空が暗い。雨になるのかな。夢がちょうどよくないところで終わってしまった、というか起きてしまった。夢にちょうどいいもなにもあるわけではないが「そこで起きるんだ、私」という感じ。
PEPとかIJPから新しいジャーナルが出ると紹介メールが来るのだけどいつも目通したらゴミ箱にいれてしまう。でも先日Baranger(2025)の文字が目に止まり「あれ?」となった。バランジェ夫妻(Madeleine 1920–2017 &Willy Baranger1922-1994)はどちらも亡くなっている。紹介されていた雑誌はJ. Revista de Psicoanal. v103 (2025)。マドリード精神分析協会(APM:Madrid Psychoanalytic Association )発行の雑誌。テーマは¿Cómo se concibe el psicoanálisis en la actualidad?(現代において精神分析はいかに構想されているか。)。この雑誌のCLÁSICOS(古典)のセクションでバランジェとカンバーグが取り上げられていた。Barangerは経済論モデルの再定義、Kernbergは技法の現代的分岐ということらしい。ちなみにタイトルは
Polémicas actuales acerca del enfoque económico
Willy Baranger
Convergencias y divergencias en técnica psicoanalítica contemporánea
Otto Kernberg
バランジェの論文では「フロイトのメタ心理学における経済論的アプローチの位置づけが批判的に検討されている。著者はまず、心的エネルギーという概念から出発する。これは、無意識的過程を「量」「流れ」「備給」といった観点から把握することを可能にした理論的カテゴリーである。しかし同時に、この概念を物理学的あるいは機械論的な意味で理解することの限界についても指摘している。バランジェは、経済論モデルを物理学からプシュケへと単純に移し替えたものとしてではなく、むしろ心的装置における意味の変容や配分を捉えるための発見的メタファー(ヒューリスティックな比喩)として再考することを提案している」とのこと。
これはフロイトの「心理学草案」の理解を深めた私の興味と重なるような気もするが読んでみないとわからない。
この論文は1967年の Revista Uruguaya de Psicoanálisis(Vol. 9, Núm. 2)掲載論文の再掲らしい。
IJPジャーナルでもこれまで英訳されていない論文が訳されて載るセクションKey Paperがある。最新号はFrancis Pascheの論文。
Pasche, F. (2025) From the Ambivalent Superego to the Impersonal Superego. International Journal of Psychoanalysis 106:1200-1210
「超自我は複数の要因を含む過程の帰結である」という始まりは面白そう。あとでチェックするけどその前にやることやりましょう。
今日は何曜日?水曜日。空の色が不穏だけど桜は今日もきれいでしょう。雪国にも早く暖かい春が来ますように。

