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精神分析

運動不足とかオグデンとか。

朝はまだ涼しいけど料理をしているとやっぱり暑くなってエアコンをつけた。夏野菜を中心にひたすら切って煮込んだ。あとは放っておくだけ。ターメリックとオリーブオイルが終わりそう。買ってこないと。

コーヒーとレーズンのパウンドケーキとteatonのウバ。美味しい。

気温が30度を超えはじめたのは今週の頭だったか。急に一日の歩数が減った。土日は仕事があろうがなかろうが平日と比べたら時間があるのでたいてい寄り道しているが平日は別の場所での仕事でもない限り近くのコンビニや郵便局や銀行や初台ローカルの店にいくのみ。運動不足。新宿までいくのも地下道を使うことが増える。私のところにくる人は京王線、小田急線沿いに住んでいる以外は新宿から歩いてくる人が多い様子。この時期、少し遠回りして新宿中央公園の蝉の声を浴びてくるのも悪くないが熱中症は怖いからね。特に子供の場合、大人も本人も結構気をつけていても急に具合悪くなって救急車呼ぶことになったりという例も見てきたし心配。気をつけて過ごしましょう。

時々、小保方晴子さんの事件のことを思い出す。もう10年以上経つのか。結局あの研究は不正が暴かれただけだったのだろうか。チームでやっていたものではなかったのか。少なくとも数人のトップクラスの専門家の目を通したものではなかったのか。どうして彼女のあんな稚拙な走り書きばかり一人歩きして、彼女の個人的な事柄ばかり取り上げられていたのだろう。学問の世界が兎角そうなりがちなのはどうしてなのだろう。人のこういう特徴に詳しいはずの私たちの業界でさえのさばるのはゴシップという感じがする。それぞれに地道にやってきたはずのことが大切にされたり引き継がれたりする世界でありますように。

サンフランシスコで開業しているトーマス・オグデンの最新論文を読んだ。オグデンは日本でもファンが多い精神分析界の重鎮だ。ここ数年の論文でオグデンは教育者になってしまったのだなあという印象を持っていたがなんかやっぱりちょっとこれだと伝わりづらいのではないか、という方向にいってしまった気がする。この論文は絶対オグデンが書いたとわかると思うのだけどそういう場合の査読って難しそう。オグデンがいうことなら、とかなってしまわないのかな。IPAの編集委員たちはそういうのに囚われずに読める人たちなのか。それぞれがすごいもの書いている人ばかりだもんね。それにしても、と思う。日本のオグデンのファンは今回の論文も批判的に読むことをしない気がするが、古典的な精神分析実践を継承している私たちはこの論文を慎重に吟味する必要があると思った。ここ数年の論文も含めて。昨年の精神分析協会の学術大会で小川豊昭先生が企画されたパネルはオグデンが無意識は存在しないと書いた論文を取り上げたものだったがどんなものだったのだろう。うかがってみよう。今月末は仲間内でオンラインの勉強会を企画してセッティングについてそれぞれの考えを共有する予定なので私は私の考えをこの論文に基づいて話してみるつもり。オグデンの論文を読むとウィニコットやオグデンの使う言葉をもっと中立的な言葉で言えないかな、と思うし、彼らが使う言葉を安易に使っている自分を反省する。この前、信頼している先生にあっさりされた指摘に身悶えたのもその部分。土居健郎の「甘え」みたいな言葉の重要性もますます感じる。

あー、バタバタした朝だった。今日もがんばろう。