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休暇果つ。

早起き。まだ窓を開けない。洗濯機ももう少ししてから。Duolingoでフランス語をやった。今セクション2・ユニット24「周りの環境を説明する」。季節とか釣りとかの単語が出てくる。こんな簡単なことも忘れているのだから忘却力ってすごい。忘れたいことには発揮されないくせに。

夏は知らない人や一年に1、2回しか会わない親戚と話す季節。一時帰国した人たちの話を聞くのも楽しい。日本人であることを常に意識させられる環境を普通として育っているんだな。それが本人にとってどんな体験かはわからないけどいくつになっても、たまにしか会えなくてもいろんな話ができるのは嬉しい。

週末、NHKスペシャル「シミュレーション~昭和16年夏の敗戦~」を見た。実話ベースのフィクション。朝ドラや大河でおなじみの俳優たちはほぼ同時に別の人生を演じたりもしているのだろう。大変なことだが彼らの影響力は大きいから必敗とわかっている戦争を始めるようなことが二度とないように魅力的に演じ続けてほしい。それにしても戦争ものの画面はとにかく男ばかり。銃後の声を描いたNHKスペシャル「新・ドキュメント太平洋戦争」を見ていたからなおさら女、子どもはお国のために消えてよし、という世界が戦争なんだよな、と思う。実際、ドラマでも救われていないことが言葉だけでわかるし。現実は死にそうになりながら生きていた女子供はたくさんいた。このドラマでは二階堂ふみの声が効果的に女の存在を示していたと思うけど。なんたることかのう。

休暇果つ。今週もがんばりましょう。

秋風のしづかにつよし蜂も来る 岸本尚毅

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戦争に関する番組をみたり。

早朝から歩いた。曇り空だけど蒸し暑い!

この数ヶ月、ずっと戦争に関するドキュメンタリーをちょこちょこみていた。ヒトラー、チャーチル関連の作品を見終えたあとは「NHKスペシャル 新・ドキュメント太平洋戦争」のシリーズなどをみていた。昭和館とかにたくさん資料があるからまた行かなとな。デジタルアーカイブはこちら

昨晩は地上波で『火垂るの墓』をやっていたのでそれもみてしまった。何度見ても目を背けたくなるが、好きなシーンもたくさんある。後半の節子がひとりで遊んでいるシーンはもうどうしようもなく尊い。尊厳を守ろうとする子どもたちが守られることを当たり前としないのが大人の世界なのかもしれないが、それでも本当にこういう尊い子どもたちはこれからも生まれてくる。

NHKスペシャルもエゴ・ドキュメントという当時の日記や手記の引用や分析から太平洋戦争の知られざる側面に迫っていたが、『火垂るの墓』をみるとアニメーションの力はすごいなと思う。いろんなドキュメンタリーを見ているときはひたすら言葉をなくす感じというか、思考停止になる感覚ばかりで、何を見たり聞いたりしても何も感じなくなっているのは私ではないか、という不安に襲われたが(それこそが戦争という現実の怖いところなのだろうと思うが)アニメーションはというか『火垂るの墓』はひとりひとりの人間の重みがずっしり伝わってきて、それは思考を促すもので、想像力が勝手に刺激される感じがする。だから見るのはとても辛いのだけどまだ感じられる自分は何を感じ、何を考え、どう生きていくのかということを考えさせてもらえる。それは全然知的な理解ではなくて、単に情緒を伴った人間の自然な振る舞いなのだろうけど。自然さや本来さなんてすぐに失われて、実はそっちが本質だった、みたいな言い方に導くのが戦争なんだと思う。たとえそうだとしてもそれに抗うように人間はできているという信念を貫いていきたい。

