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花壇とリハ

今日も朝焼けになりそうな空がきれいだった。赤い光が全体に広がらないまま薄い色の空に紛れて消えちゃた感じがするけど少し眺めていただけだから見逃したのかもね。

腰が痛い。毎年この時期になると我が家のありのまま花壇ではユキヤナギとスノーフレークの存在感が増してきて「今年も咲くかな」と愛おしい気持ちになる。でも今年は存在感がないことに最近気づいた。どの季節も雑草が生えては枯れ、それぞれのお花を侵食することはなかったのだけど今年は緑の細い葉っぱを束にして掴んで思い切り引っ張っても全く歯が立たない、腰にくるだけでびくともしない雑草が生えてしまった。枯れる気配どころか株になってどしんと腰を下ろしたまんま。ほんとそこどいて。あの子たちが生えてこられなくなっちゃったじゃない。ラベンダーを植えたことと関係するのかもなあ。それまで本当にうまく季節ごとにそれぞれのお花を咲かせてきてくれた花壇の環境を変えてしまったのかもしれない。ごめんね。そのまま引っ張ると腰にくるとは聞いていたので枝切り鋏で地道にジャキジャキやってみた。手強い。だんだん無心になってきた頃、腰がグキってなった。もう随分前になるけどぎっくり腰の耐え難い痛みを経験してから怖くてヨガをはじめたり腰だけはそれなりに注意してきた。今回もやばいと我に返ってそーっと腰を伸ばし、これもう除草剤しかない状態だなということはわかったのでこのくらいにしておこうと枝切り鋏を置いたら今度は手が震えて開かない。前に橈骨神経麻痺で手首がだらんとなったことはあったけどたぶんそれとは関係なく結構手指や手首も痺れたり痛みが出たりしやすくて今回も特に右手中指を自分で持ち上げることができなくなった。震えはいつもは使わない筋肉に負荷がかかり過ぎたのだろうと思ってそのうち治るだろうと思えたけどこの感触はちょっとまずい感じだぞと左手でマッサージしたり曲げることはできるからピアノひくみたいに指動かしたり早速リハビリに励んだ。いろんな経験のおかげでこういう早めの対処ができるようになったみたい。リハビリってほんと大事。私は「やばい!」と思うと作業療法士の友人に連絡して応急処置を教えてもらえたりできてとてもありがたいのだけど身体のことは難しいね。今はこうして普通にタイプもできる。よかった。今朝、珍しくテレビつけたらテレビ体操をやってたからすごくすこしだけ真似してみた。あとは絶妙なピアノに感心しつつ呼吸をしっかり意識しながら美しい動きを繰り出す人たちに惚れ惚れしてた。全然リハビリがんばってないじゃん、ということで指は治ったものの今日も身体がバキバキです。自ら無理に対話状況を作り出し見知らぬ人を利用していくことで事態をうやむやにする態度について考えていたのだけど身体はごまかせないから積極的なケアはサボったとしても無理はしないということをしないとね。どういう除草剤がいいか相談しにいかねば。そしてまたユキヤナギとスノーフレークを植えよう。長い間毎年毎年ありがとう。みんなにとって最適な花壇というのはよくわからないけど知識もないうえに放っておくのは危機対応できないからダメね。ごめんね。色々教えてもらってきます。

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おなかいっぱい。ひとりになるなりおなかいっぱい。苦しいけど今日は腰をやられ肌もやられたからお風呂でケアしないとと思ってそれはがんばった。でも相変わらず苦しい。どうせ眠れないから洗濯も始めちゃったのは後悔。水炊きが美味しくて食べ過ぎてしまったの。水炊きはがんばればいいのは灰汁取りだけで時間さえ待てれば手羽肉が骨から取れちゃうくらいほろほろに柔らかくなるしお野菜いっぱい食べられるし贅沢な食べ物です。お出汁で雑炊とかラーメンとかもできますしね。長芋もいただいたから早めに使おう。あ、洗濯物できた。めんどくさいけどやりましょう。腰痛い・・・。なおさら動かねば・・。

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冬眠

寒い。寒さに対してどんな態度をとったらいいか全くわからない。実家の方なんてもっと寒かったのに当時はまだ寒さよりもっと色々気になっていた子供だったし東京暮らしの方が長くなってきたので当時どうやってやり過ごしていたのかいなかったのかもよくわからない。ただ自転車で前髪凍るよね、とか足が粉吹くよね、とかそういう話はしていた。乾燥も友達や医師に勧められるままに色々試してきたが今でも深刻に辛い。寒さなんて毎年それなりに長い期間毎日くるものにもいまだ対処できないのだから日々の様々なこと、特にイレギュラーなことに対処できないのは当たり前だ。などと思っても色々やり過ごせるものでもない。ああ。人間やめたい、死にたい、と言いたくなる人の気持ちもわからないでもない。「わかる!」と簡単には言えないが。私も寒いとすぐ「死にたい」と言いたくなるし言ってしまう。こんなことを書いている場合でもないのだが書かないとやってらんねーという場合もありますよね。私の場合、なんだかんだ毎日書いてしまってるけど。ちょっと聞いてよ、とぶちまけたくてもそういうわけにいかないことばかりってこともあるし。とにかく自分で蒔いた種は自分でどうにかしてくれよ、こっちは最大限注意深くしてたよ、と思ったとしても人って完全にきれたところで存在できないから巻き込まれて相当理不尽な想いをしたりもするわけでしょう。大なり小なり誰でも経験あると思う。「人間やめたい」ってなるわけだよ。死にたいよりもそっちでいこう、まずは。AIとかに詳しい人たちの方がむしろ人間のそういうところわかっていない感じあると思う。情報だけ偉そうに撒き散らしておいて他人に処理させてんじゃねーよ(言葉遣い注意)、と思うことありませんか。ないかな。私は「まずは行動でみせてください」と思うけど権力には勝てないので「きっと多分色々わからないんだろうなあ」と遠い目をするしかない。とか余裕あること言ってられないけど巻き込まれると、というか、人は直接的な関係がきれても繋がってしまっているので「なんで今更」とか「なんで私が」とか起きてしまう。あー。やっかいですね、人間。毎日「死にたい」という言葉は聞くし見かけるしそれに対してなすすべもないが相手が直接知らない人であっても死んでほしくはないのでまずは「今の状態相当きついしまずいと思っているだろうけどあなたのせいじゃないからね、絶対」と思う。いろんなことが関係していて原因なんて誰にも決められない。起き上がれないし立ち上がれないときは冬眠というか、人間的な部分色々停止させて低め安定でいきたい。本当きつくて辛いだろうけど。いずれ、いずれと願えますように。

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お菓子

GODIVAのチョコを一粒。コーヒーと。とりあえず。いただきものお菓子でできている身体。贅沢。ありがとうございます。チョコを一粒目の前に置いて、私はこれをパクッと食べてしまうのかな、と自分に問いかける。こんな小さいのになんと表現したらいいかわからないが段違いになっていて何やら描いてある。私はこういう細かい芸術的なところを気にせずに高級チョコをパクッと食べてしまうのか。いやいけない。じっとみてみるがよくわからない。老眼鏡かけてるよなとまた自分を疑う。大丈夫、かけてる。うーん。馬かな。ケンタウロス?違う気がする。うーん。いっか、美味しくいただくのだから、と思ったけど一応調べてみた。まずはGODIVAのWebサイトの商品紹介から。おお、王道商品ではないか。「ゴールドコレクション」ってあるから王道なのかなと思うのだけど。ふむ。レディノアⅡというのか。ハイライト&サーチ。おお、あっという間に答えが。なんだと思いますか?と言ってもお見せしてないからわからないですね。馬に乗った裸婦、レディゴディバですって。ふーん。ゴディヴァのシンボルなのか。うん。美味しい。一粒で満足。ああ、私、絶対食レポとかできない。大丈夫、頼まれていないから。今ふと先日レジ前に特別そうに置いてあったから久しぶりに買ってみたかっぱえびせんのことを思い出した。どれとっても同じ見た目、同じ味、パクパクパク、おいしー、って食べるんだな、きっと。楽しみ。みんなは今日どんなお菓子を食べるのかな。食べない人もいますよね。とりあえず今日は今日のことをなんとかしましょうか。またね。

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ウトウト

気づくとウトウトしている。おばあちゃんのイメージだが私は祖母のそういう姿をあまり見たことがない。母方祖母は遠方なので会うこと自体少なかったが二人ともよく笑う人だった。こんなとき私が思い出す祖母たちは別の誰かにではなく私に注意を向けてくれている。豪快にでもなく優しく微笑むでもなく、なんの不自然さも感じさせない軽やかな明るさで、足踏みミシンのある日当たりのいい縁側で、土間の向こう、開け放したガラス戸から顔を覗かせて、笑っている。車が入れない路地のスーパーで買ってくれたお煎餅も懐かしい。少しパッケージを変えた同じお煎餅を別の土地で見つけたときは感動した。あの薄暗い、店の人がいたのかどうなのかも印象にない、がらんとしたあの店だけのものかと思っていた。祖父がいないときはファミリーレストランに連れていってくれた。子どもの頃、ファミレスやファストフードは男性陣がいないときにこっそりいく特別な場所だと思っていた。車がないと生活できない土地で歩いていける場所にファミレスがあったことは今もすごく特別だと思う。そういえば祖父と祖母は車を持っていたのだろうか。隣の親戚が代わりに出していたのかもしれない。祖父とはいつもお散歩ばかりしていた記憶がある。田んぼの畦道を通って駅の隣のタコ公園でよく遊んだ。夕方空が真っ赤になるまで。祖父母は隣の市に住んでいたけれど市内でやるような小学校の行事にも自転車できてくれた。今思うと相当の距離を漕いで家にもきてくれた、いつも美味しいみたらし団子をもって。あんこもあったかもしれないが私はそのみたらしが大好きだった。その間、祖母はどこで何をしていたのだろう。あの掘り炬燵で自分だけの特別なお菓子を楽しんだりしていたのだろうか。ひとりでおしゃれをしてファミレスに行ったりしていたのだろうか。単科の精神科病院に勤めていた頃、大正生まれの方々のお話を伺う機会が多くあった。認知症の検査もたくさんとらせていただきその時に伺うご家族からのお話もとても新鮮だった。そんなに頻繁に行っていたわけではない祖父母の前で私はいい子にしていたような気がする。周りの友達みたいに言いたい放題やりたい放題できるような関係ではなかった。問題児ぶりが母から伝わっていなかったわけではないと思うが、大きくいえば私がのれなかったのは学校のルールだけだったので祖父母の家で問題児ぶりが発揮されるはずもなかった。でもそういうことではない、多分。私は祖父母のことをほとんど知らないままだった。祖父母に介護が必要になってからは母から様子を聞くのみで会う機会はますますなくなった。病院で祖父母と近い年齢の方々とお会いするなかで祖父母の話をもっと聞けばよかったと思った。他愛もないおしゃべりならたくさんした。でもおじいちゃんおばあちゃん自身の歴史をもっと聞きたかった。大きくなるにつれて大人の事情は色々と知るようになった。知らないことばかりだった。あの笑顔は私など通り過ぎてどこかへ向けられた寂しさでもあったのかもしれない。一年前の年末年始にはだいぶおばあちゃんになってきた母から母方の親戚のことをたくさん教えてもらった。さっきふと、そういえば子供の頃、と自分がしていた思い違いを思い出したのだけどお湯が沸いた音に立ち上がったらどこかへ消えてしまった。絶対おばあちゃんとのことなのに。

ウトウトしたままupするのを忘れて仕事をしていた。早朝はすでに今日ではないみたい。さぁ電車で移動の日だ。またきっと眠ってしまうだろう。夢で会いたい。

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ひざかけ、ストーブ、いちご

薄い電気ひざかけを連れてPCの前にきた。家にいる間はずっとこれを連れている。眠るときの布団の冷たさもこれにくるまればなんとかなる。朝はどこかへいってしまっているのが大抵だけどほのかな温もりが残っている場所に手を伸ばせばちゃんとそこにいる。私はそれを掴んで巻きつけるには少し短いけどそんなふうにして動き出す。また後でね、とPC前にそれを投げ出して洗面所へいく。寒い。ついに小さなファンヒーターがつまみを回してもうんともすんともいわなくなったのでスリムでとても軽い縦長の電気ストーブを買った。背中の方にじんわり熱を感じながら顔を洗う。部屋も身体もあたたまってからではよけいに動けなくなる。珈琲を淹れた。とてもおいしかったいちごはこれでおしまい。大きいから半分に切って食べていたが今日はそのまましゃぶるようにして食べた。あまーい。旅先で自分用に買ったチョコの入ったお菓子もひとつ食べた。今日もなんとか出かける準備がすんだ。すでに大仕事を終えた気分だ、さぁ、お布団へ、とはならないか。現実って世知辛い。今日も稼がねば。文庫を何冊か持っていこう。全部読まないかもしれないが寒くて少し寂しくなったときに少し切り替えられるように。みんなはどうしていますか。とっても寒いけどいろんな暖かさに出会えますように。またね。

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少しずつ確実に

ハラスメントに関する窓口って最初からかなり閉ざされてる。いろんな事例を想定して調べてみるとわかるけど声をあげにくくする仕組みになってると思うほどに。伊藤詩織さんのインタビューでもああするしかなかったというようなことをいってたと思う。どうして傷つけるほうは平然と自分のやりたいことだけ繰り返すのかな。フロイトのいった快原理は正しそうだ。そういう人もまったく痛みや悲しみを感じないわけではないのだろうけど恐ろしく欠如している部分があるのだろう。絶対に非を認めない。認めたら死んじゃうわけでもなかろうに。ある部分に関しては血も涙もなくものすごい拒否的、被害的、攻撃的になってしまう。なんなんだ。その前段階で気づいているのだからいってあげるべきなのだろうけどそれはそれで失うのも怖いとか複雑な気持ちが生じるから簡単ではない。なんにせよ小さな嘘を積み重ねるのはとてもよくない、当たり前だけど。推理小説好きじゃなくても普通に観察してればばれてしまう嘘ばっかりなんだから、たいていは。なんでこれがばれてないと思うんだろう、と思いながらみてみぬふりをして嘘をついたこちらもどうしようもなく愚かなんだろうけど。痛い目にあっても離れないことで離れなかったおまえが悪いといわれちゃったり。そんなもんですかね。そんな簡単じゃないから賢いはずのあなたがそんなわかりやすい嘘つかざるをえないんでしょ、つまり思考停止だよ、といったとしても嘘をついている人にはもうなにも通じない。嘘はつきとおさねばならない。だからばれそうになると逆ギレしたり。基本的な思いやりとか観察する力や関心をもつ力がかなり弱いのかもしれない。それが全般的な弱さにみえてその威圧的な攻撃性を覆い隠してしまって逆にケアされる対象になっていることだってあるかもしれない。特定のことに対する吸収力はすごくても人間のこころみたいな曖昧で複雑で変化するものに対して寛容でいられないのかもしれない。でも自分に対してだけは寛容であってほしいから常にそういう相手をキープしておく。重みや複雑さに耐えられないから。家庭のある人の場合は外へむかいがちかも。身内にはわかっちゃってる場合が多いから。これだけ可視化というか、相手の気持ちなど考えずに自分の欲望のままに露出していく時代になっているにもかかわらずそれができるのは常に強者のみ。だってハラスメントなどの暴力的な行為に声をあげる人の口封じみたいな構造は変わっていないのだから。地獄だ、そんなの。だから模索しよう。女か男かはとりあえず関係ない。依存関係、共謀関係は常にある。前にも書いたが「ひどいことをしてきたのはみんな女だった」と男に相談していつのまにかべったりになっている人とは今の時点では協力は無理かもしれない。お互いの利害関係が絡めば理性など感情にたやすく負けるだろう。私たちみんなそうだと思う。しかたない。そこだって簡単に暴力の場になる可能性はあるけれど愛とか性愛に言い換えてなかったことにしようとするかもしれない。それはそうだろう。そんな簡単ではないのだ。だからこそまずはたやすく敵味方に分断されることのない者同士で手をつなごう。何度か書いたが人間関係は戦いではない。だから今は無理でもいずれ、という希望も保持したい。戦いの場までもっていかざるをえなかった彼女たちから学び、それ以前をどうにかしていくことを考えることは必要だろう。それぞれが被害と加害に関わる可能性のある身として、これからの子供たちのことを考える大人としてできることを実際に少しずつ、でも動くとなったら確実にやっていく力を身につけたい。

