもあるではないか。ガーン。

数年前、しまなみ海道を巡っていたとき、工場併設の小さなお菓子屋さんに寄ったら賞味期限が近くないのまで含んだお菓子の詰め合わせをどんと渡されてびっくり。本当に小さな販売スペースで工場で作業中の方が手を止めて出てきてくれるような場所だったと思うけど特にサービスをしているという感じでもなく当たり前のように渡されたのにも興奮した。なんか楽しいし嬉しいってなった。あれはどこだったか。大三島だったかな。また行きたいな。お菓子は食べ過ぎは危険だけど、いろんな場所のお菓子をいただけるのはやっぱり素敵。旅先ではお菓子屋さんを見つけるとその場で食べられるお菓子をちょっと買ったりしながら歩いたりする。旅先じゃなくてもしてるか。夏はどんなお菓子に出会えるかな。楽しみ。

昨日の初回面接の事例検討会と仲間内の密な事例検討会、どちらもとても勉強になった。やっぱり私は動物の進化について考えねばならない。個体の起源とは何か。環境とは何か。性と死が生きる場所である無意識はどこで生まれたのか。ウィニコットのいうほどよい母親が持つ要素が揃えばそれだけで人は安心できる居場所を得たと感じるのだろうかあるいはほどよい母親が持つ要素は「それだけ」ではなくもっと万能なのだろうか。あるいはウィニコットはそれ以外の何かを暗示したのだろうか。などなど。

今日は月曜日。今週もがんばりましょう。

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料理 精神分析

習慣とか廃村集落のこととか。

夜の間、冷房除湿みたいな設定にしていた。少し寒かった。リモコンが見つからず消すことができなかった。起きたらリモコンが身体に敷かれていた。

南側の大きな窓を開けた。少し風が入ってくる。この時間はまだ冷房が入らない。それにしても5時かその前には起きたくなくても起きてしまう。加齢。昨日のピーマンの肉詰めの匂いが消えていく。印度カリー子レシピ。タンドリー塩サバのレシピとヨーグルト以外は同じ。これも大変美味しかった。八百屋さんで大きくて安いピーマンを買ってあったので何を作ろうかなあと思いながらなんかしっくりこないな、と思っているところにレシピが流れてきて「これだ!」となった。カリー子さんのおかげで、ターメリック・クミン・コリアンダー・チリペッパーが順調に消費されていく。これまで買っても賞味期限切らしてしまったりしていたのに。習慣は変わる。漬け込んでおいて帰ってきたらそれを焼くだけ、みたいなレシピもお気に入りが増えてきたのでポリ袋もたくさん活用するようになった。混ぜるだけレシピも多いから使い捨て手袋も。道具って素晴らしい、と使うたびに思う。

今は札幌のビアガーデンが最高らしい。札幌出身の人がこの前実家に帰るついでに行ってきたと。いいなあ。特定のお店にしかおいていない「白い恋人」ももらってしまった。とってもかわいい。札幌おもしろ話を色々聞いてゲラゲラ笑った。地元にいるとわからないその街の魅力を一度出て戻ることで再発見するのは楽しい。

先日、東京都庁1階にある全国観光PRコーナーに寄った。オフィスから近いからたまにいく。7月下旬にやっていたのは「四国石鎚山麓・西条市フェア」。愛媛県西条市ってなんとなく聞いたことがあるくらいだったけど写真を見るとやはり瀬戸内は素晴らしいなと思う。お隣の今治市には旅したことがある。西条市は「うちぬき」と呼ばれる水が噴き出す被圧地下水の自噴地帯が広範囲にわたって形成されているとのこと。面白い。「石鎚山麓東之川」と書かれたいい紙を使ったパンフレットが目立っていてもらってきたのだけど、いい紙を使っていることが気になって調べてみたら廃村集落とのこと。最後の住民が村を出たのが平成24年。2012年?村へ通じる車道が崩落したとのこと。林業で栄えていたとても美しい村だったそう。確かに写真を見るととても魅力的な石積みの集落。保全せねば、と思うよね、これは。旧村民の方のお話が伺えるうちにツアーコンテンツとして開発していきたい思いがこのパンフレットを作らせたんだろうな、と思った。認知拡大しないことには保全もかなわないから。全国各地にそういう場所はあると思うから私が続けている小さな旅も少しは貢献したい。

フランス精神分析のことをメモしておくつもりが全然関係ないことを書いてしまった。フランス精神分析用のノートをめくっていたら昨年、書評を書いた(校正もこれからみたい)コレット・ソレール『情動と精神分析 ラカンが情動について語ったこと』(福村出版)のメモがあった。もうすっかり忘れてしまっているなあ。ラカンの勉強もたくさんしたからそっちは結構覚えている。アンドレ・グリーンを読む中でラカン理論も補強されるからだろうな。ソレールのこの本は論点多すぎだから。

おなかがすいた。夜遅く食べても朝はきちんとおなかがすく。胃腸には負担をかけるねえ。なるべく気をつけてるけど。

今日は8月2日土曜日。雨予報?今降っていないけど。よい1日にしませう。

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Netflix 精神分析、本

夏の朝、象徴、『W・R・ビオン全集』自伝2巻。

早朝からカビ取りスプレーを使い、窓を全開にしたら生ぬるい風が入ってきた。こういうスプレーは自分もやられてしまうので大変だ。

新宿中央公園のセミたちも本格的に鳴いている。結界を張るかのように鳴いているせいか日中は人が少ない。まあ、暑すぎるということだけれど。

今朝は能登のお米でごはん。2年続けて七尾線に乗った。七尾線は石川県の津幡駅から和倉温泉駅までをつなぐ路線で能登半島の田園風景を満喫できる。GWの車窓には空を映す水田がずっと続いていた。ずっときれいだから同じようで少し違う写真がたくさん撮れた。

最近、夏のフルーツを色々もらった。今朝は「サマーエンジェル」というすももの一種を食べてみた。山梨県オリジナルとして「ソルダム」と「ケルシー」を交配して育成したとのこと。酸っぱさも甘さもちょうどいい。夏はこういうサッパリしたのがいい。

『鬼滅の刃』の映画が話題。無限列車編以降追えていないけど、話題になると見たくなる。主人公がいい子すぎるところに最初からあまり乗れていなかったが見たら見たで止まらなくなる多彩さがある。この前、同業の先生たちとNetflix話をしたが、それぞれすごくよく見ている。実はわたしたち暇なのでは、と思うほどだが、単に睡眠時間が少なくなっていたり、そのための時間確保や体調管理に務めているという話でもありその話も面白かった。楽しむためのいろんな管理は大事。

私は最近思うところがあり、というか相変わらず日本でいう15年戦争を入り口に色々みたり読んだりしていて、そのひとつに当然マンハッタン計画もあり、そういえば『オッペンハイマー』をまだみていないな、と思った。とりあえずすぐにみられるクリストファー・ノーラン監督のものということでDark Knight Trilogyを見直そうと『バッドマン・ビギンズ』を再生。このお母さんってジブリに出てくる夫のそばにはいるがちょっと子供と距離のあるお母さんみたいと思ったり、子供のトラウマを父と母が共有しないことで父子の物語にして執事に母性を担わせたのは男社会の映画として面白いな、とか適当なことを思いながらみているが、本当に断片しか覚えていないものだな。映画も本も本当に覚えていられない。だから何度も見たり読んだりする、ともいう。主人公が自ら「象徴」になろうとする話って日本のアニメでも色々あると思うのだけど「俺はなる!」みたいな感じでなるものではないよね、「象徴」って。

