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消せば暑いしつければ寒いものってなーに。冷房。いや、冷房のせいにしてはいけない。もう15年前のものとはいえ除湿機能だって「除湿」と「衣類乾燥」と「冷房除湿」の三種類ある。温度だって調整できるのにそれらの機能を使わずなんとなくつけたままなんとなく寝るから寝たり起きたりになる。と頭ではわかっていても最近少し涼しくなってきたのをいいことに油断(?)が続いておりますね。というわけで今朝も身体がバキバキ。部屋を出たらまだまだムッとした暑さで少し身体がほぐれた。

それにしてもなんとなくわかるのは「衣類乾燥」だけなんだけど。「除湿」って普通の除湿?普通の除湿って何?何がどう違うのだろう。さっきまで冷房だったのだけど「冷房除湿」ってやつに変えてみよう。冷房より身体によさそうだ。

具合の悪い人といるとどんな感じだったら負担にならないかなあ、と一緒にいる感覚を頼りに言葉や態度を調整しようとするけどこれがなかなか難しい。身近な人だとなおさら。具合が悪いというのはその人の調整機能がいつもほど働かないということだから「良くする」ことはできない(「良くする」ってなに、とか思ってしまうからそもそも使いづらい言葉だな)としても医者にかかることを勧めたり外側の力を活用することはしたい。すでにここからハードルが高かったりする(医者嫌い、薬嫌い、はそれはそれで事情がある)がそれはクリアーしているとして、辛くてしんどい状態にあるその人は調整機能不全によりいろんなことを負担に感じやすい状況にある場合が多いのでせめて現状維持、機能がどんどん落ちていきはしないから大丈夫、ということを余計なことをと思われずに伝えるにはどうしたらいいのかと悩む。そして失敗する。仕事柄、いろんな症状や状態に慣れているし知識のある部分もあるし色々わかっちゃいるが失敗する。冷房に対してと同じか。いや違う。人間は単に「機能」とかいう言葉で括れない。ひとりひとり反応が違いすぎる。コミュニケーションをしようする限り失敗はつきものだ。そういうズレがあるからこんな多様な集団でやっていけるのだろうけど。もちろん人間を二種類とか三種類に分けてしまうような人もいるだろうけどそういうのには静かに抵抗するのみ。バカに見えても、いや実際に私はバカなんだろうけどそこまで単純ではないんだよ、分けるにしたってもっと種類あるだろう、と。

8月31日に尾久守侑『偽者論』(金原出版)というキラッキラ(動画を見てびっくりした)の表紙の本が出る。前作なのかな、詩集『悪意Q47』(思潮社)を読んで現代詩ってこういうものなのかという驚きとともに「この嫌な感じ知ってる」と若い頃の感触を思い出した。安心した子どものような、そうせざるを得ない自分に対する悲しみのような、狂気にはいたらない苛立ちのような混ぜこぜの書き方が印象的な詩集だった。『偽物論』という書名を見たときもこれはfakeかfalseかと思ったが何かのツイートでfakeという写真があったのでそっち要素が強いのかな(そっち要素ってなんだ?)。

私は「偽」という言葉を見るとどうしても精神分析家のウィニコットのfalse selfを思い浮かべてしまう。false selfでこの多様な世界になんとか適応している私たちに真実とか良さとかあるんだかないんだかわからないもの押しつけないでほしいんだけど、と誰にともなく思う人だっていると思う。

昨日、町田康『私の文学史 なぜ俺はこんな人間になったのか?』を笑いながら読んでいた。BGMは町田康「犬とチャーハンのすきま」。

町田康は「なんで俺は」を考えるのが本当にうまい。「なんで」とか言いつつ全然原因探しなんかせずにどんどん思考を展開させる。そうこうしながら「もしかしてこうだったんじゃないか」というところに辿り着くときにはいろんな出来事の厚みが増していて「まあどう思おうとそう思う余地は十分にあるよな」という気持ちにさせられる。正解とかないだろう、世界って、と大切な人に何もできないどころか余計なことをするという失敗を繰り返す自分のことも少し許容できる。ごめんよ、今のところこんなことしか。

「犬とチャーハンのすきま」に「うどんのなかの世界」って曲があるんだけど「〇〇なんかもいれてみればいい、大丈夫。」という無責任さが重苦しくも清々しいかっこいいが変な曲だ。「うん?うどん?」と正気に戻るときにはどこかが少し広がっているような気がした。

朝から何書いてるんだろう。このブログ「カテゴリー」というのに分けられるんだ、そういえば。私的デフォルトは「精神分析」なんだけど、多くは「精神分析、本」にしているかも。自分で決めたカテゴリーだからなんでもいいのだけど、今日も本のことは書いたが「未分類」にしよう。

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頼もしさ

机に向かうのが少し遅くなった。鳥たちはもうバラけてるよう。

どうしても気持ちが強くむいてしまう人やもの、ことに振り回されているうちに受身でいることを選んだ気がする。どちらにしても壊れていくなら私を保てる時間を引き伸ばせる方を思ったのかもしれない。

1歳3ヶ月になる子の隣に座った。「久しぶりだね」口をキュッと結んでチラチラと私をみるが不安や緊張が高まってはなさそう。突然のことで引越し祝いも誕生日プレゼントもあげられなかった、とあとから気づいた。録画された昔の「みぃつけた!」が小さな音で流されていた。違う。「いないいないばぁ!」だ。ワンワン大活躍だな。テレビを見たり私を見たり立ち上がってテレビに近づいていって転んで立ち上がったりしているうちに声を出すようになった。今日は特別だから夏の彩りの美味しいお弁当を買っていった。コーンと枝豆のまぜごはんもきれい。この前は二段重ねの小さなちらし寿司だった。一緒に食べようと椅子にのせると前に置かれたごはんを見て大きな声をあげた。食べよう食べよう。私たちのごはんもじーっとみている。まだこちらの目線など気にしないのもいい。今のところ食べるのが大好きだそうで本当にモリモリ食べていて頼もしかった。コーンが大好きでねだっては一粒のせてもらい美味しそうに口に入れてた。美味しいよね、私も好き。前回は持つことはできても飲むことができなったマグをひょいと片手で持ち上げて上手にストローでお茶を飲んでいた。頼もしい。このくらいの年齢の子を見ていると「頼もしい」とよく思う。慌ただしくも楽しい時間が過ぎるなか、いつから自分が壊れることを想定するようになったのだろうと一瞬思った。

ごはんを食べ終わってまた隣に座る。すっかり懐いてくれている。あまりにかわいい笑顔で私をみたので友人と顔を見合わせて笑った。前より広くなったスペースでよく動く。小さないないいないばぁをたくさんする。そういえばマグにタッパーの蓋をのせて外すような動きを私に披露していたのもいないいないばぁだった。フロイトがfort-daと言いながら糸巻き遊びをする子どもに惹きつけられたのもよくわかる。繰り返されるけど少しずつ変わるそれに。この前はちょうどつたい歩きができるようになった頃だった。椅子は手押し車のようでそれは今回もそうだった。おむつを替えたあとポイポイとおむつをカゴの外に出しはじめた。「入れといて」と特に期待もせずいう私たちの言葉よりみられていることがなんらかのやる気を出させるのだろう。わからないがおむつを一つカゴに戻した。私たちが手を叩いて褒めると頬が緩んだ。この年齢の子の表情というか表情筋?微細な変化が遠目にでもわかる、遠目というほど距離とらないけど。もう一つ戻す。また私たちにニコニコと手を叩かれる。また戻す。繰り返す。いないいないばぁの変形ver.だね。途中から自分でも手を叩き、小さな手で上手にタッチもできた。ニコニコさんだ。別にお片付けなどできなくてもいいのだが(全く片付けられない大人との引っ越しストレスの話もした)何かをしては喜ばれる、そんな体験はたくさんあってもいいと思う。私がその動きを忘れかけた頃、その子がとっても明るい顔でそばにきて両手を叩くようにして合わせた。思わずニコニコした。お片付けしてくれたのね。すごいすごいありがとう、と私も手を叩く。一緒に叩く。笑う。幸せ。

いつからこんな風にできなくなったのだろう。思い思われること、動きを呼応させること、何も難しいことはないのに。

昨晩は私たちがネット上に立ち上げた小さな句会の投句締切だった。彼らと過ごした時間のおかげでいつもと違う気持ちで言葉に向かえた気がする。

壊れることを想定しない自分を前向きというのかな。彼らには前も後ろも過去も未来もまだないか。これからたくさんの分離を経験するなかで今ここの幸せが幻だったように感じるときがくるかもしれないけど大丈夫だよ、と言ってあげたい。あなたは今こんなに頼もしくて私たちを幸せにしてくれる。それを私たちが覚えている。覚えていたい。いずれ過ぎる、いずれ終わる。それは本当のことだけどそんなことあえていわずとも今ここに委ねられるように今日も過ごせたらと思う。

今日は火曜日。無事に一日過ごしましょう。

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光で混じり合う領域

カーテンを開ける。レースのカーテンが少し破けてきた。確かにそういう年月が過ぎたかもしれない。満月だ。空はもうだいぶ明るい。でも満月もしっかり光っている。太陽と月が一緒にいる時間はなくても光で混じり合っていく。

せっかく楽しかったのに、限られた時間しか一緒にいられないのに、今そんな話してなかったのに、私が嫌がると知っているのに・・・。

こう並べているとだんだん自分のいってることが馬鹿みたいに思えてきてさっきまでマグカップの湯気で誤魔化しつつ涙ぐんでいたのがスーッと冷めて無表情になる。こういうのは私のわがままだから相手にとっては理不尽なだけなんだから考えても仕方ない。さあ帰ろう、と立ち上がろうとする。

一応専門家としては全然仕方ないとは思わないけれど。

ひたすら自分のなかでこなしてこれは誰のせいでもないというところに落ちつける。人は自分の欲望を優先させたいものだ。ちょっとした好奇心を満たすことの方が好きな人へのちょっとした愛情表現より優先されることなんて誰にでもあるし実例ならSNSに溢れている。してほしいこと、してほしくないことなんてそんなはっきりしているものではない。こちらには一番重要なことでも相手にとってはどうでもいいということだってありうる。様々なズレの中でどう均衡を保つのか、相手の自由も自分の自由も尊重するってどうすればいのか。大切にしたい人にどういう態度を取れば大切にしていることになるのか、もう、なんだかケアという言葉について考えるときと同じ難しさがある。

餌を与える、という言葉がちらつく。嫌な言葉だ。その人の特徴をよく知っている。こうしたらこうなるということを知っている。だからこうしておけばいい。こうなるのは仕方ない、だから慣れないと。私がここで反応しすぎたらその人はなおさらそれをするだろう。なんの悪気もなく、忘れてたルーティンを思い出したかのように。だったら反応しすぎる私の問題なんだろう。

臨床でもそうだが、私たちは関わりがつらくて仕方なくなると相手を変化しないものとして捉え始める。相手にとってもそのほうが楽な面もたくさんある。でも変わらないってありえるのか、お互い。

マグカップを両手で握るようにして頭を垂れる。頭で考えているうちに落ち着いてくる。これを知性化というと頭の中でいう。だいぶ落ち着いてからその人のことを具体的に思い浮かべる。気持ちがざわつき始める。なんだ何も落ち着いてないじゃないか。自分に嘘をついてる。本当のことがいいたい。それが私のわがままでどんな馬鹿らしいことでも私はそう思った、私はこんな気持ちだった、もう我慢したくない、といいたい。

また涙が出てくる。頭で考えてるだけじゃダメだ、やっぱり。今日した会話を思いだす。たまにしか会えなくても積み重ねてきた言葉のやりとりを思いだす。冷たい手も暖かい手も思い出す。悲しいことより理解しあおうとする時間の方がずっと長いことに気づく。いつもこの繰り返しだ。どうしてすぐに小さな方に反応してしまうのだろう。もちろんその一言に私が反応するのにも理由がある。でもお互いを知るほどズレもたくさん知ることになるのは普通のことでは。だから言い合いをしたりほかでは感じないような気持ちになったりする。親密さは大抵強い気持ちとセットだろう。

