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精神分析、本

母方言

言葉は難しい。

中井久夫が『私の日本語雑記』(岩波書店)の「翻訳における緊張と惑い」の章で、母方言と他の全ての相違を調べるテストを紹介している。

「それは端的なワイセツ語を口にするというテストである」「大学に行って北海道ではこういうのだと教わったが、私が「へえ、そういうの?」とその言葉をふつうの音調で返したところ、相手は「やめてくれ」と身をよじった。そのように、母方言とは、一般にこれほど激しい羞恥心を起こす「情動に濡れた言語」である。私にとっては共通語の四文字や他地方の方言は、タブーに対して強い原始的反応を示さない点で少しばかり外国なのである」。

これは精神分析臨床をしているととてもよくわかる。そこで話される言葉は特別だ。なんかね、言い始めるとそれこそ原初的なこころが動き出しそうで眠れなそうだから書かないけど、というか夢がカウチでひそやかに語られることが必要なように、こういう言葉は大事にした方がいいと思うから話しすぎないことだね。

生々しく身体と共にある母方言。単なる母国語ではない言葉。こころ揺さぶられる人もいればそうでない人もいるだろうけど、私は臨床家なので傷つきのほうに注目する。ひどく傷つく人がいる以上、簡単に言葉で説明することは避けないとと思う。