精神分析は象徴をめぐるあれこれを扱う学問だけど、特定の誰かが象徴として機能している学問ではないと思う。「祖」と呼べる人が数人いるだけで。その一人であるビオンの精神分析家以前(生い立ち、第一次世界大戦)と精神分析家にならんとするプロセス(第二次世界大戦を経てクラインと出会うなど)をビオンの嘘のない言葉で読めるのが『WR・ビオン全集』(著作15冊+索引)The Complete Works of W.R. Bion. Karnac Books. (2014)の第1、2巻。これまでもビオンをたくさん訳されている福本修先生の監訳。訳者はそれぞれドイツ、イギリスの文化に馴染んでいる方々で注釈もとてもありがたい。戦争のあれこれに触れ続けているのは今、世界がそういう状態だからというのもあるけれど、フロイトをはじめとするユダヤ人分析家とナチスの関係に対する関心が強いから。あとはこのビオンの戦争体験。すでに色々なところで話されていることだとは思うが、ビオンの言葉を断片ではなく追うことでビオンの理論の背景がいかに困難が多く、かたそうなのにものすごく豊かな思考がそれらをいかに言語化してきたか、ということ自体に胸を打たれる。高いけど全集の全訳というのは本当に価値があるので(絶対自分でできないから)チェックしてみてほしい。

WR・ビオン全集』(著作15冊+索引)

The Complete Works of W.R. Bion. Karnac Books. 2014.

第一巻

長い週末 1897-1919』(The Long Weekend 1897-1919: Part of a Life)

第二巻

『我が罪を唱えさせよ 人生のもう一つの部分』(All My Sins Remembered: Another Part of a Life

『天才の別の側面 家族書簡』The Other Side of Genius: Family Letters

第ニ巻の邦訳にはビオンの息子ジュリアンが父ビオンのことを書いている。福本先生が寄稿をお願いして引き受けてくださったらしい。ジュリアン・ビオンはthe Professor of Intensive Care Medicine at the University of Birminghamということでバーミンガム大学の集中治療医学の教授で、その分野の様々な会の長を務めたり数多くの賞を受賞されている。第二巻は妻とジュリアンたち子どもらへの父ビオンからの手紙も収められているが、一人の息子として父ビオンを語るジュリアン先生の文章もミルトンの引用もとても素敵だった。いろんなことを感じたり考えたりしながらビオンを読んでいけそう、と思った。ビオンもフロイト同様、徹底して精神分析家であり、良き父親だったらしい。ビオンの書き方はフロイトとは全然違うけど(対象も目的も違うから当たり前だけど)とても読む価値ありの二冊だと思う。

今日も暑そう。熱中症ってあっという間になるから気をつけましょうね。どうぞ良い一日を。

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イベント

花火大会、姑娘、戦後80年

灰色の空。パウル・クレーが気をつけろと言った灰色。はじまりの色。窓を開けた。今日は少し風がある。鳥の声も穏やか。エアコンはまだつけなくて大丈夫そう。冷たい麦茶が美味しい。

最近、コンビニで花火を見かけることが増えた。夏だ。祭りだ。花火大会だ。オフィスからはヤクルトスワローズの本拠地である神宮球場であがる花火が見られる。5回裏の終わりに。いつもちょうど観られないけど。そういえばこの前「花火だ」と思ったのだけどスワローズのは夏休み期間だけだと思う。なんだったのだろう。外苑の花火大会はお盆のときかも。能登はどうかな。七尾市、加賀市、和倉温泉の花火大会は中止みたい。昨年、羽咋に泊まった夜にちょうど「復興花火in千里浜海岸」をやっていたのだけど不覚にも眠ってしまって見に行けなかった。昼間、炎天下の千里浜海岸を自転車でたくさん走って疲れていたらしい。はじめての試みだからホテルが指定する場所から見えるかわからないのだけど、とチェックインしたときに言われたけどとてもきれいに見えたと朝になってから聞いた。今年はやらないのかな。暑い夏も元気に乗り越えてほしい。「日本三大火祭り」のひとつ、能登島向田の伊夜比咩神社の火祭りは7月26日に無事に開催されるらしい。たくさんの人で盛り上がりますように。能登島はのとじま水族館がある島。GWに行ったときはちょうど避難していた全ての魚たちが戻ってきたところだった。地震から水族館再開までの様子とかをパネルで見たけど本当に大変な作業をみんなでされてきたんだなと涙が出た。

石川といえば山中温泉に泊まり街中を散歩していたとき「姑娘」という中華料理屋が目に入った。なんと読むのだろう、と思いながら通り過ぎた。翌日金沢の茶屋街に行くとギャラリーのようなお茶屋さんで箸置きや器に「姑娘」がいた。アヤベシオリという作家さんの作品だった。どれもとてもかわいくて連れて帰ろうか迷った。お店の人とおしゃべりしながら「姑娘」の意味を聞いたがわからないと言われた。その後に出会ったのが水木しげるの「姑娘」。強烈だった。戦争が人生を想像もしなかった方に連れていくということは頭では知っている。いろんな人がいろんな資料を残してくれたから。しかし、こういう方向もあるのか、というか水木しげるが知っているリアルはすごい。ちなみに読み方はクーニャン。若い女性という意味らしい。同じ本に収録されている作品も太平洋戦争のもの。戦艦や駆逐艦の絵も凄まじく細やか。悲惨なことが次々に起こるなか人間の書き方は軽やかでユーモアさえ感じさせるがそれだけではもちろんなく多面的。人間の愚かさって本当に説明しがたいということがなおさらなんともいえない気持ちにさせる。戦後80年、恵比寿の東京都写真美術館で開催中の「被曝80年企画展 ヒロシマ1945」にも行ってきたが、あの惨状にカメラを向けずにはいられなかった人たちの記録が特に心に残った。

7月1日締切の原稿のために出していた本たちを本棚に戻して、なんとなく積み重ねていた洋服を整理した。心配していたとおり梅雨に気温が下がるということがなくずっと暑かったので薄手の長袖ニットとか全然着なかった。しまってしまおう。そういえば関東の梅雨明けはまだ?引き続き熱中症に気をつけて過ごしましょう。

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精神分析

夏本番、支え

カーテンも窓も開けたくない。別の部屋に行きたくない。除湿運転でちょうどよくひんやりしたここにいたい。と何度もベッドに戻りたくなる。いよいよ夏本番。一応まだ梅雨なんだろうけど昨日もとても暑かった。

が、昨日はポッカリあいた時間を使って弾丸プチトリップを敢行。身体が動くうちにやっておきたい、そして夏休み前だけどリフレッシュ必要ということで東京と距離をとった。1時間あればかなり別の環境に行ける。

知らない人の隣に座ってなんとなくその人が反応した方向をみたらびっくりするような景色があったり、自分の目より人の目を借りた方が世界は広く感じる。この前、久しぶりに若い頃からの付き合いの先輩たちと話をしていてその先輩たちにもその職場の人にもいろんなことを分け合ってもらったなと思った。当時の俺らの仕事のやり方はどうなんだ、という部分はあるが、当時本当に大変だったことや人に対して今は別の見方ができるのも彼らのおかげ。