ちょっとした好奇心を満たすことの方が好きな人へのちょっとした愛情表現より優先されることなんて誰にでもあるし実例ならSNSに溢れている、と書いた。データをとったわけではないが印象では子育て中の夫婦、特に母親側に多いつぶやきな気がする。辛いなと思う。なぜその一言が言えない、という事態は第三者が登場すれば増える。二者は常に第三者に揺さぶられる。そこで私たちが感じる気持ちはどうしたらいいかという話以前にまずは無条件で傾聴されるべきだろう。とても簡単なことなはずなのにそれを求めることすら許されないという絶望を抱えていれば自分に対してもどんどん懐疑的になる。それは辛い。もちろん湧き上がる衝動を抑圧し無理や我慢にとどめるか、もう壊れてもいいとぶちまけてみるか、それぞれのあり方はどれにも間違いはないだろう。それに関係というのはずっと続ければいいというものでもない。選択肢があることを忘れてしまうほどに身動きが取れなくなる前にお互いがお互いの光に支えられていることを感じる瞬間が生まれたらいいのに。

私はできたら時間をかけたい。限られた時間をお互いにとって開かれたものにするために言葉にするまでにも時間をかけたい。そこには確かに無理があって嘘っぽい自分にうんざりし泣き過ぎて頭痛で起き上がれないこともあるが、とりあえず事実に即した気持ちを優先的に描写することをしていきたい。結局臨床と同じみたい。

どうにもならない気持ちのときほど別の仕方を探せたらいいと自分に願う。与えられた構造が有限であるのは当たり前。それでも私には長すぎる時間だったり広すぎる空間だったりするのだろうからそっちを意識したい。ただでさえ限りあるものをさらに自分サイズにしてなんていたらそれこそ独りよがりだもんね、と持ち直していきたい。

どれもこれもまた心揺さぶられたらあっさり忘れそうだから宣言ではなく希望として書いておこう。すべき、やらねばという言葉で自分を縛るのも変だと思うから。

太陽と月。光で混じり合う。そういう領域を増やせたらいいな。

良い日曜日を。

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俳句 未分類

台風、見通し

台風が近づいているらしい。外国だと台風には名前があるよね、と思ってwikiをみてみた。今はアジア名というのもあって日本からは「琴」とか「山羊」とか星座に由来した名前を提案してるんだって。最初「日本 yagi やぎ 」の並びを見たとき2度見したけど星座ね、なるほど。琴座って久しぶりにみた。アメリカのハリケーンは人の名前で好き勝手に投影できてしまうせいか「それは合わないのでは」とか思わないけど日本の台風は数字で呼ばれているのしか聞いたことがない気がする。

今空は静かなのだけど台風前のなすすべなしな感じってこれまでの経験からきているのかな。時折強く吹く風、そしてまた静けさ、突然降っては止む雨、そしてまた、という繰り返しにリズムを見いだせないことが見通せなさに対する諦めを生じさせてるのかな、とか。

今思い出したのだけど今日速達で出さなくてはいけない俳句を投句用紙に清書していない。昨日のうちにやろうと思って持ち歩いていたのに投句用紙が載っている結社誌もない。どこ?持ち歩いていてオフィスで出しておいてきてしまったのか・・・。多分そうだ。もー。締切間際に作って安心、という態度もいただけないが、無くしものの多さよ・・・。こういうのは何度もやっているので予測がつく。見通しがつく。相手は台風ではなく自分だもの。なのでなすすべなしではないが、こんな自分にはいつも軽く眩暈がする。やろう。探そう。なかったら別の手をうとう(あるのかよ)。

あー。兎にも角にも台風でもなんでも自然にはなすすべなし、とはいえ、被害が生じませんように。気をつけて過ごしましょうね。

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立秋と二度寝

虫の声だ。今年も立秋の日にそう思った。夜が急に静かになった。

新宿駅西口を出て歩いているとどんどん蝉の声が大きくなる。新宿中央公園全体の形が自然に脳内に描かれるのはこの季節だけだ。

光と音でその距離を測れることを子どもの頃に知った。地元は雷が多い土地だった。空が真っ白に光りしばらくすると遠くから地鳴りのような音が響いてくる。それが一気に集まりバリバリっと空を破るときは近い。光が鳴ってからそれが聴こえるまでの秒数を数えるまでもなく近い。当時はとても怖かった。実際にあった怖い話もたくさん聞いたからだろうか。ゴロゴロ、ゴロゴロという音が少しずつ遠ざかっていく。あの人の街はもう通り過ぎた?自分では超えられない距離を想う。

音で距離を測り空間の形をつかむ。近所の森でアブラゼミが鳴き始めたが鳥の声がかき消されない程度になった。新宿中央公園は30年近くずっと身近で園内の地図だって何度かみている。思い浮かべたのはその地図だったのかもしれない。公園に入ると音は上から降りはじめる。何種類もの紫陽花はフェイドアウトして鳴りを潜めている。あるいはすでに切り取られた。繰り返す生に切断を持ち込む。現状維持のためか、これからのためか。紫陽花同志ではそんなことは起きないから考える必要もない。

立秋。気候変動を肌で感じているつもりだがなぜこの日に秋を感じるのだろう。「夏ってこんなに暑かったっけ」と毎年思うのだから私に掴めるほどの変化は起きていないのか、もしくは季語が持つ力か。それを秋と感じる仕方はきっとあまりにも多様だ。

じっと考えこむ。答えなどないというか問いにすらできない事柄を。問いの形にしてしまえば何かを言いたくなってしまうかもしれない。みなかったこと知らなかったことにできたとしても。いやできない。見えたものは見えたもの。秋がきた。秋と名付けられた自然現象のなにかをそれぞれが掴み取ってそう思う。問わずともそれの仮の名前はそれであり、私にとってのそれもそれである。ただそれだけ。なんだか眠くなってきた。その場しのぎしよう。ちょっと二度寝しよう。

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副都心線:明治神宮前

あー、渋谷止まりか、と思う。渋谷からバスでオフィスの近くまで行けるので雨の日とかはとてもいいのだけど同じ渋谷でも東横線からだと結構歩く。副都心線直通の電車だったら新宿三丁目で乗り換えることになる。そこから新宿へ出て、新宿からオフィスまで歩くとなったらそっちの方がいっぱい歩くことになるわけだが結局歩かねばならない距離や時間で選んでいるわけではないのだな。直通ではなく渋谷止まりの電車を見るたびにどのルートで行こうか迷ってしまう。

いつのまにか他の路線に乗り入れる電車が増えた。

精神分析家の藤山直樹先生がご自身の本の最後に副都心線が開通して賑わう明治神宮前にて、みたいなことを書いていた。ちょうど見直そうと思っていた『集中講義・精神分析 上』(岩崎学術出版社)を手にとった。あとがきの最後を後ろからめくる。

「二〇〇八年九月 夏の名残の夕立の音を聞きつつ、神宮前にて」

あれ?違う。では『精神分析という営み』(岩崎学術出版社)を。はじめて明治神宮前にある先生のオフィスへ伺った頃に出た本。あのグループで一緒だった仲間から今年精神分析家が誕生した。育てている。この本は國分功一郎さんや村上靖彦さんも言及している転移の本質を描写した本だ。藤山先生の本で一番読まれるべき本だと思う、ということは以前にも書いた。二日目のグループが終わったあとのオフィスで著者割で買ってサインをいただいたのだと思う。藤山先生の落語を聞いたのもあのときがはじめてだった。今や安くともお金をとってホールで披露するまでになっている。寿司でも落語でも精神分析でも極めるのが好き、というか極まっちゃう(日本語間違っているってわかってる)のか、あと俳句も。この時点で私は「あ、多分、『落語の国の精神分析』(みすず書房)だ、副都心線開通のことが書いてあるのは」と思っているがそばにおいていないので確認できない。

一応『精神分析という営み』のあとがきの最後をみてみる。

「二〇〇三年 初夏の神宮前にて」

あれ?シンプル。この本もさっきのも夏に出たのね。あ、これはこの前の一文が大事なのか。

「フロイトも見し暗澹を昼すがら寝椅子のうへに編み上げほどきて」

ほとんど短歌。フロイトの見た暗澹はすごかっただろう。ユダヤ人であることに生涯苦しめられた。死ぬ間際にナチスから逃れロンドンへ移住。姉たちはガス室で殺された。フロイトのテクストは苦しみよりも悔しさや人間のやることなすことを徹底的に見つめていこうとする姿勢に貫かれていると思うけど。

副都心線が開通したのはいつだろうと調べてみた。2008年か。だったら『集中講義』上巻が出たときじゃん、と思うけどこのときの副都心線は先生のオフィスがある明治神宮前まで伸びておらず和光市と渋谷間の往復だった。東急東横線・横浜高速鉄道みなとみらい線との相互直通運転開始は2013年3月16日。やはり『落語の国の精神分析』のあとがきに書いてあるのだろう。

面白いのは副都心線開通に関する年表をウィキペディアでみていると

「2013年(平成25年)

2月21日要町駅 – 雑司が谷駅間で携帯電話の利用が可能となる」

などちょこちょこと「携帯電話の利用が可能」となった日時と区間が記されていることだ。そういえば前って電車で携帯使えなかったんだっけ。今や通じすぎる時代になった。気持ちが通じることの難しさは何も変わっていないけど。精神分析が細々と生き残っているのもそのせいだろう。

そうそう、なぜ『集中講義』を手にとったかというと三浦哲也さんの『映画とは何か フランス映画思想史』(筑摩書房)をパラパラしていたらアントナン・アルトーの

「映画は、人間の思考の曲がり角に、すり切れた言語がその象徴力を失い、精神が表象の戯れにうんざりする、まさにその時点に到来する。」

という言葉が引かれていたのをみて「藤山先生もどっかで精神分析は鞍馬天狗のように現れるんだみたいなこと書いてたよね、そういうこと言うから精神分析の印象悪いんだと思うよ」と思い、どこに書いてあったんだっけ、と思ったから。探してばかりだな。まあ、50歳近くなってもまだ候補生という立場で(精神分析のトレーニングってそういうもの)直通運転とは遠い世界にいるのだし「おー、やっと携帯繋がったよ」という感じでいろんなことが繋がっていけばいっか、と思っているので地道にのんびりやりましょ。

今日は東京は30度超えないみたい。大雨の被害がこれ以上広がりませんように。

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シェイク

東京の住宅街が薄いピンクに染まっています。ここ数日の暑さにはすっかりやられてしまった。ずっとうとうとうとうとしている。ずうっとだ。

週末、初回面接を検討するグループを終えてお昼に行こうと思った。涼しいはずの部屋でもなんだかぼんやりだるくてまたうとうと。いいかげん出ねばと思って外へ出てみたが食べたいものもない。今度はうろうろ。信号待ちでは少し手前の大きな木の下でぼんやり。信号がいつの間にか青になっていて慌てて渡った。日曜日はいつものカフェが別のカフェに見える。しばらく日陰ばかり選んでぼんやりうろうろしていた。そういえばこの前ドトールでシェイクを飲めなかったことを思い出した。その日はなぜか販売中止だった。

子供の頃、父親がいない日に出かけたのはロッテリアだった。みんなでシェイクを飲んだ。特別だった。特別においしかった。田舎でのファストフードの位置付けは東京とは異なる。今はだいぶ東京寄り(?)だと思うけど。

