なんでもいえちゃう言葉で誤魔化されるとその人らしいなと感心するけど笑えない不安が高まっている状況で使われると嫌な気持ちになりますよね。フレンドとかパートナーとか関係を表す言葉は特にいろんな含みがあるので中身をきくと「うわぁ、あの人とのことそんなふうに言っちゃうんだ」とか「あーこの二人はこうやって共謀しているんだなぁ」と思うことも多くないですか。治療関係でも物は言いようみたいになってるときは対象不在だったりするから気をつけないといけないなと思います。誤魔化したり嘘ついたりして自分のことばかり守りたくなっているのがそういう状況だと思うので。なかにはそういう言葉を指摘されると急に怒り出してしまう場合もありますね。それはそれでまた誤魔化しの上書きがはじまっているように感じたりもしますが、こちらも怒られてしまうと怖いし嫌だから「(自分が間違ってるって言われてるみたいで嫌なんだよね。間違いとかではなくて相手のこと考えてないよねってことなんだけど)」といろいろのみこんであちらの機嫌を優先しがちではないですか。特に女性が男性に言われる場合は。相手を優先した結果「それでよし」みたいな感じを醸し出されると本当にうんざりするけど「ごめんね」とか言われるのもうんざりです。受け手の体験としてはどっちにしても黙らされてるわけですから。こういう構造にどう立ち向かっていきましょうね。せめて自分がひどい傷つきをなかったことにしないことが必要でしょうけどひとりでは難しいですよね。そういうときは助け合いましょう、誤魔化さずになんとか踏ん張れるように。攻撃者との同一化という考えが精神分析にはあって「女の敵は女」とかがいい例ですがそうなりやすいのもたしかみたいです。ただ、そう言ったところで特にいいことを生まないのでうまいこと言う能力はなくても自分の痛みや悲しみから行動を立ち上げていけるように助け合えたらいいなと思っています。お互いに。必要なときに。週末もなんとか過ごしましょう。よくお休みになれますように。