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精神分析

2月月曜日

今日は濃い朝焼けがみられた。俳句を作らねば。と書いたところでなんと先月の句会の選評をしていなかったことに気づき、慌てて書いた。自分でリマインドメッセージだしたのに。すっかりやった気分でいた。みなさんの正月の句を読んだだけで満足してしまっていたらしい。いつもギリギリとはいえ、最近、こういうことなかったのになあ。やっぱり一月は色々調子狂っていたのだろう。

今日は隙間時間に吾妻先生がでていたウェビナーをみるつもり。日本の精神分析家の話をどうして英語できかねばならないのか疑問だが。しかも土居の「甘え」についても話すらしいのに。土居は日本語でということにこだわったのに。日々の臨床を英語でやっている人はともかく(吾妻先生は英語でもやっておられると思うが)臨床で日本語を使っているのに、ということには常にひっかかっていきたい。単に英語にするの苦手、とかいう理由ではなくて。そんな理不尽を感じつつ、私は今日は自分の英語論文も見直さねばならない。英語を日本語にして、また英語にしてだけならともかく、私が使った日本語はこれだったのか?いや、こっちか、とやっているうちに論旨を忘れたりさ。大変なことだ。でも機械翻訳のおかげで世界は本当に広がった。昨日はこういうのもみてしまった。

Winnicott and Freud – Polish Psychoanalytic Society – November 20, 2021 Prof. Dr. Leopoldo Fulgencio (University of São Paulo) Prof. Dr. Martine Girard (France, Toulouse)

2021年11月20日にポーランド精神分析協会が開いた「ウィニコットとフロイト」という会。

Leopoldo Fulgencio 教授(サンパウロ大学)
Martine Girard 教授(フランス・トゥールーズ)の対話。

これは英語の字幕でみられる。普段はポルトガル語とフランス語を使うお二人なのかな。この動画、うちの洗濯機が鳴らす音楽と似たような音がしたり犬が吠えてたりして最初はそっちに気をとられてしまった。テーマはとっても魅力的。とにかくこちらが自分のためにどういう変換を加えるにしてもその人の母語を大切にすることは絶対大事。同じ日本語を使っているはずがまったく通じないことも増えている今、言葉ってなんだっけ、という疑問はつねにつきまとうけど。選挙の話ですけどね。嫌なニュースばかり、って思わない人が多いからこういう結果なのかな。いやだいやだ。「普通」や「常識」がどんどん崩れていく。臨床の現場も変わっていくのだろう。相手を「救いたい」という動機で心理士になる人は相変わらず多いと思うが、自分を救いたいならともかく相手をとなる場合、それはなにをすることでなにを意味することなのか、そういう会話を続けていくことで大切なものと出会っていけるか、普遍的ななにかを見出していくことはできるのか、大変疑問だ。

昨日はたくさんのロウバイをみて、いい香りにニコニコした。帰りに寄った中華料理屋さんでそのあたりの桜の見どころも教えてもらった。もう夕方だったのにその日はじめてのお客さんだといわれ、観光地に向かう駅なのにその駅回りが使われない状況を感じる話しぶりにきゅーっとなった。たくさんおしゃべりしていたら常連さん家族がきてほっこりした。お互いのこと何でも知っている感じがよかった。「今日は飲んで平気なの?」「髪型変えたのね」など。全然脂っこくないさわやか中華でおいしかった。長く続いてほしい。人を大事に、自分を大事に、今日もがんばろう。

作成者: aminooffice

臨床心理士/精神分析家