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精神分析

身体とか心とか。

寝ている間の温度調節が難しい。肌もよわよわになっているから色々大変。もう夜が明けてしまったよ、と平安時代に唄えば間違いなく恋の歌だが今はどうだろう。皮膚にストレスを抱えてあまり眠れないまま朝を迎えてしまったよ、という場合、まったくロマンチックではないし、今日もまた朝がきてしまったよ、だから寝たくなかったのに、と眠れないまま迎えてしまう朝は憂鬱だろう。みんな今日はどんな朝かな。熊本はどうだろう。大きな地震から3年目になる能登だってようやく公費で解体がはじまったり、まだまだ道がガタガタだったり、まだ多くの人が狭い仮設住宅を住居や商店にしている。熊本も情報の届きにくかったり移動手段に乏しいお年寄りや障害者の方はまだ被災直後と変わらない状況があるときく。言葉ではなく姿を見せること、実際の手を差し伸べ、足で運ぶこと、私もいずれ動けなるときがくるとはいえ、それまではそういうことができる心身を維持したい。

久しぶりにやった卓球でラリーが100回以上続いた。私は数えていなかったのだけど「もう少しで100回だった!」といわれてから意識し始めた。ただの遊びなのに、肩が少し疲れたなと意識したとたん失敗したり、ほんの少しの乱れにひっぱられるのが面白かった。プロはそういう心理面での揺れは技術で補えるのだろう。日々の修練は強い。どんな状況でも動く身体を作るのがトレーニングだと大谷か誰かがいっていた。それも基本が健康な場合だが。ケガをしたり病気になったり環境が変わったりすればそれに応じた心身のありかたを模索することになる。

あーおなかがすいたー、とさっきから何度も思っている。能登や熊本に限らず被災地と呼ばれてきた場所のこととか苔を愛していた早くに亡くなった友人のこととかいろんなことがごちゃごちゃと心にあるがおなかはいつもきちんとすく。たまに胃腸炎とかで食べられなくなるとそういう自分にとても不満になる。前に点滴されたときに看護師さんにカロリーはこれで足りてるから大丈夫、といわれたが全然だいじょぶじゃなーいと思った。私がほしいのはカロリーじゃないもん。カロリーは結果的についてくるものであってほしいのは味だもんと思ったけど優しい看護師さんだった。感謝。

今日もみんなどうぞご無事で。よい一日をになりますように。