そういう彼らが学術大会で「すごく久しぶりに精神分析の人の話を聞いたけど昔より身近になってる気がした」といってくれた。私みたいのがいるくらいだから以前の高学歴、高知能男性(という言い方をしている人は結構いた)ばかりの集団ではないし、なにより実践が一定の水準でなされていることが臨床家である彼らにいい印象を与えたらしい。以前はすごく賢い人たちが失敗する事例を出すのが精神分析という印象だったという話も聞いた。多分理論と結びつけた説明が届かない場合に精神分析では必然的に生じる「失敗」が何か自分たちの臨床感覚と全然違うという感じをもたらしたのだろうと思う。私たちがもっといろんな言葉を使っていかなければならないのだろう。

日本では精神分析という言葉は「的」をつければかなり広い意味になるが精神分析を実践している人は協会の人や海外で精神分析のトレーニングを受けてきた人だけだと思う。別の友人たちにも「そういえば実践なき議論を続けてきたから実践している人の話は大事だよね」と言ってもらえたのも嬉しかった。精神分析は高いが、そこまでの投資を自分に対して必要と感じた人は自分から希望する場合もあるし、こちらからの提案でその存在に委ねてみようと決心したりする。精神分析の知見はそれこそ日常生活で生かせるものだし、今も実際に生き残っている実践であることを広めて行けたらいいなと思う。なのでこうしていろんな会話で労ったり励ましたりしてくれる友人たちの存在がとてもありがたい。今日もそういうみんなの支えを還元すべく色々がんばろう。

熱中症にお気をつけてお過ごしください。水分水分。休息休息。

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読書

思い出

岸政彦『はじめての沖縄』(よりみちパン!セ、新曜社)のカバーには3枚の写真があって三匹の猫がいる。面には2匹、袖に一匹、裏は住宅街の小道の写真。そこにも猫がいるのかもしれない。

2024−2025の年末年始、モノレールのゆいレールができてからはじめて沖縄に行った。空港直結のモノレールはとても便利。奥武山公園駅で下車し、とりあえずホテルに荷物を預け、駅までの小道に入ると低い屋根の上に猫がいた。シーサーも多いが猫も多い。

ある日、岸さんは調査のためにバスで移動する。

二月の、寒い曇りの空の日だった。いくら亜熱帯とはいえ、冬はやっぱり寒い。ー『はじめての沖縄』p150

そうなのだ。一日の気温差がすごい。私も脱いだり着込んだりした。岸さんは「いちおうガイドブックでは繁華街あるいは商店街ということになっている、近くの通り」に行く途中、一匹の痩せた野良猫を見つけ写真を撮る。それがカバーの写真というわけではないらしい。そして

(この日から毎日キャットフードを持ち歩くようになった)。ー『はじめての沖縄』p151

「いちおうガイドブックでは」というくだりも旅好きの感覚として馴染み深いし、この括弧付きもいいが、さすが猫好きさん、と思った。そしてふと思い出した。

私もいつも給食でコッペパンが出る日は放置されている犬にあげてた。今思うとあんな狭い場所に閉じ込めてひどいなと思うけど、当時はかわいいしか思っていなくて毎日寄って声をかけてちょっと遊んで(そんなスペースないからひっかけてくる前足と戯れたり)帰っていた。親が車で迎えにくるときの待ち合わせ場所もその小道の角で、大きくなってから母に「コッペパンあげてたわよね」と言われてびっくりした。私はこっそりのつもりだったが見てたのか。多分、あの犬はごはんももらってなかったんだと当時の私は知っていたのだと思う。そうじゃなきゃむやみに食べ物をあげたりしない。母も止めただろう。今はかわいそうにと思うがやっぱり当時はかわいいとしか思っていなかった気がする。かわいそう→だからコッペパン、というのは成長してからの思考回路でもっと直感的な行為だっただろう。捨て猫を拾うときだってある種の直感に突き動かされての行動だったし、いちいち理由など考えずにやっていることはとても多かったと思う。ある日、その家の表通り側に大きなゲージが出ていて中にはつかまり立ちができるくらいの小さな子がいて私と同じ学校帰りの生徒はかわいいかわいいと大騒ぎだった。私はすごく嫌な気持ちになったが、その日はその脇の狭いスペースにいるいつもの犬に会わずに表通りをそのまま帰った気がする。多分すごく怒ってた。

岸政彦さんの言葉は不思議で、書き言葉にも喋り言葉にもこういうことをたくさん思い出させる力がある。そしてこの150、151ページをめくった次のページの写真もいい。この本はページをめくっていると突然写真が登場する。特に見開きの写真はインパクトがある。目も耳も使うために足も使う。そして出会う。昔の感情とかデジャブとか一緒に歩きたかった道とか。沖縄はすでに梅雨入り。東京も今日は雨。結構降っている音がする。どうぞ足元お気をつけて。

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白鳥の赤ちゃんとか朝ドラあんぱんとか

今朝は曇っている。夜のうちは雨の音がしていたけど今は止んでいる。鳥たちは元気そう。最近、少しだけスズメとスズメみたいな鳥の区別がつくようになってきた。そりゃじっくりみればわかるのだろうけど飛んでる鳥はほぼシルエットなので形と大きさが似ているとみんな同じに見える。でも昨年『鳥展』でスズメ科の鳥の多さを知ったからまあほぼスズメという分類でも間違ってはいない気がする。昨日、大原美術館のSNSが、倉敷川で白鳥の赤ちゃんが誕生したことを書いていた。背中に乗ってる少しグレーの赤ちゃん。とってもかわいい。大原美術館側の倉敷川ってそれだけで観光地なのにさらに白鳥まで、そして白鳥の赤ちゃんまで。なんて素敵。倉敷もとっても素敵な街。また行きたい。備前焼のギャラリーでそこの器でモーニングやっているところがあったり、『蟲文庫』もあるし、何か小さなお店で倉敷の古い倉庫の写真とかも買ったのだけどそれはオフィスに飾ってある。またのんびり歩きたいなあ。あのときはお正月でホテルのロビーで餅つきとかもやっててお餅食べた気がする。コロナ以降、そういうイベントって一気になくなったけどコロナ明けてからお正月に佐賀の唐津に行ったとき、泊まったホテルが数年ぶりに餅つきをするというので支配人自ら餅と酒を振る舞っていた。子供たちも大喜びでみんなでこうしてワイワイできるって当たり前じゃないんだな、と大人たちはみんな思ってちょっと心豊かになっていたと思う。そんなこと関係ないかのようなひどい事件もいっぱい起きてるし、SNS上なんてほんとなんなんでしょうみたいなことがいっぱいだけど、他人は自分とは違う、ということが本当に曖昧になってると思う。自分の思い通りにいかない世界だからこそ世界は広いのに。ああ、朝から辛い気持ちになる。昨日の朝ドラあんぱんもとても辛かったけどのぶちゃんも蘭子ちゃんもすごくいい演技。豪ちゃんとあんなドキドキの思い出があったとは。のぶちゃんってこれまでの朝ドラヒロインとはちょっと違う。聡明さより鈍さ、ネガティブケイパビリティが高いといってもいい、子供の頃から変わらない立ち止まる力がある。のぶちゃんは走るのは早いけどいろんなことでぐちゃぐちゃになる仕方がゆっくり。蘭子ちゃんみたいに秘めたる思いで熱くなることも少ない。まっすぐに表現することを頑張らなくてもできてしまう。うじうじのたかしも手紙を声に出しながら書いちゃうのがいかにも。たかしの素直さはのぶちゃんとは違う素直さ。今田美桜がこれまで演じてきた男の子にとってのヒロインではない一人の人としての女の子の成長を丁寧に演じていてとてもいいなあと思って見ている。「花のち晴れ」の時だったか、ちょっといきがった女の子をやっていた今田美桜がすごくよかった。東リベのひなたちゃんもみおちゃなんだって最近知った。アニメでしか見てないからなあ。それはそうと朝ドラ、のぶちゃんも三姉妹もみんなみんな辛い時代に入ってきた。演じる役者さんたちも揺さぶられるだろうけどその演技にすごく期待してる。戦後80年、やなせたかしの「僕は戦争は大きらい」という言葉を軽やかにしっかり言い続けて「だから絶対いやだよ、やらないよ」と付け加えていきたい。今日が良い一日でありますように。

