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精神分析

おつかい、心

暑いねえ、というほどまだ暑くない早朝だけどエアコンをつけた。昨日はとても変なお天気だった。雨が強く降ったりやんだり雷が突然なったり。なんやねんだった。

お使いがあって久しぶりに渋谷に行った。訓練の間は毎日のように渋谷から新宿西口までのバスに乗って西参道で降りていた。昨日は西参道のバス停から渋谷駅まで行ってスクランブルスクエアという私が開業した頃にはまだなかったきれいなモールへ行った。地下の食品売り場を数回見たことがあったけど上の階まで行くのははじめて。広々した作りであまりキョロキョロせずに目的地につけた。お使いなので商品が書かれた紙を店員さんに見せると感じのよい笑顔で対応してくれた。箱に詰めるのに手間取っていてどうなるのかなとワクワクした。店員さんが慌てていたらこっちもドキドキしてしまうけど落ち着いて手間取っていた(?)ので商品を素敵に配置しつつきっちり収める作業をどうなるのかな、こうなるのか、と見守れた。私だったらどうやっても解決しなさそうだけど日々こういう作業をしている方たちだしね。「こんな形でお詰めするのでよろしいでしょうか」といわれて「はい」とニコニコした。ありがとうございます。合間で生姜ソーダみたいな飲み物を試飲させてくれた。美味しかった。今ってほんと可愛い包装紙のいろんな飲み物があるのね。炭酸水で割ればいいだけみたいでこれは夏のお土産にもいいかもねえ、と思ったりした。雨よけのカバーもきれいにかけてもらってまた渋谷駅から西参道へ。正味1時間。たいして歩きもせず移動が完了するのはありがたいが、実家にいた頃はどんな近い場所でも車だったからまあそれよりは多少歩いた気がする。

25年以上、毎日朝から晩までいろんな人と会ってきたけど、人の心はあまりに個別で驚くことばかりだ。自分が分析を受けていた頃、自分の心の動きにもたくさん驚いてきたが、いまだに患者と会いながら知らない自分とも出会う。毎日のように会っていればなおさら。誰かと生活したらこの人こんな人だったんと思う、とか、自分こんな反応するんだと驚く、とかそういうことって増えていく。刺激が変わるから当たり前。子供が生まれたら関係が変わるとかもそれぞれが変わらなざるをえない部分と変わらない部分の葛藤に苦しむプロセスを伴うわけで他者と共にいる作業というのはいいことも苦痛なことも多いものだ。

精神分析は単に思い出したくないことに触れるというより、考えること自体が岩盤となってしまうのが最初で最大の困難だし、想起の内容ではなくて異質なものを感じたときにそのインパクトによって心の動きをほんの少し変えられるかがアセスメントのポイントになると私は思う。だから初回からある程度インパクトのあることを伝える。継続している場合でも瞬間的にものすごいインパクトを受けて本当にもうダメだとなって死にたくなったり行動化したりすることはあるし、その危機によって心はさらに狭まったり別の軌道を見出したりするわけだけど、私が精神分析を患者としても分析家としても体験する中でずっと驚いているのは変わりたくないという心との出会い。どんなインパクトを受けても、その場では身体的に強く反応して数日間どん底を経験したとしてもそれを一気にいつもの言葉やいつもの態度に戻す心がある。そういう部分に触れれば、人は変わりたくないし変わらないものだという実感を強くするけど、そこからが大事だし、その実感と共にそうではない情緒と出会ったり、複雑なものを単純にしない、当たり前の言葉で分類しない、そういう態度に基づいて技法を用いることが必要なのだろう。

今朝は桃とミントとチョコチップのスコーン。なんだこりゃ。美味しい。七月は焼き菓子ばかり食べていた。ポテチも食べたけど。オフィスのある初台のお店にも詳しくなってきた。この10年の間に色々変わってきたけど、私がふどう通りの入口近くに住んでいた30年くらい前と変わらない店もあるしスーパーもそのまんま。私も一人で商売をしている身だから個人店の多い初台の店も商いという観点から見ることが多い。で、同じく初台で働く人とそれを共有したりする。そういう循環は楽しいし大事だと思う。スクールカウンセラーをしていた頃も地域会というのがあってそこでみんなと話すことが本当に助けになった。今の世代はそういう集まりに意義を見出すことが難しいという話も聞くけど、地域が人を育てるわけだし、それぞれの文化というのが本当にあるからみんなで共有していくことが大事だと思うな。

今日もがんばりましょう。強い雨が降らないといいな。良い一日になりますように。

作成者: aminooffice

臨床心理士/精神分析家