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身近

晴れてる、台風一過だ、と思ったら一時的に雨がやんでいるだけらしく、しかも昨日の雨は台風ではなかった。千葉の雨量はどうなってしまっているのだろう。身近で具体的に思い浮かべられる場所の被害をみるとそれはそれでなんともいえない気持ちになる。

今日から能登輪島では三夜おどりが開催されるとのこと。マリンタウンってあそこだよな、と思えるのは実際に行ったことで身近になったから。あそこでやるんだ・・・と海沿いの隆起した土地、立ち並ぶ仮設住宅、復興作業中のトラックが並ぶ大きな駐車場を思い浮かべる。輪島港マリンタウン緑地の護岸を平らにする工事はすでに終わっているそうだから私が歩いた場所とは少しだけ離れている場所での開催なのだろう。どのへんだろう、と頭の中で視線が動く。静かで美しい能登湾の青が脳内に広がる。高い電灯の上にとまるとんびもみえる。なにごともなかったかのような景色も近くに寄れば地震の跡が痛々しく残る。新しい家と仮設住宅の人たちのおしゃべり。いろんな家やグラウンドに白い三角帽のようなテントが立っていた。あれはインスタントハウスという名古屋工業大学が開発した簡易住宅だそうだ。壊れた景色と残った景色、そのなかで開催される伝統行事。工房にいれてくれた輪島塗の職人さんも地震、豪雨と続いた災害のあと人が少なくなったこの場所で技を継承していくことについて思い悩んでおられるようだった。誰にもどうすることもできなかった出来事のなか、自分の家も工房もなくし、作業場を貸してくれた場所が今度は豪雨でいられなくなり、今もなお大変ではあるが小さな仮設の工房で仕事を続けながらしずかに街の未来、輪島塗の未来を心配している彼らも三夜おどりに参加するのだろうか。更地になった元の家と工房と同じ場所に建物を建てていいという許可がおりたばかりだといっていた。祭りはそのそばで行われるのだろう。こうして実際の景色とともになにかを思うにはそこを体験するのが一番の近道だが、あまりに想像が及ばない部分も多い。知っている、わかっている、なんてほんと限られたことにしかいえない。だからなにということはまったくなく、知らない、わからないということに関心を向け続けることをしていくのが生活なのだろう。

雨の被害が広がりませんように。

作成者: aminooffice

臨床心理士/精神分析家