それにしてもお盆の期間、東京は人が少なかった。いつもなら夕方にいったらほぼ何もないような安い八百屋さんにもしかして、と思って寄ってみたらいいものがまだ少し残っていて買えた。大好きな無花果まで安いのに残っていた。この前、スーパーで高くて諦めたばかりだったからテンションがあがった。ハチミツとかでドレッシング作って無花果のサラダにしてみたり楽しんだ。時間があるときにやっておきたいことはたくさんあるけどバタバタするのももったいないからのんびりできて幸せだった。八百屋さん的にはちょっと苛立つ状況なのかブツブツおっしゃっていたけれど。安く売るというのは全部さばくというのが条件だろうからなあ。私は買えてありがたかったけどヤキモキする時間帯ってあるのだろうなあ。

お天気はどうなるのかしら。みなさんの地域はどうでしょう。大雨の影響が大きかった地域のみなさんも元気でありますように。

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8月15日

朝日でオレンジに染まった空はあっという間に薄い水色に落ち着いた。

今年は水分補給の下手さを実感する。加齢で身体に不調が出やすくなったせいでそう思うのもあるが、調子が悪いときは大抵水分をあまりとっていない。しかしこれも不調を感じてから気づくことなので熱中症とかそういうのは本当に危険なのだ。小さい子たちに時間を決めて一定量の水分を取らせることはとっても大切、ということをたくさんの子どもたちを見てきて実感しているので自分にもそれを適用すればいいのだが。子供にいうことは自分にも適用した方がいいんだよね。逆に、子供にだけ要求するのは不平不満が出てもしかたないので理不尽ではない理由が必要になるのでしょう。ああ。子供にもなれず、十分な大人にもなれず。

この前、小淵沢に行ったとき、駅がすごくきれいになっていてびっくりした。町名も北杜市になり、駅舎も新しくなり、懐かしいと感じるはずの以前の駅をもう正確には思い出せない。まだスクールカウンセラーをしていた頃は同じ地域で働く人たちと箱庭とかいろんな研修会に一緒に行っていて、小淵沢へも神田橋合宿で一緒に行った。みんなで色々歩いたはずだがそれがどの辺だったのか全然わからない。線路沿いを少し歩いただけだったのかもしれない。最近はようやくいろんな土地の記憶がつながりつつあり、入笠山、諏訪湖周り、車山などこれまでに出かけた場所が意外とその辺だったこともわかる。朝露に靴があっという間に濡れてびっくりしたのも思い出す。

小さな頃からなんでも読み、とりとめもなく書きつづけてきた。先日、NHKスペシャル「新・ドキュメント太平洋戦争1944 絶望の空の下で」をみながら、なんとなくそうしてきたことの意味をぼんやり考えていた。その番組では、サイパンで両親とともになんとか生きながらえていたのに目の前で父母を亡くした14歳の少女の日記、体調を崩してもヒロポンを渡されながら工場で働き、B29の爆撃で亡くなった女学生の日記、人間魚雷回天の特攻で亡くなった若者から父と妹へ宛てた手紙など、絶望的な状況で書かれた言葉たちが紹介されていた。それらは貴重な資料であると同時にそこには書かれていない思いを想像させるものだった。

被爆者の声を集め続けた元放送作家とある被爆者の交流を中心に描かれるNHK戦後80年ドラマ「八月の声を運ぶ男」では語られたことと語られていないこと、語りを聴くこと、残すことについて考えさせられた。原案は伊藤明彦『未来からの遺言ーある被爆者体験の伝記』(岩波現代文庫)。西日本新聞に伊藤明彦に関する記事がある。

今日は8月15日、終戦記念日、敗戦忌。今日も暑くなりそう。大切に過ごそう。

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ブルーナー自伝、NHKスペシャル。

昨日の月はくっきり明るかった。夜、何もつけないと寝苦しいけど、帰り道は暑くない。夜は外の方が気温が低いってことか。

ウィニコットの1954年の論文「精神分析設定内での退行のメタサイコロジカルで臨床的な側面」を館先生が『ウィニコットの臨床』の中で丁寧に読解しているよ、ということを昨日書いたと思うけどこの論文は『小児医学から精神分析へ ウィニコット臨床論文集』の第19章に入っている。監訳は北山修先生、この章の翻訳は岡野憲一郎先生。そういえば、北山先生からバサック先生との共著を送っていただいた。感謝。

