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精神分析

ここにもアリス

夜中ほどむっとした空気ではなくむしろ少し涼しい気がする。そんなはずないか。今日だって猛暑日のはずだ。情報ではなく自分の身体で確かに感じられることの少なさ。私だけの問題でもなかろう。おはようとおやすみの挨拶さえすれ違う時代。「価値観が違う」という言葉を離婚記事とかで見るたびに「違うの当たり前だろう」と思ってきたが「時間や情報に対する価値観が違う」とか言われたら「なるほど」と納得してしまいそうだ。それだって違うのが当たり前ではあるけれど。

一緒にいるってどういうことなんだろう。

わからなくなる。自分のしていることが。思考と行動が乖離する。老眼鏡をかけたはいいが何を持ったらいいかわからない。軽い認知症のようだ。しばらく考えてからiphoneを探し手に取る。呟きはあるのに返事は来ていなかった。何かを手に取らなくても見える世界を見てればこんな寂しさは知らなくてすむのだろうか。

解体。言葉も自分も。『不思議の国のアリス』と突然再会したことは書いたと思うがさっき何気なく手にとった多和田葉子『穴あきエフの初恋祭り』を読みながらこれもアリスの話だと気づいた。

“朝目が覚めたら、睡眠中かかった呪いを吹き飛ばす勢いで、寝間着のボタンを引きむしるように外せばいい。ボタンをイメージするのは簡単だ。半透明の桃色の貝殻の頭がクリッとボタンの穴を通ってはずれる時の指先の感触を思い浮かべるのも簡単だ。ところが、イメージ・トレーニングをすればするほど、脳と指の距離が遠くなっていって、どうしてだろうと思ってみると、腕が長くなっていた。身体がどんどん大きくなっていってしまう時のアリスは、不思議の国で自分の身体が自分のものではないことに気がつく。”

ー137頁「てんてんはんそく」『穴あきエフの初恋祭り』(文春文庫)所収

輾転反側。眠れぬ夜を繰り返すうちに少しずつおかしくなる身体が自分のものではないと気づくならまだいい。不思議の国にいけなくなってしまったアリスは病気になってそれを作り出すかもしれない。

洗濯が終わった、と洗濯機が音楽を鳴らした。最近はなんでもメロディつきだ、ということは以前にも書いた。今日は火曜日。こうして毎日書いていたら少しは時間感覚がはっきりするだろうか。会いたい人に会えなくても解体せずにいられるだろうか。私もあなたも私たちの言葉も。

作成者: aminooffice

臨床心理士/精神分析家候補生