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精神分析

Early Women Psychoanalystsのことなど。

今日は6月19日、金曜日。いいお天気どころか真夏日になるって。それきくだけで辛くなってくるわ。今日は桜桃忌か、と禅林寺での光景を思い出したり、もう阿波踊りの話題か、と年末年始に行ったばかりの徳島に思いをはせたりしているうちに朝の時間はどんどんなくなっていく。

先日、Early Women Psychoanalysts: History, Biography, and Contemporary Relevance(Klara Naszkowska編、2024、Routledge)のことを少し書いた。精神分析のパイオニアであるにもかかわらずその貢献が語られてこなかった女性たちに関する本である。海外文献紹介の依頼をうけているのでこの本だったらすぐに書けたかもとあとから思った。それはともかく、精神分析家にいくら女性が増えていようと女性の地位が向上したわけではないのは日々のニュースから明らかなので、自分が生きる道を切り開いてきてくれた先人たちのことを知り、語り継ぐことは大事だと思う。

特に第4部のBeyond the Holocaustが印象深いと書いたが、そこには若くして自殺したふたりの女性精神分析家が登場する。ひとりはワルシャワの裕福で愛国的な家庭に生まれたポーランド系ユダヤ人のEugenia Sokolnicka。彼女の母は女性による愛国運動の著名な活動家であり、逮捕をされたこともあるが、ポーランド独立後には国葬に準ずる盛大な葬儀をもって追悼された人だという(Geissmann & Geissmann, 1998)。一方、ソコルニツカは当時のロシア帝国支配下のポーランドにおける女性への制限のため、大学への進学を許されなかった。

しかし、ソコルニツカは Sigmund Freud や Sándor Ferencziの分析を受け、lay analystとして活躍の場を広げていく。彼女に関する彼らのやりとりも興味深いというかなんなんだ、という感じはするが、フランスの精神分析に貢献したソコルニツカの名が Marie Bonaparteの登場によって、フロイトと同僚たちとの往復書簡から徐々に姿を消していったという記述は切ない。これだけみても女性分析家としての立場の弱さを感じるが、マリー・ボナパルトの登場は象徴的な例であり、男性中心社会における女の使用、権力構造のありようはどこでもなにも変わっていないのだろう。それに加えてヨーロッパの社会政治的状況、具体的にはユダヤ人に迫りくるヒトラーの脅威、様々な歴史的文脈があるにせよなんにせよ、彼女は1934年5月19日、58歳でソコルニツカはガス中毒によって自ら命を絶った。

ソコルニツカの死に際して、彼女の元被分析者であり生涯の友人であった小児科医・精神分析家の Édouard Pichon は、フランスへのフロイト理論の導入と精神分析家養成におけるソコルニツカの功績を公に認め「彼女は医学の学位を持ってはいなかったが、未来の精神分析家を養成できる唯一の人物であった。」と述べている。

ソコルニツカとこの後の章に書かれるSophie Morgensternに関して重要なことは、彼女たちに関する記述が単なる精神分析史ではなく、言語の歴史として読めるところである。これは私が紹介しようとしているアナト・ツール=マハレルの議論と重なっていくのだが、ソコルニツカもモルゲンシュテルンも母語はポーランド語であり、ドイツ語で分析を受け、フランス語圏で活動するという3つの言語空間を生きた精神分析家である。しかも彼女たちは患者とはポーランド語で話しながら、論文はドイツ語やフランス語で書いている。このようなことをどう受け取るかは読者によって異なるかもしれないが、と私の意見を書きたいがもう時間がないので今日はここまで。またいずれ。

良い一日になりますように。

作成者: aminooffice

臨床心理士/精神分析家