日陰を真っ直ぐいってかっこいいキャップをかぶった小さな子が困り顔で(眉間に皺と書こうとしたがなかったと思う)お父さんを見上げながら一生懸命何か訴えているのを横目に通り過ぎ、いつもは誰もいない石の椅子でファストフードやみたことのない何かを広げている男性たち(なぜか男性ばかりだった)の前を通り過ぎ、日陰のないカンカン照りの短い横断歩道を足早に渡り店の前につくと「深刻な人手不足のため」と営業時間短縮のお知らせが貼ってあった。大丈夫か。隙間時間にバイトしようか?いや。無理だな。高校時代、バイトをしていた喫茶店で私だけアイスクリームを盛らせてもらえなかったんだ。嘘。違う。私があまりに不器用で上手にできないので「やらないでいいよ」と言ってくれたのだ。練習したけど自分でもびっくりするほど上手にならなかった。美味しいアイスだったしかっこいい盛り方だったからできるようになりたかった。いつももう一人のバイトがやってくれた。ありがとう。やってくれたバイト仲間も恐ろしく不器用なのにやりたがる面倒な私に付き合ってくれた店長たちも。

店は混雑していた。涼しかった。二人の店員はすごく忙しそうだったけどとても感じがよかった。すごい。シェイクを作るのはメジャーな飲み物より作業プロセスが多いことを知っている。どうしようかなぁ、と迷う。今日も販売中止だったら諦めがつくなと思ったけど販売中止はもっと手間のかからなそうな別のものだった。店内はすでに満席に近づいていて並んでいる人もほとんどいなかった。前の人が向こうにずれるまでに決めねば。あー。頼んでしまった。私も右側にずれると洗い場が見えた。あーあ。頼まなければよかった。でも頼んでしまった。いつまでも待ちます、という気持ちで暑い暑いドアの向こうからいろんな人が入ってきたり向こうへ再び出ていく人たちを観察していた。

世の中には本当にいろんな人がいていろんな会話が繰り広げられていていろんなことをしている。こういうのが当たり前でありますように。

もったりとした液体でも固体でもないものがグラスに注がれている。ごめんなさい、ここでも時間がかかりますね。最後のもったりまで店員さんがミキサーを振るようにして入れてくれた。感謝。小さく会釈して受け取る。おいしい。大人になってもシェイクは特別なんだなぁ、いろんな意味で。

冷えてきた。なんと間抜けな、と思ったけど早々に店をでた。さっき渡った横断歩道の日差しが今度はありがたかった。なんと勝手な。同じものでも感じ方はちょっとしたことで変わってしまう。関係性だってそうだ。でも多分私にとってシェイクの特別さはずっと変わらない。「昔は全部飲めたんだけどねえ」とかいうようになる可能性は高いが。

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眠れない夜を

人の嫌がることをしない、というのは難しい。誰かを喜ばせることが別の誰かを嫌がらせることもある。相手が何を不快と感じているか知っていてもどうしても自分の快を欲してしまうのも子供のままの部分だろう。子どもがいたり介護が必要な家族がいたりすればいつの間にかその性質が変わるかというとそうでもない。人はそんな簡単には変わらない。ただやらざるを得ないことが増えれば時間もないので守られる必要がある方が優先されるのは当然のことだ。

もちろん「人はそんな簡単に変わらない、子どものままの部分がある」ということが非対称な関係で生じる侵入や搾取の理由になどなるはずはない。私は家族的な関係を仕事にしているので思い浮かべているのは大体親密な関係だ。親密な関係に巧妙に偽装された搾取的な関係もあるが家族的な関係になればそれはすぐに暴かれることが多い。生活を共にすることの力は大きい。気持ちいいところだけで付き合えない違いだらけの人間たちが空間と時間を共にしていく。日々葛藤し否認し行動化しながらもなぜかそれを維持していこうとするこの生き物らしさ。それはやはり子どもという存在に向けられた本能のように思う。相変わらず寂しがりで構ってもらいたがりの大人の中の子どもに対しても。誰かを大切に想うこと、特定の誰かを愛すること、それは自分の一部を相手に開き委ねることだ。誰にでもはできない。直感的に選択される関係のなかで私たちはどれだけ相手を大切にできるだろう。多くの失望と絶望によってその選択は間違っていたとようやく気づいたとしても一度委ねてしまったという事実を取り消すことはできない。うんざりして苦しくて泣きながら皮膚をかきむしっても食べては吐いてを繰り返しても無理は無理だ。自分に同化してしまった異物はモノではなかったのだから。

取り消せずに上書きされ深くなった傷に絆創膏を貼るように。今はまだそんなものでは到底足りないとしても。いずれ瘡蓋に、何度もかき壊したとしてもいつの間にかそれが剥がれ落ちてくれますように。そしてまた自分の愛する能力を信頼できますように。願う。それを使うことができる関係を今度こそ選択できますように。願うことさえ勇気がいることだとしても。未来の存在へと向かう私が大人になりたがる私が子どもへ向かう私がそこに生きていますように。眠れない夜をただただ願い続けることで明日へ。

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郵便局

大急ぎで資料を仕上げた。今日は絶対に郵便局に行かねばならない。それにしても暑い。鳥は元気そう。元気かどうかわからないけど空を飛べてよく届く声で鳴けるくらいの状態ではあるらしい。あ、いっぱい鳴き出した。いっぱいというのは鳥の数ね。一匹がピーピーピーピー(私だとこんな単純な音にしかしてあげられないの残念だけどみんな知ってることだもんね)たくさん鳴いているのってあまり聞かないかな、そういえば。

郵便局へは1通が速達。毎月提出しているものなのに速達料金があっているのか不安だからみてほしいけど午後までいく時間がないから自分でー速達ーって書いてポストに入れるか・・。これ何年もやってるんだけどこんなこといってられるのって通り道だけでもいくつかの郵便局があるからかも。そうでなければいくら大事な書類だからって毎月決まって払っている料金くらい覚えて自分でさっさとやるはずだから。田舎だとすごく近い距離でも車でいくよね、と助手席からの景色が思い浮かんだ。郵便局は進行方向左手にあった。そこまでに信号はない。一軒一軒全て思い出せる程度の近さだ。それを横切る小道にはそれぞれ小学校の時の友達の家がある。誰が住んでいるかはもうわからないけれど。助手席の私は車が止まるとパッとドアを開けて小走りにポストへ何かを入れるか、郵便局の中のいつもの郵便局員さんに何かをお願いして走って母が待つ車へ戻る。今思えば急ぐ理由は特になかったと思うのだが母は何かと早く済ませたい人なのだろう。何かと急かされていた気がする。私も何がなくともすぐ走ってしまう落ち着きのない子供だったのでそういうペアだっただけかもしれない。のっぽさんのようなおじさんがひとりでやっていた「ストア」はそのおじさんの苗字で呼んでいた。「Iさんのところでこれ買ってきて」とか。Iさんの店は信号のある交差点にあったけどいつの間にかコンビニに変わった。郵便局の向いには檻があって何かを自営しているおうちだった。そこのアヒルと少し遊んでから帰るのがいつもだったがそれももう40年近く前の話だ。郵便局は数年前に移転した。周りが変わりゆくなか、いつまでも私が小さな頃のまま佇むようにそこにあった小さな小さな郵便局はバージニア・リー・バートンの『ちいさいおうち』のようだった。

今日はどちらにしても郵便局に行かねばならない。大阪の古本屋さんから届いた本が「上」だったのだ。私がお願いしたのは下巻だったのだけど。「上」は「ゆうメール」で送り返してと言われたのだけど「ゆうメール」って中がわかるように一部封筒開けておいたり透明にしたりしないといけないみたいで本だからちょっと開けるとかも嫌だし一応濡れたりしないように送ってきてくれたままビニールにはいれるけど郵便局で中身が確認できればいいみたいだからそうしようと思って。これだけなら急ぐ必要はないから午後にのんびりいけばいいか。その時間は暑くなりそうね。

と朝から友達に話すような他愛もないことを書いているが理由は特に考えない。朝の短時間をこうするのが日課になってしまった。私が他愛のないひとり喋りをしているうちに鳥たちはもう遠くに出かけていってしまったようだ。一羽の鳴き声しか聞こえない。いってらっしゃい。私もいくよ。今日もきっと色々あってそれぞれがいろんな感じ方をしていろんな思い出と触れ合ったりいろんな未来を思い描いたりするだろう。いろんなことは今日で終わるわけではないはずだからなんとか過ごしてみよう。

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言葉は難儀

昨晩、スーパーで安くなっていたスイカを買った。美味しい。むくみにも効くらしい。夏じゃのう、秋の季語だけど。わかりづらいから夏でもOKな季語にしてほしい。もちろん先生によっては全然OK.俳句の世界も大変じゃのう。

ものすごい詩歌とか文章とか書けて溢れんばかりの知識を自由自在に使いこなす人たちがたくさんいて彼らの話を聞いたり作品をみるととても感動したり感心したりする。

そして私は作品は作品だと思っている。そうでないと悲しくなってしまうことが多いから言い聞かせるようにそう思う。どうしてこんな詩歌を作れる人がこんな言葉遣いでこんな露悪的に、とかどうして外向けにはこんな優しく楽しい先生がこんな反射的に他人の言葉をひっくり返しに、とか。憧れの作家とかとプライベートで知り合いになる機会が少ないのは幸運なことかもしれない。幻滅したくない。といっても今は憧れの作家がいない。いやいる。朝吹真理子さんとか村田沙耶香さんとかか。彼女たちには幻滅しなさそうだけど、とかなってしまうのがファンの悪い癖だ。私は彼らのことを何も知らないではないか。理想化で繋いでる希望なんていくらでもあるから悲しいし切ないのだ。

私が「あーあ」と残念に思ってしまう彼らは言葉を追求して言葉で仕事をしていくうちに目の前の相手が自分の作品には登場しえない部分を持つ他人だということを忘れてしまったのかもしれない。自分の広大な世界に引きこもって「自信」に支えられたナルシシズムでその世界観とやらを守っているのかもしれない。もし私が彼らの家族や恋人で「どうして」と感じてしまったら絶対言ってしまう。「そんなにたくさんのことを知っていてそんなにたくさんの人の気持ちがかけるのにどうして目の前の私のことは知ろうともしないのかな」と。それすら言葉で言い返されて「今のそれを言ってるんだよ」とさらにいうかもしれないし悲しくて暴れ出したくなる気持ちをドアとかにぶつけて一人でやけ食いとかするかもしれない。

言葉は難しい。

先日もはじめて読んだ作家の本がとてもよくてついその人のことを調べてしまった。そうしたら過去の論争というか素人からみれば「言葉の世界の人はなんでもかんでも言葉にしないといけないから大変だな」とポカンとするようなことが書かれていて作品に対する感動が少し冷めてしまった。いろんなことをいう人たちがいるが私は作品は作品だと思う。もし私の身近な人が作家デビューしたとしたらその作品を全て読むだろうし買うだろうし書いていること自体を尊敬すると思うがその作品に対する評価は読者としてするだろう。こういうことを想像しながら好きな作品を作り出した人のことも考え続けてしまうのはすでにほとんど(恋)みたいなもんだが(恋というのはそもそも最初からカッコ付きみたいなものかも)出会いを一気に理想化してしまう心性をどうにかしたい。「あー無理」と爽やかに距離をとれるようになりたい。私の経験上、多くに人にとってそれは難儀だ。

あと厄介だなと思うことがひとつ。もし私の家族が作家デビュー(ほぼありえないからちょっと笑いながら書いているのだけど)したら彼らが作家になったあとの喧嘩とか「ものを書く人がそういう言葉使うんだ。相手のこととか考えないとものとか書けないのかと思ってた」とか嫌味なことをいうに違いない、だってここでサラサラとこんなセリフを書けてしまうのだから。

とにもかくにも言葉は難しい。でも、大体の人は今日も誰かと言葉を使って色々するのだろう。難儀やなあ、と使えない関西弁みたいな言葉が出てくる。まあ、やりとりは継続する限り修正もやり直しも可能な場合が多いので色々すれ違ってものんびり構えていきましょうかね。