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精神分析

咳、和倉温泉、事後性

南の空に月。早朝の月はいい。鳥たちもよく鳴いている。私が夜中にする咳は鳥たちの声と違って不快に響きそう。自分の咳で起きてしまい寝不足が続いている。それでも3週間ぶりに筋トレをした。その間は全く咳が出なかった。風邪症状もなく突然止まらなくなる咳につく名前はないが少しずつ改善しているのは確かだ。筋力もそんなに衰えていなくて安心した。上半身って姿勢を保つ以外に日常でそんなに使っていない気がする、という話をした。胸と背中を鍛える自重トレーニングも教えてもらったのでやってみよう、と思うがひとりになるとほんとがんばれない。それにしても眠い。当たり前か。

5月18日、19日と天皇家の愛子さまが七尾市の和倉温泉に行ったニュースを見た。GWに和倉温泉の被害状況を見たばかりだったし、瀬尾夏美さんたちの配信でも温泉の従業員の方にも「被害は大きかった方から支援は入るから」と七尾への支援が届いていないことを知っていたのでよかったと思った。七尾の青柏祭の「でか山」も和倉温泉お祭り会館で見たとのこと。2年ぶりに開催された青柏祭。「でか山」が練り歩く様子はものすごい活気なので来年もたくさんの人が集まったりいいなと思う。とにかく人が来ないことには復興が始まらない。歩きにくい隆起した道路、崩れ落ち内部の断面があらわなままの旅館、ゴロンと倒れたままの少比古那神社の狛犬。見れば見るほどいろんなところに被害が出たまま残されていた。東日本大震災のあと、津波で薙ぎ倒された建物が目の前にあるのに気づかなかった時のことをよく思い出す。

人間はそのままをそのままに見ることがいかに難しいか。それは精神分析をやっていても明らかだ。精神分析を受け始めた人たちはいずれ自分が見てきたものはなんだったんだろうと愕然とする瞬間を体験する。抑圧と抵抗の力の大きさに何度も驚く。自分のことなのに。フロイトは『心理学草案』において「事後性」の概念を探索した。精神分析における「嘘」と「真実」は心の非同時性、現時点、つまり後がある、という段階差を含むフロイト独自の時間概念によって説明される。この「事後性」の概念あってこその「自由連組」であるという認識は重要だろう。頻度そのものが重要なのではない。精神分析が患者と共に発見し、確認し、修正を加えてきた心の装置の歴史における時間概念を追求することが大事。今週末のReading Freudはちょうどその辺の話になるだろう。楽しみ。

ということで今日もがんばりましょう。暑くなるみたいだからお気をつけて。

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七尾線とか図書館とか。

昨日はいいお天気だった。青空に白い雲。緑もすっかり濃くなった。子どもたちの大きな声もたくさん聞いた。夏。今日のお天気はパッとしない。雨は降るのかな。

家の大きい机の位置を変えた。私的にはだいぶスッキリしたけどどっちを見ても本が積み上げられ資料の入ったファイルボックスがたくさん並べられ。領収書も埋もれている。いけない。

能登半島地震が起きて、その年の夏には羽咋山中温泉、小松、金沢へ。今年は和倉温泉(七尾市)、金沢。金沢から特急があるからとても行きやすかった。次回は輪島に行くつもりだけど輪島は車じゃないと行きにくいのでバス利用になる予定。そのときは七尾市の能登演劇堂の公演も見にいきたいが金沢を拠点にできればの話か。この前、七尾駅前の七尾市立図書館に行ったら郷土の作家を紹介する部屋で無名塾の仲代達矢が能登演劇堂の紹介をしている映像が流れていた。5月30日からはその無名塾が令和6年能登半島地震復興公演ということでブレヒトの「肝っ玉おっ母と子供たち」を公演予定とのこと。ポスターも貼ってあった。能登演劇堂があるのはのと鉄道七尾線の能登中島駅。愛称は「演劇ロマン駅」。七尾線の駅はそれぞれ愛称があって面白い。そのときも金沢によって今度は石川県立図書館で石川の本が読みたい。こちらも愛称があって「百万石ビブリオバウム」。

いい図書館はいい。読書が捗る。色々な図書館に行った。昔は暗くてちょっと狭い場所が好きだったけど今は本を読むなら天井が高くて明るい場所の方がいい。勉強するとかでもその方がいいような気がする。今は図書館で勉強することがあまりないからなんともいえないけど。精神分析の本がたくさんあればいいんだけど自分で持っているものの方がずっと多いから。

そういえば先日、下の世代の臨床家に本をあげた。私ももう少しずつ片付けながら前に進まないとだし、この溢れかえる本を積んだままにしておくのももったいないから。そしたらそれらの本はもう絶版ならしくなおさら譲っていこうと思った。活用してくれそうな人に渡せるのは嬉しい。

今日はどんな1日になるでしょう。頑張りましょ。

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お菓子

和倉温泉、のとじま水族館

曇っている。空が薄く白い。気温が低くも高くもないのが嬉しい。

今朝は石川県七尾市石崎町の小さなお店「おやつ屋Brown」のパウンドーケーキ。和倉温泉駅から温泉街へまっすぐに伸びる道を歩いていると右手にかわいい小さな小屋を発見。二人はいればいっぱいの店内に魅力的なスコーンや焼き菓子が素敵に並んでいた。迷って塩バターのスコーンとマーブルのパウンドケーキとお土産用にクッキー缶を購入。サイズも小さめで嬉しい。小さくバターがのったスコーンはその日のうちにいただき、今日はマーブルのパウンドケーキをいただいたフォートナム&メイソンの紅茶と。袋を開けると甘いいい香り。ココア部分との色合いもかわいい。疲れが出て体調がイマイチなはずなのにこういう時間はそんなの忘れてる。素敵なお店だった。近くにあればいいのに。いや、和倉温泉駅そばにあることが大事か。

