夜明け。うっすらピンクがきれい。今日はカラスの声が目立つ。週末はたくさんテレビをみた。いろんな土地のお菓子も食べた。
なんだか毎日、今やらなくてもいいのでは、ということに時間を割いているが、なんにでもなんらかのよさがあるはず。無駄ではない。とりあえず、ここ数日は、ドラ、フェレンツィ、アンナ・フロイトを重ねることで、フロイトの問題を個々の失敗としてではなく、精神分析の理論形成と臨床実践のあいだに生じた問題として検討するようなことをしてみたってことかな、と振り返る。臨床経験の側から理論を検討することは、精神分析実践に携わる人がの内側にいる人が日々の仕事にしていかないと理論は生きてこない。地道にやっていこう。
私は、一日のほとんどを臨床に費やす生活を続けてきたから、頭の使い方が研究用になっていない。ここでも、主要な文献を参照して書いているだけだけだし。精神分析の歴史を多面的に研究するには、毎日あげている文献以外にも大量の文献との照合が必要である。精神分析を大切だと思う若い人たちがまだいるのであれば、精神分析の実践に入る前(精神分析的実践といわれるものの幅広さに戸惑う前)に、その歴史を研究するところからはじめてもらえたらありがたい。小さな声も、語られていない声も拾っていけるように。歴史に対する理解のない実践はとても危うい。
ついでに、臨床心理士として若い人たちに何か言うとしたら、特定のアプローチでの訓練以前に、保育園や作業所や病院など、地域に根ざした場所に身をおき、いろんな人がいて、いろんな考えがあることをたくさん経験してほしい。できるだけ自分になじみがない場所に出向いてほしい。人の心という底知れない「もの」に関わるには、とにかくいろんな人と会っていくことが大切であると私は思って実践してきた。精神分析を大切にすることは、精神分析の理論を過信したり、自分の都合に合わせて使ったりすることではない。理論が生まれた歴史を知り、理論によって他者を理解し尽くせないことを実感しながら、理論の更新のプロセスに耳を傾けることである。
アンナ・フロイトは、父フロイトが書いたものを後世に残してきた人物のひとりでもある。彼女がマリー・ボナパルト(Marie Bonaparte)やエルンスト・クリス(Ernst Kris)らと編集した『精神分析の揺籠期』(岩波書店)には、父フロイトがヴィルヘルム・フリース(Wilhelm Fliess)に宛てて書いた大量の手紙の一部が収録されている。
フロイト自身はこれらの書簡が出版されることを望んでいなかった。それにもかかわらず、アンナたちは書簡を選び、フロイトが公刊しなかった『心理学草案』も加えて出版した。後年、アンナは書簡の完全版を準備することも認めている。
こうした仕事は、アンナが単なるフロイトの娘ではなく、ひとりの精神分析家として、精神分析の歴史を後世に伝える役割を担っていたことを示しているのかもしれない。
歴史は、誰かが伝えなくては残らない。誰かが語ったり、描いたり、なんらかの表現やインパクトによって残し、誰かがそれを保存し、また引き継ぎ、次の世代がそれに接することを可能にしつづけることが大事なのだ。
土曜日に放映されたテレビ朝日『サンドウィッチマン&芦田愛菜の博士ちゃん』で「サンドウィッチマン が現地リポート 負の世界遺産 アウシュビッツ」をみた。そこでも誰かが語り継ぐことの重要性が様々に示されていた。
現在、ウィーンのジークムント・フロイト博物館でも特別展 Documents of Injustice. The Case of Freud(不正義の記録――フロイト家の事例)がおこなれている。フロイトもアンナもナチズムの影響を直に被った。フロイトの書籍は焚書の対象となり、アンナはゲシュタポに連行され、尋問を受けた。フロイトの4人の妹はナチスによって殺された。それでも精神分析は今に伝えられてきた。伝えた人がいたからである。私もそのひとりでありたいと思って、毎日なにかしら書き続けているのかもしれない。
博士ちゃんの番組で「負の世界遺産」という言葉を使っていたが、何かを残す必要性はすべてに対して向けられている。そして「負の」対象に対して自分がどのような立ち位置をとろうとしているかにも意識的でいたい。たとえば、番組を見て「戦争はいけない」と思うとき、自国が加害者であったことも忘れずにいたい。自分には直接関わりがないと思われる過去であっても、その延長に生きている限り、その歴史を知り、同じことが繰り返されないように関わり続ける責任はある。その責任を引き受けることには、目を背けたくなるような苦痛も伴うが、「良い」もの、「正しい」もの「だけ」を選別しようとしたら、そこではまた同じことが繰り返されるだろう。保存は排除と両立しない。
私は、それはそれはしつこく、フロイトの態度に批判の目をむけていて、それを「失敗」とか書かれると超むかつくわけだが、フロイト=精神分析の時代ではすでにない。私たちはフロイト以降、保存されてきた歴史に学ぶ。難しくて理解できなくても、絶対に間違いであるという確信があっても、自分や誰かにとって都合が悪くても、なんどもなんども関わりなおす。
フロイトのアーカイブをめぐっても、というより、フロイトの誘惑理論をめぐっては、マッソン事件と呼ばれる論争があった。
それに関しても多くの資料があるが、キノドス,ジャン=ミシェル(2013)『フロイトを読む――年代順に紐解くフロイト著作』福本修監訳,岩崎学術出版社(原著:Quinodoz, J.-M. (2004). Lire Freud: Découverte chronologique de l’œuvre de Freud. Paris: Presses Universitaires de France.)で「健全な見解」と評しているC. Hanly(1986)の書評Hanly, C. (1986) The Assault on Truth: Freud’s Suppression of the Seduction Theory. International Journal of Psychoanalysis 67:517-519が、ひとつの手がかりになるだろう。
これは、The Assault on Truth,By Jeffrey M. Masson. New York: Farrar, Straus and Giroux. 1984. Pp. 308.とIn the Freud Archives. By Janet Malcolm. New York: Alfred A. Knopf. 1984. Pp. 165 を取り上げた書評である。個人的には、なんかちょっと嫌な書き方だなと思ったが、それぞれの思いが、経験が、何をどう語らせるかも決めていく部分があるのだろう。
私は、とりあえず「甘え」を細々と研究したいが、これは関われば関わるほどみえてこなくなる言葉であるような気がしてきている。依存や母子という言葉を超えて「甘え」を主語にすることで、西洋のメタサイコロジーの概念では拾いきれないこころを表現できるのではないか、と思ってはいるのだが・・・。「西洋の」とあえて書いたのは土居が西洋と東洋との違いのなかで「甘え」を体験したからだけど。
東京は、夜、雨が降るらしい。急に乾燥しはじめた気がするから大事ね。風邪ひかないように、今週もがんばりましょう。

