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シェイク

東京の住宅街が薄いピンクに染まっています。ここ数日の暑さにはすっかりやられてしまった。ずっとうとうとうとうとしている。ずうっとだ。

週末、初回面接を検討するグループを終えてお昼に行こうと思った。涼しいはずの部屋でもなんだかぼんやりだるくてまたうとうと。いいかげん出ねばと思って外へ出てみたが食べたいものもない。今度はうろうろ。信号待ちでは少し手前の大きな木の下でぼんやり。信号がいつの間にか青になっていて慌てて渡った。日曜日はいつものカフェが別のカフェに見える。しばらく日陰ばかり選んでぼんやりうろうろしていた。そういえばこの前ドトールでシェイクを飲めなかったことを思い出した。その日はなぜか販売中止だった。

子供の頃、父親がいない日に出かけたのはロッテリアだった。みんなでシェイクを飲んだ。特別だった。特別においしかった。田舎でのファストフードの位置付けは東京とは異なる。今はだいぶ東京寄り(?)だと思うけど。

日陰を真っ直ぐいってかっこいいキャップをかぶった小さな子が困り顔で(眉間に皺と書こうとしたがなかったと思う)お父さんを見上げながら一生懸命何か訴えているのを横目に通り過ぎ、いつもは誰もいない石の椅子でファストフードやみたことのない何かを広げている男性たち(なぜか男性ばかりだった)の前を通り過ぎ、日陰のないカンカン照りの短い横断歩道を足早に渡り店の前につくと「深刻な人手不足のため」と営業時間短縮のお知らせが貼ってあった。大丈夫か。隙間時間にバイトしようか?いや。無理だな。高校時代、バイトをしていた喫茶店で私だけアイスクリームを盛らせてもらえなかったんだ。嘘。違う。私があまりに不器用で上手にできないので「やらないでいいよ」と言ってくれたのだ。練習したけど自分でもびっくりするほど上手にならなかった。美味しいアイスだったしかっこいい盛り方だったからできるようになりたかった。いつももう一人のバイトがやってくれた。ありがとう。やってくれたバイト仲間も恐ろしく不器用なのにやりたがる面倒な私に付き合ってくれた店長たちも。

店は混雑していた。涼しかった。二人の店員はすごく忙しそうだったけどとても感じがよかった。すごい。シェイクを作るのはメジャーな飲み物より作業プロセスが多いことを知っている。どうしようかなぁ、と迷う。今日も販売中止だったら諦めがつくなと思ったけど販売中止はもっと手間のかからなそうな別のものだった。店内はすでに満席に近づいていて並んでいる人もほとんどいなかった。前の人が向こうにずれるまでに決めねば。あー。頼んでしまった。私も右側にずれると洗い場が見えた。あーあ。頼まなければよかった。でも頼んでしまった。いつまでも待ちます、という気持ちで暑い暑いドアの向こうからいろんな人が入ってきたり向こうへ再び出ていく人たちを観察していた。

世の中には本当にいろんな人がいていろんな会話が繰り広げられていていろんなことをしている。こういうのが当たり前でありますように。

もったりとした液体でも固体でもないものがグラスに注がれている。ごめんなさい、ここでも時間がかかりますね。最後のもったりまで店員さんがミキサーを振るようにして入れてくれた。感謝。小さく会釈して受け取る。おいしい。大人になってもシェイクは特別なんだなぁ、いろんな意味で。

冷えてきた。なんと間抜けな、と思ったけど早々に店をでた。さっき渡った横断歩道の日差しが今度はありがたかった。なんと勝手な。同じものでも感じ方はちょっとしたことで変わってしまう。関係性だってそうだ。でも多分私にとってシェイクの特別さはずっと変わらない。「昔は全部飲めたんだけどねえ」とかいうようになる可能性は高いが。