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俳句

NHK俳句とか。

窓を開けた。朝焼けがきれいだった。鳥が鋭く鳴いた。寒くない。朝の準備をしてほうれん草の胡麻和えを作り置き。ほうれん草って美味しいけど水を絞るのが難しくないですか?胡麻がいい匂い。最近は野菜もとても高いので少し遠い八百屋さんで買い置きする。直売所もそのくらいの距離にあるといいのだけどちょっと回り道すぎる。うーん。

NHK俳句は堀田季何さんの回。名句を改悪したものから考えるの面白い。やっぱり名句ってすごいな、と思う。私の最初から悪い句も名句にしていただきたいな。今月は結社誌の締切か。今日は一仕事したら吟行しようかな。恐れていた通り急に寒くなってしまったから涼しくなったら行こうと思っていた場所に全然行けてない。というか私はどちらかというとこもって本読んだり音楽聴いたりしていたい。外に出ても公園でぼーっとしながらそういうことしたい。めんどくさがりなのね。

今日のNHK俳句はオノマトペ「独創的である」「説得力がある」の2点が大事とのこと。そうだなあ。こうやってPCを打つのはカタカタだとありきたりでしょう。のんびり打つと?と・と・とって感じ。乾いた変化のない音は難しいのかしら。ほうれん草を茹でる音はぽこぽこだと普通。どんなだったかなあ。ひたひた、しとしともありきたりだしねえ。うーん。難しい。あー、友人の句が取り上げられている!こういうの嬉しいだよね。ちっちゃい痛み、ちっちゃい欠落感かあ。季何さんの鑑賞もいいけど友人の俳句素晴らしい。いつも着眼点が全然違う。私はそういう才能はないからとりあえずもっと良く観察しよう。何年も言い続けて毎回参加することに意義がある、という言い訳で終えているけどまあ続けましょう。やめたい!と強く思う立場でも状況でもないし何かを見て何かの言葉にするというのは日常だからそのまんまやりましょ。どうぞ良い1日をお過ごしください。

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俳句 読書

コーヒー、銀杏、俳句

腰が痛い。指も痺れる。でもこれは危機は脱したな。別の危機はあれど私にできることがあるとすれば最小限のことをするということのみ。よけいなことをしない、誰かを巻き込まない、とにかくシンプルに、というのがモットーだけど相手あることは私だけそう言っててもしかたないし先に何が起きるかは誰にもわからないので受け身でいる。

美味しいコーヒーを入れてもらった。「美味しいコーヒー淹れてあげる」と言われたからコツを色々聞いてみた。「落ち着いて淹れる」みたいなシンプルな言い方だったが確かにコーヒーを驚かせてはいけないというのは聞いたことがある。最初に聞いたときは「コーヒーが驚くのかよ」と思ったけれどゆっくり静かに少しずつ起こしてあげるように淹れるんだってそのときは教わった。今朝も言い方は違うけど似たような感じだった。「落ち着いて」というのは私には難しいからこだわりのコーヒーは淹れてもらうに限る。味はよくわからないけれど美味しいということはわかる。美味しかった。

銀杏の雄雌両方の実をもらった。銀杏は雌株しか実を結ばないようだが実自体には雄雌両方いて、雄は二面、雌は三面なんだって。おばさんたちなんでも知ってる。初対面でも子供に色々教えるみたいに教えてくれる。私も大人になれば色々物知りになるのかと思っていたけど全然違った。でも知らないことばかりでもこうして教えてもらえばいいのだからおばさんになっても無理することもないということは知った。母が歴史に詳しくてそれも「私も大人になれば」とまたまた単純に思っていたがそんなことも全然なかった。当たり前だ。今は小学生とかが教えてくれたりする。勉強している世代の頼もしさ。おばさんたちのは経験知だからくっついてくるエピソードも生活とシームレスで面白い。

昨日は仕事の合間に「稲畑汀子俳句集成読書会 わたしの汀子俳句」というオンラインの読書会に出た。『稲畑汀子俳句集成』(朔出版)は1万2千円!でも5400句近く入っていて昨年5月の発売からすでに3刷。きれいな装丁の「栞」つきで大好きな 宇多喜代子や大輪靖宏、長谷川櫂、星野椿が寄稿。読書会に出たおかげで捲り方がわかった。

読書会のホストは汀子の息子さんの稲畑廣太郎(『ホトトギス』主宰)、ゲストは佐藤文香(翻車魚、鏡)、堀田季何(『楽園』主宰、『短歌』同人)村越敦(澤)、山口亜希子(編集者、書肆アルス)、今橋眞理子(ホトトギス)。テーマは「音」。汀子との距離の違いが生む読みの違いに触れられていたのも面白く、みなさんの対話でひとつひとつの句が瑞々しく生き返るようだったし、俳句界の重鎮というイメージの汀子の姿もまた一人の人として愛しげに語られていてこういうモーニングワークはとてもいいなと思った。

新宿中央公園の脇の道の梅も咲き始めたし春ですね。寒いですけどね。暖かくしてお過ごしください。こちらは汀子の5歳下池田澄子の句。音も文字も楽しくないですか?

また春が来たことは来た鰐の顎 池田澄子