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精神分析

子どもと大人が育ちあうために。

夜明け。空がきれい。今朝はあまり鳥が鳴いていない。晴れている日のほうが出だしが早いか。週のはじめから疲れきっているせいか、ここで書いていた文章を消してしまった。気づいたらなくなっていた。やっぱり別の場所に書こうかなと思ってコピーした覚えはあるから、ペーストをしわすれたのだろうね。というかコピーではなくカットしてしまったのだろうね。コピペはいうのにカトぺとはいわないね。

今はオフィスでの仕事に専念していて、保育園や学校に出向く機会がなくなってしまった。SCをやめてからは巡回ばかりだったけど長年通い続けた現場は楽しかった。私がそこで繰り返し伝えてきたことを少しまとめておこう。そういえば学会の準備もしないといけない。そこでも基本的には、子どもを理解することと、その子を育てる大人を支えることはパラレルであるということを精神分析の知見とこれまでの経験をもとに話すことになるだろう。まだなにもしていないので多分だけど。

個別的な内容以前に、生活の支援、保育士の待遇、学びや研修の機会など、養育を支える社会の仕組みには、改善を求めていく必要があるのは大前提。なにかを個人の努力に求めることはやめていきたい。でもまずは個人でできることを、とも思う。制度に働きかけることと、日々の関わりを考えることは連動している。

私みたいな臨床心理士の役割のひとつは、子どもの心に関する知識を共有することだろう。ただし、知識は、目の前の子どもや親を決めつけるために使うものではない。「何が起きているのだろう」「どんなふうに感じているのだろう」と、わからなさにとどまるきっかけを作れるような知識の活用が大事だと思う。

個人の努力に求めることをやめたいというのは、養育でいえば、養育者に対して、子どものためにもっと努力することばかり要求しないということでもある。親や保育者自身が、休み、相談し、必要な援助を受けられるような行政上の整備は拡大してもしても足りないのだから拡大し続けてほしい。WHOの親支援に関するガイドラインなども、親子関係を親のメンタルヘルスや子どもの情緒・行動上の問題の予防を併せて扱っているので参考にしたい。

子どもは成長するなかで、環境の変化に対応する力を身につけていく。しかし、その時点で使える力や周囲の支えを超える負担がかかれば、身体の不調や行動の変化として困難が現れることがある。それを「適応」という観点からみてしまうと、環境の側にある負担や不備を見落として、子どもの側に求めすぎてしまうかもしれない。養育者と子どもが適応のために疲弊し、疲弊のために閉じ気味になり、社会に対する不信、懐疑を深め、絶望していく、という事態は避けたい。

子供が負担を強いられているときは、親も同じ変化や負担のなかにいることが少なくない。親になったからといって、いろいろなことに耐えられるようになるわけではない。大人にも、それぞれの特性や育ち、経験があり、疲れる日もあれば、不安や怒りをうまく調整できないときもある。子どもの不安が大人の苛立ちを強め、大人の苛立ちが子どもをさらに不安にしたりもする。まずは、そのような循環を知ることが支援の出発点になる。

たとえば、いわゆる「赤ちゃん返り」は、それまでできていたことが一時的に難しくなったり、以前よりも世話や接近を求めたりする、退行として理解できる場合がある。それを大人が受け止められず、拒否や叱責が重なると、関係がさらに苦しくなることもある。その子の体調や生活の変化など、子どもの理解に複数の視点を生かす一方で、拒否したり叱りたくなる大人に対しては、批判ではなく、理解の姿勢を向けることも大事だろう。子どもには、成長を支え、関係を調整してくれる大人が必要である以上、その役割を担う大人にも支えが必要である。

最近は、用語自体が混乱のもとにもなっているが、アタッチメントの考え方は、こうした関係を理解するうえで役立つものだったと思う。attachには「くっつく」という意味があるが、アタッチメントは、身体的に接触することだけを指すものではない。不安や恐れを感じたときに、特定の相手との近さやつながりを求め、安全な感覚を取り戻そうとする働きでもある。子どもが泣いて、大人を呼び、近づき、抱っこを求める行動も、そのような働きをもつ。乳幼児から成人までのアタッチメントの理解と支援については、北川・工藤編著(2017)を私は参照することが多かった。

また、乳幼児期の経験が、その後の関係をすべて決めてしまうわけでもない。成長とともに関わる相手は広がり、友人やパートナーなどとの経験も重なっていく。AllenとTan(2016)は、青年期のアタッチメントの多面的な発達を論じている。初期の経験の重要性を強調するだけではなく、変化も細やかに見守っていきたい。変化のプロセスを相互の関わりの量や質の丁寧なアセスメントとともにみていくことは子どもも大人も変わらない。境界線をひくのであれば、それがなぜ必要かを説明できたほうがいいだろう。

養育者や支援者の関わりを考えるときには、「敏感さ(sensitivity)」も一つの手がかりになる。ここでいう敏感さは、危険に敏感であることや、感情的に揺さぶられやすいこととは区別される。少し古い資料だが、Ainsworth(1969)は、乳児のサインに気づき、その意味を的確に読み取り、適切に、速やかに応答することとして敏感さを捉えた。