そうそう、それでウィニコットを読み直そうとしたら別の本が目に入ってしまい、またそっちをパラパラしてしまった。一度読んだことがある本はパラパラで行きたいとこに辿り着けるが中身はぼんやりしか覚えていないのできちんと読むにはすぐ時間切れ。

心を探して:ブルーナー自伝』(田中一彦訳、みすず書房、1993年)。Jerome Seymour Brunerは1915年生まれ、2016年没。101歳ということだね。原著はIn Search of Mind: Essays in Autobiography. (1983)。ということは70歳になる前に書かれた自伝ということ。このあと30年間も生きるなんて思わなかったのかもしれない。私が大学生の頃によく読んだ心理学者ばかり出てくる自伝。みなさん、交流があったのだねえ。

この時代の多くの心理学者はそうかもしれないけどブルーナーも精神分析というかフロイトを常に目の端に入れてる。精神分析はまだ歴史が浅いとはいえ、今でも参照されるのはフロイト、クライン、ウィニコット、ラカンだよね、外側からだと。とはいえ、ブルーナーは精神分析の体験があるので「分析では、いや私の分析では」と「私の」に傍点をふって強調するくらい中に入ったことのある人。フロイトをよく読んでいるなあ、と思う記述もあるし、フロイトのことは精神分析より好きみたい。

ブルーナーの最初の分析家はエドワード・ビブリング(Edward Bibring、1894-1959)。エリクソンのスーパーヴァイザーだったりした分析家だ。ウィーン、ロンドンとフロイトと行動を共にして1941年からBoston Psychoanalytic Society and Instituteで訓練分析家を務めている。ブルーナーは1953年の秋、コモンウェルス基金の研究奨励金で精神分析を受け始めた。彼らは同じユダヤ人として親しみのある関係だったようだが、ブルーナーは「私は、分析が「行われた」とは思わない。」と書いている。

ビブリングは長くパーキンソン病を患っており、亡くなってしまったため、ブルーナーは二人目の分析家を必要とした。彼の分析体験に関する記述を少し引用する。

「それは、精神分析が私の流儀ではないということだったのか。すべてそのせいということはありえなかった。というのも数年後、私が心底援助を求めていたとき、つまりごくあたりまえの関係がこわれて私の微慢で強情なプライドに耐えがたい苦痛を残した離婚の直後、私は数か月間「本気の」分析を、ある別の人(ビブリングはその後、彼の病気の合併症で亡くなっていた)から受け、苦痛の軽減と洞察という点で大きな恩恵にあずかったのだから。あの最初の失敗には、何かもっと深層のものがあったのだと思う。」

「しかし、この結果をもたらしたのは精神分析自体だったろうか。そこには何か別の、もっとやむにやまれぬものがあったかもしれない。ビブリングの病気は、私の父の病気と死の再現になる危険を、あまりにも孕んでいた。」

など、ブルーナーは自分の精神分析体験を振り返り「私のように知的に事を処理する人間の場合、充分ではないのかもしれない」と書いている。この場合の「知的」は「頭ではわかるんだけど」に留まってしまう、ということかもしれない。ちなみにボストン精神分析家研究所でのセミナーは分析家の友達ができたこと以外は大層手応えのないものだったようである。

深夜にNHKスペシャル「K2 未踏のライン 平出和也と中島健郎の軌跡」を見始めたがいたたまれなくなって最後まで見られなかった。また後日見るつもりだけど辛い。平出和也さんは田中陽希の「グレートトラバース」で知っていた。この番組は句友の番組でもあるので身近な人たちの悲しみを思えば思うほど見ていて辛かった。私は山育ちで登山でもスキーでも親しんできたが、山は本当に怖いということもどこかで植え付けられている。そういう恐れを超えてワクワクに従い、磨き上げた技でさらなる高みにチャレンジしたお二人には尊敬以外ない。お二人が滑落死されてからもう一年。改めてご冥福をお祈りしたい。

今日は水曜日。失敗は最低限にとどめてがんばりたい。