※考えてることは「あれはなんだったんだろう」関連。だから重なってる。

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雑感

もう明るい。土地によって日の出の時間が全然違う。久しぶりに小さな街の小さな本屋に長居した正月だった。私の住む街には以前小さな本屋が2軒あったがどちらもなくなってしまった。彼らは今何をしているのだろう。

SNSのせいか気持ち悪さとか危機感をこちらに感じさせずに忍び寄る侵入者が増えたように思う。会いに行けるアイドルに会いに行くのとは違う、会いにくるある領域では知られた人みたいな人も増えたのではないか。本を読んでいるとそういう近づき方って大抵不審がられたり気持ち悪がられたり逆にもてあそばれたり騙されたりしているような状況が多いと思う。「運命」みたいのはそういうのよりもっと偶然の要素が大きいか長い時間をかけてはぐくまれたものが背景にあると思うし。このはぐくまれるものが二者関係である程度共有されていればいい感じだろうし、大抵は錯覚だとしてもそれをわかりつつお互いを思いやれていればなんらかのいいことは起こりそうだけど邪悪な(昨年よく聞いた。学んだ。)欲望まじりの人を見抜くことは難しいから結局なにが起きるかはわからないから身を任せるしかないのか、となる。最初からひどい目にあう可能性を考慮して誰かと出会うなんてしたくないし。

もうでかけねば。みなさんもお疲れのでませんように。

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ゆっくり

ツイツイツホームの鳥が鳴いている(575、無季)。機会音も色々だな。早朝から深夜までずっと鳴く。

ずーっと忘れられないというより二次三次と積み重なるせいで忘れられない。なかったことにできる人にとっては「まだいってるのか」とうんざりで別の意味で忘れさせてくれないことに苛立ちながらこれまで通りの日々を送る。

苦しくて悲しいことから逃れられない毎日をどうやって過ごそうか。声をあげた人が「こんなことするために生きているんじゃない」と絶望を口にしなくてすむようにできることは同じように声をあげることだけだろうか。

ゆっくり考えよう。自分には無理、自分の苦しみなんてあの人に比べたらとかも思う必要もないと思う。

ゆっくり考えよう。

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空しいけれど

寒くなると暖かな場所から離れられなくてそのままうとうとして朝になってしまう。身体がバキバキ・・・。その場の快楽に身を任せるとリスクもあるということね。知ってたけど。学ばない。

今日はすごく寒いそうです。辛いですね。東京なんてマシな方なんだろうけど。

訴えることができていいな、と聞いた。本当だね、と思った。訴えようと思えばできなくはない。請求通りにいく可能性が高いとしても失うものも多い。女性であれば時間がすぎることの意味は身体的なものと切り離せない。そうやって考え苦しむ時間が長引いていることに焦りも強まるが自分ではどうにもできない。毎日体を引きずるようにして布団から出る。何をしていても突然思い出されるあれこれ、記憶は薄れても痛みや衝撃は相手の存在を感じただけで何度もその時の生々しさで襲ってくる。身体を壊し仕事量を減らし収入も減った。それでも生活していかねば。余計なことは考えない方がいい。SNSもみない。相変わらず家族にも周りにも上手に嘘をついたまま地位を維持している相手をみるだけで世界の理不尽に唾を吐きたくなるだろうから。何かしでかしてしまいそうになるだろうから。どうしてしちゃいけないの?「相手が変わるわけではないのだから」。そうだろう。だからせめて公に、と思う。でも相手にも相手が、としたくもない配慮の気持ちも動く。そうやって自分の時間と心ばかりが削られ今日も出かけなければならない時間がくる。声をあげられた人が羨ましい。その苦しみも大変さもわかってるつもり。でもそう思ってしまう。そのリスクを自分はとれない。情けない。自分が悪い。それができない自分が悪い。でも、どうにかして、と無限ループ。

怒りや悲しみとともに今日も本当に辛い思いをしながら生きようとしている人に「あなたひとりではない」と言ったところできれいごとだろう。そんなことはわかってる。私とあなたの体験は違う。それもそうだろう。それでも真剣にわかろうとしてくれる誰かはいた方がいい。あなたの理不尽をぶつけたとしてもあの人にされたみたいに優位な立場からこちらを責め立て、なかったことにされるようなのとは別の体験をしたほうがいい。裁きの結果よりもそのプロセスがその人の傷の予後を左右するのと同じようにこれ以上は。今日も例の衝撃に怯えながら「絶対にまたくる」と予測することでそれを和らげようとする私たちの意識的、無意識的努力は空しいが実際に繰り返されるのだからもっと空しい。今朝はどうだろう。動けるだろうか。空しいし寒いしで散々かもしれないが責任は常にどちらにもある。ひとりで背負うものではないことを確認しよう。

本当に憂鬱な寒さ。せめてもの陽射し。暖かくして過ごしましょう。

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ダメな人たち

少し前にガラの悪い人と遭遇する率の高い居酒屋さんへ行った。最後に来たのはコロナ以前か。私もこの地域に住んで長いので働き者のお兄さんは結構なおじさんになっていたし、店長は新しいパートナーを得たようだった。「ちょっと待ってて、すぐ席あけるから」とその人に言われて「なんかメニューがきれいになった?」とか話しながら待っていた。下へ降りていくと酔っ払いの大きな声が聞こえた。「女なんかいらねーんだよ!」。もちろん私に向けられたものではない、と思う。「おー、ガラの悪い人いた」と特に気にせず「これ前からこうだっけ」といつも通り曖昧な記憶で久しぶりの店を楽しんでいた。店でかかっている曲とは全く違う曲を歌い出したその人はしばらくするとトイレにたった。いやたてなかった。酔いすぎ。さっきあなたが歌っていた曲からすると同世代ねと思いつつこっちに倒れこんでこないでねと願った。同世代らしき彼らの顔をみて私も歳とったなあと思った。懐かしい歌謡曲だったから頭の中ではみんな若返っていたのが彼らの顔を見たら一気に現実に戻された。立てない彼にどつかれながら細身の若い男性が「すいやせんっ」と私たちにペコペコしながらニコニコした。ドラマみたい。私はその前から彼らの噛み合わない会話がおかしくてしかたなかったのでずっと背中を向けて笑っていたが、今この瞬間は私たちの横を彼が無事に通り抜けてくれることだけを願った。彼がなんとかトイレに入った後も若者がわざと中の彼を煽り、席に残っていた決して私と目を合わせない強面だけどシャイな男性(この感じもドラマみたい)に叱られていた。昔だったらなんとなく会話をはじめた雰囲気だったが今はコロナもあるしエネルギーはないしでクールにふるまった(つもり)。しばらく経って若者の煽りにも反応できないほどだった彼は無事に出てきて再び重たそうに抱えられながら恥ずかしそうにこっちをみた。私もにっこりした。この感じ懐かしいなあ。単純であからさまで品の悪い言葉遣いで賢さのかけらもない。直接話していないのに交流が生まれた。私は彼らの言葉や態度にゲラゲラ笑ったりクールぶったりした。その後も酔っ払いたちはさらに酒に呑まれていたが店長のパートナーらしき彼女が降りてきて威勢よくテンポ良く対応してくれている間に店を出た。大きな声で呼び止めるような人たちではなかったけど最後に目の合わない彼と目が合った。恥ずかしそうに笑う彼に会釈をした。いい夜だった。もう何も考えたくない。何もしたくない。すべてどうでもいい。意識していなかったがそういうときにこういう店に導かれてしまうんだね、きっと。ダメな時はダメ。でもダメばかりでもない。ひとりになれば泣いてばかりでもさっきあんなに笑ったじゃん。そういうのがあればきっといずれなんとかなる。いつになるかはわからないし何度も嫌な目にあったり苦しいのが続くかもだけどこういう世界も存在すること自体に救われる。救い?わからないけど。お互いダメな感じだけどなんとかね。そう思った。

(upするのを忘れてた)

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日曜日

薬を飲み忘れた、とPCの隣においたプーさんの陶器の入れ物(なんのお菓子が入っていたんだっけな)をみてきづいた。昨日PCに向かわなかったせいだろう。飲み忘れないようにそこに置いてあるのにそこに行かなければ忘れるよねえ(忘れるのか?)。何もやりたくないときは多分やらなくていい、むしろやらないほうがいいときなんだ、と必要な連絡が直前になってしまった。みなさん、OKしてくれたけど。すいません・・。教え子が無事に出産したという連絡もくれた。本当におめでとう。

この前、赤ちゃんのときからよく知っている子どもに「将来の夢」を当てさせられた。大体わかるので3回目くらいで当たった。が「えー、まだそれ系の夢なのか!」と驚きもした。「もうひとつある」という。それも大体わかるので1回目から「惜しい!」と言われた。が正解に辿り着くまでには少し時間がかかった。近接領域が多い。聞けば「あー、確かにずっと描いてたものね」と納得だったが。とにかく表現する仕事につきたいらしい。

健やかで羨ましい。どんな夢でも叶えばいいな。これからまだまだ生きていかねばならないはずのこの子たちの未来がせめて安全でありますように、と願わねばならないような社会は本当によくない。私なんかはどんな辛かろうが苦しかろうがもう残された年月のことを考える年齢だからいいけど。

ランチもいいけど散歩がしたいというのでなんでもいい私はついていった。ただただ受け身でいることである局面をやり過ごすのも悪くない。読書するエネルギーはないけど映画なら座ってるだけ植物園なら歩くだけで驚いたりできる。でも投句締切が重なっている。どうしよう。まあ無理せずできる範囲でやる以外ないよね。できないものはできない。

私にとっては特別だった時間、私にとっては当たり前に生じる気持ち、なんでもかんでも「私にとっては」は独りよがりかな。色々あるのは当たり前。だから時間をかける。たくさん話す。失敗もいっぱいするけどいっぱい大切にする。それがたとえ私にとっては耐え難いとしても耐えうるものだからそうしてきた。この仕事はその最たるものだと思う。双方にとって。独りよがりかな。

日曜に仕事を入れることについてイギリスの精神分析家に指摘されたことを思い出した。色々考えさせらるねえ、といってまた同じ生活を続けてしまうのかしら。

今日は雨降るのかな。東京の周りの県はみんな雨マークと聞いたけどそうなの?一応靴だけ雨用にしていこうかな。乾燥してるから少しは降ってくれたほうがいいのかも。あったかくして過ごしましょうね。良い日曜日を。

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めんどう

SNSをみてると「めんどくさい」と思うことが多いけど直接人と会っているときにはあまり思わないな、と思ったけど思いますね、強烈に。あまりに別物で忘れてた。

今その違いについて頭の中では吟味してるけど書き言葉にするのめんどくさいから書かない。この場合のめんどくささはたいしたことないけどすでに燃料切れ。

眠れないから夏物でもたたむかとだしてみたけど結局積まれている。だしてしまったからにはいずれやらねばだけどまあいいか。まあいいか、と思えることはめんどくさくない。

映画に行く予定なんだけどその映画館久しぶり。大抵の映画館は久しぶりだけど。最後の回を見てアフタートークをきいて深夜にそこをでた。駅まで少し遠いけど余韻が心地よかった。冬だったかな。夏の身軽な服装ではなかった気がする。今回は昼間だからインスタで見かけたお店でランチしたい。

そのためには何があろうと着々とやるべきことをせねば。こういうときこそ少し前だったらめんどくさいと思ったような気がする。今はただ粛粛と、と思う。

好きな人と会うときみたいなかんじ。一日の仕事を終えて疲れ切っていても実際会えればそんなことは忘れてしまう。ずっと聞いていたいし会話がしたい、ってなる。好きの力は強い、という話をそういえばしたばかり。反転すれば苦しくて眠れない日々のもとにもなるけどむしろそれがめんどくさくなってきたらいい感じかも?時間がかかりそうだけど。

静かに自分の感触を追う。押し付けられても奪われかけても抵抗はあと。じっとじっと。言い聞かせるように。こういうのはたまにめんどくさいけどあとからめんどくさいことになるよりはまし。そう言い聞かせる。

簡単ではない。本来的に生きるのってめんどくさい、とは思わないけど。あくびがでた。少し休もう。

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日々と

小田急線鶴川駅そばのビルのエレベーターホールから駅の向こう側をみやると輝くように紅葉する木に気づく。ほかの木々も紅葉しているはずなのだがこの一本は魔法をかけたように輝く。私がエレベーターに乗る夕暮れどきは特に。だから私も気づけたのだろう。このビルに通い始めてから10年以上経つがいつ頃気づいたのかはわからない。鶴川は駅を出てすぐに坂道になる。つまり山なので川沿いと山道をよく散歩した。当時は週二日通っていたからお昼を買って散歩に出かけ気持ちのいい場所を探して食べた。川沿いには桜も見事で、そこを通学路とする大学生たちの変化も季節の変化と連動していて楽しかった。坂を登っているうちにいつの間にか人の家の敷地に入っていて呼び止められたこともあった。あの辺は境界が曖昧だ。白洲次郎と白洲正子が移り住んだ「武相荘」も最寄りは鶴川駅になる。正子さんの器とか持ち物が素晴らしかった記憶がある。また行きたい。本を何冊か持っていたはずだが私のではなく母のだったかもしれない。

身体が動くなってしまわないようにどうにかこうにか立ち上がる毎日。ここまで生きていればそれぞれの工夫があるだろう。こういうときそこそこダメでよかったと思う。勉強は平均的だと思うが私は「バカじゃないの?」「あたまおかしい」と本気で呆れられてしまうことをしでかすことが多い。言い方はどうかと思うけどそういいたくなるくらいなことをしでかすのだ。自分でもどうかしてると思う。私なりには理由があるのだけどそれも「なんでそうなるの」ということなので説明しない方が無難。でもこれが心身を救ってもいる。考えれば考えるほど起き上がれなくなる、立ち上がれなくなる。根っこが音を立てて生え始めそうになるのを感じる。まずいまずいまずいと気持ちばかり焦って身体に力が入らなくなっていく。そんなときに「わたしごときが」という開き直りがやってくる。わたしごときが考えたところでこれを脱することはできない。考えるな、感じろ、ではなく、考えるな、ひたすら無心にいつものことだけしろ、である。動けない自分のことなど忘れる。私は今日も起きた。私は今日も仕事にいく。ただそれだけ。ロボットになる。それが成功して無事に一日を終えてこんな時間を迎える頃には朝とは違ってこんなことまでできてしまう。これがもうちょっと賢かったらできなかったかもしれない。考えが緻密になってしまったら変なネットワークができちゃってでも大抵そういうときのそれってエッシャーの絵か出口塞がれた巨大迷路みたいないものなので考えることはできるのに出口塞がれてることとかシンプルな可能性に気づけなかったりするのでは?緻密じゃないからわからないけれど。まあともかくいつも抜け道探してたりサボり方考えてたり「あたまおかしい」とたまに言われてたりするくらいでも大丈夫なのだ。むしろだからこそ生きていける今日だってあるのだ。とか書いているが何かが変わったわけではない。明日も明後日もずっと先もこうなるかもしれない。が、それだっていろいろあるのは当たり前のこと。考えない。考えられるときに考える。みんなの今日はどうだったかな。魔法なんてないけど魔法みたいな景色と出会えた人もいるかしら。ほんと嫌になっちゃうことも多いけどよく眠れるといいですね。また明日。また明後日。なんとか出会っていきましょうね、日々と。

