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短詩 精神分析

暮田真名川柳、フロイト「小箱選びのモティーフ」

十月十日、東京の日の出は5時43分。まだ空は暗い。PCの向こうの壁に貼ってある川柳からいくつか。

シャトルバス以外は荒野なのだから

暗室に十二種類の父がいる

本棚におさまるような歌手じゃない

短歌(off vocal)

暮田真名第二句集『ぺら』からの引用。2019年5月から2021年4月までに発表した400句余りのうち200句を収録したでかい紙ペラ。B1らしい。B1なんてあるんだねえ。ぺらというよりべらという感じだけど視力検査みたいな並びがかわいい。さっき書いたのは遠くからでもよく見える上段の川柳。一番ちっこいのも老眼鏡で。

子供から遠近感を取り上げる

きゃー、と面白いのが目に入った。取り上げないでー。

臨床心理士の地域交流イベントにお呼びしたのが2022年夏。先月9月12日には柏書房からエッセイ集『死んでいるのに、おしゃべりしている!』を発売。重みと勢いをぎゅっと一気読みできる軽さに閉じ込めたかわいい本。暮田さんのおかげで川柳はポップな遊びになった。

さっきまで合格圏にいた虎だ

これも「ぺら」から。なんかよくわからない迫力と悲しみを感じるがよくわからないので本当には悲しくもないし面白い。確かな言葉を新しいコードに乗っけてくような作業を私は自分の領域でしていきたい。精神分析はそれにすごくふさわしいと思う。精神分析状況でないと発揮されないしそれを面白いと思うまでのもやもやや苛立ちもすごいけど。いずれいずれいずれと思いながら浮かんだ言葉を言ったり言わなかったりする日々を過ごすのが精神分析。そんなのに時間とお金をかけることは賭けかもしれないけど私はそれに賭けたおかげで今があるからそういう欲望に肯定的。

フロイトの書く文章は読み慣れてくるとたとえそれが悲観的な結びであっても結構ポップ。

1913年のエッセイ「小箱選びのモティーフ」なんて楽しそう。結びはこうだけど。

「ここに描かれているのは、男にとって不可避の、女に対する三つのかかわり方なのだ、とも言いうるのである。女とは産むものであり、伴侶であり、滅ぼす者である。あるいは、母の肖像が一生のうちに変化していく三形態、すなわち、母それ自身、ついで、男が母の似像に従って選択する愛人、最後に、男を再び受け入れる母なる大地である。年老いた男は、人生の初めに母から受け取った愛を、女から得ようと手を差し伸ばすが、むなしい。運命の女性のうちただ三番目の者だけが、口を閉ざす死の女神だけが、彼をその腕のなかに抱き取るだろう。」

フロイト全集12(岩波書店)かな、メモによると。男にとっての女三形態進化は面白くはあるし、重要でもあるのだけど、それはともかくこの結論に至るまでのシェークスピアとかギリシア神話とかグリム童話の引用が楽しい上質エッセイ。まだフロイトが症例に強いインパクトを受けていた頃。フロイトほど色々暴かれている人でもそれでもそんなのはほんと一部でフロイト理論の変遷はいまだにいろんな読み方ができる。誰がなんと言おうと誰かが話している誰かのことなんて本当に小さな一部でしかないから、というのが通じない世の中というか、自分のみたいようにみたいってことなのかもしれないけどそういうのは面白くないし、遊びとしてもつまらないと思うのでできるだけ逃れていきたい。がんばれるかなあ。鳥たちが鳴き始めた。柿をむこう。柿もだいぶ色づいてきた。このあとあの街のあの大きな大きな柿の木は濃いオレンジの小さな柿でいっぱいになって鳥たちがいっぱい訪れる。今年も出会えるといい。良い1日になるといい。