あら。今日もくもり空。昨晩はとっても明るくて形の良い月(つまり満月)が水墨画のように雲から現れたり隠れたりしていてカッコよかった。写真を撮るにも新宿の方は空が明るいし、信号は多いし、自分の目だとこんなきれいに見えるのにね、と思えるのは素敵なことかもしれない。まだ遠くのものはよく見える。
今朝はサッカーで寝不足の方も多いのかしら。私は途中少し見たけどいつのまにか終わってた。普通に寝るのが遅かったから眠いは眠い。ねるねるねるねはお菓子だっけ。私が育ったら田舎の小さくな駄菓子屋さんにはなかったと思う。スーパーのお菓子かな。今でもこういうお菓子の棲み分け?売り分け?ってあるのかしら。「駄菓子コーナー」みたいのがコンビニにもあるくらいだから駄菓子屋そのものがもうなくなってきているのかもしれないね。ねるねるねは練っているうちに寝てしまったみたいな豆本付きで売りたいですね。
子供の頃、通っていた駄菓子屋さんのおばあさんは童話に登場するおばあさんみたいに怖かった。お店の脇に咲いていたかわいいお花がほしくてつもうとしたら根っこが横に這っていてびっくりして手を引っ込めた。それが松葉牡丹だと知ってつんではいけないお花として愛でるようになった。白い小さなお花もほしくて少しつんでしまったときがあった。こちらはつめたがおばあさんにびっくりして落としてしまった。なんだかとても悪いことをした気持ちになったけど、というか実際悪いことだったのだろうけどおばあさんはただいつもの場所に立っていただけだった。そのあたりには紫陽花だったかなんだったかもあって友達とカタツムリをよく探した。駄菓子屋の前を学校の行き帰りで通るだけでなくて、反対側の道から眺めて店の小ささを意識したのはもう少し大きくなってからだろう。そばの家が建て替えられるなか、そこは長い間そのままだった。駄菓子屋さんが閉まってからもそのままだった。童話みたいだったのはその小さなおうちであって、いつも不機嫌そうにみえたおばあさんが実際に不機嫌だったり怒っていたわけでもなんでもない。だから私たちはしょっちゅう10円20円のお菓子を買いに行き、いつもワクワクしてみんなで色の変わったベロを見せ合ってゲラゲラ笑ったりしていた。店に入ってすぐ左側にはゲーム台があって、小学生の私たちからしたらずいぶん大人に見える多分高校生がいたりした。あの白いお花はなんていう花だったのだろう。小さな細い花びら、細い茎、落としてしまったお花を怖くて振り返ることもできなかったけどおばあさんはきっと大切に拾ってくれたのだろうと思う。ありがとうとかごめんなさいとかきちんと伝えたのかな、私は。本当にろくなことをしない小学生だったけどいろんなこと感じながら考えながら過ごしていた日々の記憶におばあさんがずっといる。私の中ではすっかり「赤毛のアン」に出てくるマリラの姿なんだけどそう伝えたとしてもにっこりはしないだろうけど嫌がりもしないと思う。いつもいてくれてありがとうございました。
子どもたちも大人たちも今日も安全に過ごせたらいいですね。良い一日になりますように。