今日もじわじわ暑くなってきた。なにはともあれ身体は大事。どうぞお気をつけて。

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誰川

依存というのは応える人がいるから成立する。それを「依存」に変えるのは受け手であり、自由度を狭めていくのは両者。

身内に誘われ句会にでたとき斜め前に座っていた人の句がいちいち素敵でファンになった。その後仲良くなってこの前ももうすぐ1歳になる子と遊びつつたくさん話をした。

コロナ以前に私が立ち上げた小さなネット句会の「談話室」でその人が俳人津川絵理子さんのファンなんだと書いていて、そーなんだ!と思って私も句集を買ってみた。私は結社には入っているが結社誌と毎月のこのネット句会で締め切り直前に句を作るだけなので全く上達しない。仲間たちの情熱になんだか申し訳なく感じることもあるが彼らとおしゃべりするのは楽しいし、この句が好き!と感じるのにはなんの努力もいらない。好きな句はたくさんある。曖昧にしか記憶できなくても特に問題ない。

それにしても鳥たちが元気。おはよー。お互い早起きだね。

とても楽しいおしゃべりを終えて仕事に戻る電車でぼんやりSNSを眺めていると「あなたが誰でもかまわない川柳入門」という文字を見つけた。「あなたが誰でもかまわない」というので申し込んでみた。こういうノリは久しぶりだ。

私はまぁもろもろなんだっていいのではないか、ある程度のルールを守って楽しくやれれば、と思っているので俳句界に限らず人間関係の「濃さ」を感じる場所は排他的なものを感じてしまうことがある。まだ若い人たちが他人に「才能」を見出したり見出されたりしていろんな感じになっているのを見るとなおさら大変そうだなぁとなる。それだけで食べているわけでもないのにそんな使命感やマッチョ感は必要なのか、いやそういうのが好きなのか。というか使命感とマッチョ感(という言葉はないか)を一緒にしてはだめか。とにかく過剰さを感じることがある。言葉が本当に豊かな人たちの集団なので過剰なのは言葉だけなのかもしれないが。その人とも「そういうのは私はいいかな」と話した帰り道だった。こういうのは肌感覚というか生き方というか個人的な好みのようなものにすぎないが判断や選択には影響を及ぼす。

私の好きなその人の句は何かや誰かに依存的な感じがしない。使命感も義務感もなんかアツいものがない。ただポンッと場面や景色が置かれているだけ。シンプルでわかりやすく受け手に特に何も求めてない。賞をとったりもするわけだからそのあり方で十分人のこころをつかむのだろう。

「あなたが誰でもかまわない川柳入門」、川柳のことも講師のことも何も知らなかったが俳句を相対化してみたかったのかもしれない。相対化できるほど知らないので違和感を少し明らかにしたかったのかもしれない。

講師は暮田真名さん、後から知ったのだがZ世代のトップランナーと言われている柳人だ。Z世代というもの自体よくわかっていなかったし、時間的にアーカイブで受講するしかなかったのだが、導入ですでに「この人すごいな」と思った。私の好きなその人と似た雰囲気を感じた。

ということで仕事をせねば、だからまたいずれ。

暮田さんの講義の課題提出率の高さにスタッフの方も驚いていたが、あの講義ならそうだろう、と思う。本当にこちらが誰でも構わないのだ。何も求められていないのだ。ここには逆説がある。

が、またいずれ。良い連休でありますように。

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公園へ行った

埼京線に乗って大きな公園へ行った。今月2回目の埼京線。この前遊びに行ったばかりの友人が住む駅を通り過ぎたのでLINEした。その友人も時々行く公園だそうで今度ちびさんを連れて一緒に行こう、などやりとりした。

土地勘がないのでどっち口のバス乗り場かもわからず駅員さんに聞いた。駅員さんに「多分東口だけど運転手さんに聞いて」と言われて少しおかしかった。運転手さんに聞けるくらいまで行ければ多分大丈夫、行き先はわかってるんだ。さて、教えてもらったほうの階段を降りるとスタバはあるのに妙に殺風景で目の前のバス停に気づくのに時間がかかった。それにしてもスタバはどこにでもあるな。うちの実家の方にはないけど、多分。

ぼんやりバスを待っているといつのまにか後ろに数人並んでいた。最後尾で友人がニコニコしていた。手を振って先頭から後ろへいくとすっかり大きくなった息子さんが恥ずかしそうにしていた。彼が保育園の頃、とてもたくさん遊んでとても楽しかったというと友人も「すっごくたくさん遊んでくれてすっごく楽しそうだったんだよ」と笑った。私たちはあの日、大きな声とさまざまな表情で遊ぶ彼に大層驚いたのだ。そんな姿は親にとってもはじめてだったという。だから多分お互いいまだ記憶が鮮明で声も少し大きめになった。彼もそれを覚えているかのように私たちの言葉に何度も頷きはにかむように微笑んだ。変わらない、この印象。いい子だ。

バスを降りたら目の前かと思ったらそこはただの道路だった(大抵の場合そうなのだろう・・)。川と緑を目指せばなんとかなるだろう、と適当なことを言っていたら若い彼が携帯をみながら案内してくれた。川岸へ軽やかに駆け登る彼についていき「もうすでに疲れた」と言いながらも湿った草花が広がるのどかな景色に嬉しくなった。登り切ると目の前が一気に広がり「あそこだ」とわかる場所があった。別の友達がすでに設営をはじめていた。もう何年ぶりだかわからないが、子供たちに挨拶するなかで大体予測をつけた。まだ赤ちゃんだった女の子。生まれたとはきいていたがはじめて会う子はすでに3歳、ということは、など。いちいち「もう!?」という言葉が口をついた。

若い頃から子育て支援のNPOで何かと活動を共にしてきた。夏には20年近く、地域の子供会や自閉症児親の会と協力して大きなキャンプを開催し続けてきた。私は障害のある子どもたちの担当として参加していた。それにしても、というくらいキャンプの知識は何も身についていない。タープやテントを立て、火を起こす。私がしたのはキャンプ用の椅子を広げることくらいだが、3歳児は慣れた様子でペグを打ち込もうとしていた。まだ力が足りないがすでに形ができている・・・。かっこいい・・。私には一生身につかないことを彼らは普通にやっていくのだな。頼もしい。これからも私は安泰だ。よろしくね。

今日は保育園巡回の仕事だ。大分減らしたがこの仕事ももう長い。赤ちゃんから卒園するまで本当に多くの子どもたちを観察し、保育士さんたちと話してきた。

彼らがどんな大人になるかは想像もできない。でも信頼はできる。彼らが大人になって、いかに自分が無視をされ蔑まれなんとか生き延びてきたかを言葉にならない声で主張しなくてもすむように、彼らに時間と場所を優先的に準備していくこと、自分に対してより少しだけ優先的に。きっと今日もそれを具体的にする方法について話すことになるだろう。

今日は暑くなるそう。どうぞお大事に。

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3月10日夜

お菓子が食べたい、こんな近くにコンビニがあるのに買いに行かなくてえらい、寒くて出るのがめんどくさいだけだけど。まだ夜寒いよね。毎日暖かくなったら買いにいっちゃうのかな、そう考えるとこれまで寒い辛い動きたくないばかりいわれていた(私が言っていた)冬のえらいところってそこじゃないかな。制止機能。

寒さ>お菓子。冬、私の欲望を簡単に萎えさせる強力な存在。でも早く暖かくなってほしいな。というか、コンビニいかないのはすでにお菓子があるからでしょ、春限定ピノとかも買ってしまったじゃないか(アイスじゃないか、寒いとかいってるくせに)。

などどうでもいいことをつらつら考えているうちに時間は過ぎていく。それはそれでいい。冬のいいところを見つけたし。きっと昔はもっといいところを知ってた、冬の。でもちょっと待って。私の故郷はからっ風で前髪が凍ってしまうし、肌は粉吹きになってしまうし、本当に辛かった。あれ?せっかく見つけた冬の良さはどこへ?

制止機能、自分を止めてくれる存在。本当に大事。やり続けている行動って止められないからやり続けているわけで、それを助長してくれる存在の方に親しみも信頼も感じやすいかもしれないけど、依存とか中毒の問題になってくるとそうも言っていられない。難しいです、欲望の問題は。

自分のそれが膨れあがって相手の心配も制止も振り切って暴走して気持ちよくしてくれる相手で隙間を埋めることばかり上手になってその先が虚空と知りながら痛みや恐れを別のものに変えて露悪的に振る舞って時折かすめる罪悪感や恥ずかしさもごまかすように外へ外へと向かってく、それはとっても仕方がない。

「でも」と言われるのはわかってる。私たちは一人では生きていけない、っていうんでしょ。「というか生きてないでしょ、実際」と誰かに言い返される。

最初は好きなだけだった。一方は我慢せず、一方は我慢して、そんな関係も楽しかった。大好きと言ったり言われたりすればなんとかなった。でも少しずつ言い訳が増えていくのも感じてた。そしてそして、と涙が増える。心が突然音を立てた。動けなくなってようやく少し気づき始める。このままでは、と。

辛い。いろんな生き方があるのは間違いない。全ての症状が時折救いになっていることも間違いない、かもしれない。

私たちは誰を満たしたくて誰を救いたいのだろう。そんなできもしないことをなぜ試みるのだろう。自分で実験済みなのに。自分にさえしてあげられないのに。いつも身近な人を泣かせて、苦しませて、傷つけて知らない人と出会っていく。いつか、どこかに、あの人となら、そんなことをいつまで続けるのだろう。何にだって意味はある。そうね、それもそうかもしれない。

「でもね」となる。いつだって「でもね」がつく。うるさく感じるでしょう。実際正解などないでしょう、おそらく。

「でもね」と何度も言われ、何度も跳ね返してきた私だって思う。「でもね」と。いずれ戻る場所はそのうちできていくかもしれない、一度は何もかもなくなったその土地に戻る人がいるように。例えば雨が強くて、例えば人身事故で、例えばウィルスで、うん、止めるのは人だけじゃない。できたら意図せず生じるなにかが、なにかを奪う形ではなく、時間と居場所を準備してあなたや私をひとりにしてくれますように。少しずつ孤独を知って、少しずつ素直に触れ合えますように。いつも最後は祈るように。できることがなくてもできることだから。

明日は3月11日。

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マホガニー

マホガニーということばにふわっと記憶が蘇った。あの扉の向こう、いつも同じ場所で同じ姿勢をとって少し遠くの大画面をみつめる人のこと。あのテレビは当時は最新だった。ゴルフも野球も大河ドラマも「ベータ」に撮りためられた大量のビデオも遠くからでもよく見えた。ハウス食品劇場は別の部屋の小さなテレビで見た。しょちゅう泣いた。ハイジに似ている、といわれていたが、結構多くの子どもがそう言われていたことを大人になってから知った。囲碁はあの大画面で見る必要はなかっただろう。もちろんそこに映される側がその内容や登場する素材の大きさを私たちのために調整する義理などあるはずがないが、囲碁はただでさえ視聴者にみやすいように盤拡大版をみせてくれていたし。

さて、今や倍速の時代だ。少なくともそれが簡単にできる時代だ。サッカーなんてすぐに結果が分かってしまう。立ち上がれないくらい走り切ってコートに一礼してベンチに戻る選手の肩にタオルがかけられる瞬間に思いを馳せることも少なくなったりしているのだろうか。もちろん何度も何度も巻き戻してみる場面もあるにはある。そうそう「ビデオ判定」ってやつ、あれは面接をビデオ録画して見直して検討するのと同じような違和感がある。必要性は十分に理解しているつもりだが、結局見るのは人の目だろう、私たちの視覚の信頼性はどんなものだろう。目に見えるものが教えてくれるこころなるものはどんなものだろう。

マホガニー、今は少なくなった、とその人は続けた。えんじっぽいカーペットにむらさきっぽいベロアのカーテン。いまはない場所の記憶はおぼつかない。重たくて暖かくてくるまって遊ぶにはちょうどよかった気がする。レースのカーテンは隠れる用ではなく顔を押し付けてふざける用。岩崎ちひろの「あめのひのおるすばん」を思い出した。また少し記憶が浮き上がっては混ざりだす。家のどこかが少し軋んだ音をたてるだけで、風で庭の木の影が少し揺れるだけで、台所の氷がカランと音をたてるだけでキョロキョロしては居場所をなくしカーテンにくるまった。

