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精神分析

くずきり、失敗、スヌーピー

首の痛みが治らないな。ヘルニアが悪化してるのかな。嫌ね。さっきいただいた抹茶くずきりを半分にしようと思ったら大惨事。大というほどではないけどやや惨事。というか「惨事」だけでも結構な感じね、いざ書いてみると。くずきりってどんなだっけと思いつつも知っているものとしてきちんと思い浮かべなかったのがいけなかった。こういうことは失敗したから思うだけだけど。まず抹茶が入っている小さな袋を開けるところで失敗。横にちょびっと開けるはずが縦に裂けるように開いてしまった。でも抹茶が少し親指にかかった程度で被害は少なかった。幸運。くずきりが水分とともに麺状で出てくるのはわかってた。でも水分量と麺が滑り出てくるスピードに対応できなかった。また少しこぼしてしまった。お盆の上だからよかったけど。抹茶は最初黒蜜かなと思って(抹茶くずきりって書いてあるのに)、とか小さな思い込みを重ねながらぼんやり行動するからこうなる。私みたいに不注意で不器用な人は普通よりも意識的に行動しないと叱られたりこいつ大丈夫かと思われるようなことをしでかすので療育を学んでから気をつけてきたのだけど相変わらずですな。あと怖い人といると失敗する。緊張してさらになんだこいつ感が強くなる(というかそういう感じを醸し出す人だから怖い)。前に私は好きな人だったんだけど向こうはイライライライラしてて(嫌われてたんだろうね)買ってきてくれた小さなお菓子を小袋から手に出してあげるときにこぼしてしまった。怖くて緊張してしまったのね、きっと。というか絶対そうなんだけど好きだったんだよね。とてもとても悲しい思い出。今も思い出すと怖いし悲しい。身体の記憶として残ってしまってる。不注意や不器用がある子どもが失敗しては怒られてさらに失敗を重ねるのってこういうこと。何ができなくても怖がらせるのは良くないよね、という普通のことを思う毎日ですね。

この前、南町田クランベリーパークにあるスヌーピーミュージアムに行った。高校生の時、演劇部がスヌーピーのキャラクターが登場するというかエレベーターに閉じ込められた世界がその世界になりそれぞれがその時間をそのキャラクターで生きるような、いや、全然違うかもしれない、まあでもスヌーピーの主なキャラクターたちが繰り広げる劇をやったのをみた。私の高校の演劇部は強豪校(というのかな)でレベルも高かった。今も、というかコロナ前まではたまに高校演劇も見ていたけどうまさとはなにかと考えさせることが多かった気がする。なんかもうこの年齢の子たちのエネルギーだけで満点じゃん、とやられてしまうときもあればそもそも自分にはできないことをしている時点で「すげー」と思ったりもする。スヌーピーのキャラクターの成り立ちとかシュルツ自身のこととかよく知らなかったのでとても面白かったしアニメーションとかいろんな展示もワクワクしたし、漫画もたくさん展示されていてどれも意外性と深みがあったしすごく楽しかった。漫画だと全部読んでも全然疲れないね。「ライナスの毛布」というのは多くの人に伝わる言葉だよね。そういう引き継がれる言葉が残っている作品ってすごい。写真はライナスのことを好きなチャーリー・ブラウンの妹のサリー。ちゃっかりはっきりしててかわいい。

You play with the cards you’re dealt.. Whatever that means.

スヌーピーの言う通り。火曜日もなんとか過ごしましょう。外はすでにとっても暑そうですよ。どうぞお気をつけて。