2024年元日の能登半島地震で七尾市の被害は大きかったと聞いていた。実際に行って、まず驚くのが道路の隆起とひび割れ。東日本大震災の後、郡山へ向かったときも車が跳ねるような道路状況だったが、今回は一見何事もなかったかのように見える歩道の状況に驚いた。前を躑躅に巻きついたつるを抜こうとしている人が歩いていた。どんな状況でも私たちは雑草を抜こうとするし、雑草はどんな状況でも生えてくるんだな、と瓦礫の隙間から伸びて咲いた小さな黄色い花を見て思った。一見何事も、と思ったも束の間、凸凹道を歩きながら建物に目をやるとほとんどの宿の入り口は暗く、張り紙が貼ってあった。断面も露わに崩れ落ちた大きなホテルも見えた。震災から1年4ヶ月が経つ今も、これだけの被害が続いている。どんな言葉も足りないようでなんの言葉も出てこなかった。宿で食事をいただくときにこの道40年というベテランの方に少しお話を伺った。チャキチャキと明るく動き、外国からの新人さんらしき従業員の方に的確に指導を出すその方が地震の話になると途端に声を詰まらせた。被害の大きかった地域優先の支援と解りつつつももどかしいのは当然だろうし、近隣の状況を知りながらたまたま被害の少なかった自分たちの職場で毎日を過ごす気持ちはどんなものだろう。どこも全く無傷ではなかったのに、傷が大きなところから支援が入るのも当然のことだろうけど、傷というのが見えるところばかりではないのも当然だ。翌日の早朝、温泉の中心街の方に出て応援の気持ちでいっぱいでいると緑のシラサギの像が2羽立つ湯元「涌浦乃湯壺(わくうらのゆつぼ)」できれいな人が何かしていた。近づくと卵を持っていた。ここで温泉卵を作れるという。その方は2年前に和倉温泉を訪れ、そこで作った温泉卵の塩気がちょうどよくて今回もいらしたそうだ。お湯も少ししょっぱいんですよ、と教えてくれた。柄杓も使い込まれたザルも広場に備え付けてあった。その方とお別れしてお湯の熱さにビビりつつもちょびっと舐めてみたらほんと少ししょっぱい。これでしばらくつけるとちょうどいい塩加減の温泉卵ができるのか。大きな被害の中、しっかりと残りこうして良さを伝えてくれる出会いも提供してくれる街の力に感激する。和倉温泉から能登島にもバスですぐ渡れる。七尾湾の景色はきれいな海も点在する島も遠くの緑もとてもきれい。のとじま水族館には避難先からイルカやアシカたちも帰ってきて完全復活営業。地震からこれまでの経緯も写真や絵で説明してあった。先の見えない本当に大変な状況でひたすら作業を続けてこられたんだなと思うと本当にすごいしか感想が出てこなかった。昨年は羽咋市に行った。羽咋も七尾も和倉温泉も金沢から七尾線で遠くない。今は水田がとてもきれい。たくさんの人が訪れることで早急な支援の必要性の声も届いやすくなるかもしれない。みなさんもぜひ、と思う。

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言葉

伝統

オレンジの光をあびてた。もう白い光に変わった。いいお天気で嬉しい。

昨日は祭りの伝統、嫁入りの伝統など地方の文化について色々考え難しいなあと思った。

少し前に地域社会の祭りなどを研究してきた武田俊輔さんがパートナーの富永京子さんと対談していて祭りにおける女性の役割と気持ちについて話されていた。「個」と「家」の問題は本当に難しい。

その中の有料部分ではあるのだけど「職業人としてやっているつもりだった。それは、その裏でがんばっている人を無視しているという話にもなり得るんですよね。」という富永さんの言葉があった。それもそうだなと思う。

伝統が守っているものというか「守る」は保護でも縛りでも依存でも可能性でもあるので本当に難しい。

とにかく語りを聞き続けることは大事。お休みの日はいつもと違う語りを色々聞く。言葉をなくすこともあるが続けよう。

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お菓子 読書

曇り、永瀬隼介『一家四人惨殺犯の告白 19歳』の完結版、栗助、パンダ

雲が広がっています、とテレビの天気予報がいっている。仙台。名古屋。東京も雲が広がっているね。雀たちもいつものリズム。「すっきりとはしない天気」という言葉がテレビから何度も聞こえる。

作業が全然進まず頭の中がうるさくなるばかり。困った困った。すっきりしたいが自分次第だから難しい。いや、自分次第なのだからどうにかなるはず。ああ。読書なら隙間時間でいくらでもできるのに。前に本の内容については書いたけど永瀬隼介『一家四人惨殺犯の告白 19歳』の完結版が光文社から出た。解説が高橋ユキさんなので読みたいけど角川文庫版を持っているからなあ。ノンフィクションはフィクションよりずっとありえない。現実に起きているのはこっちなんだけどフィクションでこれを書くのは相当難しいと思う。唖然とすることばかり。日本の法制度について知ることも多い。朝から読む本でもないが、こういう事件に朝も昼も夜もない。感覚も判断も狂う。著者が死刑囚と会った後に倒れて大怪我を負ったエピソードも強烈だ。全てが淡々と書かれているが全てが凄まじい。「現実」について昨日も何か考えていたのを今思い出したが内容を忘れてしまった。

今朝は秩父菓子処「栗助」の看板商品「栗助」。ここのお菓子は何度かもらったことがある。栗助も何度目か。栗がまるごと一個どーん。ミルク餡も皮も美味しい。というのをロシアによるウクライナへの攻撃の映像を横目に書いているのもなんだか嫌な感じだ。

そして和歌山のパンダたちのニュース。驚いた。彩浜ちゃんが生まれたときと、どうしてもお名前を思い出せないのだがそのあとにも赤ちゃんパンダを見にいった。映像で成長も追っていた。アドベンチャーワールドのみなさんはどんな気持ちだろう。突然決まったことでもないだろうけどパンダも現場も外交に振り回されるのか。辛い。

私は私で今日はせめてやるべきことを勧められたらいいが。お天気と同じ気分。がんばりましょ。

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熊本。

春の朝だねえ、と南の空にうっすら残る月をみてぼんやりしていたらなんと今日は夏日だと、東京。この時間は本当にちょうどいい。風もない。少し冷めてきたお茶も美味しい。甘夏の厚い皮を向くとしっかりした甘酸っぱい実。柑橘って地域によって色々ある。微妙な差はわからないけど晩白柚くらいになるとわかる。熊本に旅したときに大きいのをたくさんみた。4月16日は熊本地震の日だった。2016年のこと。4月14日の大きな地震に次ぐ2度の強い揺れ。あれから9年。早いと感じるか遅いと感じるか。その日から時が止まってしまった方もおられるかもしれない。時間の流れはひとつじゃない。こんなとき心の存在を感じる。時計の針は確実に同じ方向に進むのに別の時間は強い衝撃から離れられず止まったり戻ったりさらに別の時間へ乖離したりする。心がばらばらになる。地震は特にばらばらのイメージを強くさせる。私は2012年に熊本を旅して熊本城のそばに泊まった。石垣が崩れる映像だけでもとてもショックだった。あの地震で「益城町」を読めるようになった。熊本の空からも朝の月は見えただろうか。熊本城の全体の復旧は2052年度の見通しとのこと。無事に作業が続けられますように。そして昨晩は長野で地震があった。直前にしか予測ができない自然の揺れがもどかしい。なんだってそれはそうなのだが私たちは普段なんとなく同じような毎日が続くという見通しのもとに生活をしている。それが大きく崩れることのありませんように。特に被災地においては立て直そうとする心がそれ以上不安になりませんように。

今日は土曜日。良い一日でありますように。

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読書

生活のリアル、本とか能登とか。

この前、怪しい雰囲気の雑居ビルのエレベーターに乗ったんだけどのぼって用事すませておりてくる間に会った人たちがみんな個性的だった。その日はそのあとオフィスに戻るまでもいろんな人に会ってちょっとした言葉を交わしたりなんか世の中のリアルという気がした。いろんな空模様のなかを自分の脚で歩くのとオンラインで似たような言葉を眺めるのとではずいぶん違う。おもしろかった。一方、初期のオンラインも面白かったな。色々思い出してフフフとなる。バカだったな、恥ずかしいな、と思うこともたくさん。黒歴史とは思わない。私はその言葉が嫌いだ。そういえば向田邦子のエッセイに「お辞儀」というのがある。『父の詫び状』にはいっている。そのはじまりは留守番電話に残された様々なメッセージ。さっき書きながらふと思い出した。生活にリアルさを感じるとき、向田邦子の文章を思い出す。森茉莉や幸田文の文章も。向田邦子は51歳で死んだ。飛行機事故で。今の私と同じ年で。だからなにというわけではない。母親の本棚から知ったずっと好きな作家だ。