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唖然としたとしても

ギターがキュイーンっていってそんなパンチはないけど激しく歌うバンドの曲を流しっぱなしにしている。ずっとハードロックに浸っていた日々はいつからか遠くへいってしまった。こうやって聞く分にはどこかしら熱くなりそうな気もするが熱いのはコーヒーのせい。

耐え難く理不尽と感じるのは親密な関係においてだけ(社会の理不尽はデフォルト)というより仕事では「親密さ」そのものが学会のテーマになるくらいその定義は曖昧なのでここでは家族とか恋人とか相手の人生のことも考えながら継続的に築いていく関係くらいな感じで書く。あれ?こう書いてみると理不尽だと思ったけどそもそも親密な関係ではなかったということ?とか思ったり。自分の定義づけによってなにかに気づくのはそこに内的な対話がない場合独りよがり。そう思いたいからでしょう、となる。でも一応私は精神分析のおかげで常に対話状況にあると思うのでそう思いたい自分に気づくことくらいはできていると思う。え?そもそも親密な関係ではなかったってこと?となるとさらに深部を突き刺された感じになる。もうこれ以上えぐれる厚みも残っていないくらいなのにさらに。皮膚みたいな表層はまだその奥を想定できるから希望があるか、と一瞬思ったけど、表面でバチバチ跳ね返していたら結局コミュニケーションにはならないからそもそも心が揺れ動くような関係を持ちにくいかな。内側に入れたくないわけだから。それだったらさっきみたいに「あれ?」とか「え?」とかならないでしょう。そういうのってまさかコミュニケーションの成り立つような親密さが成立していなかったなんて、という唖然さだと思うから。絶望的な気持ちで消えてしまいたくなったとしてもいずれムクっと起きあがろう。私たちは生活しなくてはならない、ならないというわけではないけれどあなたが生きてきた歴史を大切にしてくれる人がたまたまその人ではなかっただけだからそんなたまたまのために何か捨ててしまうのはやめよう。向こうは何事もなかったかのように動けているのに自分だけこうして動けないまま過ぎていく時間が本当に辛くて悔しくてやりきれないと思うかもしれないけど時間はなんにしても有限なので起き上がれるまでのどん底にどうにか耐えたいね。ポカンとしたり号泣してはシーンとしたり、自分の状態をじっと観察したりしながら。

土居健郎のいう「甘え」って大事なんだなと改めて思う。欠損を外から補うことは不可能。どんなに本を読んでもどんなに講義を聞いてもそんなもので埋めれば埋めるほど自分の傷つきにも相手の傷つきにも鈍感で頑丈な自分ができるだけかもしれない。そんな風になってはいけないような気がする、私は。

今日はどんな自分でいられるでしょうね。コントロールはできないとしてもこれまでと大きく変わることもないはずなので無理せずなんとか過ごしましょう。

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朝日

定点観測していた紫陽花に朝日があたっていた。そこに花が咲いてたの。数ヶ月前。多分目を凝らせばその痕跡が見えるはず。

夕方、海に近い空がきれいだった。ぼんやり歩いていたら声をかけられた。はじめて通る道なのに。この人はいつも私の想定より背が高くてスリム。軽く混乱してわかってんだかわかってないんだか自分でもよくわからないやりとりをして手を振った。

朝の車内は静か。たまに咳がきこえるくらい。まだみんなマスクはしているけれど咳には少し鈍感になったかな。敏感さは攻撃と結びつきやすいからちょっと怖い。

この電車、いろんな人と一緒に乗ったな。いろんな気持ちで。一回きりの人。偶然会った人、何年ぶりかの人、いろいろいろいろ。こんなこと思い出すのはあれだな。秋だな。いろいろいろいろだもの。

先日はじめて会った人と最寄り駅まで同じルートだったのでおしゃべりしながら帰った。見事な同時通訳ができるその人はおしゃべりも楽しかった。関係があるのかないのか分からないけど。

ああ。おなかがすいた。寝不足の影響はもうあまり感じなくなった。「いつも眠い」がそれかな。目の前の女の子はかばんに顔を埋めて眠ってる。だいぶ横に傾いてる。でもさっき握ってたスマホが落ちたのを両足でしっかり挟んでキャッチしたのはすごかった。眠ってても反射神経。茶色い髪に朝日がきれい。私はこっち側に座ったことを後悔。断続的に強い光に襲われて手元もみえなくなる。しかもきちんと一瞬あつい。この子も太陽もすごい。

ぼんやりぼんやり周りをみながら今日も過ごす。優しい人の言葉と会いたいな。とかあえて思うのはやっぱり疲れてるからかも。少し眠ろう。リュックに顔を埋めてしまおう。たまにあっついけどいいお天気はありがたいよね。それぞれに良い一日でありますように。

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かいぶん

早朝の雰囲気が本当に冬に向かってる感じがする、と思いながらいつものコーヒーを飲んでいた。贅沢ルマンドバタースコッチキャラメル味がお供。「贅沢」とあるから買ってしまったんだ、きっと。書かれなかったら「たかっ!」と思って買わなかった、多分。完全に戦略にのっている。まあそんなことばかりで負けつつもなんとか生き残っている。美味しさにかけては贅沢したい。美味しさで生き残れているのかもしれないしね。

洋服はほとんど買わない。いまだに大学生の頃の服を着ていたりする。今年も同じ服ばかり着ていた。衣替えはいつからか中途半端で季節と合う服を出してはもう着ない服をしまうという感じ。毎日そうしていれば違う服も着つつ衣替えもいつのまにか完了するのかもしれないけど洗ったらまたそれを着てしまうからなかなか交換が進まないまままた次の季節になる。眠った服は二度寝三度寝。防虫剤だけはいれとくね。次の季節こそは!おやすみなさい。まあ、私は人間関係も取っ替え引っ替えする方ではないし(普通か)何かを披露したい方でもないからこのあり方がちょうどいい気がする。

昨晩、帰りの電車で回文を考えていた。よくやる。そしていつも通りひとつも思いつかなかった。

小学生のとき回分って流行らなかった?布団が吹っ飛んだとか?いやそれ親父ギャグ。「(思いつかん)」いやそれ怪文。ボケしつこい。だって真面目につっこむから続けたほうがいいのかなと。わたし負けましたわ。なに急に。だから回分だよ。戻ってきてよ。すごい!ネットで拾った。仔猫かよ。こねこ!

みたいな会話を脳内で繰り広げながら考えたが無理だった。電車に乗る時間がもっと長ければ。いやそんなことはない。回文は手強いぞ。

村上春樹作、友沢ミミヨ絵『またたび浴びたタマ』という小さくてとっても素敵な回文絵本(というのかな)を密かにオフィスにおいていて時々めくっては喜んでいる。

えー、どっちから読んでも同じだったの?えー、私たち逆から読んでただけってこと?漢字が違うと感じ方変わるよね。という感じで今日も多様なコミュニケーションに対して寛容でありたい。

あー回文思いつかないかな。朝の通勤電車でもやろう。お時間ある方はぜひ。できないのが普通(当社比)だからできなくてもストレス溜めないでね。別のことでもきっと色々あるでしょうから。なんとか過ごしましょう。

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浪費

つくづく世界を消費するのが好きな人たちだな、と思いながら画面を眺めてすぐに閉じた。何年間もそうやって生きてきたんだなあ。カオナシみたい。ああであるとはバレないカオナシ。バレた方が幸せだと思うこちらがおかしいのかもしれない。生き方ってある程度一貫性がないと接している方は不安になるから。ある一言で人生変わったみたいな話もそれだけで変わってるわけじゃないし。その言葉を待っていた、ただひとつの願いを実現するために、ということだってあるし、なんかぼんやり生きているうちにすっと入りこんでくることもあるし、なんにでも経緯がある。

世界を浪費する人たち。と言ってもエゴサばかり。世界ってもっといろんな人が次に世代を繋ぎながらケアしあいながら過ごす場所かと思ってた。戸惑いと躊躇いが言いたいことを言えずにさせるけどそうであっても汲み取ってくれる関係が基盤かと思っていた。

現実はそうではない。ドラマとかでよくあるような、現実にはもっとあるようなスプリットの典型として。「きちんと帰ってきてやっただろう!」飲み歩いて帰ってきた父親の怒鳴り声。怒鳴り声に萎縮して黙りこむ母親。寝たふりを準備する子供たち。さっきまで一緒にいた人たちはこんな姿知らない。

とか。

浪費。歴史も知らない未知の土地に踏み込んでそこが持つ歴史的な圧に耐えられないまま「!」付きで世界に構われにいっている人たちと変わらないように思うのだけど何が違うのだろう。心優しいあなたはこう言われてあの人はそう言われているのマジでおかしい、と思うことがあるけどほんと何が違うのだろう。

言いたいことはすでに言えない。なんて言われるかわかってるから。辛くても軽めにしか言えない。ほしい言葉は返ってこないから。期待してもっと辛くなるのが嫌だから。

ほかの人に対する態度と自分に対する態度を比較するだけだとひどく傷つくことが多いから「何が違うんだろう」とかいっている。理由探しをしてしまう。どっちにしても口だけの人たちだよ、そういって距離をとればいいのに。面倒とわかっていて傷つきながら付き合っていくのはなぜだろう。昨日と同じ結論ということは毎日同じ結論。不毛。それでも結果から学ばないのはなぜだろう。それはそれでそういう人だからか。

こんなことを考えながらうとうとしていろんな景色を見たけれどすでに忘れてしまった。過ぎたことは過ぎたこと。とりあえず今日を。

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そういうもの

ひとりアンビバレントもふたりからそしてその周りから生じたものだけどそこにとどまって言葉をまつだけの人はやっぱりひとりぼっちだしひとりぼっちにさせていることに気づかない人は二人あるいはそれ以上のふりして人の気持ちがわからないという意味でひとりぼっちだと思う。わかりたくないとしたらなおさらそう。

自分の邪魔をする人は中に入れてあげない。自分を気持ち良くさせてくれる相手が好きなんだ。

「そうなんだね」しかない。

そういう人は一見人気者に見えるかもしれないけれどよく見れば、いや見なくても、その支持者はいつも同じで広がりがない。とても狭い世界で、変わらない自分のあり方を愛してくれる人が集まっていればそれはそう。

でもこういう心性は誰にでもあって一部で人気の人たちみたいに偽装上手になれない人にとってはものすごい不適応の原因となったりする。同じ心性をもって同じように自分自分自分なのに、と思うかもしれないけど偽装できるって大事で剥き出しの自分を隠せずにいたらそれは受け入れてもらえない可能性が高いに決まってる。

「決まってる」のかなあ。

「おまえもじゃん」と言い返せる力がないから口のうまい人たちと差ができちゃうのかなあ。同じじゃん。むしろ内と外が違いすぎるおまえたちの方がいろんな人傷つけててやばいじゃん。

比較になんの意味もない。自分はどうするんだろう。自分はその人とどうするのだろう。これからどうしていくのだろう。結婚とか出産とかが大きな節目になるのは二者関係の重みが際立つからというのもあるだろう。責任が問われる。でもそれさえいくらでも見て見ぬ振りができる。自分がどうありたいか。相手を相手の歴史を相手の状況を考えられる人は自分もそうしてきてもらっているはず、と考えていいのだろうか。逆にそうしてきてもらっていないから仕方ないと諦めるのってだいぶ違うと思うけど。

こんなことも考えていてもしょうがない。いやしょうがなくない。行動につながることだから。めんどうだけどしかたない。そういうものそういうもの。

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真夜中と早朝の間に書いてる

大好きなお布団にたどり着けずに眠ってしまった。思ったより身体バキバキじゃないかも。よくやることとはいえ気をつけねば。

昨晩写真付きでツイートしたつもりが写真を添付していなかったことにあとから気づいた。学生時代、テレビがなくてラジオでドラマを聞いた。あの感じ。泣いたなあ、あのドラマ。電波悪くて調整したりしながら。なんのドラマだったか。「トレンディドラマ」ってやつだったと思う。「トレンディ」なんて言葉使ったことないままあれから30年近く経つ。人生あっという間だな。と思うとき私は還暦を一区切りに考えているから本当にあと少しなのだけど100歳まで生きる想定の人は「まだあるのか、オレの人生」と思うかもしれない。と書くとき私はネガティブな意味で書きながら「まだあるのか、オレの人生、やったぜ」と思う人もいるか、と思ったりする。私は愛する人たちを愛していける人生ならいくつまででも生きていたい、かといえばそうでもない。やはりいずれ死ぬという前提があるから愛してもいけるのだろう。

何を朝から。まだ朝ですらないのか。でも真夜中というには朝だ。それにしても寒がりすぎるな、私は。上からも足元にも暖房が必要。循環悪すぎる。乾燥もするようになってきた。面倒だけど対策しないと痒かったり痛かったりあとが大変だからがんばりましょうね(きっと同じタイプの人いると思う)。

今のこれを仕上げたら安心していろんな本が読めるのだからやらねばな、やらネバダ。っていう大人が私の子供時代にいた気がする。あれなんだったの。ギャグでもないというか。親だったらどうしよう、と一瞬父親の親父ギャグを思い出してしまった。父親の親父ギャグってなんかそのまますぎる気もするが特にひねりを加える必要もない(当たり前だ)。

色々気になるが信じる。伝えなくても伝わっていると。そんなはずはないとも本当は思っているけど忙しくて余裕がないなか伝えても誤解が生じるだけかもしれない。だから「信じる」となんとなく陳腐に聞こえるようになってしまった言葉を自分にだけは確かなものとして使う。独りよがりでもいいや、今のところ。

まだ明るくなってないみたい。仕上げたらひと眠りしよう。

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スイーツ

まだ10月というのにお布団が一番好きという人になってしまった。秋のスイーツは相変わらず楽しくいろんな人とそんな話ばかりしている、スイーツを食べながら。

秋は人が出会ったり別れたりも多いというか彩りを添える絶好の季節なのか恋の話もたくさん。出かける気になるもんね。私はもうお布団が一番だけど。

彼や夫のことを男性に相談してしまうことで得られたり失ったりするものとか、女友達にはバレバレなことがなぜか彼にバレない、夫はみてもいない、いやそういう部分はみたくないという向こうのニーズとあっているのだろうとか、恋愛ごっこに時間をさけるのって幸せかもねとか、配偶者と老後と死について話し合うなかで知った新事実とかこれまでとは違う愛の形の模索とか。

