いいお天気。昨晩は半分より少し膨らんだ月がきれいだった。寒かったけど。夜、もう少し暖かくなるといいなあ。昼間はこのくらいでいいからさ。
昨晩は2026年度Reading Freudの初回だった。今年度は十川幸司訳『メタサイコロジー論』を読む。すでに何度も読んだ論文たちだが、昨日、かなりじっくり精読したら「心理学草案」がシンプルに思えた。私はアンドレ・グリーンを支えに精神分析における欲動論の重要性を考えながら書いたり話したりするようになったが、昨日はその基盤となる論文、「欲動と欲動の運命」を丁寧に読んだ。欲動TriebはストレイチーによってInstinctと訳された。これらは語源は同じだがInstinctに対応するInstinktというドイツ語はあるので、フロイト自身これらを同じ意味で使っていたとはいえ、区別はやはり必要なのだろう。Revised Standard Edition of the Complete Psychological Works of Sigmund Freud, edited by Mark Solms, published jointly by the Institute of Psychoanalysis and publishers Bloomsburyではtriebはdriveに訳されている。
昨日は 導入としてフロイトを読むということ自体について書かれた『現代フロイト読本 1』の北山修論文「私有化された「フロイトを読む」」を最初に読んだ。この本は日本精神分析協会の分析家たちがフロイトの論文をひとつずつ選んで書いた論文集でそれぞれのフロイトの読み方を垣間見ることができる。北山修も訳語の問題に言及しており、私が常々どうにかして「エス」を日本語にできないものかと思っているという話もした。
今はフロイトを読むための手助けがたくさんある時代、昨日は欲動という力についてはなんとなく理解したが「心的」っなに、と振り出しに戻ったような感じもあった。北山修がいうようにあっちゃこっちゃ行ったり来たり(北山先生はもっと洗練された言葉で書いている)しながら読めばふと自分でその軌道の先にでることもあるだろう。楽しもう。
まずは日曜日を楽しもう。

