陽射しが強い。でも春の空は白い。いろんなものが飛んでるから光が拡散しちゃう。拡散とはいわないのか。散乱かな。
春塵や東京はわが死にどころ 鈴木真砂女
春塵やマクドナルドの黄なるM 岸本尚毅
先日から移動時間は村松武司『朝鮮植民者 ある明治人の生涯』(皓星社)を読んでいる。砂ぼこりを感じながら。「植民者」という耳慣れない言葉が使われている理由も聞けばなんだか重たい。岸政彦の生活史シリーズのおかげで同じ地域で生活してきた人でもそれぞれ全く異なる語りになるのは多くの人が驚いたことと思うし、同時にその語りの集積がいろんな「同じ」を浮かび上がらせるのも多くの人が目撃したことと思う。村松武司『朝鮮植民者 ある明治人の生涯』は、村松が母方祖父の浦尾文蔵から話を聞き、そのノートに基づいて書いたものだ、という以外にまとめようもない。ある人の生涯を要約できるはずもない、という当たり前のことに気付かされる。今度ソウルに行くが、彼の足取りとどこか共にするところもあるのかもしれない、と思いながら読み進めている。「イメージと違う」という言葉があるし、それが自分に向けられることもしばしばだが、そんなとき私は、そんなの当たり前だろう、と心で呟く。自分が描くイメージを豊かに広げ、別の世界へ飛んでいけるのは素敵なことだが自分のイメージに合う、合わない、というのは特に何も、それ以上のことはない、という感じがする。
精神分析は特に目的もなくその人の自由連想(それが自由な連想になるのはかなり経ってからとはいえ)を聞き続ける仕事なわけだが、そこであるイメージが浮かんでもそこにとどまることは私はあまりない。浮かんでは消え、突然思い出されては忘れ、ということを繰り返しながらすぐそばのその人、患者にとっては切り離すことのできない自分自身の現実の輪郭がはっきりしてくる。それはもはやイメージではなく、イメージを作り出す基盤となる身体で、ようやく「自分」になるということだろう。
今朝は二宮の小さなかわいいケーキ屋さん「菓子の里」の小さなパイナップルのケーキ。ふわふわで美味しかった。二宮は駅からすぐ吾妻山公園という菜の花と桜がとてもきれいな公園に登れるのがいい。公園を出て散策していたらとてもかわいいお店を見つけてつい入ってしまったのが「菓子の里」。昔ながらの、という感じで小さな空間にぎゅっとかわいいお菓子たちが並べられている中にいるのは短時間でも至福。色々欲しくなったけど色々我慢して色々買った。
今日は気温はどうかな。最近、夜が本当に寒いけど今夜はどうかな。平和を願える穏やかな一日になりますように。