最近好きな歌人が「ちょうどいい」という言葉に対する反発をかいていた。すごくわかると思った。少なくともそれ誉め言葉じゃなくない?と私も思う。向田邦子とのつながりでこれを思い出したのだがなんのことだか忘れてしまった。一瞬、強い気持ちが動いたのだが、それがその歌人の言葉を思い出したことでフフフに変わってしまったからだろう。自分の気持ちを大きく揺るがすものがあれば文章は書ける、といったのも向田邦子だと思うが、私はあまりそういうものがないので文章にしたいぞ、という欲望もない。精神分析家になるための修了論文を書いたり、アジアンパシフィックでの発表を原稿にしたらなんだか落ち着いてしまった。強い実感を言葉にできたのはよい体験だった。村田沙耶香みたいな小説が書きたい、とAIに小説談義をもちかけたが全然おもしろくならなかったのでやめたし。私は読む専門だな。最近も何冊か面白いのを読んでいたが心に残ったのはそんなに読者が多くなさそうなnoteだったりしたのでなんとなく心にしまっておいた。村田沙耶香の新刊は大作なせいか私が読み終わったときはあまり感想がでておらず、自分で布教してしまった。村田沙耶香に関しては布教という用語を使いたくなる。

昨晩、帰宅して『心理臨床の広場』をめくった。少し前に届いていたと思うが開封していなかった。今回は巻頭対談が『虎に翼』脚本家の吉田恵梨香さんと神田橋先生との共著『スクールカウンセリング モデル100例』の著者、嘉嶋領子さん。嘉嶋さんの『スクールカウンセリング モデル100例』は2006年の出版だが、私の周りでは名著とかなり話題になった。神田橋合宿に行ったりしてみんな神田橋先生が身近だったせいかもしれない。神田橋先生のチョイスはいつも正しいのだ、という雰囲気が当時はあった。みんな同じワインを買うとか。九州まで陪席に通っていた人もグループにはいた。私はそういうタイプではなかったが、実用というニードからその本を持っている。嘉嶋さんは「かしまえりこ」と書くこともあるというかむしろ私はひらがなで覚えてしまっていたが使い分けをされているのだろう。

金沢と能登をつなぐ「のと里山海道」がなかなか繋がらないらしい。昨年行った羽咋市の「千里浜なぎさドライブウェイ」はその途中で通行止めは解除されていたと思う。私は自転車だったので所々通行止めの文字は見たけど無事に行けた。千里浜なぎさドライヴウェイは名前の通り、波打ち際を自転車や車で走ることができる。気をつけないと埋もれるけどあんなに長く海岸線を自転車で走るなんてはじめてで不思議な気持ちになって楽しかった。日焼け止めを塗るの忘れてすごく日焼けしたのは辛かったけど羽咋は楽しい街だったな。その時は千里浜海岸ではじめて復興花火が開催される日で、ホテルの人もはじめてのことだからきちんと見えるかどうかわからないけどと言いつつ案内してくれた。私は肝心のその時間には寝てしまっていたが海辺からきれいに見えたという。翌朝、その場所へ散歩にいったらきれいに片付いていたけど誰もいない朝の海も最高だった。羽咋のことはすでにいろいろ書いた気がする。宇宙科学博物館コスモアイル羽咋が意外に最高だとか。旅では駅員さんや街の人とのちょっとした会話とかがとても楽しいのだけど羽咋でもそれがあった。今度は七尾。七尾市と穴水町の区間は復旧に向けた工事が今月されたばかりだけどどうなっただろう。調べると観光として行けるところは増えているがまだ行けないところもたくさんある。できるだけ人が入ることで復興の必要性は増すだろうから少なくとも数で協力したい。

本を読み旅をする。生活をする。仕事する。がんばろう。

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俳句 言葉

甘夏、テレビノークスペシャル「能登とつなぐ」

すっかり朝の光。日の出が急に早くなったのかと思ってしまうけどそんなはずはなく日々が着々と過ぎているだけ。こんないいお天気な感じなのにこれから荒れるのですって。雷怖い。気をつけましょう。

先日、大きな甘夏をもらった。ゴロンゴロンと冷蔵庫に入れた。甘酸っぱくて美味しい。「俳誌のサロン」にこんな俳句が載っていた。

エプロンに甘夏柑の重さかな 須賀敏子

3月23日に愛媛県今治市で発生した林野火災がようやく「鎮火」とのこと。発生から23日。被害は数字以上のものがあるのだろう。というか数字からできるだけ正確に現地の被害状況を掴めるようにならないといけないのだろう。十分な支援というのも量だけではないわけでどこにどのように何をどのくらいということを考えるには現場の状況がわからないといけないだろうし、支援は本当に難しい。東日本大震災のとき、私たちが避難所へ出向いたときはトラックで提供した暖かい食べ物が最も喜ばれた。自分たちもそれがいいだろうと思ってやっていることでも実際の受け取られ方を知ると言葉をなくす。冷たいおにぎりに飽きる、という体験を実際に言葉で聞くこと。そのインパクトのもとに再び被災地へ出向くこと。支援は継続的に、対話しながら、学びならやっていくことが最低限必要という、一見当たり前のことがいかに難しいか。震災が起きるたびに「あのときの体験はなぜ生かされないのか」「あの体験から何を学んだのか」という言葉が聞かれる。瀬尾夏美さんたちNOOKが行う災禍を経験した人たち、現地に入った人たちの声、作品、など様々な記録を残すプロジェクト「カロクリサイクル」は本当に大切だ。各自治体にこのような民間組織とスムーズかつ強力に連携できる形態の組織ができたらいいなと思う。3月29日にNOOKはテレビノークスペシャル『能登とつなぐ』と題した配信を行い、能登で起きている出来事を共有してくれた。アーカイブがあるのでぜひ。長い番組だが七尾市の方が「(輪島、珠洲だけでなく)七尾も被災地なのになあ」とおっしゃっていた。輪島市に次いで2番目に被害が多い地域だという。私もよくわかっていなかったが今度七尾市に行くので色々調べた。 映画にもなった漫画「君は放課後インソムニア」(著・オジロマコト/小学館)の舞台。七尾市のウェブサイトがファンマップを公開している。何をきっかけにしてもいい。多くの人が様々な被災地に実際に足を踏み入れてみる機会を持てますように。

空が暗く、風が冷たくなってきた。嫌なお天気。気をつけて出かけましょう。虹が出てるよ。

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コミュニケーション 言葉

関心を向け続ける、「なごみ」の活動

昨晩、帰宅したらゆうパックが届いていた。前にも書いたが相馬広域こころのケアセンターなごみのセンター長の米倉さんご出演の教材DVD「被災地の依存症者への関わりから読み解く~生きることを支えるヒント~」だ。東日本大震災、原発事故から13年を経た2024年に映画になったドキュメンタリー「生きて 、 生きて、生きろ。」の 出演者の方のご協力のもと、なごみのスタッフが依存症の方の回復までどう関ったかをいくつかの過程に分け、それを解説とともに教材として編集したものだ。試写版を見てとても勉強になったので購入した。Amazonと日本電波ニュース社より発売されている。継続的なアウトリーチの実践が多くの方に共有されますように。支援者の皆さんは特にチェックしてみてほしい。

