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お菓子、鳥、「精神分析を導入する」

今日の空は少し雲が多い。予報では晴れ間もあるみたいだけど。昨晩の月もきれいだった。月ってあっというまに欠けていく。それをみてふと来年のカレンダーのことも考えた。霜田あゆ美さんのカレンダーが来年も出るといいのだけど。

今朝は群馬のぐんまちゃんのコーヒーと新潟の駅ビルで買った安田牛乳のレーズンチョコサンド。あと近所のスーパーの柿をいただいた。レーズンチョコサンドは見ると買ってしまう。今は大抵個包装のがあっていろんなお菓子を試すことができてとてもいいのだけどこれは3個入りしかなかったから身近なところで分けて食べた。お土産はまた別の美味しそうなものがたくさんあったからそっちを色々。みんな選ぶものが違うから面白いなと思う。

あ、オナガが鳴いている。この前、細い道をオナガの声がすごいな、と思いながら歩いていたら目の前にたくさん飛び交っていてびっくり。小さな森のおうちみたいな庭の木にたくさん。写真を撮ったけど鳥って本当に撮るのが難しい。動きが早いし、撮っても木に埋もれちゃって見えない。電線に止まっているのはシルエットみたいになら取れるけど天気と時間によるなあ。新宿中央公園の高い木々を飛び回るのはよくみているけどあんなにそばであんなにたくさんみたのはじめてできれいではあったけど怖くもあった。

そうだ、学会で学んだことを紹介しようと思ったのだった。精神分析学会の臨床ケースセミナーという枠で、私たちのグループは「精神分析を実践する」という題でIPA基準の精神分析実践を素材に話しあった。講師は日本精神分析協会の訓練分析家でもある古賀靖彦先生。「精神分析を導入する」ということで、S.フロイト、N.コルタート、J.ミルトンのアセスメント技法を紹介してくださった。ミルトンは古賀先生がイギリスで訓練をしていたときのアセスメントのスーパーヴァイザーだったそうだ。その方法は「現代精神分析基礎講座 第5巻 治療論と疾病論」(2001,金剛出版)の「第1講アセスメント」に詳細に書いてあるのでぜひチェックしてみてほしい。具体的で興味深い。セミナーで古賀先生が複数の方法を提示してくれたように、アセスメントの方法に正解があるわけではなく「アセッサーの性格や嗜好、精神分析の準拠枠(学派)、置かれている臨床状況(文脈)など」によってそれらは異なる。これは私がオフィスでやっている初回面接を検討するグループでも毎回話されている。いろんな現場のいろんな事例を聞くことはだから大切なのだ。学会のときは、私がカウンセリング→精神分析的心理療法(週1回)→精神分析的心理療法(週2回)→精神分析(週4回、カウチ使用、自由連想)と移行した事例を素材に話し合った。「導入」については「実践」の前提としての講義で、実践全体はやはりアセスメントに基づいていることも確認でき、大変勉強になった。私の初回面接グループにも役立てていこう。

自分の記憶がおかしいときとか感情が揺さぶられるときに私の海馬が、とか私の扁桃体が、とか脳の働きを感じようとすることがある。脳の方から考えると自分は入れ物でしかない感じが強まるのでこの入れ物としての身体をどうしましょうと思ったりする。筋トレメンテナンスしかしていないけどしているだけいいか、と感じるのが私の脳でもある。村田沙耶香の「となりの脳世界」というエッセイは村田沙耶香の体験だけで面白すぎるのだけど、私の仕事もいろんな人の脳世界にちょこっとお邪魔するものだからそうやって協力してお互いにいろんな自分への経路を作れたらいいな。

良い一日になりますように。

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イベント 精神分析 精神分析、本

花火、禾乃登、フロイト草稿

風が気持ちいい。洗濯物が揺れすぎているのが心配だがすぐに取りこむから大丈夫。今日もこれから暑くなるみたい。風も朝の光も確実に秋なのに。夏休み中は東京ヤクルトスワローズ神宮花火ナイターといってヤクルトの試合の5回裏終了時には300発の花火が上がっていた。初台のオフィスは新宿にも原宿にも近く、神宮球場はそのちょっと先。毎年、夏の毎日に花火が窓から見えるなんて特別。大体仕事中なので音を聞くだけだけど。それも8月31日で終わった。今日9月2日から6日頃まで七十二候「禾乃登(こくものすなわちみのる)」。処暑の末候。たしかに暑さも峠を越した感じはあるからやっぱり暦は気候変動にまだ対応できてる。これからも五感と言葉が離れすぎることのありませんように。

