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精神分析

バター、プロセスなど。

ブラインドからのぞいている空はグレー。カーテン開けたくない。寒そう。今朝は相変わらず熱い紅茶といずみやさんの「横須賀銘菓よこすか焼き」。船の形らしい。パッケージにお大きな船が描いてあるからこのオムレツ型が船なんだろうなとわかる。オムレツにも色々あるけど元々はフランス語のomeletteからきているという場合の元々のオムレツはこういう形だったんだよね、きっと。前にも書いたけど群馬県前橋市のバラ園のそばにギャラリーとかもある素敵な空間があってリッツというお店のオムレツがすごく美味しかった。そしてオムレツ以上についてくるパンについてくるバターがとてもとても美味しかった。今もF-ritz art centerとして色々なお店がはいっているみたい。バラ園のある敷島公園一帯は萩原朔太郎記念館もあるし本当にいいところ。いろんな人と行ったけどリッツは高校時代の友人とお互い東京に出てからも何回も行った、バターを求めて。エシレバターをもらったときに思い出したのもリッツだったなあ。前に渋谷でエシレのお店があったから寄ってみたら焼き菓子が予約のみと聞いてびっくり。一番売れるお菓子は予約で、他のお菓子なら買えるよ、ってことだったかな。残念であった。が、リッツのバターほど執着もしていない。

「生きのばす」という表現を見た。生きのびるの打ち間違いかもしれないけど生きのばすように一日一日を生きている場合ってある。今日じゃない、死ぬのはまだ今日じゃないと。心や身体を傷つけ時間を止めた相手が元気に生きているのを見るだけで背筋が凍ってまた動けなくなる。性的に傷を負わせた相手がいろんな女性に公私混同で近づいているのをみると吐き気がする。あの軽薄な繰り返しの中で大事な場所を傷つけられ貴重な時間を奪われたのだと。理不尽。でも裁けばそれが消えるわけでもない。誰かを世界から出入り禁止にすることはできない。自分の場所から物理的に追い出せてもトラウマを負った心は記憶をうまく整理できない。そしてこのSNS社会。心なき人ほど平然と顔を出す。私が一番好きなノンフィクション作家の高橋ユキさんの傍聴日記、裁判記録でもある高橋ユキの事件簿を読んでいると裁く裁かれる、被害者、加害者というまるで対極にあるものがいかに複雑に絡み合っているか、いかに社会がことを複雑にしているか、ということがよくわかる。多分この複雑さは高橋さんみたいに実際に足を運び続けて当事者の声を聞き続けているライターさんの記録を追うことでしか感じられない。私たちは結果を気にしがちだが当事者にとってはプロセスこそ大事だろう。「生きのばす」は生きたい人の言葉のはず。どうかその気持ちが守られますように。これ以上侵襲を受けませんように、と願う。

11月29日水曜日、なんとか一歩ずつ行きつ戻りつ。