マホガニー色の扉。あの扉はとても重かった気がする。でももしかしたらあの頃の私にはそうだっただけで簡単にひらいたのかもしれない。向こう側から強い力でひっぱられてどうしてもあかないときもあったけど。

その人が扉をあけてくれた。急かされることもなく迎え入れ送り出してもらえる。閉ざすのではなく、隔てるのではなく、たとえそうだとしてもノックをすれば返事がある。私がするよりずっと軽やかに扉がひらく。

そして交わす、言葉を。また思い出が少しひらく。孤独も寂しさもなくなることはない。カーテンがくるんでくれたそれらを大人になった私は少しは自分でくるめるようになっているのだろうか。少しずつでもそうだったらいいと思う。

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こころ

「こころをつかう」という表現が苦手だ、ということは以前にも書いた。こころって誰かが使えるものではなくて常に受け身だと思うから。心揺さぶられたり心苦しくなったり。たとえ能動的に誰かを心から締め出したくなったりしたところでそんなことはできないから私たちは苦しむ。もちろん苦しまない人もいるだろうけど、私は、そして私が会っている人たちはこころなんていうあるんだかないんだかわからないけどたしかに自分の身体の内側でうごめているものに苦しめられたり、色々している。

色々と雑に書いたのは苦しいだけではなくて、そこから救われたと感じたり、誰かへの愛しさでいっぱいになったり、心白くなるほどに自分や相手を区別しない瞬間もあると知っているから。

首都高の真下の寒椿、手入れのされていない枯れ木にまみれて小さな赤い花をたくさんつけていた。たくましいなと思った。もっと栄養を与えてもらったら、もっと別の場所に植えられていたら、と一瞬思ったけど、これはこれでこうして私が目を止める鮮やかさで咲き、人知れず散っていくであろうことにもなんの想いももたないのだろうから私の大きなお世話は素直に「たくましいな」「かわいいな」でとどめておくべきなのだろう。

花の名前も鳥の名前もそれらをいくら愛でたとしても覚えることができない。でもそれが特に必要というわけではない。いつも似たような人の似たような行動に似たようなことを感じてばかりいるわたしの「こころ」なるものがどうあろうと、わたしになにがなくともそこにいてなにかを感じさせてくれる存在をありがたく思う。

時間は有限だ。どうであってもいつか終わる。今日のわたし、今日のあなた、今のこころ、なにがどうなるのかまるでわからないけれどこうしている間にも太陽は少しずつ高いほうへ。私の小さなオフィスに差し込む光とそれが作る影もいつのまにか姿を変える。「いつのまにか」動かされるこころのようなものを静かに感じながら今日も過ごせたらと願う。

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くりかえし

私のオフィスからは明治神宮がきれいに見える。目線の先に広がる森の下で誰がどんなことをしているのかは知らない。初夏を迎えたことははっきりとわかった。

月の満ち欠けも感じることができる。仕事を終えて電気を消してもう一度カーテンの向こうを振り返る。さっきよりずっと明るい満月が見えた。たなびく雲の、という歌を思い出す日もある。時々色を変える東京タワーの見え方も日々違う。

ほとんど時計をみなかった。到着時刻を知らせるメッセージが届いたがこの後の予定はだいぶあとだ。領収書の整理をしたり、視界に入った埃を拭いてみたり、積まれた本を棚にしまったり、友人の作品を眺めたりしているうちにチャイムが鳴った。

窓を大きく開けていたので音に気付くのが遅れた気がした。ちょっと待たせてしまったか、と思いつつ迎え入れる。特になにをするわけでなくただ話したり黙ったりした。その人は眠そうだった。私はどうだったのだろう。あまり何も考えていなかったみたい。

ほとんど時計をみなかったな、とひとりになってから思った。ただぼんやり過ごすとかできない、という友人たちの顔を思い出した。私はいくらでもできる。

普段は時間を常に気にしている。というか時間がくればいつもと同じことがはじまって、時間がくればそれが終わる。その繰り返しを過ごしている。

オフィスにきてカーテンの向こう、ああ、5月だ、と感じる。私のオフィスはひんやりしている。外はあんなに暑かったのに。

季節がめぐる。私たちは会い続ける。私たちと季節は常に同期しながら色を変えていく。これまでもこれからもずっとそうだろう。ずっと同じ人とずっと同じ場所でずっと同じことをしているかどうかはわからない。でも何かが変わっても私は私で季節とともに生きていくのだろう。

休日はいい。素朴な気づきにこころが静かになる。

もうすぐ9時だ。空から闇が抜けて水色になる頃にはすでに起きていた。今日もあの森を眺めて、電気を消して空を振り返る。一日が過ぎて一日が始まる。その繰り返しのなかに今日もいる。

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ジャズ

昨晩は大きい地震があった。みなさん、ご無事だろうか。

ずっとチック・コリアを聴いている。生きているのか死んでいるのかわからないほど、というより、ずっと生きているような錯覚を持っていたことに彼が死んで気づいた。いや、実際生きていたんだけど、ほんの数日前まで。

まだ79歳だったんだとも思う。まだ若いじゃないか。

私が初めてCDで聴いたジャズは家にあったマイルス・デイヴィスだった。チック・コリアのこともそれで知った。

大体のCDはレンタルの店にせっせと通ってカセットテープにダビングしてウォークマンで聴いていた。ジャズやロックはイトーヨーカドーの一角だったか新星堂だったか輸入盤を安く手に入れることができ、バイト代でせっせと集めた。

東京に出てから多くの時間を費やしたのもレコファン、池袋HMV、シスコ、渋谷タワーレコードなどだった。新宿レコファンでバイトしたかった。よく通ったカフェもずっとジャズが流れていたがあれはどこだったか。

日本での公演情報も目にしていたけど当時の私には高かった。ブルーノートには憧れ続けた。今思えばハードロックのライブにはすごくお金をかけたのだからチック・コリアもいっておけばよかった。大人の世界と思って敬遠したのだろうか。

BGMとして聴いていても時折焦燥感をもたらすのが私にとってのジャズだったけどジョン・コルトレーン、セロニアス・モンク、そしてチック・コリア、彼らは違った。聴き続けることができた。

生き続けている、そういう錯覚は聴き続けることができるという身体感覚と無関係ではないだろう。数年経ってチック・コリアの名前を聞いたときに「あれ?亡くなったんだっけ」とか言いそうだ。

昨晩のような地震があると、3月11日が近い、という感覚とともに過去に再接続される自分がいる。誰かの死を抱え込んで生きている、という感覚は以前このブログで墓の俳句と土居健郎に触れたときにも書いたと思う。

こころを抱えこころに抱えられて生きている。

地震が続きませんように。

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移行

noteに書いていたものは少しずつこちらに移行します。

オフィスのメインのサイトはこちらです。

https://www.amipa-office.com/

サブのサイトです。

https://aminooffice.wordpress.com/blog/

noteにはこんなことを書いていました。

https://note.com/aminooffice

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ぼんやり

「私、猫派」「私は犬派」みたいな話ってわりとよくある。昔、休日の過ごし方について友達とおしゃべりをしていた。「休みの日は外に行かないともったいない」派の友人はたしかにいつもアクティブだった。電車でも本を読んだり、音楽を聞いたりなにかしらしていた。私はボーッとしたりウトウトしていたら何時間も経っていたなんていつものことで、電車もそれでしょっちゅう乗り過ごしていた。バイトとかボランティアとかなんらかの活動を促される場にはいつもいたのでそのおかげで外で活動していたけれど何もなかったらずっとうちにいたかもしれない。

なのでこの仕事は合っている。いつもの曜日、いつもの時間にくる人たちを迎え、50分間一緒になんらかのことをやって、送り出して、次の人を迎える。毎日朝から晩までこうしていたいが、今はまだ外での仕事もしている。

空き時間は書類仕事などもするけど、こうして徒然なるまま何か書いたり、やっぱりぼんやりしたりしている。寒くなってくるとストーブの前でただじっと物思いにふけったりする(ものは言いようみたいになっているかもしれない。私は一応心理士でもあるからリフレーミングといおう)。

本はたくさん読むけど何冊も並行してぼんやり読んでいるので学習目的で読まねばならないときは結構辛い。知っている人が書いた本はとりあえず読んで感想を送る。相手を知っていると対話的に読めるのがいい。

今年10月に『精神分析にとって女とは何か』(福村出版)という本が出たが、編者であり著者でもある西見奈子さんは知り合いだ。この本も送ってくださったので、すぐに読んで短い感想を送った。この本についてはほかでぶつぶつ呟いたけど、何々にとって何とは何か、という問いって色々言い換えると面白いよね、と思っていた。「精神分析にとって「女である」とは何か」とか「である」を加えたり、「女にとって精神分析とは何か」とかしてみたり、問いの立て方自体にその人の立ち位置が見える気がする。「女にとって精神分析とは何か」は精神分析をなんらかの形で体験している人の立ち位置な感じがする。著者の性別を知ったときになんらかの推測をすることもあるかもしれない。

私だったら「私にとって」という問いから始めることになるだろう。

女であること、精神分析家候補生であること、それ以前に人間であること。「である」「になる」の違いは哲学でも取り上げられていることで私にとっても大きなテーマだ。「ではない」「にならない」と否定形を意識しながら思考する。ハイデガーではないが存在と時間の問題でもある。設定とプロセスの問題でもある。私にとっていろんなことはなんなのだろう。

と手が動くままに書いているとあっという間に10分、20分経つわけで、お昼においしいもの食べたいなと献立を考えだすとまたすぐ時間が経って、という感じで夜が来て夢を見て朝を迎える。

やっぱり私はこの仕事のリズムが合っている。それぞれの生活を営む誰かが同じ曜日、同じ時間に来て、夢を見るようになにかして、生活に戻る、お互いに。

今日もいいお天気。やること終えたら仕事までぼんやりぼんやりしましょうかね。良い一日をお過ごしください。

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ウェールズ

地上へ向かうエスカレーターから空が見えた。真っ青だった。

ウェールズは美しい土地だった。目的地に向かうバスの中、一番後ろの中央の席には美少女が鎮座し、彼女よりずっと子どもっぽく見える男子たちがそれを取り囲んでいた。そこでは皆ウェールズ語を話していて内容は全くわからなかった。おそらく同級生だろう。男子たちの声かけをほぼ無視して無表情で前をむき存在感を放つ彼女は私のなかでウェールズの一部を形作った。

最初に訪れたB&Bが満室で友人を紹介された。すぐ近所の家の外では女性が手を振って待っていてくれた。そちらへ向かうと彼女はすぐに「ちょっと待ってて」と英語で言って家に入りテレビに釘付けになった。ブラウン管のテレビの画面では宝くじの抽選会をやっていた。宝くじで待たされる経験はすでにしていたので「イギリス人は本当に宝くじが好きなんだなあ」という経験的知識を得た。

少しは当たったのか全く当たらなかったのか。ある程度待たされてから案内された部屋はこじんまりしていてロンドンのホテルよりずっと居心地がよかった。バスルームに置かれたバスタブは映画のようにおしゃれだったが入浴する文化ではないしどうやって使ったらいいものかと思った覚えがある。あとはバスタブのかわいさと積まれたタオルしか覚えていないので無難に使用できたのだろう。

昼間はお店の小さな窓からフィッシュ&チップスをテイクアウトして湖のほとりで食べた。空と山と湖、なんという贅沢だろう。静かだった。フィッシュ&チップスはロンドンのものとは少し違った。そこのがあまりに美味しかったので日本でもずいぶん試したが、「美味しさ」というのは直観されるものらしいことを知った。

他のことはあまり覚えていない。ただウェールズは別格だと思った。大好きだと思った。あの空の下、あの湖のほとりでただ座っていた。当時の私はまだとても若かった。

あの頃には想像もつかなかった出来事、全く知らなかった気持ちといまだに出会う。少しゆっくりしたいなと思うとき、あの感触が私のなかに蘇る。

旅をしてきてよかった。やはり背景を変えるだけとは違うのだ。いや、それだけでも「私」は少し違う自分になれるのかもしれないけれど、ただそこにいて、ただ時間を過ごす。知らない言葉が交わされる世界の内側にじっと身を置く。そうした体験は、私が意識的に何かを施すまでもなく、必要なときはこうして色濃く蘇って支えてくれる。

