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長崎

昨日からずっと、というより広島に原爆が落とされた8月6日からずっと長崎のことも合わせて考えている。といっても、私の知っている長崎について思い出を辿っていただけなんだけど。

長崎は平和公園や原爆資料館は必ずいく。長崎は本当に「祈りの街」という感じがする。小道や坂道、広場、ひっそりした場所がたくさんある街というイメージ。電停でいろんなところへいける。眼鏡橋がかかる川沿いもとてもいい散歩道。中華街は私は神戸が一番好きだけど長崎もいい。長崎はいろんな国のお菓子も美味しくて楽しい。グラバー園ではスコールにあった。鍋冠山からの景色が穴場、と長崎の人に聞いていったら、あの時は何かの理由で頂上への道が封鎖されていたんじゃなかったかな。途中からでもすごい眺望だったけど。稲佐山からの夜景もきれいだし、長崎造船所はすごいインパクトあった。色々考えてしまった場所だった。軍艦島は風が強くて上陸できなくて別の島に上陸した。私は船に酔ってしまってダウンしていたからずっと休憩室にいたけど。そのときの船の乗組員さんがすごくさりげなくサポートしてくれたのがありがたかった。船内では、軍艦島の悲しい歴史を映像見ながら話してくれるのだけど実際体験された方のお話で胸が締め付けられた。長崎は「祈りの街」というより祈らざるをえない街といえるかもしれない。

ほかにも色々行ったけど、一番好きなのは平戸かなあ。島原もよかった。貝雑煮を食べた。島原城にはキリシタンの史料がたくさんあって説明も受けられるのだけど関係する場所、全てに行ってみたいと思った。説明してくれた人が上手だったのだと思う。萩、津和野へ行ったときも史料を結構読んでいろんなことを感じた、そういえば。興味深くて誰かに喋った気もするけど内容をもう忘れてしまった。インパクトは覚えているけど。

長崎はとても素敵な街で何度でも行きたいと思う街のひとつだ。あそこに原爆が落とされたなんて信じられない穏やかさで、でも街全体が静かにいろんな国のいろんな痛みを抱えこみながら、祈りながら生活しているように思う。今頃、蝉があの静けさを際立たせているかもしれない。ニイニイゼミはまだ元気に鳴いているかな。五島列島は台風が近づいているようだけど皆さんご無事で、と祈ります。

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八月六日

8月6日木曜日、原爆投下・全記録という番組を見ていた。

広島には学会でも旅行でも何度か訪れている。野球も見た。広島で広島の友達に電話もした。思い出が多い。

もう10年になるが、世界平和記念聖堂を訪れたとき、そこの職員さん(?)に声をかけられて、特別に見せてあげる、と普段は公開していないというところを案内してもらった。誰にでもそういっているのかもしれないが、たしかにここはあまりに舞台裏、という場所も見せていただいた。このとき、偶然一緒にいた男性が建築家か建築に詳しい人か忘れてしまったけど、とにかく建築に詳しく、この建物のこともそうだし、広島市内にある建築物について本当に色々教えてくれた。その後、時間の許す限り行ってみたが、彼との出会いのおかげでそのときの広島の旅は特別なものになった。

世界平和記念聖堂は村野藤吾の設計。平和記念資料館を設計した丹下健三とは対照的な建築家だ。私は村野藤吾の建築が好きだ。東京にいてもたくさんみられる。この日はその男性たちのおかげで聖堂に施された工夫を隅々まで堪能でき、広島と建築の関係についても聞くことができ、この旅のあとしばらく、私は建築のことばかり考えていた。

75年前、広島で生きていた方々、今も生きている方々が当時の記憶を住まわせる場所を私たちは作り続けていく必要があるように思う。目を背けたくなるような場面を見る目を、その後を生きてその日のことを伝え続けてくれる方々の声を聞く耳を、その瞬間とそれ以前、その後を具体的に想像する身体とこころを、空間として差し出せるように、なにかに囚われていない場所を自分のなかに準備しておけたらと思う。

エノラ・ゲイ の乗組員のために牧師が祈りを捧げるシーンが流れた。私は何をどう祈ったらいいかわからないけど、歴史から学ぶこと、二度と起こしてはいけない、あれは過ちだったということを忘れないでいたい。