「恋愛」といえている間は関係が移りゆくことが前提なので秋と相性がいいのかも。冬の恋は冷めてしまうと本当に辛いだけ。寒いだけでほんと気が滅入る。温かいペットボトルで暖めあうくらいの関係を秋のうちにキープしたい。

鈴木涼美さんが書く恋愛に関しての記事にはいつも納得しかない。女のリアルな話をたくさん聞いてきた女は女に優しい。でもこれはある程度年齢がいっているからこそかもしれない。いや、でも私の年齢でもお姫様みたいな人もいて姫にお付き合いして男性性を維持している人もいて家ではパートナーが泣いていたりこっそり相談機関を活用したりしていたりするのも世の中のリアル。困ったら相談って大事。「恋愛」とくくることで見て見ぬ振りをしている部分が問題になってくるとその相談はもはや「恋愛相談」とかいっていられない感じではあるが、「恋って秋っぽい」とかいう余裕があるうちは困ったらまず鈴木涼美といいたい。女友達の優しさ。という話をしていると必ずお勧めとして登場するのは叶姉妹。これもわかる。先輩って大事。

だって女の立場は弱い。そこに身体的にも共感のある人が苦しむ女子の周りに多くいますように。男性や物語やお勉強も助けになるけどまずその前に。人と関わること自体が辛くて別の視点を取り入れること自体に負担を感じる場合はお布団かな、まずは。リズムある生活も大事。もろく傷つきやすいこころにも身体にもまずは休息、そして無理のない刺激。カーテンを開けるところからっていうでしょ。秋のスッキリ涼やかな陽射しだったらお布団かぶりなおして再び夜のふりしなくてもいられるかも。毎日色々あるね。スイートなことばかりではないわよね。今日もなんとか過ごしましょうね。

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書き連ねた

昨日とても美味しそうな梨が届いたので早く食べたい。でも作業が先。寝不足なだけで全然進んでない。梨の水分大好き。ちょうどいい甘さ。思い浮かべてる時間があったら食べた方がいい気がする。

パラドキシカルな文章をパラフレーズするというのは難しくて結局繰り返してるだけみたいになって袋小路にはまる。

毎日偶然とはいえ少しずつどうしようもなさを垣間見る場面に出会ってどうしようもないものにどう関わっていいかわからず途方にくれ沈黙する。偶然じゃなくて私が見ようとしてこなかっただけかな。

学会で福岡からくる友達とごはんを食べる約束をした。コロナで会えていなかった。何年ぶりだろ。私も福岡へ行きたい。福岡は空港から街まですぐにでられるからいつでも行きたい。昔、家族みんなでいって福岡の街で遊んだ、学会に少しでつつ。なんでだったか。まあなんとなく理由つけてどこかへ行くというのはいいものだ。

臨床で起きていることを耳障りの良い言葉にすることはできないな、私にはと思う。いってることとやってること違う問題は仕方ないにしても。普通じゃないことをまるで普通かのようにやっているけどはじめて言葉になること、はじめて生じる交流のインパクトは誰かに伝えるために起きるのではない。伝わらないとわかってるから起きたんだ、ということもしばしばだから。

こんなことを書き連ねている場合ではないんだった。すぐ忘れてしまう。あー。もう。とりあえず梨をいただこう。ウィニコットのことでいっぱい書きすぎてしまったのをどうにかせねばと思うけどとりあえずあと。毎日とりあえずばかりで溜まっているんだか少しは片付いているのか全然わからんや。まあ、体調だけは気をつけて過ごしましょう。

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ウトウト

久しぶりに朝から時間があった。早朝から何をしていたか覚えていないけどフランス革命の話が何かで出てきてそれに関する本を読み始めたらすぐに眠ってしまった。まだこれしか経っていない、まだ○○時、とウトウトしては起きてを繰り返しているうちにそれなりの時間になってきてお昼どうしようかなとなった。カフェで仕事しようかなと思ったけど最近のカフェは怖くなるくらい寒いのでそんなに魅力的な計画とは思えなかった。変でしょ、あの寒さ。外は暑くて冷たい飲み物を飲みたいのに中は寒くてあったかい飲み物を飲んだとしてもすぐに冷えちゃう。変でしょ。

隣駅まで歩いた。よくいくカフェはおやすみ。どうしたのだろう、最近。この前は開店時間を遅らせるって張り紙があったけど。何かあったのかな。今回は張り紙も確認せず遠目に閉まっているのを確認して電車に乗った。上着を2枚リュックに忍ばせていたけど電車はノースリーブのワンピースでも寒くなかった。最近、電車は寒すぎない。節電?コロナの状況はどうなんだろう。今は以前より感染したことを公にしやすくなっているように思うが、当時のあれはなんだったのだろう。人のこころは脅かされやすく言葉達者な人たちは争いやすい。SNSを眺めながらそのやりとりをここでやる意義とは、さらにその状況や他人の言葉に素早く乗っかって賛同や反対の意を示すことで生じることとは、など考えた。よくわからないが私はやらない、少なくとも反射的には。その内容よりそういうやりとりのあり方自体に問題を感じるので身近な人が乗っかっていると残念に思う。が、相手を励ましたいだけかもしれないし、そういう「優しい」関係はどんな残酷な状況でも存在するし、それが何かを変えていくのかもしれないのだからそれぞれがそれぞれのやり方をすればいいのだろうなと思う。私は寂しさや失望をじっと感じながら何もいうまいと思ったりもした。

いつものルートを歩いても寄りたい気持ちにならずそのビルを出ては次のビルへ入った。あまりおなかはすいてないけどこの前知ったばかりのお店に行ってみようと思った。お肉とごはんをもりもり食べて元気になっていくお客さんを見るのが楽しかったから。私はもりもり食べられないけど雰囲気をいただこう。

日曜日は空いていた。すぐに入れた。赤ちゃんを連れたご夫婦が二組、赤ちゃんは一人はお母さんの膝の上に立って壁で何かをしており、一人はベビーカーで一点を見つめ、それをお母さんが面白そうに見つめながらお肉を頬張っていた。あとは年齢が読めないけど似た顔や髪型の4人グループ、多分家族。狭いテーブルいっぱいに広げられた白いお皿にこんもりふわふわの湯気をあげる白ごはんやお肉たち。どんどん少なくなっていく。保育園だと「ぴっかりーん」と空になったお皿を褒められる場合がある。ぴっかりーんだった。背後で「美味しそう!」と声をあげる元気な人と誰かたち(声しか聞いていない)、斜め前には首周りのデザインが可愛いニットを着た細身の人。ここははじめてらしく立てた携帯で何かをみつつもキョロキョロ。ほかの人がレジの方へエプロンを取りに行くのをみて真似ていた。そんなところにそんなのがあったんだ、と二度目の私も学んだけど取りに行かなかった。バチバチはねたらでいいや。いろんな場所からごはんのほかほか湯気が上がっていてそれだけで楽しくなった。この前とは別のお肉を試してみた。いろんな味も試してみた。美味しかったし黒胡椒が一番合うなとか思った。でも途中からおなかいっぱいで気持ち悪くなってしまった。これもいつものことすぎてどうにかならないものかと思うけどしかたない。お会計を済ませてノロノロと歩いていると少しずつおなかがこなれていく感じがしたけど仕事の時間以外ずっと寝たり起きたりしていた。前に書店でもらってきたフリーペーパーで知らない作家の文章をちょっと読んだか。あと谷川俊太郎が誰かとしている往復書簡の谷川俊太郎の分も。お坊ちゃんだったんだって。知ってた気がする。そうであることで同じ出来事を多くの人と少し異なる形で体験したかもしれない、というような語りだったと思う。ぼんやりしながら思い浮かぶ相手に気持ちだけ飛ばして自分からは誰とも連絡をとらなかった。

夜、ブルシット・ジョブという言葉をぼんやり思い浮かべた。朝から晩までぼんやりしていた。ブルシット。「やってらんねー」という感じかなと思った。でもやってるんだよね。「やってらんねー」と自分で言うならいいけど相手に「ブルシット」とか言われたくないなと思った。「不要不急」もそうだったけど「なんであなたが決めるわけ」というようなことって多い気がする。人の言葉を簡単に自分の言葉にするのと同じ態度な気がする。何を防衛したいわけ、と思うのは仕事柄か。そう思いながらも関わり続けていること、注意を向けたいのはそちらの側面。

あ、またウトウトしてしまった。寝ても覚めても覚めても寝ても。いいことありますように。

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消せば暑いしつければ寒いものってなーに。冷房。いや、冷房のせいにしてはいけない。もう15年前のものとはいえ除湿機能だって「除湿」と「衣類乾燥」と「冷房除湿」の三種類ある。温度だって調整できるのにそれらの機能を使わずなんとなくつけたままなんとなく寝るから寝たり起きたりになる。と頭ではわかっていても最近少し涼しくなってきたのをいいことに油断(?)が続いておりますね。というわけで今朝も身体がバキバキ。部屋を出たらまだまだムッとした暑さで少し身体がほぐれた。

それにしてもなんとなくわかるのは「衣類乾燥」だけなんだけど。「除湿」って普通の除湿?普通の除湿って何?何がどう違うのだろう。さっきまで冷房だったのだけど「冷房除湿」ってやつに変えてみよう。冷房より身体によさそうだ。

具合の悪い人といるとどんな感じだったら負担にならないかなあ、と一緒にいる感覚を頼りに言葉や態度を調整しようとするけどこれがなかなか難しい。身近な人だとなおさら。具合が悪いというのはその人の調整機能がいつもほど働かないということだから「良くする」ことはできない(「良くする」ってなに、とか思ってしまうからそもそも使いづらい言葉だな)としても医者にかかることを勧めたり外側の力を活用することはしたい。すでにここからハードルが高かったりする(医者嫌い、薬嫌い、はそれはそれで事情がある)がそれはクリアーしているとして、辛くてしんどい状態にあるその人は調整機能不全によりいろんなことを負担に感じやすい状況にある場合が多いのでせめて現状維持、機能がどんどん落ちていきはしないから大丈夫、ということを余計なことをと思われずに伝えるにはどうしたらいいのかと悩む。そして失敗する。仕事柄、いろんな症状や状態に慣れているし知識のある部分もあるし色々わかっちゃいるが失敗する。冷房に対してと同じか。いや違う。人間は単に「機能」とかいう言葉で括れない。ひとりひとり反応が違いすぎる。コミュニケーションをしようする限り失敗はつきものだ。そういうズレがあるからこんな多様な集団でやっていけるのだろうけど。もちろん人間を二種類とか三種類に分けてしまうような人もいるだろうけどそういうのには静かに抵抗するのみ。バカに見えても、いや実際に私はバカなんだろうけどそこまで単純ではないんだよ、分けるにしたってもっと種類あるだろう、と。

8月31日に尾久守侑『偽者論』(金原出版)というキラッキラ(動画を見てびっくりした)の表紙の本が出る。前作なのかな、詩集『悪意Q47』(思潮社)を読んで現代詩ってこういうものなのかという驚きとともに「この嫌な感じ知ってる」と若い頃の感触を思い出した。安心した子どものような、そうせざるを得ない自分に対する悲しみのような、狂気にはいたらない苛立ちのような混ぜこぜの書き方が印象的な詩集だった。『偽物論』という書名を見たときもこれはfakeかfalseかと思ったが何かのツイートでfakeという写真があったのでそっち要素が強いのかな(そっち要素ってなんだ?)。

私は「偽」という言葉を見るとどうしても精神分析家のウィニコットのfalse selfを思い浮かべてしまう。false selfでこの多様な世界になんとか適応している私たちに真実とか良さとかあるんだかないんだかわからないもの押しつけないでほしいんだけど、と誰にともなく思う人だっていると思う。

昨日、町田康『私の文学史 なぜ俺はこんな人間になったのか?』を笑いながら読んでいた。BGMは町田康「犬とチャーハンのすきま」。

町田康は「なんで俺は」を考えるのが本当にうまい。「なんで」とか言いつつ全然原因探しなんかせずにどんどん思考を展開させる。そうこうしながら「もしかしてこうだったんじゃないか」というところに辿り着くときにはいろんな出来事の厚みが増していて「まあどう思おうとそう思う余地は十分にあるよな」という気持ちにさせられる。正解とかないだろう、世界って、と大切な人に何もできないどころか余計なことをするという失敗を繰り返す自分のことも少し許容できる。ごめんよ、今のところこんなことしか。

「犬とチャーハンのすきま」に「うどんのなかの世界」って曲があるんだけど「〇〇なんかもいれてみればいい、大丈夫。」という無責任さが重苦しくも清々しいかっこいいが変な曲だ。「うん?うどん?」と正気に戻るときにはどこかが少し広がっているような気がした。

朝から何書いてるんだろう。このブログ「カテゴリー」というのに分けられるんだ、そういえば。私的デフォルトは「精神分析」なんだけど、多くは「精神分析、本」にしているかも。自分で決めたカテゴリーだからなんでもいいのだけど、今日も本のことは書いたが「未分類」にしよう。

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頼もしさ

机に向かうのが少し遅くなった。鳥たちはもうバラけてるよう。

どうしても気持ちが強くむいてしまう人やもの、ことに振り回されているうちに受身でいることを選んだ気がする。どちらにしても壊れていくなら私を保てる時間を引き伸ばせる方を思ったのかもしれない。

1歳3ヶ月になる子の隣に座った。「久しぶりだね」口をキュッと結んでチラチラと私をみるが不安や緊張が高まってはなさそう。突然のことで引越し祝いも誕生日プレゼントもあげられなかった、とあとから気づいた。録画された昔の「みぃつけた!」が小さな音で流されていた。違う。「いないいないばぁ!」だ。ワンワン大活躍だな。テレビを見たり私を見たり立ち上がってテレビに近づいていって転んで立ち上がったりしているうちに声を出すようになった。今日は特別だから夏の彩りの美味しいお弁当を買っていった。コーンと枝豆のまぜごはんもきれい。この前は二段重ねの小さなちらし寿司だった。一緒に食べようと椅子にのせると前に置かれたごはんを見て大きな声をあげた。食べよう食べよう。私たちのごはんもじーっとみている。まだこちらの目線など気にしないのもいい。今のところ食べるのが大好きだそうで本当にモリモリ食べていて頼もしかった。コーンが大好きでねだっては一粒のせてもらい美味しそうに口に入れてた。美味しいよね、私も好き。前回は持つことはできても飲むことができなったマグをひょいと片手で持ち上げて上手にストローでお茶を飲んでいた。頼もしい。このくらいの年齢の子を見ていると「頼もしい」とよく思う。慌ただしくも楽しい時間が過ぎるなか、いつから自分が壊れることを想定するようになったのだろうと一瞬思った。