私がしていることもそうしたものであればいいのに。無理や努力ではなく、その人がすでに持つ可能性が息づく場所づくりをできるように、といつも願う。

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少しずつ

毎日思いもかけないことが起こるのだけど、これからもずっとそうなのでしょうね。

「またか」という失望を伴う出来事ですらそれがまた本当に起きるとびっくりしてしまったり。何度も何度も辛い思いをしたいわけではなかろうに、と自分でも思うのに。不思議です。諦めが悪いのかもしれません。

こころは意識的にどうこうできるものではないと思っているので、何か感じたり考えたりする自分に委ねるしかないと私は思います。いろんなことは起きてから。

だから「待つ」ことの重要性ばかりいっているような気がします。言い聞かせてるだけのような気もします。難しいです。

息苦しくならないために何かいったつもりがその言葉にまた息苦しくなってしまう。精神分析の方法である自由連想にはそういうところがあります。不思議ですね。

自分で自分を欺くようなことをして苦しんでしまう私たちを「人間ってそういうものだ」みたいにいうのは簡単ですし真実かもしれませんが、この仕事ではそういう言葉は自分以外の誰かがいうものではないのでしょう。

少しずつですね、何事も。

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無責任

まずは日本の精神分析家の岡野憲一郎先生のお話を聞くことができるポッドキャストのご案内です。https://anchor.fm/talksonpsychoanalysis-jp/episodes/ep-elh7u6/a-a3kvmg6

テーマは「日本人の精神分析家が恥と解離について論じる」。アメリカでの臨床経験も長く、日本とは全く異なる患者さんをたくさん診て帰っていらした岡野先生がずっと探求されているテーマです。

恥の概念は日本文化を考えるときにどうしても突き当たってしまいます。ここ数日「痴漢」について日本文化と絡めて考えていましたが、私が行き着いたのは竹取物語でした。

あれも恥と罪の話であり、その手前には北山修先生が取り上げる古事記があるわけです。古来から続く日本人のこころというものに出会ってからいまいちど現在の私たちを見直し、精神分析的に考えてみるとき、なんとなく緩い、儚さに似せて軽い、なあなあで反復をやり過ごすどこか無責任、というか、責任を個人から集団に引き伸ばして薄めるような、あるいは天の羽衣で思考を奪う万能感のようなもので恥と罪悪感をやり過ごしているような日本人の姿をみたような気もしました。

そしてそれは時としてひどく相手を傷つけます。

痴漢という暴力と健康な性の境界線もこうして曖昧にされてきたのではないかという一応の仮説を立てたわけです。

もうずいぶん前の本ですが芹沢俊介が『子どもたちの生と死』において、「限界としての権力について」とか「否定性としての普通、許容性としての普通」について書いていたことを思い出しました。

精神分析でいえば超自我との関連という話になると思いますが、私が今回、見出した超自我的な緊張感を維持できない、したくない、嫌う日本人のルーズさや無責任というものがあるとしたら、それについて(反転させてポジティブな言い方をすることもできると思いますが)はもう少し考えてみたいと思います。

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旅に出たい

旅に出たい。仕事にきたけど。

日本の全都道府県を旅してきた、というとなんだかすごそうだけど、どこも足を踏み入れたのはほんの一部だし、その土地や人が経験してきたことを私はほとんど知らない。

実際に何度も同じ道を歩いたりして、地形を感じ、少し位置を変えれば景色がグッと変わるとかいうことは知ってる。

でも人と話せばやっぱり知らないことばかり。方言がわからず話す以前に聞き方から教えてもらうこともある。秋田にいったときはホテルの食堂の女性たちがクイズ形式で教えてくれた。

旅は安い宿に泊まるせいかいろんな人との距離が近い。いろんなものをもらったり教えてもらったりする。私の経験では、早朝から土木などの作業にでる人たちと一緒になる宿で、ジュースとかパンとかおにぎりを行くなりくれたりでるときに持たせてくれたりしたところが数件あった。コンビニどころかお店がとても遠い地域は多いのでとても助かる。もちろん自分でも非常食(というかお菓子)を持ち歩いているけど。

あぁ、旅にでたい。まず仕事。

秋晴れですね。良い一日を。

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投壜通信。

海にいたらそうかもしれない。

この電話で特定の誰かに言葉を送るのは少し心許ない。

どこに向けていいかわからないから空ばかりみてる。

この前は夕焼けがきれいだった。少し目を離したらもう消えてしまっていたけど。

昨日今日はのっぺりした空ですね。

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生活と臨床

山の方へ移動。昨日渋谷でふわりと香ってきた金木犀を探した。午後は探さなくても見つかるだろう。

開業して移動が減った。これまで色々な土地を歩き、色々な患者さんと会ってきた。江ノ島方面と東京東部では水の意味も異なるのではないかというくらい景色が違った。東京駅近くと多摩方面も同じ東京とは思えない。オフィスのある初台だってお隣の新宿とは雰囲気が違うのだから当たり前か。

私のする臨床は生活に密着しているので患者さんの住む土地やそこならではの出来事をたくさん聞く。職場の周りを歩いているとその語りと景色が緩やかにつながっていく。

病気というのは当然その人の生活とともにある。一般化された言葉に置き換えられるものでは到底ない。

生活感のある言葉、生活音を感じる言葉、画力は全くないし、言葉も足りないけど、風景を描くように言葉を紡げたらいいのにな、と思う。

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電話

わたしと連絡が取れないと別の友人づてに連絡がきた。これまでもやりとりしていたのになんでだろ。わたしから連絡したら無事につながった。

私たちは大学時代が「ポケベルが鳴らなくて」の世代だから、連絡が取れないことに対する時間感覚が今の若い人たちとは違うかも。待つしかない、という状態を知ってる。

好きな子と電話するのだって家の電話だから前もって時間を決めて待機したり、それなのにその時間に親兄弟が電話使っちゃってて理由も言えず怒ったり、待機に遅れたら親が出ちゃってなぜか親と盛り上がってた、なんて話も聞いた。電話をめぐっては今よりずっとたくさんのドラマがあったのだ。

わたしに連絡が取れないと共通の友人に電話をかけたその人は久しぶりにその友人と話した、と喜び、その友人も久しぶりにその人と話した、と喜び、双方からお礼を言われた。なんだかこちらこそすいません、ありがとう。

受話器といえばフロイト なのだけど、今日はもう遅いからまたいずれ。

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いれもの

いれものを変える。儀式だ、これは。

お財布、キーケース、カードホルダー、小さいけど生活に欠かせない大切なものをいれる場所。カードホルダーは私は使わないか。

数年ぶりの儀式だ。新しいパスケースが届いた。まだ革がパリパリ。すっかり私の手専用になった今のパスケースと同じモデルのはずなのになんだか溌剌としている。持ってみるとまだちょっとゴツゴツしていて私の手には大きい。

なんだか寂しい。

交通系ICカード、定期券、回数券、図書館の利用カード、何かで当たったQUOカードはお財布を忘れた時に役に立つかな、でも交通系ICカードでなんとかなってしまう。もう使えません、となる前に使おう。やだ、このカードここにあったの、

など思いながら一枚ずつ新しいケースにうつしていく。

私はお財布はあまり忘れない。でもパスケースはしょっちゅう忘れて取りに戻る。この新しいパスケースとは何回そんな体験をするのかな。明日からよろしくお願いします。ますます忘れっぽくなってるから呼びかけて、無言でいいから。

そして、あぁ、今のパスケースさん、長い間毎日毎日ありがとう。バックの中でさえ何度も見失って、慌てて取りに戻ったら、君はどこにもいなくて結局もう一度ガサゴソしたらバッグの中にいた、なんてこともしょっちゅうあったね、

と思い出を語り出したらキリないけど(そんなことない)、ありがとう。しばらくは新しいパスケースが入っていたこの綺麗な水色の箱の中にいてね、何度も確認したけど、まだ忘れ物があったら嫌だし、もうちょっとそばに。

大事なもの。大事なもののいれもの。いつのまにか身体の一部のように動かしているけど最初はぎこちなかったね。なんでも少しずつだね、馴染むのもさよならも。

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アイスココア

なんとなくお昼を食べそびれたまま用事を終えてオフィスへ向かう。今日こそ最後の暑さらしい。すでになんどか聞いた気がするけど。

ぶりかえしつつも夏が遠のく。新宿中央公園の蝉は数がわかる程度になり、空はすっかり高くなった。夕方に向かうにつれ日射しは柔らかくなったが、10分以上歩いたら軽く汗ばんだ。最後の暑さか、と思ったからでもないがココアフロートを飲んでみた。しゃりしゃりの氷がおいしい。

学生時代、人がほとんど通らない階段そばの喫茶店でアルバイトをしていた。薄暗い店内は外の大通りからみても怪しく、客のほとんどはそのビルの従業員だった。煙草臭くアングラな雰囲気を漂わせていたその店は若かった私に多くの経験をさせてくれた。

もっとも明るい記憶は、そこのアイスココアの味だ。今ではちょっと甘すぎるその味をいまだに求めてしまうほどそれはおいしかった。バタバタしたランチタイムを終えて、ぼんやりテーブルを拭いたり、紙ナプキンを折っていると店長が「何飲む?」と聞いてくれる。時々ちょこんと生クリームが乗せられたとてもいい香りのオレンジティーもお願いしたが、ほぼいつも「アイスココア」といった。珈琲なんてまだ大人の飲み物だった。フィルターの準備はたくさんしたけど。

まかないドリンクも食事も基本はメニューから頼むのだが、好みはなんでも聞いてくれて、どれもとてもおいしかった。パリパリの海苔がかかった明太子パスタの美味しさもそこで知った。

メニューにないものを頼む先輩(いつでもとっても優しかった)もそれに平然と応える厨房のおじさん(最初はめちゃめちゃ怖かった)もすごくかっこよかった。でも私はメニューからだって決められないのだ。いつもメニューと睨めっこして結局いつもと同じものをお願いしていた。こういうところ、今と全然変わってない。

アイスココアをのんだらちょっとタイムスリップしてしまった。いかんいかん。今はもうバイトではないのだ。バイト先のみなさんには大変お世話になった。なんとか仕事しています。ありがとうございました。

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ヒーロー

オフィスのエアコンがぽこぽこいうようになった。あれは7月だったか、窓側の換気扇を閉めて、エアコンを消したら急にぽこぽこぽこぽこ言いだした。小人がお祭りでも始めたのではないか、と驚いた。怖いし、でも音はなんとも呑気だし、しばらく祭りが終わるのを待ったが終わりそうもない。リズムも一定でないので音楽としてもどうかと思う、とか思いながら聞いていたが、もう夜だし管理会社もやっていない、仕方ないか、と玄関に向かい、玄関側のキッチンスペースの換気扇をきったらピタッとやんだ。なんなんだ。

ネットで調べてなんとなく理由は分かったが、患者がきている間にこんな呑気な音をたてられたらたまったもんじゃない。私は患者の声が聞きたいんじゃ。かといって業者の人に入ってもらう時間もない。ということでなんとか夏を過ごし、そろそろエアコンを使う頻度も減ったので管理会社に電話をした。私のオフィスを管理してくれている会社は同じビルの中にあるので「音がでたらすぐ呼んでください、すぐ行きます」といってくれた。頼もしい。

が、しかし、せっかくその時間をとったのにエアコンがポコポコいわない。ネットで調べて「こうやったら一時的に直る」というのの逆、というか特に何も対処せずに放っておいたのになにもいわない。なんで?と思っている間に眠ってしまった。寝不足だったのだ。気づいたらもう管理会社は閉まる時間。私が眠っている間に音はなったのだろうか。夕方からはエアコンがいらないほどだったのに、音を出すためだけに除湿や冷房をつけ、寒さを凌いでいたこの時間はなんだったんだ・・・。

