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精神分析

懐かしさとか。

雨が少し降っているみたい。風はあまりないみたい。部屋のなかは寒くも暑くもない。空は暗くても鳥たちは鳴き始めた。小津夜景さんの『風のつぎにくるもの』(アノニマ・スタジオ)で読んだような言葉で日々を綴れたらどんなにいいだろうと思う。

小津さんが暮らすフランスには移民が多く暮らす。暮らす、と書くと、暮らしとは、となる。小津さんのこの本では物置にいたその人は「住んでいないです」といっていた。「支援団体」のパンフレットは受け取られなかった。曾祖母、るるさん、この本にはものすごい懐かしさとともに、私が知らずに生きてきた、そしてこれからもそうかもしれない静かなぬくもりと悲しさがあった。


国際学会にいくと移民が一気に身近になる。身近、というかはじめて隣でその人の話を聞いたとき、私は表情が曇るのをおさえることができなかった。小津さんの本の主人公のような人になれたらいいのにと思う。懐かしさにあふれた文章を読むと、近さ遠さ関係なくいろんな記憶が蘇ってくる。明日は仕事の合間に懐かしい場所へいく。そんなに懐かしくもないか。そこで出会ったけど、もう亡くなって会えない人も増えてきた。ごくふつうにメメント・モリ。悲しむことができる世界でありますように。


今朝はいただきもののお菓子を食べた。緑茶と。こういうお菓子ありそう、と思ったのは胡麻の香りのせいだろう。行ったこともないのに懐かしい味がした。


精神分析は会う頻度が多いせいか、生活の細かいエピソードや好き嫌いなどもいつのまにか共有される。食べものにまつわる話も多い。頭だけで考えているようなことは少しずつ減っていく。身体が伴い、言葉が変わっていく。そういう体験。自分の言葉の外に出る。そういう試み。

外側でも内側でも自分を変えようとする試みには様々な方法があるが、思い浮かんだことを言葉にしていく、しようとするというものすごくシンプルなことを方法として確立した精神分析。こんなに言葉が大切にされない世界で生き残っていけないかもしれない。それでも、こんな小さな国にも私たちみたいな精神分析家はいるし、日々、精神分析は営まれている。今日も。多分明日も。明日は日曜日だから大体の精神分析家は別のことをする日か。

良い一日になりますように。

作成者: aminooffice

臨床心理士/精神分析家