ごはんを食べ終わってまた隣に座る。すっかり懐いてくれている。あまりにかわいい笑顔で私をみたので友人と顔を見合わせて笑った。前より広くなったスペースでよく動く。小さないないいないばぁをたくさんする。そういえばマグにタッパーの蓋をのせて外すような動きを私に披露していたのもいないいないばぁだった。フロイトがfort-daと言いながら糸巻き遊びをする子どもに惹きつけられたのもよくわかる。繰り返されるけど少しずつ変わるそれに。この前はちょうどつたい歩きができるようになった頃だった。椅子は手押し車のようでそれは今回もそうだった。おむつを替えたあとポイポイとおむつをカゴの外に出しはじめた。「入れといて」と特に期待もせずいう私たちの言葉よりみられていることがなんらかのやる気を出させるのだろう。わからないがおむつを一つカゴに戻した。私たちが手を叩いて褒めると頬が緩んだ。この年齢の子の表情というか表情筋?微細な変化が遠目にでもわかる、遠目というほど距離とらないけど。もう一つ戻す。また私たちにニコニコと手を叩かれる。また戻す。繰り返す。いないいないばぁの変形ver.だね。途中から自分でも手を叩き、小さな手で上手にタッチもできた。ニコニコさんだ。別にお片付けなどできなくてもいいのだが(全く片付けられない大人との引っ越しストレスの話もした)何かをしては喜ばれる、そんな体験はたくさんあってもいいと思う。私がその動きを忘れかけた頃、その子がとっても明るい顔でそばにきて両手を叩くようにして合わせた。思わずニコニコした。お片付けしてくれたのね。すごいすごいありがとう、と私も手を叩く。一緒に叩く。笑う。幸せ。

いつからこんな風にできなくなったのだろう。思い思われること、動きを呼応させること、何も難しいことはないのに。

昨晩は私たちがネット上に立ち上げた小さな句会の投句締切だった。彼らと過ごした時間のおかげでいつもと違う気持ちで言葉に向かえた気がする。

壊れることを想定しない自分を前向きというのかな。彼らには前も後ろも過去も未来もまだないか。これからたくさんの分離を経験するなかで今ここの幸せが幻だったように感じるときがくるかもしれないけど大丈夫だよ、と言ってあげたい。あなたは今こんなに頼もしくて私たちを幸せにしてくれる。それを私たちが覚えている。覚えていたい。いずれ過ぎる、いずれ終わる。それは本当のことだけどそんなことあえていわずとも今ここに委ねられるように今日も過ごせたらと思う。

今日は火曜日。無事に一日過ごしましょう。

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光で混じり合う領域

カーテンを開ける。レースのカーテンが少し破けてきた。確かにそういう年月が過ぎたかもしれない。満月だ。空はもうだいぶ明るい。でも満月もしっかり光っている。太陽と月が一緒にいる時間はなくても光で混じり合っていく。

せっかく楽しかったのに、限られた時間しか一緒にいられないのに、今そんな話してなかったのに、私が嫌がると知っているのに・・・。

こう並べているとだんだん自分のいってることが馬鹿みたいに思えてきてさっきまでマグカップの湯気で誤魔化しつつ涙ぐんでいたのがスーッと冷めて無表情になる。こういうのは私のわがままだから相手にとっては理不尽なだけなんだから考えても仕方ない。さあ帰ろう、と立ち上がろうとする。

一応専門家としては全然仕方ないとは思わないけれど。

ひたすら自分のなかでこなしてこれは誰のせいでもないというところに落ちつける。人は自分の欲望を優先させたいものだ。ちょっとした好奇心を満たすことの方が好きな人へのちょっとした愛情表現より優先されることなんて誰にでもあるし実例ならSNSに溢れている。してほしいこと、してほしくないことなんてそんなはっきりしているものではない。こちらには一番重要なことでも相手にとってはどうでもいいということだってありうる。様々なズレの中でどう均衡を保つのか、相手の自由も自分の自由も尊重するってどうすればいのか。大切にしたい人にどういう態度を取れば大切にしていることになるのか、もう、なんだかケアという言葉について考えるときと同じ難しさがある。

餌を与える、という言葉がちらつく。嫌な言葉だ。その人の特徴をよく知っている。こうしたらこうなるということを知っている。だからこうしておけばいい。こうなるのは仕方ない、だから慣れないと。私がここで反応しすぎたらその人はなおさらそれをするだろう。なんの悪気もなく、忘れてたルーティンを思い出したかのように。だったら反応しすぎる私の問題なんだろう。

臨床でもそうだが、私たちは関わりがつらくて仕方なくなると相手を変化しないものとして捉え始める。相手にとってもそのほうが楽な面もたくさんある。でも変わらないってありえるのか、お互い。

マグカップを両手で握るようにして頭を垂れる。頭で考えているうちに落ち着いてくる。これを知性化というと頭の中でいう。だいぶ落ち着いてからその人のことを具体的に思い浮かべる。気持ちがざわつき始める。なんだ何も落ち着いてないじゃないか。自分に嘘をついてる。本当のことがいいたい。それが私のわがままでどんな馬鹿らしいことでも私はそう思った、私はこんな気持ちだった、もう我慢したくない、といいたい。

また涙が出てくる。頭で考えてるだけじゃダメだ、やっぱり。今日した会話を思いだす。たまにしか会えなくても積み重ねてきた言葉のやりとりを思いだす。冷たい手も暖かい手も思い出す。悲しいことより理解しあおうとする時間の方がずっと長いことに気づく。いつもこの繰り返しだ。どうしてすぐに小さな方に反応してしまうのだろう。もちろんその一言に私が反応するのにも理由がある。でもお互いを知るほどズレもたくさん知ることになるのは普通のことでは。だから言い合いをしたりほかでは感じないような気持ちになったりする。親密さは大抵強い気持ちとセットだろう。

ちょっとした好奇心を満たすことの方が好きな人へのちょっとした愛情表現より優先されることなんて誰にでもあるし実例ならSNSに溢れている、と書いた。データをとったわけではないが印象では子育て中の夫婦、特に母親側に多いつぶやきな気がする。辛いなと思う。なぜその一言が言えない、という事態は第三者が登場すれば増える。二者は常に第三者に揺さぶられる。そこで私たちが感じる気持ちはどうしたらいいかという話以前にまずは無条件で傾聴されるべきだろう。とても簡単なことなはずなのにそれを求めることすら許されないという絶望を抱えていれば自分に対してもどんどん懐疑的になる。それは辛い。もちろん湧き上がる衝動を抑圧し無理や我慢にとどめるか、もう壊れてもいいとぶちまけてみるか、それぞれのあり方はどれにも間違いはないだろう。それに関係というのはずっと続ければいいというものでもない。選択肢があることを忘れてしまうほどに身動きが取れなくなる前にお互いがお互いの光に支えられていることを感じる瞬間が生まれたらいいのに。

私はできたら時間をかけたい。限られた時間をお互いにとって開かれたものにするために言葉にするまでにも時間をかけたい。そこには確かに無理があって嘘っぽい自分にうんざりし泣き過ぎて頭痛で起き上がれないこともあるが、とりあえず事実に即した気持ちを優先的に描写することをしていきたい。結局臨床と同じみたい。

どうにもならない気持ちのときほど別の仕方を探せたらいいと自分に願う。与えられた構造が有限であるのは当たり前。それでも私には長すぎる時間だったり広すぎる空間だったりするのだろうからそっちを意識したい。ただでさえ限りあるものをさらに自分サイズにしてなんていたらそれこそ独りよがりだもんね、と持ち直していきたい。

どれもこれもまた心揺さぶられたらあっさり忘れそうだから宣言ではなく希望として書いておこう。すべき、やらねばという言葉で自分を縛るのも変だと思うから。

太陽と月。光で混じり合う。そういう領域を増やせたらいいな。

良い日曜日を。

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俳句 未分類

台風、見通し

台風が近づいているらしい。外国だと台風には名前があるよね、と思ってwikiをみてみた。今はアジア名というのもあって日本からは「琴」とか「山羊」とか星座に由来した名前を提案してるんだって。最初「日本 yagi やぎ 」の並びを見たとき2度見したけど星座ね、なるほど。琴座って久しぶりにみた。アメリカのハリケーンは人の名前で好き勝手に投影できてしまうせいか「それは合わないのでは」とか思わないけど日本の台風は数字で呼ばれているのしか聞いたことがない気がする。

今空は静かなのだけど台風前のなすすべなしな感じってこれまでの経験からきているのかな。時折強く吹く風、そしてまた静けさ、突然降っては止む雨、そしてまた、という繰り返しにリズムを見いだせないことが見通せなさに対する諦めを生じさせてるのかな、とか。

今思い出したのだけど今日速達で出さなくてはいけない俳句を投句用紙に清書していない。昨日のうちにやろうと思って持ち歩いていたのに投句用紙が載っている結社誌もない。どこ?持ち歩いていてオフィスで出しておいてきてしまったのか・・・。多分そうだ。もー。締切間際に作って安心、という態度もいただけないが、無くしものの多さよ・・・。こういうのは何度もやっているので予測がつく。見通しがつく。相手は台風ではなく自分だもの。なのでなすすべなしではないが、こんな自分にはいつも軽く眩暈がする。やろう。探そう。なかったら別の手をうとう(あるのかよ)。

あー。兎にも角にも台風でもなんでも自然にはなすすべなし、とはいえ、被害が生じませんように。気をつけて過ごしましょうね。

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立秋と二度寝

虫の声だ。今年も立秋の日にそう思った。夜が急に静かになった。

新宿駅西口を出て歩いているとどんどん蝉の声が大きくなる。新宿中央公園全体の形が自然に脳内に描かれるのはこの季節だけだ。

光と音でその距離を測れることを子どもの頃に知った。地元は雷が多い土地だった。空が真っ白に光りしばらくすると遠くから地鳴りのような音が響いてくる。それが一気に集まりバリバリっと空を破るときは近い。光が鳴ってからそれが聴こえるまでの秒数を数えるまでもなく近い。当時はとても怖かった。実際にあった怖い話もたくさん聞いたからだろうか。ゴロゴロ、ゴロゴロという音が少しずつ遠ざかっていく。あの人の街はもう通り過ぎた?自分では超えられない距離を想う。

音で距離を測り空間の形をつかむ。近所の森でアブラゼミが鳴き始めたが鳥の声がかき消されない程度になった。新宿中央公園は30年近くずっと身近で園内の地図だって何度かみている。思い浮かべたのはその地図だったのかもしれない。公園に入ると音は上から降りはじめる。何種類もの紫陽花はフェイドアウトして鳴りを潜めている。あるいはすでに切り取られた。繰り返す生に切断を持ち込む。現状維持のためか、これからのためか。紫陽花同志ではそんなことは起きないから考える必要もない。

立秋。気候変動を肌で感じているつもりだがなぜこの日に秋を感じるのだろう。「夏ってこんなに暑かったっけ」と毎年思うのだから私に掴めるほどの変化は起きていないのか、もしくは季語が持つ力か。それを秋と感じる仕方はきっとあまりにも多様だ。

じっと考えこむ。答えなどないというか問いにすらできない事柄を。問いの形にしてしまえば何かを言いたくなってしまうかもしれない。みなかったこと知らなかったことにできたとしても。いやできない。見えたものは見えたもの。秋がきた。秋と名付けられた自然現象のなにかをそれぞれが掴み取ってそう思う。問わずともそれの仮の名前はそれであり、私にとってのそれもそれである。ただそれだけ。なんだか眠くなってきた。その場しのぎしよう。ちょっと二度寝しよう。

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副都心線:明治神宮前

あー、渋谷止まりか、と思う。渋谷からバスでオフィスの近くまで行けるので雨の日とかはとてもいいのだけど同じ渋谷でも東横線からだと結構歩く。副都心線直通の電車だったら新宿三丁目で乗り換えることになる。そこから新宿へ出て、新宿からオフィスまで歩くとなったらそっちの方がいっぱい歩くことになるわけだが結局歩かねばならない距離や時間で選んでいるわけではないのだな。直通ではなく渋谷止まりの電車を見るたびにどのルートで行こうか迷ってしまう。

いつのまにか他の路線に乗り入れる電車が増えた。

精神分析家の藤山直樹先生がご自身の本の最後に副都心線が開通して賑わう明治神宮前にて、みたいなことを書いていた。ちょうど見直そうと思っていた『集中講義・精神分析 上』(岩崎学術出版社)を手にとった。あとがきの最後を後ろからめくる。

「二〇〇八年九月 夏の名残の夕立の音を聞きつつ、神宮前にて」

あれ?違う。では『精神分析という営み』(岩崎学術出版社)を。はじめて明治神宮前にある先生のオフィスへ伺った頃に出た本。あのグループで一緒だった仲間から今年精神分析家が誕生した。育てている。この本は國分功一郎さんや村上靖彦さんも言及している転移の本質を描写した本だ。藤山先生の本で一番読まれるべき本だと思う、ということは以前にも書いた。二日目のグループが終わったあとのオフィスで著者割で買ってサインをいただいたのだと思う。藤山先生の落語を聞いたのもあのときがはじめてだった。今や安くともお金をとってホールで披露するまでになっている。寿司でも落語でも精神分析でも極めるのが好き、というか極まっちゃう(日本語間違っているってわかってる)のか、あと俳句も。この時点で私は「あ、多分、『落語の国の精神分析』(みすず書房)だ、副都心線開通のことが書いてあるのは」と思っているがそばにおいていないので確認できない。

一応『精神分析という営み』のあとがきの最後をみてみる。

「二〇〇三年 初夏の神宮前にて」

あれ?シンプル。この本もさっきのも夏に出たのね。あ、これはこの前の一文が大事なのか。

「フロイトも見し暗澹を昼すがら寝椅子のうへに編み上げほどきて」

ほとんど短歌。フロイトの見た暗澹はすごかっただろう。ユダヤ人であることに生涯苦しめられた。死ぬ間際にナチスから逃れロンドンへ移住。姉たちはガス室で殺された。フロイトのテクストは苦しみよりも悔しさや人間のやることなすことを徹底的に見つめていこうとする姿勢に貫かれていると思うけど。

副都心線が開通したのはいつだろうと調べてみた。2008年か。だったら『集中講義』上巻が出たときじゃん、と思うけどこのときの副都心線は先生のオフィスがある明治神宮前まで伸びておらず和光市と渋谷間の往復だった。東急東横線・横浜高速鉄道みなとみらい線との相互直通運転開始は2013年3月16日。やはり『落語の国の精神分析』のあとがきに書いてあるのだろう。

面白いのは副都心線開通に関する年表をウィキペディアでみていると

「2013年(平成25年)

2月21日要町駅 – 雑司が谷駅間で携帯電話の利用が可能となる」

などちょこちょこと「携帯電話の利用が可能」となった日時と区間が記されていることだ。そういえば前って電車で携帯使えなかったんだっけ。今や通じすぎる時代になった。気持ちが通じることの難しさは何も変わっていないけど。精神分析が細々と生き残っているのもそのせいだろう。

そうそう、なぜ『集中講義』を手にとったかというと三浦哲也さんの『映画とは何か フランス映画思想史』(筑摩書房)をパラパラしていたらアントナン・アルトーの

「映画は、人間の思考の曲がり角に、すり切れた言語がその象徴力を失い、精神が表象の戯れにうんざりする、まさにその時点に到来する。」

という言葉が引かれていたのをみて「藤山先生もどっかで精神分析は鞍馬天狗のように現れるんだみたいなこと書いてたよね、そういうこと言うから精神分析の印象悪いんだと思うよ」と思い、どこに書いてあったんだっけ、と思ったから。探してばかりだな。まあ、50歳近くなってもまだ候補生という立場で(精神分析のトレーニングってそういうもの)直通運転とは遠い世界にいるのだし「おー、やっと携帯繋がったよ」という感じでいろんなことが繋がっていけばいっか、と思っているので地道にのんびりやりましょ。