まあよい。なんせすぐに駆けつけてもらえるのだ。私の大切な部屋を守ってくれるヒーローだ、今のところ。

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和菓子

和菓子ってどうしてあんなに魅力的なのでしょう。季節ごとにどうしてこんな形が、どうしてこんな色合いが、と驚くような和菓子がショーケースにたくさん並びます。と書き出すと私の頭のなかにはいろんなお店がポコポコと浮かんできます。

一番はあそこかな、でもこの季節はこっちかな、食べたことないけどあそこのは一度は食べてみたいよね、そういえばあそこでいただいた和菓子はとっても美味しかった、と近所からデパ地下から旅先まで、私の和菓子地図は小さなエピソードと一緒に一気に広がっていきます。

季節の和菓子は大抵高価ですし、一度にいくつもいただくものでもないので、生きているうちに実際に味わえるのはとっても一部でしょう。迷って迷って迷った挙句、結局いつもと同じのを買ってしまうこともしばしばですし。あー、また同じのにしちゃった、今日こそあれを試そうと思って行ったのにな、とお店の名前が書かれた包みを開いて、お茶を入れて、竹の和菓子切りでいただくと、やっぱりこれにしてよかったー、となることもまたしばしばです。

特別なお菓子は失敗したくないので、つい守りに入りますが、そのおかげで味わえる幸せもありますね。

と美味しいもののことばかり考えているときは、あまりやりたくない作業から逃げているというのも世の常でしょうか。

空想チャージがなくならないうちにしあげましょう。今夜も少し雷がなっていますね。どうぞよい夢を。

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8月31日

立秋に「もう!?」と虫の声に驚いたことを書き、8月半ばに「もう慣れた」みたいなことを書きました。今日は8月31日。虫の声が本当に涼やかに響くようになりました。さらに今夜の風、半袖でオフィスを出てきたら「寒い!」と感じたことに自分で驚いてしまいました。「うわっ、本当に来た!」という感じ。秋の方からしたら「立秋の頃からちょっとずつ慣れさせてきたではありませんか」という感じかもしれないけどちょっと突然冷たくなりすぎじゃないかしら。

そういう人間関係もありそう、と今いくつかの場面を思い浮かべてしまいました。

雨がポツリポツリ落ちてきたから急いで帰宅したら、仲間から「こちらは月が綺麗です」とメッセージ。オンラインの繋がりなのでどこにお住まいなのかも知らないのですが・・。もしかして、と思って窓を開けてみたのですが、やっぱり秋の雨が静かに降っているだけ。でもそうか、この空のどこかで月は綺麗に輝いているんだ(やっぱり「綺麗」って漢字は抵抗あるけど)。

月がどんなふうに輝くかなら私も知っています。想像できるって希望をもつことと似ている気がします。

今の日本の現実に視線を戻すと、多くの方の失意や絶望に目を奪われるかもしれませんが、いろんなことは今に始まったことではないはずです。もうだめだ、といつだって言いたくなるかもしれないけれど。

私たちは生きながらいつも、なにかに持ちこたえられるように準備をする機会を与えられているような気がします。患者さんとの関わりからそう学んできました。秋の虫からも少し。

予測不可能な未来をすでに知っている風景から透かし見ます。そこは決して楽園ではないことを私たちは経験から知っています。でも、その経験があるからこそ、私たちは、驚いたり、絶望したりしながらもそこにとどまることができているような気もします。

人生なんてろくなもんじゃない、でも捨てたもんでもない、そんな言葉を私たちは知っているような気がしませんか。

なんだかんだ気づかないうちに時計の針は8月を超えていくでしょう。また明日。9月にお会いできたらと思います。

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未分類 読書

雲の絵

今日の空、すごかったですねえ。入道雲がすごすぎてアニメみたい!と思ったのですが間違いでした。こんな景色が本当にあるからあんなアニメもできるわけですね。

歩いていても、電車に乗っていても、何層もの雲が湧き上がるように青空を占めていて、太陽の光がつくるグラデーションがきれいで、いちいち目が離せなくなってしまいました。

雨が降るっていうから傘を持ち歩いていたのですが降られませんでした。降ったのかしら、雨。

「のはらうた」のくどうなおこさんだったらどんな詩を書くでしょう。かぜみつるくんが「でかい くもだぜ」とかいって通り抜けるのをやめて眠っちゃったり、きりかぶさくぞうさんが「きょうは くもも 「どっこいしょ」 をしている」とかいったりするのでしょうか。

ご存知ですか、「のはらうた」。とっても素敵な装丁の小さな詩集です。それを眺めているだけでもいと楽し、ですが、自然の声を聞きたくなったときに開いてみるといいかもしれません。

夜になっても雲は、昼間の形のまま、背景の空より少しだけ薄いグレーになって、街を包みこんでいます。

画像は昼間の新宿駅です。まるで絵みたいじゃありませんか。

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『ピグル』

Twitterで東畑開人さんが、青山ブックセンター本店のブックフェア「180人が、この夏おすすめする一冊」で北山修先生の『心の消化と排出』を挙げていた。北山先生の本から「おすすめ」を選ぶとしたら私もこの本を選ぶ。「夏」っぽいとは思わないけど。

北山先生の『錯覚と脱錯覚』も私に大きなインパクトを与えてくれた。ウィニコット の『ピグル』とセットで読むべきこの本も「夏」かといえばそうでもない。

2歳の女の子とおじいちゃん先生ウィニコットとの交流が描かれた『ピグル』、16回のコンサルテーションの間にピグルは5歳になった。最初は1ヶ月に1回、二人が会わない時間は少しずつ増えていく。それでも1年に3,4回というのは私が保育園巡回に行くペースだ。3歳、4歳ともなればその頻度でも「また会えたね」となる。

ウィニコットはピグルと会わなくなった4年後に亡くなった。これからを生きる子どもと死の準備をする大人。妹の出生によって母親の不在を体験したピグルはウィニコットを一生懸命使い、持ちこたえ、生き残るウィニコットを発見し、「私」とも出会っていく。ピグルの名前はガブリエルだ。

1964年7月7日、6回目のコンサルテーションの冒頭、ウィニコットは「今回は、ピグルではなく、ガブリエルと言わなければならないとわかっていた」と書き、そこからの記録はすべて「ガブリエル」に代わる。そして帰宅したガブリエルも母親に「ウィニコット先生に、私の名前はガブリエルだよって言いたかったの。でも先生はもう知ってたの」と満足そうに言った。母親からの手紙でウィニコットはそれを知る。

子どもの治療の重要な局面だ。二人は通じ合っている。

夏の休暇前のセッション、「私はサンドレスと白いニッカーズを着てたの」とひなたに仰向けに寝転がるガブリエル、私はこの場面が好きだ。子どもが安心して空想に浸れること、複雑な情緒を体験する場所はいつもこうして開かれている必要がある。

そして夏の休暇後、二人がはじめて会う7回目のセッション、ガブリエルは「ウィニコットさん」とよそよそしい。「先生」ではないウィニコットの休暇に対する抗議のように「だれにも一緒にいてほしくなかったの」とひきこもっていた自分を知らせるガブリエル、このとき、彼女は3歳になったばかりだが、大きくなった。ウィニコットの記録を読むとそう感じる。

精神分析は週4日以上会っているので休暇の意味は大きい。たまにしか会わなくても会えない日々のことを想うのだから、この二人のように。

いない人のことを想う。いたはずの人のことを想う。そうやって描かれる私たちは大抵いつも現実と違うけれど、想うことだけが私たちを生かすこともある。

この夏、『ピグル ある少女の精神分析的治療の記録』(ドナルド・W・ウィニコット著、妙木浩之監訳、金剛出版)を読んでみるのはどうだろうか。彼女が青い瓶を目に当てて「ウィニコット先生は青いジャケットを着て、青い髪をしているのね」というように、本を読むことで(もはやなんの本でもいいかもしれない)この暑さを違う色に染めてみたり、2歳の頃の目で世界を見直してみる。この夏は、そんな旅もいいかもしれない。

(翻訳作業についてはオフィスのサイトに少し書いてあります。)

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黎智英氏も周庭氏も逮捕された。周庭氏と一緒に活動してきた黄之鋒氏(Joshua Wong)、若い政治家の羅冠聡氏(Nathan Law)は流暢な英語で海外に向けて声を出し続けている。

20代、自由を求めて国を相手に戦うなんて考えたこともなかった。自分の意見を言えなくなることは自分の母国語を使えなくなることと同じ、それはつまり自分の出自を存在を否定されるようなものなのだろうか。頭ではいろんなことを考える。考えれば考えるほど身体も重い。

言いたいことが言えないこと、程度の差はあれ、おそらく誰もが子供の頃から経験したことのある事態について考えるだけでも原因に向かって紐解けるものではないので相当難しい。それは症状にもなりうるので臨床的にも身近だし、精神分析のように主な道具が言葉である場合、それは単に症状ではなく、治療関係そのものに大きく関係しているので何が起きているのかと常に再考を迫られる。

私たちが当然もつ権利を行使させなくする行為には敏感に抗っていく必要がある。コロナがわかりやすく明らかにしたゼロリスク志向、「正しさ」による支配とも根は繋がっているのだろう。物事は一気に動く。集団であることが自制しないことを正当化する。一方、そうしようとする力に抗う物語は昔から数え切れないほどある。歴史から学ぶことはいくらでもできるはずだと言い聞かせる。

目的としてではなく結果として抗えるように、繊細でしなやかな網目を張りつづけるようにこころを動かし、言葉にできたらいいなと思う。それには言葉を大切に扱ってくれる人の存在がなにより必要だろう。

彼らが発しつづける声を大切にすること。自分の声を大切にすること。いつも立ち返るのは当たり前のようなことだけど、その当たり前こそ守りたい。

蝉が鳴いている。彼らはいつも自然体。

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残暑お見舞い

残暑お見舞い申し上げます。

風立ちぬ、今は秋。今日から私は心の旅人♪の季節ですね。私は今日から夏休みです。お元気ですか?

毎年やっている夏メロ(意味違う)ハガキ、今年の書き始めはこんなふうにしてみました。聖子ちゃん好きでしたよね?

今年は句会で夏の句に行き詰まると杉山清貴や井上陽水を使ってしのいでいました。すぐに「陽水かよっ」とバレましたが。サングラスという季語を「君は1000パーセント」で作ったときは「それ杉山清貴じゃないから」とか。同世代の素早いツッコミはどんな暑くても健在です。

今年は少しでものんびりできますように。どうぞお元気でお過ごしくださいね。

空想暑中見舞いシリーズはあっという間に立秋がきてしまったので二枚しか書けませんでした。残暑お見舞いの時期もあっという間に過ぎそうでしょうか。時間感覚は人それぞれだと思いますが、せめて自分で自分を急かすことなくお過ごしになれますように。

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広場

新宿中央公園、10代後半からずっと馴染みのある場所だ。少し前から蝉が一斉にわんわんと鳴き出した。先日、学生もホームレスの人も会社員も私たちも誰でも寝転がることができた芝生広場がリニューアルオープンした。「魅せる芝生」エリアの分だけ私たちの居場所は少なくなった。

広場。私たちが出会う場所。お互いが何者かなんて知らなくても言葉を交わす場所だった。

「いいじゃん、こっちがあるんだから」と残された広場を指差す人もいるかもしれない。単に寝転がるという目的を果たすだけならその通りかもしれない。でもすでに「残された広場」と書いた私は、美しく整えられたその場所を侵襲を受けた場所として捉えているらしい。一個だけ、あともう一個だけ、と言っていたら全部なくなってしまった、というような欲望、あるいは関係のあり方にも馴染みがある。「そこだけは」「それだけは」という抵抗こそ虚しく奪われていく場面も見聞きしてきた。

自分だけの場所を守る。それがどのくらい必要で、どのくらい難しいことか、いろんな人の表情や語りが思い浮かぶ。一度侵襲を受けた場所は多くの場合、最初からそうだったかのように少しずつ姿を変える。事実は変わらないとしても侵襲の記憶に苦しむのは辛い、お互いに。