また、明日4月12日(土)23時からETV特集「心の扉をたたき続けて~福島 アウトリーチ支援の現場から~」が放映される。NHKのウェブサイトにはこう紹介されている。

「原発事故から14年、今なお癒えぬ心の傷を抱え生きる人がいる。福島県南相馬市の「こころのケアセンターなごみ」では、看護師や精神保健福祉士、社会福祉士など多職種の専門家が連携し、被災者宅を定期的に訪れるアウトリーチ(個別訪問型支援)を継続、人に寄り添い続ける心のケアの現場に密着した。相馬市の「メンタルクリニックなごみ」では、原因となる出来事から半年以上経って発症する遅発性のPTSDに苦しむ人を取材した」

こちらもぜひ。震災後、私もボランティアに行かせていただき「なごみ」のスタッフの方々と一緒に仮設住宅を周り、集会室のような場所でみなさんとお話したり運動したりした。津波以前の景色を全く知らない私は全てが流されたあとに広がった青々とした草地をきれいと言った。そこの以前の姿を聞いて言葉をなくした。どの被災地にも多くの方が訪れ、話すことを続けられますように。

【ETVホームページ⇒https://www.nhk.jp/p/etv21c/ts/M2ZWLQ6RQP/schedule/

今日は早朝から窓を開けている。しまい忘れたサンダルが風に飛ばされ雨に濡れていた。今日も不安定な天気らしい。相馬はどうだろう。春が来ているだろうか。能登は?暖かい日は増えてきただろうか。能登からの報告は瀬尾夏美さんの活動から知った「のと部」で私はチェックしている。関心を向け続けることの大切さを私は実感している。また話をしにいきたい。

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言葉

雨の朝

雨。細かい雨。村田沙耶香を読んだばかりだと雨が人を傷つけるようにしか思えない。でも最近雨乞いの声も聞こえていたし大切な雨。農家の生活を第一に考えることが私たちの生活に直接響くことだということを最近切に感じる。

卒業や異動の声をたくさん聞く季節。それぞれが色々な思いになっている。区切りによって助けられる人、絶望する人、色々だ。少しずつそれぞれの新しさに慣れていけますように。

今朝は熱い緑茶がおいしい。一年中温かい飲み物はおいしいな。茶摘みは春の季語。以前、静岡の遠い親戚の茶畑でしたことがある。ほとんどそのうちの子供と遊んでいるかその子たちが上手に摘むお茶を受け取っていただけだけど。茶畑はとてもきれいでこうやって生活と仕事がつながっている家庭もあるんだよな、と思った。彼らももう大人だろう。元気だといい。

明日明後日はとても寒いらしい。またダウンを着るのか。荷物を最小限になるように工夫して過ごそう。やることを早くやれば荷物は減らせるはずなのだ。がんばろ。他の地域のお天気はどうなんだろう。みんな元気で。

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写真 精神分析、本

サバカレー準備、逃避読書

朝。ここ数日は本当に寒くてすぐにベッドに戻ってしまう。

昨日はサバカレーの準備をがんばった。印度カリー子さんが使っているサバ缶は成城石井にあった。ココナッツミルクを探すのに手間取ったがカレールーとかと同じ場所にあった。ココナッツオイルはいろんなオイルの棚にあるけどミルクはいろんなミルクの棚にはない。冷やさなくていいしね。お店の人に聞こうかな、と思ったけど今後も自分で探せるように自力で探した。ということでがんばったような気がしている。

読むべきものが英語だとつい日本語の本を読んでしまう癖がなおらない。逃避癖のひとつ。でも細々と学ぶ中で千葉雅也と國分功一郎の『言葉が消滅する前に』(幻冬舎新書)はクロード・アジェージュの『絶滅していく言語を救うために ことばの死とその再生』(白水社)へのオマージュか?とか思ったり、とっても敬愛する俳人岸本尚毅の『文豪と俳句』(集英社新書)で岸本尚毅の俳句を通じた文豪たちへの眼差しの優しさにじーんときたり、手元にある本たちの読みがアップデート(?)しているのはいいことだ。

図書館でも俳句か哲学の棚にいくことが多い。昔は精神分析の本もそのそばにたくさんあったのにね、と精神分析の書物の少なさを少し嘆きつつもその時間は至福。最近は持っておきたいけど高くて変えないなと思っていたリオタール『言説、形象(ディスクール、フィギュール)』(法政大学出版局、三浦直希訳、合田正人監修、2011)を読んでいた。ここでも取り上げられるフロイトの夢作業、だけではないのだけど哲学者が精神分析を利用する仕方には学ぶことが多い。臨床とはかけ離れるけど内容と形式、欲望と言葉の関係には注意を払い続けることが必要だと思うし。

それにしても今日は花粉をとても感じる。困った。雪国で暮らす友が写真を送ってくれたが大変なことだ・・・。きれい!と素直に思えない年齢になってきた。大変さをたくさん聞くし、冬にも北に旅してた頃に何度も泣きそうになった経験も重ねてきた。そこで生活をしている人たちがよく休める時間とか場所とか協力とか色々あればいいと思う。どうぞ良い一日を。

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イベント

立春、高橋是清

冬の朝の空。立春だけど。この時期が一番寒いのは毎年のこと。梅が咲く頃、桜が咲く頃に暖かい数日間があり、咲き始めると一気に寒くなる。まさに三寒四温。少しずつポカポカしてくるはず。カラスが泣きやんだ。早朝、ずっと鳴いててそのリズムに二度寝してしまった。でもうとうとしながらもカーカーってずっと聞こえていたから二度寝の質はイマイチ。それでも昨日は寝不足のなか出かけたせいかよく眠れた。

熱い紅茶とイチゴ。小さいアルフォートを一つつまんだ。起きるなり高橋是清のことを考えてしまった。昨晩もずっと考えていた。俳句にしようと思って。「江戸東京たてもの園」に高橋是清邸を復元したたてものがある。二・二六事件の現場となった寝室に立ちながら陰鬱な気分になった。彼はあの日、布団の上に座っていたという。話を聞こうじゃないか、と言ったとか言わないとか。しかし即死。青年将校たちに率いられた部隊には貧しい農家から出てきた人たちも多くいたという。高橋是清も幼い頃に養子に出されてからひどく苦労した人だった。私は唐津へ行った時に旧唐津銀行で高橋是清の教え子の辰野金吾のことを色々教えてもらい高橋是清のこともずっと心に残っていた。なので復元とはいえその家のその場所に立ってなんともいえない気持ちになり、それについて考え込んでしまった。今日はもう行かねば。

立春であることを支えに寒さを乗り切ろう。

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お菓子 俳句

保田小学校と秋桜子

夜明けの空。配色も月の配置も完璧でとてもきれい。

『桜の園』大千穐楽か。ケラリーノ・サンドロヴィッチが2020年版、幻の『桜の園』の稽古場最終日の写真をSNSに載せてくれてる。すごく楽しみにしていた舞台。まさかコロナという感染症によって全公演中止になるとは思わなかった。ケラさんによるチェーホフ四大戯曲。全部見られた人が本当に羨ましい。