今日は東京は30度超えないみたい。大雨の被害がこれ以上広がりませんように。

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汗と涙と結膜下出血

結膜下出血と汗と涙について書こうと思ったのに、とか恨めしそうなことを書いてから約24時間。定点観測の番組があった。たまに見るそれが好きだったけど今もあるのかな。そこではある時間にはいろんな人が入れ替わり立ち替わり現れてある時間にはだーれもいなくてただ噴水だけが動いていたりしていつのまにかまたその縁に誰か座ってまたいなくなってというような変化があった。ここでの私はとっても単調。いるかいないかくらいの変化しかないかも。これを撮ってみたとして2日分くらいを見てもらったあと、何も言わずその中の5分とか10分とかを切り取って3日目として流したとしても何も気づかれないと思う。

土曜日、右目のはじに血溜まりが見えて驚いた。すぐに「またか」となった。またか、といってもあの人が候補生としてはじめてミーティングにきたとき以来だから数年ぶりか。はじめましてだったその人は医者だけど眼科医ではないから怖がらせてはいけないと思って前もって伝えた。だから覚えている。結膜下出血。「けつまくか」ときちんと打たずに音だけで「けつまっか」と打つと目の状態に近い感じに変換される。数日間かかるが放っておけばいつの間にか血は白目かどこかに吸収されていくのだが赤い目ってそれなりにインパクトがある。本人である私はトイレとかにいって鏡でも見ない限りは忘れている(何かの病気なわけではないとわかっているからというのもある)。昨日もトイレに立って鏡で思い出して席に戻って「目が赤いでしょ」と言ってみたものの「結膜下出血」というのを忘れてしまいとりあえず説明だけした。その人はそういうものがあることを知っていたようでこうやって説明しなくてはいけないのは大変だねというようなことを言ってくれた。そうなの。ありがとう。でもかかりつけ眼科医がいつもの豪快な笑顔と大きな声で心配いらないと説明をしてくれたのを思い出しながら言葉だけ繰り返せばいいだけでもある。安心とともに慣れてこられたのは幸運。もしこれに痛みが伴っていたらきっと慣れるのにはすごく時間がかかるだろう。慣れないってことだってありうる。

数年前、保育園の子が私の目を覗き込んで「金魚さんがいるね」とニコニコとした。時々しか訪問しない私に駆け寄ってくるタイプではないがはにかんだような笑顔でやってきてほかの子より長時間そばにいる子だった。これから先、また何回かこうなるかもしれないけどそのたびにきっと私はその子の笑顔と言葉に支えられる。昨日かけてもらった言葉を思い出す。

そうだ、昨日の朝はその前の数日間と比較すると少し気温が低くて汗ばむ感じがなかったように思ったのだ。そして歌謡曲を聞きながらコーヒーを飲んでいたので「珈琲は涙色」とか「涙味珈琲」とか思いうかべてコーヒーと涙はつくづく取り合わせが悪いななど思ったのだった。でも暮田真名さんの川柳「OD寿司」にある「良い寿司は関節がよく曲がるんだ」とかいわれると「そうなんだ」と納得せざるを得ない。取り合わせの問題ではないらしい。(参照「好書好日 暮田真名さんインタビュー」)

汗は生理現象、涙は心性に触発された身体現象。それらも目の中の血溜まりも私にはどうにもできない私の内側から染み出して張りついてくる。どれもポトンと落ちるなら拭き取ることができるかもしれない。目の中の金魚は再び内側に吸収されるのを待つしかない。言葉ってすごい。どうしようもないものやことにイメージを与え、時間的な見通しを与え、扱える形にしてくれる。いろんなことは一人ではどうにもできない。今ここで汗や涙や血の流れととともに体験する時間が誰かとの過去によってなんらかの未来へと継がれていく。語り継ぐなら痛みや焦りや恐れだけではなくそのときそこに共にいてくれた人のことも。そんなことを思った。

今日は月曜日。昨日と同じくらいの気温なら耐えられるかな。台風の地域のみなさんもどうぞご安全に。

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シェイク

東京の住宅街が薄いピンクに染まっています。ここ数日の暑さにはすっかりやられてしまった。ずっとうとうとうとうとしている。ずうっとだ。

週末、初回面接を検討するグループを終えてお昼に行こうと思った。涼しいはずの部屋でもなんだかぼんやりだるくてまたうとうと。いいかげん出ねばと思って外へ出てみたが食べたいものもない。今度はうろうろ。信号待ちでは少し手前の大きな木の下でぼんやり。信号がいつの間にか青になっていて慌てて渡った。日曜日はいつものカフェが別のカフェに見える。しばらく日陰ばかり選んでぼんやりうろうろしていた。そういえばこの前ドトールでシェイクを飲めなかったことを思い出した。その日はなぜか販売中止だった。

子供の頃、父親がいない日に出かけたのはロッテリアだった。みんなでシェイクを飲んだ。特別だった。特別においしかった。田舎でのファストフードの位置付けは東京とは異なる。今はだいぶ東京寄り(?)だと思うけど。

日陰を真っ直ぐいってかっこいいキャップをかぶった小さな子が困り顔で(眉間に皺と書こうとしたがなかったと思う)お父さんを見上げながら一生懸命何か訴えているのを横目に通り過ぎ、いつもは誰もいない石の椅子でファストフードやみたことのない何かを広げている男性たち(なぜか男性ばかりだった)の前を通り過ぎ、日陰のないカンカン照りの短い横断歩道を足早に渡り店の前につくと「深刻な人手不足のため」と営業時間短縮のお知らせが貼ってあった。大丈夫か。隙間時間にバイトしようか?いや。無理だな。高校時代、バイトをしていた喫茶店で私だけアイスクリームを盛らせてもらえなかったんだ。嘘。違う。私があまりに不器用で上手にできないので「やらないでいいよ」と言ってくれたのだ。練習したけど自分でもびっくりするほど上手にならなかった。美味しいアイスだったしかっこいい盛り方だったからできるようになりたかった。いつももう一人のバイトがやってくれた。ありがとう。やってくれたバイト仲間も恐ろしく不器用なのにやりたがる面倒な私に付き合ってくれた店長たちも。

店は混雑していた。涼しかった。二人の店員はすごく忙しそうだったけどとても感じがよかった。すごい。シェイクを作るのはメジャーな飲み物より作業プロセスが多いことを知っている。どうしようかなぁ、と迷う。今日も販売中止だったら諦めがつくなと思ったけど販売中止はもっと手間のかからなそうな別のものだった。店内はすでに満席に近づいていて並んでいる人もほとんどいなかった。前の人が向こうにずれるまでに決めねば。あー。頼んでしまった。私も右側にずれると洗い場が見えた。あーあ。頼まなければよかった。でも頼んでしまった。いつまでも待ちます、という気持ちで暑い暑いドアの向こうからいろんな人が入ってきたり向こうへ再び出ていく人たちを観察していた。

世の中には本当にいろんな人がいていろんな会話が繰り広げられていていろんなことをしている。こういうのが当たり前でありますように。

もったりとした液体でも固体でもないものがグラスに注がれている。ごめんなさい、ここでも時間がかかりますね。最後のもったりまで店員さんがミキサーを振るようにして入れてくれた。感謝。小さく会釈して受け取る。おいしい。大人になってもシェイクは特別なんだなぁ、いろんな意味で。

冷えてきた。なんと間抜けな、と思ったけど早々に店をでた。さっき渡った横断歩道の日差しが今度はありがたかった。なんと勝手な。同じものでも感じ方はちょっとしたことで変わってしまう。関係性だってそうだ。でも多分私にとってシェイクの特別さはずっと変わらない。「昔は全部飲めたんだけどねえ」とかいうようになる可能性は高いが。

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眠れない夜を

人の嫌がることをしない、というのは難しい。誰かを喜ばせることが別の誰かを嫌がらせることもある。相手が何を不快と感じているか知っていてもどうしても自分の快を欲してしまうのも子供のままの部分だろう。子どもがいたり介護が必要な家族がいたりすればいつの間にかその性質が変わるかというとそうでもない。人はそんな簡単には変わらない。ただやらざるを得ないことが増えれば時間もないので守られる必要がある方が優先されるのは当然のことだ。

もちろん「人はそんな簡単に変わらない、子どものままの部分がある」ということが非対称な関係で生じる侵入や搾取の理由になどなるはずはない。私は家族的な関係を仕事にしているので思い浮かべているのは大体親密な関係だ。親密な関係に巧妙に偽装された搾取的な関係もあるが家族的な関係になればそれはすぐに暴かれることが多い。生活を共にすることの力は大きい。気持ちいいところだけで付き合えない違いだらけの人間たちが空間と時間を共にしていく。日々葛藤し否認し行動化しながらもなぜかそれを維持していこうとするこの生き物らしさ。それはやはり子どもという存在に向けられた本能のように思う。相変わらず寂しがりで構ってもらいたがりの大人の中の子どもに対しても。誰かを大切に想うこと、特定の誰かを愛すること、それは自分の一部を相手に開き委ねることだ。誰にでもはできない。直感的に選択される関係のなかで私たちはどれだけ相手を大切にできるだろう。多くの失望と絶望によってその選択は間違っていたとようやく気づいたとしても一度委ねてしまったという事実を取り消すことはできない。うんざりして苦しくて泣きながら皮膚をかきむしっても食べては吐いてを繰り返しても無理は無理だ。自分に同化してしまった異物はモノではなかったのだから。

取り消せずに上書きされ深くなった傷に絆創膏を貼るように。今はまだそんなものでは到底足りないとしても。いずれ瘡蓋に、何度もかき壊したとしてもいつの間にかそれが剥がれ落ちてくれますように。そしてまた自分の愛する能力を信頼できますように。願う。それを使うことができる関係を今度こそ選択できますように。願うことさえ勇気がいることだとしても。未来の存在へと向かう私が大人になりたがる私が子どもへ向かう私がそこに生きていますように。眠れない夜をただただ願い続けることで明日へ。

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郵便局

大急ぎで資料を仕上げた。今日は絶対に郵便局に行かねばならない。それにしても暑い。鳥は元気そう。元気かどうかわからないけど空を飛べてよく届く声で鳴けるくらいの状態ではあるらしい。あ、いっぱい鳴き出した。いっぱいというのは鳥の数ね。一匹がピーピーピーピー(私だとこんな単純な音にしかしてあげられないの残念だけどみんな知ってることだもんね)たくさん鳴いているのってあまり聞かないかな、そういえば。

郵便局へは1通が速達。毎月提出しているものなのに速達料金があっているのか不安だからみてほしいけど午後までいく時間がないから自分でー速達ーって書いてポストに入れるか・・。これ何年もやってるんだけどこんなこといってられるのって通り道だけでもいくつかの郵便局があるからかも。そうでなければいくら大事な書類だからって毎月決まって払っている料金くらい覚えて自分でさっさとやるはずだから。田舎だとすごく近い距離でも車でいくよね、と助手席からの景色が思い浮かんだ。郵便局は進行方向左手にあった。そこまでに信号はない。一軒一軒全て思い出せる程度の近さだ。それを横切る小道にはそれぞれ小学校の時の友達の家がある。誰が住んでいるかはもうわからないけれど。助手席の私は車が止まるとパッとドアを開けて小走りにポストへ何かを入れるか、郵便局の中のいつもの郵便局員さんに何かをお願いして走って母が待つ車へ戻る。今思えば急ぐ理由は特になかったと思うのだが母は何かと早く済ませたい人なのだろう。何かと急かされていた気がする。私も何がなくともすぐ走ってしまう落ち着きのない子供だったのでそういうペアだっただけかもしれない。のっぽさんのようなおじさんがひとりでやっていた「ストア」はそのおじさんの苗字で呼んでいた。「Iさんのところでこれ買ってきて」とか。Iさんの店は信号のある交差点にあったけどいつの間にかコンビニに変わった。郵便局の向いには檻があって何かを自営しているおうちだった。そこのアヒルと少し遊んでから帰るのがいつもだったがそれももう40年近く前の話だ。郵便局は数年前に移転した。周りが変わりゆくなか、いつまでも私が小さな頃のまま佇むようにそこにあった小さな小さな郵便局はバージニア・リー・バートンの『ちいさいおうち』のようだった。

今日はどちらにしても郵便局に行かねばならない。大阪の古本屋さんから届いた本が「上」だったのだ。私がお願いしたのは下巻だったのだけど。「上」は「ゆうメール」で送り返してと言われたのだけど「ゆうメール」って中がわかるように一部封筒開けておいたり透明にしたりしないといけないみたいで本だからちょっと開けるとかも嫌だし一応濡れたりしないように送ってきてくれたままビニールにはいれるけど郵便局で中身が確認できればいいみたいだからそうしようと思って。これだけなら急ぐ必要はないから午後にのんびりいけばいいか。その時間は暑くなりそうね。

と朝から友達に話すような他愛もないことを書いているが理由は特に考えない。朝の短時間をこうするのが日課になってしまった。私が他愛のないひとり喋りをしているうちに鳥たちはもう遠くに出かけていってしまったようだ。一羽の鳴き声しか聞こえない。いってらっしゃい。私もいくよ。今日もきっと色々あってそれぞれがいろんな感じ方をしていろんな思い出と触れ合ったりいろんな未来を思い描いたりするだろう。いろんなことは今日で終わるわけではないはずだからなんとか過ごしてみよう。

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言葉は難儀

昨晩、スーパーで安くなっていたスイカを買った。美味しい。むくみにも効くらしい。夏じゃのう、秋の季語だけど。わかりづらいから夏でもOKな季語にしてほしい。もちろん先生によっては全然OK.俳句の世界も大変じゃのう。

ものすごい詩歌とか文章とか書けて溢れんばかりの知識を自由自在に使いこなす人たちがたくさんいて彼らの話を聞いたり作品をみるととても感動したり感心したりする。

そして私は作品は作品だと思っている。そうでないと悲しくなってしまうことが多いから言い聞かせるようにそう思う。どうしてこんな詩歌を作れる人がこんな言葉遣いでこんな露悪的に、とかどうして外向けにはこんな優しく楽しい先生がこんな反射的に他人の言葉をひっくり返しに、とか。憧れの作家とかとプライベートで知り合いになる機会が少ないのは幸運なことかもしれない。幻滅したくない。といっても今は憧れの作家がいない。いやいる。朝吹真理子さんとか村田沙耶香さんとかか。彼女たちには幻滅しなさそうだけど、とかなってしまうのがファンの悪い癖だ。私は彼らのことを何も知らないではないか。理想化で繋いでる希望なんていくらでもあるから悲しいし切ないのだ。

私が「あーあ」と残念に思ってしまう彼らは言葉を追求して言葉で仕事をしていくうちに目の前の相手が自分の作品には登場しえない部分を持つ他人だということを忘れてしまったのかもしれない。自分の広大な世界に引きこもって「自信」に支えられたナルシシズムでその世界観とやらを守っているのかもしれない。もし私が彼らの家族や恋人で「どうして」と感じてしまったら絶対言ってしまう。「そんなにたくさんのことを知っていてそんなにたくさんの人の気持ちがかけるのにどうして目の前の私のことは知ろうともしないのかな」と。それすら言葉で言い返されて「今のそれを言ってるんだよ」とさらにいうかもしれないし悲しくて暴れ出したくなる気持ちをドアとかにぶつけて一人でやけ食いとかするかもしれない。

