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案内、春樹、間取り

胃がん検診の案内を開けた。少し前に届いた。受けなくてはと思うけどバリウムが本当に気持ち悪くなってしまうので怖くて受けたくない。でも受けねば。いつもこの葛藤。症状があるときは受けられないから症状があるときに胃と腸の両方を見てもらうのもいいなと思っていたところだったのでどうしてもバリウムを避けたいとなるとそっちになる。飲み物を一気にたくさん飲むということがないからそれだけでも気持ち悪くなるのにしかもあの発泡。何にせよ健診や検診は受けましょうね、と周りには言えるのに。ちなみに相談場所は色々あるのでその一つを載せておきますね。

村上春樹の『一人称単数』は短歌が出てくる話からだった、と思う。だから何というわけではないけどあの単価は誰かが推敲してるのかな、と思ったのだ。していなそう、春樹っぽい、と思ったりもした。私は村上春樹の良い読者ではないが大体のものを一度は開いている。多分私の注意力だとあのやや冗長で普通の人だったら次にまたそれが出てきたらむしろその冗長さの効果ゆえに鮮やかに形作られる何かが私には乏しいんだと思う。そこまでにほぼ忘れてしまっているから。作者の意図に乗れていないのだろうな。ノリが悪いオレ。なんとなくリズムがいい。下の階の人が歩いているのが聞こえる。ドンドンドンドンドンと。多分歩いている。結構大きめの歩幅で。あ、戻ってきた。いや、戻ってきたかどうかはわからない。正確には真下の部屋かどうかもよくわからない。同じ間取りではないからなおさらわからない。この前、先生に昔小倉清先生に子供に間取りを聞くといいと言われたことをお話した。私は子供の心理療法もしているので時折それを思い出す。何も聞かなくてもおうちのことを自分から書いてくれる子もいる。その子用にお絵描きできるセットはいつも準備してある。確かに間取りを描いてもらうとその家族の生活状況が見えてくることがある。私的にはこれはかなりプライベートな部分に触れることになると思っているのでそれをどこでやるかとかその扱いができる設定かどうかは重要だと思っている。人の家のものむやみにのぞかないでしょう、普通、と思うから。一部だから出せるんだよ、というのが普通だろうし。見せることも話すこともしてしまえばそれなりに発見も多いものだがその人がそうしたいと思ったときになされるのが一番いいと思う。私がその話を出したのは人の家に行くということのインパクトについて話しているときだった。小倉先生のことはすごく前にも書いたがお元気だろうか。著作集はこちら。毎年著名な先生の訃報を聞くようになった。彼らのような仕事は臨床的にも政治的にも難しいと感じる。何かを教えてもらうというより臨床をしていくうえでどのような工夫ができるかを考える素材を提供していただいたと思う。先生方が多くの患者さんと身体的、心理的に格闘しながら導いたものを簡単に評価することはとてもできないし、今の時代に出会う症例という観点からもいろんなことを残し、展開し、変えていかなければいけない。外からは見えない仕事だからこそ何度も同じパズルを解きながら少しずつレベルアップしていくような地道さが必要なのだろう。小さい子たちが同じパズルでもそれぞれの方法で取り組むのを思い浮かべたのでそんなふうに思った。小倉先生が治療した多くの子どもたちももうすっかり大人だろう。一緒にがんばりましょう。今日は土曜日か。やってもやっても何も進んでいる感じがしないけど今日もなんとかスモールステップで。

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かいぶん

早朝の雰囲気が本当に冬に向かってる感じがする、と思いながらいつものコーヒーを飲んでいた。贅沢ルマンドバタースコッチキャラメル味がお供。「贅沢」とあるから買ってしまったんだ、きっと。書かれなかったら「たかっ!」と思って買わなかった、多分。完全に戦略にのっている。まあそんなことばかりで負けつつもなんとか生き残っている。美味しさにかけては贅沢したい。美味しさで生き残れているのかもしれないしね。

洋服はほとんど買わない。いまだに大学生の頃の服を着ていたりする。今年も同じ服ばかり着ていた。衣替えはいつからか中途半端で季節と合う服を出してはもう着ない服をしまうという感じ。毎日そうしていれば違う服も着つつ衣替えもいつのまにか完了するのかもしれないけど洗ったらまたそれを着てしまうからなかなか交換が進まないまままた次の季節になる。眠った服は二度寝三度寝。防虫剤だけはいれとくね。次の季節こそは!おやすみなさい。まあ、私は人間関係も取っ替え引っ替えする方ではないし(普通か)何かを披露したい方でもないからこのあり方がちょうどいい気がする。

昨晩、帰りの電車で回文を考えていた。よくやる。そしていつも通りひとつも思いつかなかった。

小学生のとき回分って流行らなかった?布団が吹っ飛んだとか?いやそれ親父ギャグ。「(思いつかん)」いやそれ怪文。ボケしつこい。だって真面目につっこむから続けたほうがいいのかなと。わたし負けましたわ。なに急に。だから回分だよ。戻ってきてよ。すごい!ネットで拾った。仔猫かよ。こねこ!

みたいな会話を脳内で繰り広げながら考えたが無理だった。電車に乗る時間がもっと長ければ。いやそんなことはない。回文は手強いぞ。

村上春樹作、友沢ミミヨ絵『またたび浴びたタマ』という小さくてとっても素敵な回文絵本(というのかな)を密かにオフィスにおいていて時々めくっては喜んでいる。

えー、どっちから読んでも同じだったの?えー、私たち逆から読んでただけってこと?漢字が違うと感じ方変わるよね。という感じで今日も多様なコミュニケーションに対して寛容でありたい。

あー回文思いつかないかな。朝の通勤電車でもやろう。お時間ある方はぜひ。できないのが普通(当社比)だからできなくてもストレス溜めないでね。別のことでもきっと色々あるでしょうから。なんとか過ごしましょう。