これは、いつでも何かをしてあげることではなく、子どもの要求をすべてかなえることでもない。その子が何を伝えているのか、いま何を必要としているのかに、関心を向けることといえるだろう。大人自身の都合や不安に心が占められていると、子どもの行動を自分の願いや恐れに沿って受け取ってしまいやすくなる。繰り返すが、だからこそ、大人の疲労や孤立にも目を向けたい。「もっと敏感に応答しましょう」と求めるだけでは、応答する余裕を失っている人を、さらに追い詰めることにもなりかねない。

これも繰り返しだが、一つの関わり方から、子どもの将来や親子関係の全体を予測することはできない。知識は、評価やカテゴライズのためではなく、あくまで支援の手がかりとして使いたい。

それにしても、親に、特に母親に求めすぎる傾向はどうやったら変わっていくのだろうか。親による情動の映し返しが、乳児の情動的な自己認識と自己制御の発達に重要、という知見があるとしても、それは直ちに親の責任と結びつくわけではないだろう。大人が子どもの苦痛にのみ込まれることなく、その状態を受け止めて示し返すことに意味がある、と「大人が」を主語にしていけるほど父親や周囲が養育に当たり前のように関わる時代がくるといいなと思う。

私は現場では、相手に心を揺さぶられる共鳴、何に揺さぶられているのかを考える省察、考えたことを相手に伝わる形で示す表出という観点から話をすることが多かったと思う。これは、実践上の整理である。

抱っこする、あやす、声をかける、刺激を減らす、少し待つ。こうした具体的な働きかけは単なるdoingではなくbeingが下地になっていることもよく話してきた。子どもの状態を考えながらそばにいること、ただそれだけのことがいかに重要かと。

こうした考え方を具体的な支援につなぐものとして、アタッチメント研究に基づく「安心感の輪」子育てプログラムなどがある。北川(2013)は、養育者の敏感性や内省機能などに働きかける支援を概観し、支援の場そのものに安心の基地を実現することの重要性を論じている。親が子どもを支えるためには、親自身も、困難を安心して話し、振り返ることのできる相手や場を必要とする。

ただし、研究に基づく理論を用いていることと、そのプログラム自体の効果が実証されていることは、分けて考える必要がある。2026年に公表されたランダム化比較試験のメタ分析では、Circle of Security–Parenting(COSP)による養育行動や親・子どもの指標の改善について、頑健な効果は確認されなかったと報告されている。これは、アタッチメント理論や親子関係への支援全体の有用性を否定する結果ではないが、COSPの効果を確立したものとして説明することは控えたほうがいいのだろう。どの形式のプログラムを、誰に、何を目的として用いるのかを明確にし、実施後の変化や負担も確かめていく必要がある。研究者と臨床家の協働が大事。

まあ、でもやっぱり、うまくいかない関わりを、一人で隠すように抱え込まなくてよいものにすることが大事。子育てが誰かひとりのせいであるはずがない。今はまったく関わりのない人からも評価の言葉が投げ込まれる怖い時代である。だからこそ誰かひとりに責任を集中させず、子ども、大人、家庭、園、それぞれを取り巻く条件のあいだで、何が繰り返されているのかを考える人が必要だ、と思って仕事をしてきた。関係の循環を見ることは、それぞれの行為の責任を曖昧にすることではない。苦しい循環を変えるために、どこに支えを加えられるかを具体的に示すことである。

「今日はワンオペ絶対無理。超寝不足」といいながらも引き受けざるをえない状況は本当にどうにかしないといけない。休む、交代する、配分を変える、そういうことを相談する、それがスムーズにできる制度をつくるって本当に難しいのだろうか。先延ばしのために心の複雑さとかが利用されたらいやだなと思う。制度やルールは境界線をひく仕事なので、限界は生じる。でもそれをしなかったら一番支援が必要な人からとりこぼされてしまうのではないのか。みんなが同じように自分自分というのは自由だが、それと同時に、自分より明らかに助けを必要としている人に対してできることを考えていくにはどうしたらいいのだろう。

いろんなところで話してきたことをまとめるつもりが、ちょっと違う方向にいってしまった。今日もがんばりましょう。良い一日をお過ごしください。

参考文献など

World Health Organization. (2023). WHO guidelines on parenting interventions to prevent maltreatment and enhance parent–child relationships with children aged 0–17 years. World Health Organization.
https://www.who.int/publications/i/item/9789240065505

北川恵・工藤晋平(編著)(2017)『アタッチメントに基づく評価と支援』誠信書房

Allen, J. P., & Tan, J. S. (2016). The multiple facets of attachment in adolescence. In J. Cassidy & P. R. Shaver (Eds.), Handbook of attachment: Theory, research, and clinical applications (3rd ed., pp. 399–415). Guilford Press.

Ainsworth, M. D. S. (1969). Maternal sensitivity scales: The Baltimore Longitudinal Project. Unpublished manuscript.

北川恵(2013)「アタッチメント理論に基づく親子関係支援の基礎と臨床の橋渡し」『発達心理学研究』24(4), 439–448.