お菓子を食べるのに忙しくてなんにもない画面を眺めていた。洗濯機はかけた。コーヒーも久しぶりに飲んでいる。先日、京王線の仙川駅とつつじヶ丘駅の間にある調布市武者小路実篤記念館へいった。長い名前だ。仙川は母校の白百合女子大学があるので慣れているはずだが街に当時の面影はほとんどないのでその後行くたびに少しずつ付け足された景色からまた少しアップデートした。昨年、大学へ行ったときはちょうど駅前のルパ(パン屋)がなくなる時でみんなで懐かしんだ。ルパで「おはよー」となって一緒に大学に行ったりしていた。大学院生の頃にある先生と一緒になって「あみさんは博士課程に行くのかと思ってた!」と驚かれた。私はできるだけ早く現場で働きながら勉強したかったのでむしろなんでと驚いた。どう考えても研究向きの態度ではなかったのに。大学にはいい思い出しかないからそう言ってもらえたのは幸せなことだったのかもしれない。仙川という街も当時から大好きだった。一年生の時は白百合の少し先、ちょうど三鷹市に入ったあたりのアパートで一人暮らしをしていた。二年からはお隣の千歳烏山で暮らした。塾の講師とかメンタルフレンドとかとにかく人と一緒にいる生活だった。調布市武者小路実篤記念館は白百合とは逆の桐朋学園方面に出て、学園を道なりに進むと着く。仙川駅からは10分程度だろうか。まだかな、と思った頃に実篤公園が見えてくる。つつじヶ丘駅からだと住宅街だから少し分かりにくいかもしれない。桐朋学園の入口は濃い色の寒緋桜が満開で袴姿の学生たちを見かけた。その日は空も真っ青で椿やこぶしがますます美しかった。実篤公園は豊かな木々が日陰を作っており、お掃除をしていらした方に挨拶をされた。昔はここから富士山が見えたらしい。坂道を下ると池が見えてくる。ここは実篤が「水があるところに住みたい」という子どもの頃からの願いを叶えた家だという。広い敷地に伸び伸びとたくさんの植物が植わっていて見上げても佇んでもなにしても発見があるのでのんびりのんびりまわれた。途中、職員の方に「旧実篤邸にはいかれましたか」と声をかけられた。木の芽を大切そうにチェックしている方だった。旧実篤邸はとても素敵なおうちで玄関は広く、実篤の豊かな仕事がここから生まれたのか、と納得した。家具や民藝品もどれも興味を引くものばかりでその後記念館で見た写真や絵画を見ながら「あ、これはあのお部屋のアレだ」と言いながらあれこれ生活と作品を想像するのは楽しかった。今回は春季展「美術雑観」ということで実篤に影響を与えた画家や絵画、志賀直哉たちの書簡などを見ることができた。私は実篤と美術の関係は全然知らなかったのでその鑑賞の文章とか書簡とかとても面白かった。実篤の妻、安子さんが描いた絵葉書には家族の日常が描かれていてこれがまたとってもいい絵だった。私はオフィスが初台だから京王線沿いには出やすい。どの駅にもそれなりに馴染みがある。春に歩きたくなる道もたくさん思い浮かべることができる。街の景色は変わっても地形はそんなに変わることはない。歩くことで思い出される感触を大切にまた遊びにいこうと思う。今日は火曜日。良いことありますように。
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