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精神分析

1月22日(月)朝

明るくなってきた。二度寝してしまったうえにのんびり朝風呂してしまった。とはいえ寝不足。今日はアルフォートと紅茶。フォートナム&メイソンのかわいいティーバッグをもらった。世の中にはかわいいものが溢れていると都会に出るといつも思うが混み過ぎていて立ち止まることはほとんどない。いつも通過してばかり。寒いし、いつも見ている範囲で足りてしまっているというのもある。たまたま最寄り駅が同じ同業者と私たちの住む小さな街の満足度の高さを話したばかり。この街に来てから長いがチェーン店の根付かないこの街を「地元の金銭感覚がわかっていないんだよ」と昔からこの街で商売を営んでいる人に聞いたことがある。今はチェーン店もいくつかあるしおしゃれな店も増えたがローカル感は強い。一方昔からある店の店員さんの高齢化は見ればわかる、というか私がここでとった歳を考えればあの店の人亡くなったのかな、最近見ないけど、という会話が増えるのは当たり前だ。長く店を営むというのは大変なことだろう。コロナ禍に閉じた店もあるし復活した店もある。どうにかこうにか乗り切ったように見えていてもこの数年間の影響がすぐに出るとは限らない。人間関係でも「すいませんでした!」とかいえば色々チャラにできると思っている人がいるが人が受けた傷というのはそんな簡単ではない。ということをわかっていない人が多いのだから絶望が深まる。先日、女性ひとりでやっている小料理店に行ったがどれもこれもとても美味しく、ひとりで切り盛りしていると聞いて驚いた。私の仕事もそうだが偶然の出会いからはじまるのがほとんどな仕事に特有の困難というのがある。しかも女ひとりだと。だからなおさら人や情報を消費することだけうまい嘘つきとか政治家とかには腹が立つ。消費がうまい、というか相手の気持ちなど考えていないから平然とそういうことができる人がいるということだけど。世の中は理不尽に溢れているが今日も落ち込んだり嫌な気持ちになったりしながら普通にやろう。店での出会いや友人たちや先生方との会話みたいに積み重ねられている良きことも多い。本当にひどい人が平然としている社会は本当に気分が悪いが居場所はある。というよりまずは居場所を、と被災地のことも思う。