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マホガニー

マホガニーということばにふわっと記憶が蘇った。あの扉の向こう、いつも同じ場所で同じ姿勢をとって少し遠くの大画面をみつめる人のこと。あのテレビは当時は最新だった。ゴルフも野球も大河ドラマも「ベータ」に撮りためられた大量のビデオも遠くからでもよく見えた。ハウス食品劇場は別の部屋の小さなテレビで見た。しょちゅう泣いた。ハイジに似ている、といわれていたが、結構多くの子どもがそう言われていたことを大人になってから知った。囲碁はあの大画面で見る必要はなかっただろう。もちろんそこに映される側がその内容や登場する素材の大きさを私たちのために調整する義理などあるはずがないが、囲碁はただでさえ視聴者にみやすいように盤拡大版をみせてくれていたし。

さて、今や倍速の時代だ。少なくともそれが簡単にできる時代だ。サッカーなんてすぐに結果が分かってしまう。立ち上がれないくらい走り切ってコートに一礼してベンチに戻る選手の肩にタオルがかけられる瞬間に思いを馳せることも少なくなったりしているのだろうか。もちろん何度も何度も巻き戻してみる場面もあるにはある。そうそう「ビデオ判定」ってやつ、あれは面接をビデオ録画して見直して検討するのと同じような違和感がある。必要性は十分に理解しているつもりだが、結局見るのは人の目だろう、私たちの視覚の信頼性はどんなものだろう。目に見えるものが教えてくれるこころなるものはどんなものだろう。

マホガニー、今は少なくなった、とその人は続けた。えんじっぽいカーペットにむらさきっぽいベロアのカーテン。いまはない場所の記憶はおぼつかない。重たくて暖かくてくるまって遊ぶにはちょうどよかった気がする。レースのカーテンは隠れる用ではなく顔を押し付けてふざける用。岩崎ちひろの「あめのひのおるすばん」を思い出した。また少し記憶が浮き上がっては混ざりだす。家のどこかが少し軋んだ音をたてるだけで、風で庭の木の影が少し揺れるだけで、台所の氷がカランと音をたてるだけでキョロキョロしては居場所をなくしカーテンにくるまった。

マホガニー色の扉。あの扉はとても重かった気がする。でももしかしたらあの頃の私にはそうだっただけで簡単にひらいたのかもしれない。向こう側から強い力でひっぱられてどうしてもあかないときもあったけど。

その人が扉をあけてくれた。急かされることもなく迎え入れ送り出してもらえる。閉ざすのではなく、隔てるのではなく、たとえそうだとしてもノックをすれば返事がある。私がするよりずっと軽やかに扉がひらく。

そして交わす、言葉を。また思い出が少しひらく。孤独も寂しさもなくなることはない。カーテンがくるんでくれたそれらを大人になった私は少しは自分でくるめるようになっているのだろうか。少しずつでもそうだったらいいと思う。

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精神分析

ミュート

PCでTwitterを使っているときになにかを押してしまったらしかった。「自分をミュートすることはできません」と画面にでてきた(と思う)。「そりゃそうでしょ」と「え、そうなの?」が同時に出てきた。正反対のことを思ったのはどっちも私であるらしく、そう考えると「自分をミュートする」ということを無意識的にはやっているのではないか、という気にもなった。自分で自分を拒む、拒むまで行かなくても制限する。

自分なんて曖昧なものだ。いつも思う。あの人は「本当は」どんな人なんだろう、と悶々とすることはあれど、その問いが自分に向けられればやはり「わからない」となる。似たようなことは昨日も書いた。だって毎日そんなことを考える出来事と出くわすから。むしろそんな出来事を紡ぐのが仕事でもある。

「わたし」でなにかを感じ、なにかを考え、発信したりしたとしても、それが「本当」かどうかなんて怪しいものだ。ただここでこうした曖昧さを感じながらこうしている。
そうこうしているうちに夢をみることもある。

生まれてはじめてみた夢はどんな夢だっただろう。そこに「わたし」はいただろうか。誰かはいただろうか。そこに形なるものはあっただろうか。

一瞬、眠ってしまった。あの場面だ。あのとき、なにかを意識していたわけではないのにこうして夢で見る私はたしかにあのときのわたしの情緒を伴っていた。思い出そうとして思い出せるようななにか印象に残った場面でもなんでもない。だけどこうしてみせられればたしかにその場面を私は経験した。そしてその夢に音声はなかった。わたしは少し振り返り、私より背の高い人になにかを答えていたのだが、わたしがしたのか誰がしたのかミュートだった。