言葉は難しい。

先日もはじめて読んだ作家の本がとてもよくてついその人のことを調べてしまった。そうしたら過去の論争というか素人からみれば「言葉の世界の人はなんでもかんでも言葉にしないといけないから大変だな」とポカンとするようなことが書かれていて作品に対する感動が少し冷めてしまった。いろんなことをいう人たちがいるが私は作品は作品だと思う。もし私の身近な人が作家デビューしたとしたらその作品を全て読むだろうし買うだろうし書いていること自体を尊敬すると思うがその作品に対する評価は読者としてするだろう。こういうことを想像しながら好きな作品を作り出した人のことも考え続けてしまうのはすでにほとんど(恋)みたいなもんだが(恋というのはそもそも最初からカッコ付きみたいなものかも)出会いを一気に理想化してしまう心性をどうにかしたい。「あー無理」と爽やかに距離をとれるようになりたい。私の経験上、多くに人にとってそれは難儀だ。

あと厄介だなと思うことがひとつ。もし私の家族が作家デビュー(ほぼありえないからちょっと笑いながら書いているのだけど)したら彼らが作家になったあとの喧嘩とか「ものを書く人がそういう言葉使うんだ。相手のこととか考えないとものとか書けないのかと思ってた」とか嫌味なことをいうに違いない、だってここでサラサラとこんなセリフを書けてしまうのだから。

とにもかくにも言葉は難しい。でも、大体の人は今日も誰かと言葉を使って色々するのだろう。難儀やなあ、と使えない関西弁みたいな言葉が出てくる。まあ、やりとりは継続する限り修正もやり直しも可能な場合が多いので色々すれ違ってものんびり構えていきましょうかね。

今日もじわじわ暑くなってきた。なにはともあれ身体は大事。どうぞお気をつけて。

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公園へ行った

埼京線に乗って大きな公園へ行った。今月2回目の埼京線。この前遊びに行ったばかりの友人が住む駅を通り過ぎたのでLINEした。その友人も時々行く公園だそうで今度ちびさんを連れて一緒に行こう、などやりとりした。

土地勘がないのでどっち口のバス乗り場かもわからず駅員さんに聞いた。駅員さんに「多分東口だけど運転手さんに聞いて」と言われて少しおかしかった。運転手さんに聞けるくらいまで行ければ多分大丈夫、行き先はわかってるんだ。さて、教えてもらったほうの階段を降りるとスタバはあるのに妙に殺風景で目の前のバス停に気づくのに時間がかかった。それにしてもスタバはどこにでもあるな。うちの実家の方にはないけど、多分。

ぼんやりバスを待っているといつのまにか後ろに数人並んでいた。最後尾で友人がニコニコしていた。手を振って先頭から後ろへいくとすっかり大きくなった息子さんが恥ずかしそうにしていた。彼が保育園の頃、とてもたくさん遊んでとても楽しかったというと友人も「すっごくたくさん遊んでくれてすっごく楽しそうだったんだよ」と笑った。私たちはあの日、大きな声とさまざまな表情で遊ぶ彼に大層驚いたのだ。そんな姿は親にとってもはじめてだったという。だから多分お互いいまだ記憶が鮮明で声も少し大きめになった。彼もそれを覚えているかのように私たちの言葉に何度も頷きはにかむように微笑んだ。変わらない、この印象。いい子だ。

バスを降りたら目の前かと思ったらそこはただの道路だった(大抵の場合そうなのだろう・・)。川と緑を目指せばなんとかなるだろう、と適当なことを言っていたら若い彼が携帯をみながら案内してくれた。川岸へ軽やかに駆け登る彼についていき「もうすでに疲れた」と言いながらも湿った草花が広がるのどかな景色に嬉しくなった。登り切ると目の前が一気に広がり「あそこだ」とわかる場所があった。別の友達がすでに設営をはじめていた。もう何年ぶりだかわからないが、子供たちに挨拶するなかで大体予測をつけた。まだ赤ちゃんだった女の子。生まれたとはきいていたがはじめて会う子はすでに3歳、ということは、など。いちいち「もう!?」という言葉が口をついた。

若い頃から子育て支援のNPOで何かと活動を共にしてきた。夏には20年近く、地域の子供会や自閉症児親の会と協力して大きなキャンプを開催し続けてきた。私は障害のある子どもたちの担当として参加していた。それにしても、というくらいキャンプの知識は何も身についていない。タープやテントを立て、火を起こす。私がしたのはキャンプ用の椅子を広げることくらいだが、3歳児は慣れた様子でペグを打ち込もうとしていた。まだ力が足りないがすでに形ができている・・・。かっこいい・・。私には一生身につかないことを彼らは普通にやっていくのだな。頼もしい。これからも私は安泰だ。よろしくね。

今日は保育園巡回の仕事だ。大分減らしたがこの仕事ももう長い。赤ちゃんから卒園するまで本当に多くの子どもたちを観察し、保育士さんたちと話してきた。

彼らがどんな大人になるかは想像もできない。でも信頼はできる。彼らが大人になって、いかに自分が無視をされ蔑まれなんとか生き延びてきたかを言葉にならない声で主張しなくてもすむように、彼らに時間と場所を優先的に準備していくこと、自分に対してより少しだけ優先的に。きっと今日もそれを具体的にする方法について話すことになるだろう。

今日は暑くなるそう。どうぞお大事に。

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3月10日夜

お菓子が食べたい、こんな近くにコンビニがあるのに買いに行かなくてえらい、寒くて出るのがめんどくさいだけだけど。まだ夜寒いよね。毎日暖かくなったら買いにいっちゃうのかな、そう考えるとこれまで寒い辛い動きたくないばかりいわれていた(私が言っていた)冬のえらいところってそこじゃないかな。制止機能。

寒さ>お菓子。冬、私の欲望を簡単に萎えさせる強力な存在。でも早く暖かくなってほしいな。というか、コンビニいかないのはすでにお菓子があるからでしょ、春限定ピノとかも買ってしまったじゃないか(アイスじゃないか、寒いとかいってるくせに)。

などどうでもいいことをつらつら考えているうちに時間は過ぎていく。それはそれでいい。冬のいいところを見つけたし。きっと昔はもっといいところを知ってた、冬の。でもちょっと待って。私の故郷はからっ風で前髪が凍ってしまうし、肌は粉吹きになってしまうし、本当に辛かった。あれ?せっかく見つけた冬の良さはどこへ?

制止機能、自分を止めてくれる存在。本当に大事。やり続けている行動って止められないからやり続けているわけで、それを助長してくれる存在の方に親しみも信頼も感じやすいかもしれないけど、依存とか中毒の問題になってくるとそうも言っていられない。難しいです、欲望の問題は。

自分のそれが膨れあがって相手の心配も制止も振り切って暴走して気持ちよくしてくれる相手で隙間を埋めることばかり上手になってその先が虚空と知りながら痛みや恐れを別のものに変えて露悪的に振る舞って時折かすめる罪悪感や恥ずかしさもごまかすように外へ外へと向かってく、それはとっても仕方がない。

「でも」と言われるのはわかってる。私たちは一人では生きていけない、っていうんでしょ。「というか生きてないでしょ、実際」と誰かに言い返される。

最初は好きなだけだった。一方は我慢せず、一方は我慢して、そんな関係も楽しかった。大好きと言ったり言われたりすればなんとかなった。でも少しずつ言い訳が増えていくのも感じてた。そしてそして、と涙が増える。心が突然音を立てた。動けなくなってようやく少し気づき始める。このままでは、と。

辛い。いろんな生き方があるのは間違いない。全ての症状が時折救いになっていることも間違いない、かもしれない。

私たちは誰を満たしたくて誰を救いたいのだろう。そんなできもしないことをなぜ試みるのだろう。自分で実験済みなのに。自分にさえしてあげられないのに。いつも身近な人を泣かせて、苦しませて、傷つけて知らない人と出会っていく。いつか、どこかに、あの人となら、そんなことをいつまで続けるのだろう。何にだって意味はある。そうね、それもそうかもしれない。

「でもね」となる。いつだって「でもね」がつく。うるさく感じるでしょう。実際正解などないでしょう、おそらく。

「でもね」と何度も言われ、何度も跳ね返してきた私だって思う。「でもね」と。いずれ戻る場所はそのうちできていくかもしれない、一度は何もかもなくなったその土地に戻る人がいるように。例えば雨が強くて、例えば人身事故で、例えばウィルスで、うん、止めるのは人だけじゃない。できたら意図せず生じるなにかが、なにかを奪う形ではなく、時間と居場所を準備してあなたや私をひとりにしてくれますように。少しずつ孤独を知って、少しずつ素直に触れ合えますように。いつも最後は祈るように。できることがなくてもできることだから。

明日は3月11日。

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マホガニー

マホガニーということばにふわっと記憶が蘇った。あの扉の向こう、いつも同じ場所で同じ姿勢をとって少し遠くの大画面をみつめる人のこと。あのテレビは当時は最新だった。ゴルフも野球も大河ドラマも「ベータ」に撮りためられた大量のビデオも遠くからでもよく見えた。ハウス食品劇場は別の部屋の小さなテレビで見た。しょちゅう泣いた。ハイジに似ている、といわれていたが、結構多くの子どもがそう言われていたことを大人になってから知った。囲碁はあの大画面で見る必要はなかっただろう。もちろんそこに映される側がその内容や登場する素材の大きさを私たちのために調整する義理などあるはずがないが、囲碁はただでさえ視聴者にみやすいように盤拡大版をみせてくれていたし。

さて、今や倍速の時代だ。少なくともそれが簡単にできる時代だ。サッカーなんてすぐに結果が分かってしまう。立ち上がれないくらい走り切ってコートに一礼してベンチに戻る選手の肩にタオルがかけられる瞬間に思いを馳せることも少なくなったりしているのだろうか。もちろん何度も何度も巻き戻してみる場面もあるにはある。そうそう「ビデオ判定」ってやつ、あれは面接をビデオ録画して見直して検討するのと同じような違和感がある。必要性は十分に理解しているつもりだが、結局見るのは人の目だろう、私たちの視覚の信頼性はどんなものだろう。目に見えるものが教えてくれるこころなるものはどんなものだろう。

マホガニー、今は少なくなった、とその人は続けた。えんじっぽいカーペットにむらさきっぽいベロアのカーテン。いまはない場所の記憶はおぼつかない。重たくて暖かくてくるまって遊ぶにはちょうどよかった気がする。レースのカーテンは隠れる用ではなく顔を押し付けてふざける用。岩崎ちひろの「あめのひのおるすばん」を思い出した。また少し記憶が浮き上がっては混ざりだす。家のどこかが少し軋んだ音をたてるだけで、風で庭の木の影が少し揺れるだけで、台所の氷がカランと音をたてるだけでキョロキョロしては居場所をなくしカーテンにくるまった。

マホガニー色の扉。あの扉はとても重かった気がする。でももしかしたらあの頃の私にはそうだっただけで簡単にひらいたのかもしれない。向こう側から強い力でひっぱられてどうしてもあかないときもあったけど。

その人が扉をあけてくれた。急かされることもなく迎え入れ送り出してもらえる。閉ざすのではなく、隔てるのではなく、たとえそうだとしてもノックをすれば返事がある。私がするよりずっと軽やかに扉がひらく。

そして交わす、言葉を。また思い出が少しひらく。孤独も寂しさもなくなることはない。カーテンがくるんでくれたそれらを大人になった私は少しは自分でくるめるようになっているのだろうか。少しずつでもそうだったらいいと思う。

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こころ

「こころをつかう」という表現が苦手だ、ということは以前にも書いた。こころって誰かが使えるものではなくて常に受け身だと思うから。心揺さぶられたり心苦しくなったり。たとえ能動的に誰かを心から締め出したくなったりしたところでそんなことはできないから私たちは苦しむ。もちろん苦しまない人もいるだろうけど、私は、そして私が会っている人たちはこころなんていうあるんだかないんだかわからないけどたしかに自分の身体の内側でうごめているものに苦しめられたり、色々している。

色々と雑に書いたのは苦しいだけではなくて、そこから救われたと感じたり、誰かへの愛しさでいっぱいになったり、心白くなるほどに自分や相手を区別しない瞬間もあると知っているから。

首都高の真下の寒椿、手入れのされていない枯れ木にまみれて小さな赤い花をたくさんつけていた。たくましいなと思った。もっと栄養を与えてもらったら、もっと別の場所に植えられていたら、と一瞬思ったけど、これはこれでこうして私が目を止める鮮やかさで咲き、人知れず散っていくであろうことにもなんの想いももたないのだろうから私の大きなお世話は素直に「たくましいな」「かわいいな」でとどめておくべきなのだろう。

花の名前も鳥の名前もそれらをいくら愛でたとしても覚えることができない。でもそれが特に必要というわけではない。いつも似たような人の似たような行動に似たようなことを感じてばかりいるわたしの「こころ」なるものがどうあろうと、わたしになにがなくともそこにいてなにかを感じさせてくれる存在をありがたく思う。

時間は有限だ。どうであってもいつか終わる。今日のわたし、今日のあなた、今のこころ、なにがどうなるのかまるでわからないけれどこうしている間にも太陽は少しずつ高いほうへ。私の小さなオフィスに差し込む光とそれが作る影もいつのまにか姿を変える。「いつのまにか」動かされるこころのようなものを静かに感じながら今日も過ごせたらと願う。

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くりかえし

私のオフィスからは明治神宮がきれいに見える。目線の先に広がる森の下で誰がどんなことをしているのかは知らない。初夏を迎えたことははっきりとわかった。

月の満ち欠けも感じることができる。仕事を終えて電気を消してもう一度カーテンの向こうを振り返る。さっきよりずっと明るい満月が見えた。たなびく雲の、という歌を思い出す日もある。時々色を変える東京タワーの見え方も日々違う。

ほとんど時計をみなかった。到着時刻を知らせるメッセージが届いたがこの後の予定はだいぶあとだ。領収書の整理をしたり、視界に入った埃を拭いてみたり、積まれた本を棚にしまったり、友人の作品を眺めたりしているうちにチャイムが鳴った。

窓を大きく開けていたので音に気付くのが遅れた気がした。ちょっと待たせてしまったか、と思いつつ迎え入れる。特になにをするわけでなくただ話したり黙ったりした。その人は眠そうだった。私はどうだったのだろう。あまり何も考えていなかったみたい。

ほとんど時計をみなかったな、とひとりになってから思った。ただぼんやり過ごすとかできない、という友人たちの顔を思い出した。私はいくらでもできる。

普段は時間を常に気にしている。というか時間がくればいつもと同じことがはじまって、時間がくればそれが終わる。その繰り返しを過ごしている。

オフィスにきてカーテンの向こう、ああ、5月だ、と感じる。私のオフィスはひんやりしている。外はあんなに暑かったのに。

季節がめぐる。私たちは会い続ける。私たちと季節は常に同期しながら色を変えていく。これまでもこれからもずっとそうだろう。ずっと同じ人とずっと同じ場所でずっと同じことをしているかどうかはわからない。でも何かが変わっても私は私で季節とともに生きていくのだろう。

休日はいい。素朴な気づきにこころが静かになる。

もうすぐ9時だ。空から闇が抜けて水色になる頃にはすでに起きていた。今日もあの森を眺めて、電気を消して空を振り返る。一日が過ぎて一日が始まる。その繰り返しのなかに今日もいる。

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ジャズ

昨晩は大きい地震があった。みなさん、ご無事だろうか。

ずっとチック・コリアを聴いている。生きているのか死んでいるのかわからないほど、というより、ずっと生きているような錯覚を持っていたことに彼が死んで気づいた。いや、実際生きていたんだけど、ほんの数日前まで。

