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当たり前に

まだこの時間は爽やか。朝晩はいい感じ。光もきれい。鳥たちもいい声。

日本で政治家になりたい人たちが平和を望まないのはなぜか。自分が差別されるとか、傷を負うとか、ましてや死ぬのとか殺されるのとか絶対嫌だろう、それ以前に自分の人生を他人にコントロールされるのとか絶対嫌だろう。なのに、される前にしてやろう、くらいの勢いで、というかそれしか方法を知らないかのように暴力的なことを軽やかで達者な言葉で撒き散らしているのは、そうされるのが嫌で嫌で仕方ないからなのか。そうしてもしなくても他人はコントロールできないので自分的リスクが減ると思うのであればそれは幻想だと思うのだけど別に自分的リスクさえ減ればいいのだからそれでいいのか。いや、よくない。本当にやめてほしい。自分の不安や衝動を他人を巻き込むことでどうにかしようとしないでほしい。それよりもみんなが同じ平和を願うことを信じて、すぐに管理や排斥を匂わせるようなことをしないで思考する努力はできないものだろうか。現時点で自分たちよりずっと無力な人たちがあれやこれや自分のペースで自分の人生を考え、希望を叶えられるような環境整備をどうして最優先にできないのか。人は誰でもいつどういう形で無力になりうるかわからないからこそ、現時点でもっている権力で社会を良い方向に、と奮闘するのが政治家ではなかったか。そのための税金ではないのか。なんでも現時点のことでしかないという現実を受け入れ難いがために自分ルールで他人を縛るのか?

意味がわからないことばかり。そんな気分だからか戦争に関する資料や映画ばかり見ていている。本も映画も毎年いろんな賞が話題になるわけだからそれが書かれたり撮られたりする文脈を生きている間に読んだり見たりすることが大事なのかもしれないが、私はそういうのに疎いし、そのとき注意が向いたとしてもすぐに忘れてしまう。日々が過ぎるのが私には早過ぎるのだ。ということで「ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男」をようやく見た。途中で「え?これ、ゲイリー・オールドマン?」となった。そっくりさんにしなくてもゲイリー・オールドマンのままやってほしかったなあ。だって史実だって全部史実じゃないわけでしょう?ダンケルクの描き方だって違うのでしょ?どこから描くかで変わるのは当然だし。あの妻役の女優さんもすごい素敵、と思って調べたら「フォー・ウェディング」の人か!クリスティン・スコット・トーマス。あの映画は良かったねえ。懐かしい。この前のヒトラーの映画でも思ったけど、日本の政治家はもっとまともな原稿を作って演説の練習もきちんとすべきだと思う。脅しばかりって感じがして本当に嫌だし怖い。迷いのあとがみえる言葉が聞きたい。

新宿住友ビル33階、平和祈念展示資料館(帰還者たちの記憶ミュージアム)にも寄った。新宿に行くのに少し遠回りすればオフィスから近いのもいい。ジャズピアニストの秋吉敏子が満州で過ごした子供時代の証言をしている映像も見ることができた。家に帰ったらソ連軍が略奪をしている最中だった、とかいう話を普通にしつつ、ピアノへの情熱の方がむしろ強く語られていた。先日、『黒川の女たち』をみたばかりだったし、朝ドラでも戦争が描かれたばかりだったから展示に対する想像力も以前よりは高まっていると思う。小さい子を連れたご家族や若い女性、あと私くらいの女性の来館者が多かった。夏休みは平和祈念展示資料館もしょうけい館(戦傷病者史料館)昭和館も色々イベントがあるらしいのでチェックしておきたい。秋吉敏子も本当にすごい人なので柳樂光隆さんの記事とかから音源も辿ってほしい。子供たちもたくさん訪れたらいいと思う。普通にやってはいけないことはやってはいけないということを当たり前にしておきたい。色々おかしすぎるよ。いけない、これでは。

今日は土曜日。夜はオンライン座談会。危機感も希望も共有したい。