千葉県安房郡鋸南町保田の道の駅は「保田小学校」というそうだ。そこのお土産をもらった。この道の駅、給食メニューが食べられたり、教室のような宿泊施設もあって楽しそう。日帰り入浴もできる。金次郎もいる。びっくりしたのは校歌の歌詞が水原秋桜子だったこと。私は昨日、日々を吟行とするためにということを考えていて小川軽舟の『俳句入門』(角川俳句ライブラリー)の第11章「「吟行」をどう生かすか」」をパラパラ読み、そこで紹介されていた秋桜子の第一句集『葛飾』をほしいな、と思ったばかりだった。なので秋桜子がなぜ保田?と驚いてしまった。さっき調べたら「町報きょなん」のバックナンバーを読めるサイトがヒットし、そこに秋桜子と保田のつながりが書いてあった。

保田小学校校歌について

伊丹信太郎と秋桜子について

なるほど。小学校は平成26年3月に閉校したそう。こうして道の駅として地域の交流の場になったのはとってもいいこと。ここは元小学校らしく子供の遊び場もきちんとあるらしい。一時期、全国の「道の駅」に出かけようと思って色々行っていた時期があったのだけど最近は行った場所にあったら行く、という感じでこだわらなくなっていた。でも地域交流の拠点としてその町の歴史を受け継ぐ大事な場所だから今度からもっときちんとまわろう。いつもその地域のお野菜やお菓子やお惣菜やお酒ばかり見てしまうから。今回のお土産は「保田どら 保田小びわつつみ」。水色のランドセルの形をしたお菓子。千葉県産びわあんをかわいく包んだ小さいお菓子。かわいくておいしかった。

今週も色々いいことあるといいですね。良い一日を。

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阪神・淡路大震災から30年

阪神・淡路大震災から30年、ちょうどこの時間に起きた地震、東京でテレビのない生活をしていた私が知るには少し時間がかかった。朝刊はもうすでに配達されていた。今だったらネットですぐに状況が映し出されただろう。神戸、大阪、京都の友達とは割とすぐに電話が通じた。何事もないことは全くない状況だろうにみんな無事だと知らせてくれた。日常、いかに些細なことをおおごとにしていることか。もっとも被害の大きかった地域の友人がなぜかうちだけライフラインが生きてて近所の人が集まっていると笑いながら言っていたのを思い出す。人はこんなときでも笑うんだと知った。朝刊、夕刊と1000人単位で増えていく死者、不明者の数に衝撃を受けた。目の前の人の無事さえ確認できない人にとってはその何千人のうちにその人が含まれていませんようにとどれだけ祈ったことだろう。朝ドラが神戸のことを描いているのでなんとなく見続けているがドラマ内では東日本大震災が起きた。主人公の友人が栄養士として支援に入りみた状況を報告するシーンがあったが私も体験したことだった。私たちはチームを組んで炊き出しができるトラックで行った。温かい食べ物は本当に喜んでもらえた。阪神・淡路大震災の時にも支援に行った体験のある友達がいたことは私にも心強かった。コロナ直前の年始は神戸にいた。海沿いのメモリアルパークの展示は古びてだいぶ見えにくくなっていた。潮風の影響もあるのだろうか。今年初めに改修されたらしい。よかった。神戸で学会があったとき、友人と神戸の街を歩きながらいまだ震災の跡が残っていることに驚いたが、あのときはかなりの年月が過ぎたと思ったがそれは現場にいない私の時間感覚でしかなかったのかもしれない。当事者の感覚を大切にするという当たり前のことをこの仕事をしていても忘れることは多い。断続的にでも思い出したときにすぐに消してしまわないようにとどまれたらと思う。

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俳句

成人の日、絶滅危惧種

今日は暖かい、でも明日は寒くなるみたい、と昨日いろんな人から聞いた。昨晩の帰り道、すでに風が冷たく昼間の温もりはどこかへ消えていた。深夜ソファでうとうとして寒さで目が覚めた。潜り込んだベッドも冷たくてできるだけ小さい面になるように丸まった。

年末年始の休みのあとは様々な土地のお菓子が集まる。知っているものもあれば知らないものも懐かしいものも。直接会えない相手が多いのでそれにまつわるエピソードを聞くことができないのが残念。

1月第二月曜日13日は成人の日だった。今年自分や娘が成人した人やこれから自分や娘が成人の日を迎える人がいろんなふうにこの日のことを語るのを聞いてきた。女の子はとにかくお金がかかる日でもある。その地域での育ちや関係性が見直される日でもある。当日を迎えるまでに色々と思い悩むことも多い。ただの通過点というわけにはいかなくするのが儀式の狙いでもある。そういう話をただただたくさんしよう、というのが私の仕事である。

成人の日の華やぎにゐて孤り 楠本憲吉

色あふれ成人の日の昇降機 斎藤道子

角川『俳句』で句友や主宰や好きな俳人の句を読みながらみんななんて正確に日本語を使っているのだろうと思う。これをこう読むのは言い過ぎではないか、とかいう話の水準が違う。その言葉の意味をギリギリまで広げるかつきねけるならもっと別の工夫も施している。私もせっかく沖縄へ行ったのだからと色々と思い出していた。琉球開闢伝説にもあらわれる、琉球王国の聖地「斎場御嶽」では池にシリケンイモリがたくさんいてみんなで彼らを眺めた。沖縄ではレッドリストで準絶滅危惧種だとそこでボランティアガイドをしている人が教えてくれた。前回の年末年始、奄美大島で一緒になった家族の子が見つけて感動していたのもシリケンイモリだ。その子はイモリを家でもたくさん飼っているらしくお父さんと大興奮で私も興奮した。イモリは夏の季語で今の季節に使うなら冬眠だなと思ったが沖縄では冬眠していなかった。ガイドさんがハブも冬場は少ないから沖縄の温度でも冬眠するのではないか、と言っていたが、昨日調べたら「ハブは冬眠しません」と書いてあった。沖縄の明るい雰囲気を纏ったあのゆるーいガイドさん(しかし仕事きっちり)なら「え、しないのー。してるのかと思ったー」と沖縄の発音で笑うだろう。絶滅危惧種といえば、と夏井いつきの『絶滅危急季語辞典』をパラパラ。載っているはずもないかと思いながら索引でイモリを探したがやはりいなかった。しかし尾類馬(じゅりうま)という沖縄の季語を見つけた。

説明を引用する。

ジュリ(尾類)は沖縄の方言で遊女を指す。陰暦の正月二十日、那覇市の旧辻遊郭で遊女を二組に分け、練り歩いたもの。獅子舞と弥勒神をそれぞれ先頭に、板でできた馬首を腰にくくりつけ、紫の長布と絶型衣装を着て手綱をもち、「ユイユイユイ」と囃す。春駒(「絶滅寸前季語辞典』ちくま文庫版三六八頁参照)の一種。那覇三大祭にも数えられる伝統行事である。

とのこと。「ゆいゆいゆい」といえば沖縄だがこういうところでも使われるのか。今の大河ドラマでも遊郭は描かれているが、尾類馬も女性団体等の非難や資金面を理由に中止されたり復活したりした経緯があるらしい。この絶滅危急季語辞典は2011年刊行だから今はまた違う状況があるのかもしれない。この本には例句も載っているが尾類馬を使った例句に夏井さんがお手上げとなっているのもあって面白かった。今年はもっと俳句のことをというか正確な日本語を意識して読書もしていきたい。

と書いているうちに空が白みを増してきた。良い1日でありますように。