昨日、9月1日はイレギュラーな予定の時間がわからなくなって確認したり、8月末までの締切にきづき慌てて書いて送るなどした。焦った。私個人の夏休みはとっくに終わっていたがいつも学校の夏休みモードに気分も身体も合わせてしまう。子どもの話もたくさん聞くからかも。それはそれで楽しいことだが時間ができるとこの暑いのに精力的に遊んでしまい、翌日の疲れを気にするという繰り返し。実際、疲れはそんなに感じないが割と大きなもの忘れをしている時点で疲れているかもしれない。あるいはこれまでもそうだったジャンという話か。どっちにしてもあーあだよ。

時が経つ早さには困るけどオフィスのカレンダーをめくってまた楽しい気分になった。霜田あゆ美さんのイラストのカレンダーは毎年、毎月楽しい。

昨晩、Reading Freudの準備としてフロイト『心理学草案』のことを考えていて
松山あゆみ「メランコリーと初期リビード経済論 : フロイト草稿G「メランコリー」のリビード論的意義」(2010)を読んだ。

フロイトの草案は全集に載っている『心理学草案』だけではない。この論文では題名の通り、草稿Gを精読することで、リビドー経済論の観点からフロイトのメランコリー論の起源をそこに見出している。こんなものを送りつけられたフリースがどのくらいフロイトの頭の中にあることを理解したのかは不明だが、フロイトにとってはとにかく相手がいることがまずは重要だっただろうし、フリースがいてくれたおかげで精神分析の種がたくさんまかれた。初期にまかれた種を乱暴に交雑することなく、起源として大切にすること。乳児期を大切にするのと同じこと。それは単に過去に原因を求めている、とはわけが違う。歴史を大切にするということ。9月からまたReading Freudがんばろう。

身体大切に過ごしましょう。良い一日になりますように。

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俳句 散歩 趣味

霜田あゆ美さんの個展。

朝焼け。昨日は夕暮れもきれいだった。オフィスにいると西の空は見えないのだけど高層マンションの窓に映る。紅葉もしてきた。きれいに色づいた大きな木から鳥たちがたくさん出てきて驚いたり、野良猫が急に横切ったり、いろんなところでいろんなことやものを目にしている。はずなのに俳句が作れない。

俳句日めくりカレンダーに載っていた秋の鳥の俳句。

鶺鴒や廊下の窓を拭く係 加藤かな文

海光に浮力のありて鳥渡る 今瀬剛一

うーん。なぜこういう言葉を思いつくのか。言われてみれば知らない言葉では全然ないのに俳句として成り立つ言葉選びができるのがすごい。先日名古屋で場所を変えぬ川鵜を3羽みた。その対岸や川中で白鷺がアクティブなのと対照的だった。どちらも季語としては夏だから今使うなら「冬の川鵜」とかにする必要があるのだろう。「月」は秋以外は「春」「夏」「冬」をつける。月といえば秋ってことで。私はどの季節も「鳥ー」「月ー」と毎日呟いているけど季節は全体として感じることが大切ね。

先日、句友のイラストレーター、霜田あゆ美さんの個展に行った。今年もあゆ美さんのカレンダーを入手できた。昨年はあゆ美さんが作るのが間に合わなかったとのことでたまたま出会えたあゆ美さんの師匠の安西水丸さんのカレンダーを飾っていた。毎回、とても素敵な作品ばかりで全部ほしい!と思うけどそれでは我が家やオフィスがギャラリーになってしまう。それ以前に買えない(労力を思えば安すぎる値段ではあると思う)。しかし、私のオフィスには一点だけあゆ美さんの作品があるのだ!なんとなんと。前回か前々回の個展ですっごく気に入って買わせてもらった。毎日見られる場所にお迎えできるなんてなんと幸せ。今回、これが素敵、これが好きと話していたらあみさんは変なのが好きと言われた。そうなのよ。あゆ美さんのイラストはとってもあたたかくてちょっと変なのが多いのよ。そこが大好き。今回は布を使った作品もあってそれもとってもよかった。生地であんな色が出せるのかあ、と思った。技術的には出せるのだろうけどあゆ美さんの使う色の組み合わせがすごいんだよね。とってもときめいた。表参道のそのギャラリーに行くのははじめてではなくて迷わずにいけたのだけど作品をみていい気持ちになっていたら帰りは迷ってしまった。あの辺は何もない方に出てしまったら逆へ行けば大抵どうにかなる、とわかってるけどこの方法は全然学びにはならない。なので私は毎回迷っている。行きは一生懸命地図とか見るけど帰りはいろんな素敵な作品で頭も心も満たされちゃってるからねえ。個展は今日まで。小さなギャラリーだけど見応え十分。幸せだったなあ。お時間あればぜひ。

さてさて今日もいきましょうかね。色々どうにかなりますように。