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うそもほんとも。

大晦日

大晦日。まだ暗い。目にするものほとんどに季節を感じる日々のはずなのに大晦日という実感がない人もいるだろう。寒い駅の構内で崩れ落ちたような格好で寝ている人がいた。いつもそこにいるのだろうか。そこでも外よりはましなのだろうか。早く声をかけてもらいたいと願ったりしているのだろうか。どこまでもすれ違ったまま必要最低限というところに落ち着くのだろうか。

世界からひきこもる。ふとした瞬間、突然時間がとまったかのように。見て見ぬふりをしながらでもやっていきたかったのはなぜだろう。不安はうるさがられ抑えきれない不快さで急に黙られ小さな舌打ちがいつも聞こえていた。なのになぜか。快楽?不安で不快な状態を維持するのは確かにマゾキスティックな快楽を手放せないせいかもしれない。でもそんな快楽は対象がなくなれば残るのは生傷ばかり。どちらがいいとか悪いとかそういうのは法律が決めてくれる。それはそれで大切だけどそんなことではない。

どうして、ときけば、ひどいことをされて自分がひどく傷つけられたから。別の人に補ってもらうのは当たり前。我慢してたのは自分。やっぱりこの人おかしい、という危機感で離れようとしてもお互い様では許されない。私が悪いといえばニッコリ。

あれはなんだったんだろう。たしかに通じ合っていたと感じたあの瞬間ももうなんの支えにもならない。たちきられたのだから。私のせいで、と慌てて付け加えねば。また過去に囚われる。疑問だらけだからだ。時間が止まる。

ネグレクト。繰り返される混乱にもそのうち慣れてしまう。保護されなければ死んでしまう。むしろいなくなってほしいと願われたり。子育ては過酷だ。

とりあえず心身が社会的に不都合を被らない程度に機能していれば苦しみを「快楽?」という人もいる。世界は過酷だ。

大晦日。言い聞かせるように今日もなんとか始めようとする人へ何か言えればいいのだけど。難しい。どうかそれぞれ無事でありますように。