まだ79歳だったんだとも思う。まだ若いじゃないか。

私が初めてCDで聴いたジャズは家にあったマイルス・デイヴィスだった。チック・コリアのこともそれで知った。

大体のCDはレンタルの店にせっせと通ってカセットテープにダビングしてウォークマンで聴いていた。ジャズやロックはイトーヨーカドーの一角だったか新星堂だったか輸入盤を安く手に入れることができ、バイト代でせっせと集めた。

東京に出てから多くの時間を費やしたのもレコファン、池袋HMV、シスコ、渋谷タワーレコードなどだった。新宿レコファンでバイトしたかった。よく通ったカフェもずっとジャズが流れていたがあれはどこだったか。

日本での公演情報も目にしていたけど当時の私には高かった。ブルーノートには憧れ続けた。今思えばハードロックのライブにはすごくお金をかけたのだからチック・コリアもいっておけばよかった。大人の世界と思って敬遠したのだろうか。

BGMとして聴いていても時折焦燥感をもたらすのが私にとってのジャズだったけどジョン・コルトレーン、セロニアス・モンク、そしてチック・コリア、彼らは違った。聴き続けることができた。

生き続けている、そういう錯覚は聴き続けることができるという身体感覚と無関係ではないだろう。数年経ってチック・コリアの名前を聞いたときに「あれ?亡くなったんだっけ」とか言いそうだ。

昨晩のような地震があると、3月11日が近い、という感覚とともに過去に再接続される自分がいる。誰かの死を抱え込んで生きている、という感覚は以前このブログで墓の俳句と土居健郎に触れたときにも書いたと思う。

こころを抱えこころに抱えられて生きている。

地震が続きませんように。

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移行

noteに書いていたものは少しずつこちらに移行します。

オフィスのメインのサイトはこちらです。

https://www.amipa-office.com/

サブのサイトです。

https://aminooffice.wordpress.com/blog/

noteにはこんなことを書いていました。

https://note.com/aminooffice

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ぼんやり

「私、猫派」「私は犬派」みたいな話ってわりとよくある。昔、休日の過ごし方について友達とおしゃべりをしていた。「休みの日は外に行かないともったいない」派の友人はたしかにいつもアクティブだった。電車でも本を読んだり、音楽を聞いたりなにかしらしていた。私はボーッとしたりウトウトしていたら何時間も経っていたなんていつものことで、電車もそれでしょっちゅう乗り過ごしていた。バイトとかボランティアとかなんらかの活動を促される場にはいつもいたのでそのおかげで外で活動していたけれど何もなかったらずっとうちにいたかもしれない。

なのでこの仕事は合っている。いつもの曜日、いつもの時間にくる人たちを迎え、50分間一緒になんらかのことをやって、送り出して、次の人を迎える。毎日朝から晩までこうしていたいが、今はまだ外での仕事もしている。

空き時間は書類仕事などもするけど、こうして徒然なるまま何か書いたり、やっぱりぼんやりしたりしている。寒くなってくるとストーブの前でただじっと物思いにふけったりする(ものは言いようみたいになっているかもしれない。私は一応心理士でもあるからリフレーミングといおう)。

本はたくさん読むけど何冊も並行してぼんやり読んでいるので学習目的で読まねばならないときは結構辛い。知っている人が書いた本はとりあえず読んで感想を送る。相手を知っていると対話的に読めるのがいい。

今年10月に『精神分析にとって女とは何か』(福村出版)という本が出たが、編者であり著者でもある西見奈子さんは知り合いだ。この本も送ってくださったので、すぐに読んで短い感想を送った。この本についてはほかでぶつぶつ呟いたけど、何々にとって何とは何か、という問いって色々言い換えると面白いよね、と思っていた。「精神分析にとって「女である」とは何か」とか「である」を加えたり、「女にとって精神分析とは何か」とかしてみたり、問いの立て方自体にその人の立ち位置が見える気がする。「女にとって精神分析とは何か」は精神分析をなんらかの形で体験している人の立ち位置な感じがする。著者の性別を知ったときになんらかの推測をすることもあるかもしれない。

私だったら「私にとって」という問いから始めることになるだろう。

女であること、精神分析家候補生であること、それ以前に人間であること。「である」「になる」の違いは哲学でも取り上げられていることで私にとっても大きなテーマだ。「ではない」「にならない」と否定形を意識しながら思考する。ハイデガーではないが存在と時間の問題でもある。設定とプロセスの問題でもある。私にとっていろんなことはなんなのだろう。

と手が動くままに書いているとあっという間に10分、20分経つわけで、お昼においしいもの食べたいなと献立を考えだすとまたすぐ時間が経って、という感じで夜が来て夢を見て朝を迎える。

やっぱり私はこの仕事のリズムが合っている。それぞれの生活を営む誰かが同じ曜日、同じ時間に来て、夢を見るようになにかして、生活に戻る、お互いに。

今日もいいお天気。やること終えたら仕事までぼんやりぼんやりしましょうかね。良い一日をお過ごしください。

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ウェールズ

地上へ向かうエスカレーターから空が見えた。真っ青だった。

ウェールズは美しい土地だった。目的地に向かうバスの中、一番後ろの中央の席には美少女が鎮座し、彼女よりずっと子どもっぽく見える男子たちがそれを取り囲んでいた。そこでは皆ウェールズ語を話していて内容は全くわからなかった。おそらく同級生だろう。男子たちの声かけをほぼ無視して無表情で前をむき存在感を放つ彼女は私のなかでウェールズの一部を形作った。

最初に訪れたB&Bが満室で友人を紹介された。すぐ近所の家の外では女性が手を振って待っていてくれた。そちらへ向かうと彼女はすぐに「ちょっと待ってて」と英語で言って家に入りテレビに釘付けになった。ブラウン管のテレビの画面では宝くじの抽選会をやっていた。宝くじで待たされる経験はすでにしていたので「イギリス人は本当に宝くじが好きなんだなあ」という経験的知識を得た。

少しは当たったのか全く当たらなかったのか。ある程度待たされてから案内された部屋はこじんまりしていてロンドンのホテルよりずっと居心地がよかった。バスルームに置かれたバスタブは映画のようにおしゃれだったが入浴する文化ではないしどうやって使ったらいいものかと思った覚えがある。あとはバスタブのかわいさと積まれたタオルしか覚えていないので無難に使用できたのだろう。

昼間はお店の小さな窓からフィッシュ&チップスをテイクアウトして湖のほとりで食べた。空と山と湖、なんという贅沢だろう。静かだった。フィッシュ&チップスはロンドンのものとは少し違った。そこのがあまりに美味しかったので日本でもずいぶん試したが、「美味しさ」というのは直観されるものらしいことを知った。

他のことはあまり覚えていない。ただウェールズは別格だと思った。大好きだと思った。あの空の下、あの湖のほとりでただ座っていた。当時の私はまだとても若かった。

あの頃には想像もつかなかった出来事、全く知らなかった気持ちといまだに出会う。少しゆっくりしたいなと思うとき、あの感触が私のなかに蘇る。

旅をしてきてよかった。やはり背景を変えるだけとは違うのだ。いや、それだけでも「私」は少し違う自分になれるのかもしれないけれど、ただそこにいて、ただ時間を過ごす。知らない言葉が交わされる世界の内側にじっと身を置く。そうした体験は、私が意識的に何かを施すまでもなく、必要なときはこうして色濃く蘇って支えてくれる。

私がしていることもそうしたものであればいいのに。無理や努力ではなく、その人がすでに持つ可能性が息づく場所づくりをできるように、といつも願う。

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少しずつ

毎日思いもかけないことが起こるのだけど、これからもずっとそうなのでしょうね。

「またか」という失望を伴う出来事ですらそれがまた本当に起きるとびっくりしてしまったり。何度も何度も辛い思いをしたいわけではなかろうに、と自分でも思うのに。不思議です。諦めが悪いのかもしれません。

こころは意識的にどうこうできるものではないと思っているので、何か感じたり考えたりする自分に委ねるしかないと私は思います。いろんなことは起きてから。

だから「待つ」ことの重要性ばかりいっているような気がします。言い聞かせてるだけのような気もします。難しいです。

息苦しくならないために何かいったつもりがその言葉にまた息苦しくなってしまう。精神分析の方法である自由連想にはそういうところがあります。不思議ですね。

自分で自分を欺くようなことをして苦しんでしまう私たちを「人間ってそういうものだ」みたいにいうのは簡単ですし真実かもしれませんが、この仕事ではそういう言葉は自分以外の誰かがいうものではないのでしょう。

少しずつですね、何事も。

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無責任

まずは日本の精神分析家の岡野憲一郎先生のお話を聞くことができるポッドキャストのご案内です。https://anchor.fm/talksonpsychoanalysis-jp/episodes/ep-elh7u6/a-a3kvmg6

テーマは「日本人の精神分析家が恥と解離について論じる」。アメリカでの臨床経験も長く、日本とは全く異なる患者さんをたくさん診て帰っていらした岡野先生がずっと探求されているテーマです。

恥の概念は日本文化を考えるときにどうしても突き当たってしまいます。ここ数日「痴漢」について日本文化と絡めて考えていましたが、私が行き着いたのは竹取物語でした。

あれも恥と罪の話であり、その手前には北山修先生が取り上げる古事記があるわけです。古来から続く日本人のこころというものに出会ってからいまいちど現在の私たちを見直し、精神分析的に考えてみるとき、なんとなく緩い、儚さに似せて軽い、なあなあで反復をやり過ごすどこか無責任、というか、責任を個人から集団に引き伸ばして薄めるような、あるいは天の羽衣で思考を奪う万能感のようなもので恥と罪悪感をやり過ごしているような日本人の姿をみたような気もしました。

そしてそれは時としてひどく相手を傷つけます。

痴漢という暴力と健康な性の境界線もこうして曖昧にされてきたのではないかという一応の仮説を立てたわけです。

もうずいぶん前の本ですが芹沢俊介が『子どもたちの生と死』において、「限界としての権力について」とか「否定性としての普通、許容性としての普通」について書いていたことを思い出しました。

精神分析でいえば超自我との関連という話になると思いますが、私が今回、見出した超自我的な緊張感を維持できない、したくない、嫌う日本人のルーズさや無責任というものがあるとしたら、それについて(反転させてポジティブな言い方をすることもできると思いますが)はもう少し考えてみたいと思います。

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旅に出たい

旅に出たい。仕事にきたけど。

日本の全都道府県を旅してきた、というとなんだかすごそうだけど、どこも足を踏み入れたのはほんの一部だし、その土地や人が経験してきたことを私はほとんど知らない。

実際に何度も同じ道を歩いたりして、地形を感じ、少し位置を変えれば景色がグッと変わるとかいうことは知ってる。

でも人と話せばやっぱり知らないことばかり。方言がわからず話す以前に聞き方から教えてもらうこともある。秋田にいったときはホテルの食堂の女性たちがクイズ形式で教えてくれた。

旅は安い宿に泊まるせいかいろんな人との距離が近い。いろんなものをもらったり教えてもらったりする。私の経験では、早朝から土木などの作業にでる人たちと一緒になる宿で、ジュースとかパンとかおにぎりを行くなりくれたりでるときに持たせてくれたりしたところが数件あった。コンビニどころかお店がとても遠い地域は多いのでとても助かる。もちろん自分でも非常食(というかお菓子)を持ち歩いているけど。

あぁ、旅にでたい。まず仕事。

秋晴れですね。良い一日を。

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投壜通信。

海にいたらそうかもしれない。

この電話で特定の誰かに言葉を送るのは少し心許ない。

どこに向けていいかわからないから空ばかりみてる。

この前は夕焼けがきれいだった。少し目を離したらもう消えてしまっていたけど。

昨日今日はのっぺりした空ですね。

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生活と臨床

山の方へ移動。昨日渋谷でふわりと香ってきた金木犀を探した。午後は探さなくても見つかるだろう。

開業して移動が減った。これまで色々な土地を歩き、色々な患者さんと会ってきた。江ノ島方面と東京東部では水の意味も異なるのではないかというくらい景色が違った。東京駅近くと多摩方面も同じ東京とは思えない。オフィスのある初台だってお隣の新宿とは雰囲気が違うのだから当たり前か。

私のする臨床は生活に密着しているので患者さんの住む土地やそこならではの出来事をたくさん聞く。職場の周りを歩いているとその語りと景色が緩やかにつながっていく。

病気というのは当然その人の生活とともにある。一般化された言葉に置き換えられるものでは到底ない。

生活感のある言葉、生活音を感じる言葉、画力は全くないし、言葉も足りないけど、風景を描くように言葉を紡げたらいいのにな、と思う。

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電話

わたしと連絡が取れないと別の友人づてに連絡がきた。これまでもやりとりしていたのになんでだろ。わたしから連絡したら無事につながった。

私たちは大学時代が「ポケベルが鳴らなくて」の世代だから、連絡が取れないことに対する時間感覚が今の若い人たちとは違うかも。待つしかない、という状態を知ってる。

好きな子と電話するのだって家の電話だから前もって時間を決めて待機したり、それなのにその時間に親兄弟が電話使っちゃってて理由も言えず怒ったり、待機に遅れたら親が出ちゃってなぜか親と盛り上がってた、なんて話も聞いた。電話をめぐっては今よりずっとたくさんのドラマがあったのだ。

わたしに連絡が取れないと共通の友人に電話をかけたその人は久しぶりにその友人と話した、と喜び、その友人も久しぶりにその人と話した、と喜び、双方からお礼を言われた。なんだかこちらこそすいません、ありがとう。

受話器といえばフロイト なのだけど、今日はもう遅いからまたいずれ。

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いれもの

いれものを変える。儀式だ、これは。

お財布、キーケース、カードホルダー、小さいけど生活に欠かせない大切なものをいれる場所。カードホルダーは私は使わないか。

数年ぶりの儀式だ。新しいパスケースが届いた。まだ革がパリパリ。すっかり私の手専用になった今のパスケースと同じモデルのはずなのになんだか溌剌としている。持ってみるとまだちょっとゴツゴツしていて私の手には大きい。

なんだか寂しい。

交通系ICカード、定期券、回数券、図書館の利用カード、何かで当たったQUOカードはお財布を忘れた時に役に立つかな、でも交通系ICカードでなんとかなってしまう。もう使えません、となる前に使おう。やだ、このカードここにあったの、

など思いながら一枚ずつ新しいケースにうつしていく。

私はお財布はあまり忘れない。でもパスケースはしょっちゅう忘れて取りに戻る。この新しいパスケースとは何回そんな体験をするのかな。明日からよろしくお願いします。ますます忘れっぽくなってるから呼びかけて、無言でいいから。

そして、あぁ、今のパスケースさん、長い間毎日毎日ありがとう。バックの中でさえ何度も見失って、慌てて取りに戻ったら、君はどこにもいなくて結局もう一度ガサゴソしたらバッグの中にいた、なんてこともしょっちゅうあったね、

と思い出を語り出したらキリないけど(そんなことない)、ありがとう。しばらくは新しいパスケースが入っていたこの綺麗な水色の箱の中にいてね、何度も確認したけど、まだ忘れ物があったら嫌だし、もうちょっとそばに。

大事なもの。大事なもののいれもの。いつのまにか身体の一部のように動かしているけど最初はぎこちなかったね。なんでも少しずつだね、馴染むのもさよならも。