広場、それは作られるものではなくてどちらかというと余白だろう、と思うのは昨日、マルジナリアのことを書いたからかな。

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失念

毎週1回1時間半を15回、講師の仕事をしています。「人間関係」全般についての講義です。なんて幅広い、と思われるかもしれません。実際そうなのです。なのではじめてテキストを見たときは「へー、こういうところをピックアップするのね」ととても新鮮だったのを覚えています。そしてそれはテキストを書く人によって異なるので、2年目にテキストが変わったときも「ほー、今度はこういうところを」とやはり新鮮でした。そして今年度もテキストが変わっていたのですが、見た目が全く同じなので全く気づかず昨年度のを使っていました。気づいたのはなんと先週。今年度は新型コロナの影響で始まりも遅かったとはいえ、すでに15回のうち半分が過ぎました。学生が指摘してくれたとき、最初の数回はオンラインだったから言いにくかったのかしら、とも思ったのですが、今回がはじめて違ってたとのこと。私が世帯数とか世帯人数の表を見ながら「これ2015年の統計だから今はもう少し平均世帯人数が減ってるかも」と言ったことで「あれ?先生古くない?」と気づいてくれたようです。よかった。ただでさえ最新の情報を手に入れるのが苦手なのに。やはり対人関係は大事です。そしてやはり平均世帯人数は減っていました。

新型コロナによって世界が人の移動、人との関わりを制限する方向に動いたときに私が思ったのはますます少子化になりそうということでした。今年も人間関係に関わる様々な統計が出るでしょう。10年後とかに年次推移を見たときに「あれ、2020年って何かあったの?」と思うような数値になるのでしょうか。こう書きながら10年経ったらどころか今年の春頃の混乱もすでに忘れられてしまったのではないかと感じることもあるなぁ、と思いました。同時に、忘れたいのに忘れられないこともそれ以上にたくさんあるかもしれないとも思います。

さっき「2011年」って打って、「あ、違った」と今度は「2021年」と打ってしまいました。私はまだ2020年である今年をきちんと過ごせていないようです。もう半分が過ぎたけど。

2011年はどうしても大震災の記憶から離れられないのかもしれません。2021年はまったく不明です。やはり今年の諸々は全くなかったことになっていたりするのでしょうか。わかりません。

画像は、実は新年度に入る前に送っていただいていたのに私がすっかり失念していた新しいテキストです。テストにするとしたらこんなところを覚えておいてほしいかなぁ、というところに付箋をはりました。もう後半だけど新しいテキストで気持ちも新たにがんばれたら、と思います。早速、自分でも読めない字で書き込みをしちゃったけれど。

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未分類 精神分析

雨女

今日は日曜日か。どおりでどこの保育園に行くか思い出せないわけだ。夢から覚めながら今日の予定を探っていたのだけど何も思い出せなかった。もともとないものを探しだすことはできないね。

雨が強くなったり弱くなったり。窓を細く開けている。昔から雨の音が好きだ。私が旅に出るときの雨の確率は高く、雨女だといわれている。同僚が今年の雨を「梅雨というよりもはや雨季」と言ったので笑った。月別の年間降水量でいったら6月から9月はあまり変わらないし、平均日照時間もそれほど変わらないのにあえて「梅雨」と名付けるのは不思議なことだ。「それほど変わらない」は私の読み方が大雑把なせいかもしれないが。

梅雨入り宣言はあとから取り消すことができる。桜の開花宣言は取り消せないだろう。一旦咲いたものは咲き続け、やがて散る。

最近CBTを集中的に勉強していたが、CBTはどちらかというと桜だと思う。出来事の循環を継時的にあらわす。精神分析は梅雨だと思う。涙も多いし、明けたと思ったらそうでもなかったということも多い(無理やりだけど)。でも共時的に出来事が生起することや空間の想定は空メタファーでいけるのではないか。だからほとんど更新しないオフィスのFacebookページに私は空模様のことばかり書いているのかもしれない。

また雨の音が弱くなった。今はとても弱い。熊本が本当に大変だ。GO TOトラベルではなくGO TO HEIPだろう。こちらは取り消せない現実だ。きちんと見る必要がある。

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曖昧

誰にともなくこれを書く。曖昧な思考、とりあえずの言葉。浮かんだ場面。

あの日、私は足立美術館にいた。もうずいぶん前の話だ。スクールカウンセラーをやめてしばらくした頃だった。駅から無料シャトルバスがあるから、と乗り場に向かったら、満席だから、とバスは私たちをおいていってしまった。このあとはしばらく来ないという。なんともすげない断られ方に少し苛立った私たちは知らないもの同士でタクシーに乗り合わせて美術館へ行った。他愛もない話を少ししたかもしれない。

足立美術館といえばその庭園が大変有名で、実際見事な景色が広がっているが、私はそれほど心動かされなかった。苛立ちが残っていたのかもしれない。

足立美術館は横山大観のコレクションでも有名だ。大観と戦争の関係もあまりに有名だろう。私は大観の作品たちとその説明をみながらとても複雑な気持ちになったし様々な疑問をもった。頭もこころも重たくなった感じがした。その時、別の大観の作品の前で熱心に学芸員(だと思う)から話を聞いている人がいた。ちょっと注意を惹かれたが何ということもなく次の部屋へ向かった。多くの作品に心惹かれ、北大路魯山人の作品に感動して部屋を出たとき、さっきの人とすれ違った。思わず二度見した。向こうもこちらをみた。私たちは思わず大きな声をあげそうになったけどあげなかった。スクールカウンセラーをしていた学校でとてもお世話になった美術の先生だった。見慣れた笑顔がとても嬉しかった。先生は陶芸もやっていてどこかに窯も持っていて我が家にもいただいた小皿がいくつかある。軽やかであったかい先生だった。

それから私たちは年賀状で、今年は〇〇の美術館に行きました、また偶然お会いしたいですね、とか、今年は〇〇でどこにもいくことができませんでした、など、私が学校をやめた日からではなくて、東京から遠く離れた土地で偶然出会った日を起点に挨拶を交わすようになった。いろんな記憶が薄れていきやすい私でもそのときの記憶はとても鮮やかだ。私にとってそこは、日本一の庭園で有名な美術館というよりあの先生に会えた場所としてとても思い出に残る場所になった。

いつか、偶然、どこかで、確かな約束というのも確率の問題。曖昧な未来も悪くない、というかむしろちょっといいのではないか。

窓の外は降りしきる雨。あの日の天気は多分晴れ。だって庭園がきれいに見渡せたから。

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外寝

終便の出し桟橋に外寝人 花田喜佐子

兼題は外寝と火取虫。パッとキャンプが思い浮かんだのは日常でこういう景色がすでに失われているせいかもしれない。

以前、子育て支援のNPOの理事をしていた。地域の子供会や自閉症児親の会など様々な団体と連携してインクルシーブな場所づくり(今思うと目標が大きすぎてちょっと恥ずかしい)を目指して活動していた。私以外の理事はみんなその地域で育った仲間たちで、NPOの活動には彼らを小さな頃から知る親世代から彼ら自身の子供も含む世代まで本当にたくさんの方が協力してくれた。私もその地域にいくと車から名前を呼ばれたり、道で出会ってお話ししたり、今住んでいる東京の小さな町でも体験しない身近な人間関係がそこにはあった。

いつもなら8月のキャンプにむけて大忙しの時期だ。私は主に障害(主に自閉症)を持つ子どもたちが2泊3日のキャンプで安全に楽しく過ごせるように様々な準備をする担当だった。キャンプも後半になれば同じ班の子供たちがその子の障害の特徴を掴んできて(子供はそういうのが直感的で早い)上手に関わりあうので初日のような緊張感はなく、感心、安心したものだった。

夜は真っ暗になることを子供たちは意外と知らない(だから懐中電灯必携ということがピンときていない)、トイレで大きな火取虫に声をあげて出てきて、今度は数人で連れ立っていってみんなでキャーキャー言う(そして少し慣れる)。時折暗闇に響く声、テントから聞こえるヒソヒソ声。夜中見回りにいくとさらに声を潜める様子が伝わってくる。ああいう場所にいると自分が動物であることを思い出す。五感がいつもより研ぎ澄まされる。

ずいぶん長く毎夏の行事としてやってきたが、今年だったらできなかっただろう。

テントの中が暑くて外にベッドを置いて寝る人もいる。夜のキャンプ場は食糧を求めて野犬が現れたりもして怖いこともあるが、とても静かだ。大人たちも小さめの声で話す。普段はしないような話もする。ベタつく身体を濡らしたタオルで拭くと風をひんやりと感じる。

夏の季語「外寝」で一句作ろうとすると、キャンプかホームレスの人の姿を思い浮かべることはできるがそれ以外は難しい、と話し合った。最近の句会での話。それぞれの句をみんなで鑑賞し、そこから見えてくる景色を話し合う。冒頭の句は外寝にはこんな句もある、と仲間の一人が紹介してくれた一句だ。話の流れと読み方の間違いのせいでみんなが間違った方の景色を思い浮かべて大笑い。文字と音が生み出す景にはそんなこともあるから面白い。時代が変わればまた異なる景が見えるかもしれない。

「外寝」、ワイルドだけど自然の行為な気もする。東京にいるからなおさらかもしれないけど、道路にも公園にも様々な規制があって自然に腰をおろせる場所も減った。私のオフィスのそばにある緑豊かな新宿中央公園も工事中だ。古ぼけたベンチにみんな少しずつ離れて座り各々好きなことをする時間はいつまで守られるのだろう。公園のお隣にそびえたつ都庁では三密禁止だが、ここでは自然と守られてきたことだ。空間があれば自然とそうなる。

キャンプでは一日目の夜は子供も大人も遅くまで起きているが、二日目の夜はみんなぐっすり。火取虫にも恐々しながらも声を上げない。願わくば、ウィルスや自然災害とは別の形でこんな風に自然と共にいる時間をもちたい。俳句のようになんでもない景色を大切にしたい。

キャンプ三日目の朝のみんなは不思議とマイペースで良い感じ。句会のあとの私たちも良い感じだ。感覚を使い、こころを開き、言葉にしようと試みる。日常は気づかないうちにどんどん窮屈になっているのかもしれない。本当は適応などしないほうがいい場所もあるのかもしれない。

月曜日、東京の日常が始まった。

みんながマスクをつけた満員電車はちょっと異様。マスクの下で考えていることは多様に違いないけど。

外寝人生きてをるかといぶかりぬ  下村梅子

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認知行動療法のセミナーにでた。

コロナ禍でオンラインのセミナーが増え、録画視聴のセミナーも増えたので、なかなか勉強できない認知行動療法のセミナーにでた。

私が病院で働いていた頃はこんなに実践家によるセミナーとかなかったから、患者さんと一緒にベックの本とか読んで、やってみましょうか、という感じでやっていた。

それはそれで役立った方もいらしたし、私の方がよくわかっていないから二人で「・・・・これこう書けばいいのかな・・・困りましたね・・」とかいう感じが役に立った方もいらした。

今回セミナーを受けて改めて色々調べたけど、認知行動療法はツールの充実度がすごい。

模擬面接を見て、活動の記録表が書きにくい場合とかこういう病状だとやらないほうがいいとかこういう場合はこういう認知再構成とか、これが出てれば自分の場合は行動実験などなど具体的に伺えてよかった。何を扱うのか、どのように扱うのか、具体的なエピソードに基づいたアセスメント、ケースフォーミュレーションが大切なのはどの療法でも同じね。あとやっぱり認知行動療法は状況、気分、考えなどを数値化したり可視化するから変化できる自分を感じやすいかもしれないと思ったし、治療者同士が話し合うときに自分のやっていることがどこに向けられているかを共有しやすい印象があった。

なんにしても認知や行動を「ほどよく」していくというのはお互いコツコツやっていくものですね。

今日はもう雨降らないかしら。紫陽花ももうだいぶ色あせてきたけどそれもそうですね、もうすぐ7月です。